536: 弥次郎 :2021/08/12(木) 21:46:12 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「戦神の星、血に染めて」1
マクギリスは火星に到着以来、正確にはコーラルが脱走してからというもの、殺人的なスケジュールの仕事をこなしていた。
というのも、コーラルの脱走以降、ギャラルホルン火星支部において最高階級になってしまったのが、なんとマクギリスとガエリオだったからだ。
軍事組織である以上、指揮権の継承順位というのは階級が上から、という形になるのが通例であった。
ギャラルホルンにおいてもそれは例に漏れず、指揮継承は規定通りに行われるはずだったのだ。
だが、問題なのは火星支部のトップ(司令)を務めるコーラルが行方不明で、尚且つ副司令などの首脳部も軒並みいないという事態だった。
斯くして、マクギリスとガエリオは監査先の火星支部の司令も務めながらも同時に監査を行う、という何とも奇妙な状況に陥ったのだった。
自分が代理で提出した書類を自分が受領し、自分で精査し、自分で承認する。間抜け極まりない状況だ。
る。
ついで、コーラルの手引きで行方不明になって戦力が枯渇している状況への対処が必要となった。
言うまでもないことだが、ギャラルホルンは軍事組織、軍隊である。業務については警察の仕事も含めて行ってる。
だから、この火星においてもパトロールや犯罪の捜査、事件事故の調査と立証などその他さまざまな仕事が任されている。
そして、これらの膨大な仕事を効率的に回すために実務・訓練・休息というローテーションで人材をうまく使って回している。
機材や武器、あるいはMSやMWに関しては使いまわすことができても、動かす側の人間だけはどうにもならないのが常だ。
怪我もすれば病気にもなり、食事をとって休んで眠らなければ活動を維持できないし、適度に息抜きは必要という厄介なモノ。
そんな貴重な人材が、コーラルの手によって各地上支部や駐屯地から脱走、消えてしまったのだ。
そうなればどうなるか?簡単なことで、業務遂行が不可能となってしまうのである。発生する仕事がこなせる仕事を上回る、軍事学上の「壊滅」「全滅」だ。
何しろ、コーラルが各地の駐屯地や地上支部から引き抜いた戦力は行方知れずであり当然ながら原隊復帰しない限り戦力外である。
ということは戦争が起こったわけでもないのに「消耗」したわけである。ひどいところでは、閑古鳥が鳴くは目になった場所さえあった。
通常ならば補充が来るのであるが、ここは生憎と火星だ。
その補充戦力は地球から、近くても月から派遣されてくることになる。スケジュール調整や業務の引継ぎなどを含めれば2か月はかかることになる。
しかも、これが少数ならばともかく、膨大な数補充しなければならないということもあり、本部からの返答は芳しくなかった。
そして、戦力でこれまで通りの領域の治安維持や警察行動を行えと来たものだ。誰もが投げ出したくなる。
さらに、元々あった火星支部の監査という仕事も消滅していない。
というか、初日の時点でいきなり判明していた件は多数ある。
だが、さらなる証拠の捜索や余罪の追及なども存在しており、それをこなす必要もある。なまじコーラルがやらかしていることが分かっているので手が抜けない。
コーラルと癒着していた火星の有力者たちも嗅覚は敏感なのか、証拠やら何やらを隠し始めているようなので追及を急がねばならない。
加えて、現状火星支部におけるギャラルホルンのトップとして、対外的な行動も行わねばならなかった。
具体的には企業連やその抱え元である連合、さらには襲撃を受けたCGSなどに対して謝罪などを済まさなくてはならなかった。
コーラルが説明責任などを全く果たさずに、脈絡なく逃亡したというのはあまりにも体裁が悪すぎた。
ギャラルホルンは警察組織であり軍事組織。それは公僕という面が大きく、確たる証拠もなにもなしに無体に振る舞えば相応に反発を喰らう。
まして相手は、ギャラルホルンや経済圏さえ及ばない力を有するアルゼブラと、それと同等かそれ以上の企業が集まる企業連であり、そんな企業連を傘下に治める連合なのだ。
間接的であるとはいえ、業務提携先を襲撃したギャラルホルンはそんな組織に喧嘩を売ったのである。
その事を知り、どうなるかを理解した時、ガエリオはショックと恐怖で気絶したことをここに記しておく。
537: 弥次郎 :2021/08/12(木) 21:46:58 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
ともあれ、ギャラルホルンとして誠心誠意謝罪し、事後処理などを滞りなく行い、それを報告する義務が発生した。
