67: 弥次郎 :2020/08/31(月) 22:55:10 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

Part.6 魔法使いの義務



 実際のところ、アトラの雇用というのは問題視されないように動かす必要があったのをここで述べておこう。
 それは、アトラに課せられたいくつもの課題や目標に窺える。
 管理栄養士・調理師・衛生管理士・調理衛生士などの資格の取得に始まり、初等教育から高等・大学教育までの受講と資格取得、そして企業連広報でのモデルとしての仕事などである。

 つまり、企業連としては「シンデレラ」「スターダムを駈け上がる少女」を演出しようというのである。
 教育の一般化や高等教育の普及には、現地火星における理解や環境の改善の他に、「夢を魅せる」というのが必要だ。
教育を受けることが「金や時間の無駄」と思われることなく「夢へ近づくための一歩」という認識にならなければ、いくら企業が用意しても意味がない。
 だから、憧れとなるモデルが必要になったのだ。そしてその役割を、アトラは背負うことになったのだ。
 これについては元の雇用者であるハバも交えて話し合いの場が持たれ、入念の確認をとったうえで承認がされた。
 アトラはこれを受け入れた。クリュセにおけるシンデレラとして、悪く言えば、利用されることを。

「……後悔しています?」

 当事者であるハバ、アトラ、三日月、オルガらが退出したエウクレイデスの応接室で、ローはクロードに問いかける。
アトラを鉄華団で雇うにあたって、かなりの無茶を強いることになったのは事実だ。彼女の覚悟は間違いなく決まっていたし、周囲の人々も彼女を支えることを選んだ。とはいえ、罪悪感が無いわけではない。彼女の感情を、恋心を利用したわけなのだから。

「後悔はしていない……だが、罪悪感はあるさ」
「まー、無理もないっすねぇ…」

 ハバとの交渉を担当し、さらにアルゼブラとの交渉も担当したローは彼女を待ち受ける未来を容易に想像できた。
何もなければ自然と結ばれていたかもしれない淡い恋心を持つ少年少女を大人の都合で振り回す。しかも、偶像として、展示商品として。
アルゼブラや派遣元の企業連も納得し許可を出してはいたが、問題視する声が無かったわけではない。その声に対してローが説得して承認されたのだ。
 シンデレラに魔法をかけた魔法使いは、それでおしまいでよかったかもしれない。だが、今回は彼女の今後の人生がかかっている。
下手に魔法をかけてシンデレラを縛り付けてしまったのかもしれないし、そうでなくてもシンデレラは王子様と結ばれたかもしれないのだ。
彼女にとっての王子さまは別に舞踏会に行かなくとも会うことができるし、結ばれる機会はある可能性が高いのだから。

「彼女の可能性を信じるしかないんじゃないっすかね?」
「……幼い彼女に背負わせるには、あまりにも重いと思うさ」
「でも、放っておけなかったんでしょう?」
「……ああ」

 結局情にほだされてしまったのだ。クロードも、ローも、その他エウクレイデスのクルーや首脳部は。
 短期的な目的や利益のために長期的な苦難の道を歩ませることになったのかもしれない。それでも、だ。

「ま、シンデレラに魔法をかけた魔法使いの役目、最後まで果たしましょうや」
「そうだな」

 大人にできることは、子供を背一杯引っ張り上げ、支えてやる事。あとは彼女にかかっている。
 大人達は、未だ灰被りの彼女を信じることにしたのだった。夜の舞踏会で輝けるようになるまで階段を駆け上がってくることを。

68: 弥次郎 :2020/08/31(月) 22:55:45 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

Part.7 社長もつらいよ



 トド・ミネルコンはCGSの社長となった。
 だが、彼はこれまでよくて下っ端であり、社長を務めるだけの経験もなければ知識もなかった。嗅覚とコバンザメ根性はあるが、それまでである。
しかして、CGSは今後クリュセに進出するアルゼブラや企業連にとっては重要な下部組織となる会社である。つまり求められるところは大きい。
そんなわけで、PMC鉄華団の団長となったオルガらとともに、経営学や経済学をはじめとした学問を身に着けることになったのであった。
多少はフォローできるが、最低限社長として動く程度の能力は欲しいというわけである。

 机を並べることになったオルガらにとって意外だったのは、トドが読み書きもでき、さらには一般的な知識も持ち合わせていたことだった。
少なくともスタートラインはオルガよりも先であり、学習の進捗もオルガ達よりも早かった。モチベーションに関しても低くはない。
信用できない碌でもない大人、とトドを見ていたオルガは正直面を喰らった。いや、彼以外の鉄華団の面々は誰しも驚いた。
 これに関してはまあ無理もない。下っ端というか、長い物にまかれるというトドの性格は一見すれば確かにろくでもない性格だ。
 だが、一方で、長い物にまかれる立ち回りや身の処し方については優れているということである。動機が自己保身であろうがなんだろうが結果を出しているならば上に立つものからの文句は言われないのだ。それが今回はギャラルホルンさえ凌ぐほどの恐ろしい勢力が上に立って、自分に社長として振る舞えと言ってきているのであるから、それに全力で取り組むしかないのである。
 自主自律という思考で動くオルガ達にとっては、ある意味で対極にある考えなので、反発するのも無理はないのだが。

