867: 弥次郎 :2020/08/30(日) 22:32:34 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS 短編集2
Part.4 面壁九年
シミュレーションが終了し、身体があおむけの状態から急速に立て直されるのを三日月は感じる。
「負けた…」
完敗である。相手を務めたのは専属トレーナーを拝命しているリンクスの明星が操るヘリウスというMS。
性能的に見ればグレイズと同等程度で、今の三日月の乗機であるバルバトスとはスペック差が存在している。
が、そこはそれ。MSに乗り始めてまだひよっこもいいところな三日月とACとMSの差こそあれ経験を積んでいる明星の間では技量で大きな開きがある。
それこそ、PMS接続なしの通常の操縦であったとしても、だ。故に三日月は訓練の中で何度も何度も挑んではいるのだが、未だに勝てたためしがない。三日月をして初めての経験であった。
『はい、一旦休憩に入るわよ』
「了解」
慣れない敬語で返事をすると、シミュレーターから出る。
待ち受けている明星は、手にしたタブレットで、ミュレーションでの三日月の動きをコンピューターに分析させた結果を閲覧している。
そして三日月は差し出されたタブレットを受け取り、目を通す。文字の読み書きは教わっている途中だが、それでも目を通す。
文字列だけでなく、映像や場面ごとに切り取った写真に注釈が自動で加えられており、三日月はそこに注目していた。
「明星さん、何で俺は勝てないの?」
面倒なので三日月は直球で尋ねる。これまでも、分からない所はそうやって聞いて来た。
明星的にはそれは良い心がけで評価に値した。学はないが、素直で子供らしい。だから教え甲斐もあろうというモノ。
「そうね……三日月くんの動きは反射に頼っていて、読みやすいからかしら」
「反射?」
「そう。阿頼耶識…特型AMSによる操縦は反応性が優れている。けれど、ただ動物的に反応するだけだと、動きが予測できるの」
「それが、勝敗を?」
「そういうことね」
明星はタブレットから伸ばしたケーブルを首筋のチョーカー型のPMS拡張デバイスにつなぐ。
明星は仕事の関係上電脳化や義体化といった一連の処置を受けているので、あれこれとデバイスを操作するよりもよほど速いのだ。
そして、一瞬の操作でタブレットに表示されている映像に手が加えられ、改善すべきところに分かりやすい注釈がつけられた。
「無駄な反応をしなくていいように先読みが出来るようになること、それと、戦闘を組み立てて、戦いをコントロールできるようになること、そこが大事ね。前も教えたでしょう、あの3つの原則」
「します、させます、させません?」
「そう。自分に有利な行動を『します』、自分に都合の良い行動を敵に『させます』、自分に不利な行動は敵に『させません』。
そこを徹底させれば、一歩前進といったところね」
じゃあ、見ておいてねとタブレットを差し出し、明星は待機していたもう一人のパイロットへ声をかける。
「じゃあ次は明弘君。グシオンでいいから全力でかかってきなさい」
「うす」
「ちゃんと敬語」
「……はい」
明弘も明星には頭があがらない。明弘も三日月同様にガンダムグシオン・セカンドを与えられて慣熟訓練の真っ最中だ。
さらにそれ以外の面においても私生活や勤務態度まで含めて厳しく指導されている立場であった。
まあ、無理もない話だ。PMC鉄華団のMS隊の一員として、出来る限りのことを出発前に叩き込んで覚えてもらわねばならず、その為のパワーレベリングが必要だった。
今日は明星が担当しているが、日によってはリグやセントールが教導を担当することもある。三日月や明弘だけでなく、MS適性が高い面々への訓練はみっちりと行っていた。
そして今日も、パイロット候補の先行訓練組二人は叩きのめされながら学習していくのであった。
868: 弥次郎 :2020/08/30(日) 22:34:39 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
Part.5 隣にいたい
アトラ・ミクスタは、現在、鉄華団の炊事係として、そしてアルゼブラの初等教育学校の通信課程に属している。
これに至るには少々複雑な経緯がある。だが、ひどく簡単に言ってしまえば「三日月の傍にいたい」という純粋な思いが結び付けたということだ。
PMC鉄華団は何時までもCGSの拠点で活動するわけにもいかないのでいずれクリュセを離れるかもしれず、そして、鉄華団は直近の大仕事で火星を離れ、地球まで赴かなくてはならない。その期間はとても長くなる可能性が高かった。
三日月に淡い恋心を抱くアトラにとってみれば、それはまさに驚天動地の出来事であった。三日月と会うことができる、いつも通りの生活が続くと信じていたのに、それが突如として終ろうとしていたのであった。
それを聞かされたのはいつもの通りCGSに食料を届けに行った時であり、その時に三日月の周囲で起きた騒動を知ることになった。
アトラ自身にどうこうできる問題ではなかったので三日月の環境が変わったことについては何も言えない。むしろ、ちゃんとした会社の元で、これまでより良い待遇で働くことができるのだというのだから、納得していた。
だが、三日月と会えなくなる、というのは許容できなかった。理屈以前の、感情の問題だ。
だから、CGSから独立することになるPMC鉄華団の団長であるオルガに直訴することになったのだ。
「私を炊事係として雇ってください!」
この時すでに雑貨屋「HABA'S STORE」には辞職を願い出ていたのは、乙女の思い切りの良さというべきか。
三日月はその好意を知ってか知らずか、オルガに雇うように進言した。
が、これに待ったを掛けざるを得なかったのはアルゼブラや企業連からの出向組であるセントエルモスだった。
少年兵組織を抱えるという時点でも世間体などは悪いというのに、幼い少女まで雇い入れるのは問題があったのだ。
確かにPMC鉄華団は戦闘要員ばかりで、メカニックや裏方を支える人間が少なく、いそぎで雇用して態勢を整えなくてはならない。
今の鉄華団はちゃんとした人員を雇う余裕というものがあり、アトラを無理に雇用する必要というのも薄かったのだ。
そも、アトラはちゃんとした環境で仕事を務めており、雇われる必要などなかった。
ということであったのだが、それで納得するほど甘くはなかった。100%彼女の感情に端を発しており、理屈では納得しがたい。
困ったことに鉄華団としては悪いとは言い難い選択であったし、彼女が既に職を辞してきたというのは彼女の覚悟を示しているようで無碍にしがたいものがあった。
セントエルモス首脳部まで巻き込んだこの騒動は、結局鉄華団の意思を尊重しつつ、彼女にとっても良い方向とすべく、いくつかの取り決めがされた。
彼女がまだ未就学であることから鉄華団の年少組同様に通信制学校に通い卒業すること。
社員として一応雇用するが、正規ではないアルバイト扱いなこと。
給与については元の雇用者であるハバのところに送って預かってもらうこと。
あくまでも彼女が未就学児であるということを拡大解釈したものであることを理解する、等々である。
かなり甘い、ともすれば問題にもなりかねない判断ではあったが、年少組の情操教育という点で押し切ることになった。
まあ、これに事情を聞きだしたセントエルモスの女性陣(元男性も含む)の口添えがあったことは言うまでもない。
ただ、鉄華団のたっての頼みである、ということによる温情であることは、オルガやビスケットにも言い含められたのだが。
ともあれ、彼女は勉学と仕事との両立に励みながら、そして自分の我儘を押し通した責任を全うすべく、忙しい日々を送ることになったのである。
命短し、恋せよ乙女。苦難の道の先に三日月とのゴールはあるのだ。
869: 弥次郎 :2020/08/30(日) 22:35:16 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
短めですが、鉄華団は大忙しってことで。
最終更新:2023年06月18日 13:30