首謀者たるコーラルが行方不明であるのがこれほど憎いことはなかった。あの時無理矢理でもふんじばっておくべきだった、とマクギリスは後悔している。
そしてこれらすべてを、連合や企業連のことを含め、二人はギャラルホルン本部へと報告しなくてはならないのだ。
火星という僻地でこれまでの常識を覆すようなことが信じられないほど多く起こっていたことを、地球の人々は知らない。
だが、知らないままではいられないし、いてはならないということがよくわかった。ある種危機感を以て、特務三佐二人は仕事に取り掛かるしかなかった。
- P.D.世界 太陽系 火星圏 火星 ギャラルホルン火星支部「アーレス」 執務室
「……んむ?」
マクギリスは、世界が傾いていることを認識した。
いや、違う。これは自分の身体が傾いているのだ、と遅れて認識する。
瞬きを数回して、自分がうたた寝---というか寝落ちしていたことに気が付く。
時計を見れば、時刻は火星時間で言えばまだ夕方を少し過ぎたばかりの頃合い。
そして、自分が執務室で大量の書類と向き合っていることを改めて認識した。
「……はぁ」
ため息が一つこぼれた。現実は何一つ改善していない。ただただ、悪化の方向へと向かっている。
隣のデスクを見れば、ガエリオもまた寝落ちしている。机に突っ伏すようにしていて、尚且つ腕だけが持ち上がっている状態。
恐らく不意に意識が途絶えてそのまま倒れ込んだのだろう。デスクに頭を打ち付けたかもしれないが、その痛みすら目覚ましにならなかったようだ。
少しは寝かせておいてやろう、と思う程度にはガエリオも苦労を抱え込んでいる。最初こそマクギリスの報告に半信半疑だった。
しかし、自分の目や耳で、そして幾多の証拠を突きつけられ、状況を理解して、そして発狂しかけた。
貴族的な考えの持ち主で、甘ちゃんとさえ思っていたが、それでも危機感だけはあったらしい。むしろ、理想主義的な面が状況の不味さに反応したというべきか。
ともあれ、自分と共にこなすべきことをこなしているのは確かだ。
いや、本来の仕事以上のことをやっているし、たまたま自分が最高階級だからと回ってきている仕事さえある。
長らくコーラルがごまかしてきた火星支部の実態を調べる監査だけで終わると火星までの道のりでは思っていたが、それは裏切られていた。
「これもギャラルホルンの腐敗か……」
自分がその犠牲者になると、その腐敗に対する怒りがさらに溢れてくるのを実感する。
今すぐにでもコーラルを探しに行き、見つけ出し、そして自分の手で断罪したくなるほどに。
腐敗が著しいと知ってはいたし、身に染みて理解していたのだが、なるほど、まともな人間がバカを見るからこそ腐敗が止まらないのか。
そうだとするならば、正しく負の連鎖だ。今も火星地上支部で活動しているバトン一尉のような人間がなぜ増えないのかと思っていた。
だが、理解できる。増えないというよりも淘汰されるのだ。怖気が立つほどに嫌な淘汰であるが。
もっとも、ギャラルホルンの軍事的な行動をつかさどる統制局のトップがあらゆる意味で腐っているのだから今さらだ。
さらにはギャラルホルンでも精鋭であるアリアンロッド艦隊さえも、マッチポンプによる鎮圧という名の虐殺を繰り返している有様。
政治的にも有力なラスタル・エリオンが腐敗に気が付いていないはずもないのに沈黙を守るということは、そういうことなのだ。
まったく、嫌になる。自分でさえそう思うのだ、ガエリオなどはもはや我慢ならないだろう。飛び出していかないだけ大人だ。
だが、大人は仕事をこなさなくてはならない。ひとまず眠気覚ましのコーヒーでも飲むかと、マクギリスは立ち上がった。
そうして、1カ月余りが経過した。
人員不足ながらもなんとかローテーションを組むことが出来るようになり、急遽先行して派遣された人員の受け入れも終わった頃。
そして、火星支部の監査もある程度進み、また企業連やアルゼブラへの謝罪や後始末について一定の目途がつき始めたころ、その問題は浮上してきた。
「まだコーラルは補足できない、か」
「ああ。脱走した兵力も未だに捕まえられていない。いっそ見事なほどに雲隠れしている」
538: 弥次郎 :2021/08/12(木) 21:49:41 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
目の下に隈がすっかりと染みついたり、あるいは激務でやつれた顔が並ぶアーレス内部の会議室。
浮上してきた問題。それは、ギャラルホルンから脱走したコーラルらの問題だ。
「1カ月も補足できないのは人員不足のせい……とは言えないな」
「ああ。明らかに手を回している組織がいる。数や規模は不明だがギャラルホルン並に動けることは間違いない」
そう、脱走兵たちが補足できず、発見も目撃情報などもないのだ。