「どう思うよ、ビスケット」

 勉学の合間の休憩時間。エウクレイデスの食堂で甘味をとるオルガは、参謀であるビスケットに問いかける。

「うーん……正直、あんまり気にしなくてもいいんじゃないかなって思うね」
「そうか?」
「うん。もう僕たちはCGSから引き抜かれているんだから、元のCGSのことを考えなくてもいいから」
「確かにな…」

 ビスケットの返答にオルガは頷くしかない。CGSから少年兵は引き抜かれ鉄華団となり、経営は分離されている。
 もう鉄華団はCGSとは別組織で、別な会社だ。
 根っこが同じであるし、今もCGSの拠点を利用しているので縁が深いといえばそうだが、ビスケットの言う通りオルガ達があれこれと考えたりする必要は存在しない。

「それに僕たちはもうアルゼブラの傘下の企業で、その指揮と指示で動いているんだから、決定には従うしかないよ」
「……だな。下手すりゃ、俺達が見限られちまう」

 少し背筋に寒気が走る。
 鉄華団もCGS同様に多くを求められている。多くの援助を受けてはいるが、決して無償ではなく、今後のリターンも考えての先行投資なのだと教えられている。
そんな身分で雇い主に従わないどころか、告げ口などしたら咎められてしまうだろう。
そんなことをするのははっきり言えば卑怯者だ。オルガはそんなものに成り下がるつもりなど毛頭なかった。

69: 弥次郎 :2020/08/31(月) 22:56:37 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

 それに、オルガ達がやるべきことは他にある。重要な使命だ。
 自分達が大人に好き勝手に使われることはなくなった。代わりに、自分達のことを自分たちで決め、大人に助言をもらうようになった。
そしてその先のビジョンを、オルガはきちんと持っていた。

「俺達がやるべきことは、鉄華団をちゃんとした会社にするってことだしな…」

 オルガのビジョンは、以前のCGSを反面教師としたもの。誰かを虐げたり、のけ者にして成り立つのではなくて、家族のように団結して、協力していく会社だ。
これまで散々な目に遭ったからこそ、強くそう思うのだ。そして、そのビジョンを、ビスケットは強く肯定した。

「うん、そう思うよ」
「……ありがとな、ビスケット」
「お礼なんていいよ、水臭いなぁ」

 ビスケットにそういわれるが、オルガとしてはありがたいものだった。
 ごく当たり前のものがどれだけ尊いものであるか、弱気になってしまったのをビスケットに吐き出して以来、オルガは実感していた。
 だから、自然と言葉が出てきた。
 もう、無理に皆を引っ張る必要が無い。その心理的な余裕はオルガの行動を確実に変えていた。

「いよぅ、オルガ」

 そこにやってきたのは、話題になっていたトドだった。

「あんた、その格好…」
「似合うだろぉ?」

 トドはCGSのジャケットなどではなく、きっちりとしたスーツ姿だった。
 ビール腹なのが少々残念ではあるが、格好としては普段のそれよりも整っている。髪もひげも手入れされ、オルガでさえ見間違いそうだった。

「さっき届けられてな、着てみたぜ。似合うだろ?」
「自慢しに来たのかよ…」
「いいだろうぉ?自慢できる相手なんざそうそういねぇんだし」

 まあ、確かに。降ってわいた地位に多少はしゃぐくらいはしてもおかしくはないだろう。
 自分だって、いきなり三番組を元にした会社のトップになってしまって、柄にもなく浮足立っているところがある。
あぁ、クソ、とオルガは胸中で呟く。こいつに共感してしまったのがなんとなく悔しい。

「ああ、そうそう。オルガもビスケットもこういう服をオーダーメイドで仕立てるって話だったからな、ちゃんとやっとけよ」
「言われなくてもわかっているさ」
「へ、いっちょ前に…こういうのも仕事の内だからな、忘れんなよ」

 そういってトドは別な誰かを捕まえに行ってしまう。だが、その足取りは少し重たげだ。そう、まるでずっと仕事をして疲れ切った後のように。

「……あれが素なのかなぁ、オルガ?」
「さぁな」

 少し、ほんの少しだけ、トドの評価を改める必要があるかもしれない。そして、自分もあれくらい仕事をしなくてはならない。
トドを見て、我が身を振り返ったオルガは、背負うモノと、背負わされているモノを改めて認識し、気を引き締めた。

70: 弥次郎 :2020/08/31(月) 22:57:21 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
ちょっとアトラちゃんを雇用するのに後付けで理由をつけ足しました。
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最終更新:2023年06月18日 13:33