無論、人員が足りないこともある。治安維持などが優先され、その合間を縫って捜索や情報収集が行われているのでどうしても全力を出せない。
とはいえ、決して手を抜いているわけではないのだ。にもかかわらず、MSやMWを含む兵力が1カ月も脱走して行方をくらませるなど、通常ならばできないはず。
人間というのは、前述の通り生きて生活するだけでもどうしても必要なものが膨れ上がるものだ。
そして、必要な物を入手するためにはどうしても公に姿を晒さねばならず、そうなれば目を光らせているギャラルホルンが気が付くものだ。
さらに、彼らが持ち出したMSやMWというものは大きくて目立つモノだ。どこかにしまうにしても、あるいは輸送するにしても、どうしても目に留まるもの。
というわけで、何らかの形で足が付きやすいはずなのだが、それが無いということは相応の理由があるということだ。
そして、それが分からないほどマクギリスらは愚鈍ではなかった。
「協力者や支援者がいる。これはほぼ確定だろう」
据わった声のガエリオにマクギリスは無言でうなずいた。
つまりは、ギャラルホルンの目に留まらないようにかくまう個人や組織がいる、ということだ。
個人であるならば相当な資産家でなければ不可能だろうし、組織だとしても同様だろう。だからこそ、これまで時間をかけて調査が行われた。
この出涸らしとされる火星においてそんな権勢をふるうことができる勢力というのは極めて限定されているので、ある意味では時間さえかければ何とかなった。
そして、卓上のコンピューターを操作すると、壁面のモニターに表示されたリストが変化する。幾人かが除外され、入力された条件を元に絞られている。
最後に数えるほどまでに減ったリストでその名前が拡大される。その名前は、ノブリス・ゴルドン。
「だが、こいつが候補に残ったのはな……ありえないことではない、と思うが解せん話だ」
「わからなくもない。ノブリス・ゴルドンは多くの企業を抱える資産家だ。
同時に、アリウム・ギョウジャンを筆頭としたテラ・リベリオニス、クーデリア・藍那・バーンスタインら火星独立派のパトロンを公言している。
そんな人間が、実のところ取り締まる側のギャラルホルンと通じているなどとは理解しがたい」
これは、これまでの地道な調査と、コーラルの身辺を洗って証拠を集めた結果だ。
コーラルの元へ集まっていた献金の流れ、火星支部の活動にかかわる企業の調査、あるいは裏のルートでの接触など行ってノブリスにたどり着いた。
状況証拠的にも、ノブリスが動いている、というのは高い確率で当たっているとマクギリスは考えている。
539: 弥次郎 :2021/08/12(木) 21:50:36 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
前述のように、多くの企業を束ねる資産家であるノブリスの資金力や影響力は、火星や圏外圏ではかなり大きい。
さらに、彼の肩書には武器商人という側面があることもこれを後押しした。この火星というのは、ギャラルホルンの活動が余り良い状況とは言えなかった。
そんな中で、例えば手ごろな路地裏で小競り合いが起きた時、一体何が物を言うかといえば、端的に言えば暴力だ。
何もMSやMWでなくてもいい。単なる拳銃程度でも、持たざる者にとっては脅威だ。
ましてまともな経済とはいいがたい火星では、その手の武器を欲しがる人間は山のようにいるのだ。
本来ならば、ギャラルホルンが率先して取り締まらなくてはならないのだが、到底手が足りないうえに、以前のコーラルは手を抜いていた。
「だが、コーラルは明らかにこの男とコンタクトをとっている。その気になれば合法非合法問わずこの火星で権勢をふるうことができるしな」
「ありうる話だな。
だが、この男の目的はなんだ?両方とつながりを持って状況をコントロールするつもりか?」
「独立運動を行う派閥とギャラルホルンをぶつけ合わせて利益が出るようにしているのだろうな。
だが、今は考えてもしょうがない。ひとまず、周囲を洗って地道に引き続き調査だ。最悪は力づくでやるしかない」
既に疲労と連日の激務でテンションが逝っている二人は、目が完全に座っていた。
あとで文句を言われようが、この状況を作り出した連中を捕まえ、事態を収拾しなくてはならない。ふざけやがって。
ギャラルホルンを甘く見た報いを受けさせてやる。ガエリオやマクギリスは視線だけで殺せそうなほど、画面上のノブリスを睨み付けた。
そんな時だ、一人の兵士が会議室に飛び込んできたのは。
「会議中に失礼したします、ファリド特務三佐!」
「どうした?」
「ハ!カラール地上支部から緊急の連絡が」
嫌な予感がする。マクギリスは直感した。カラール自治区からの報告があるということは、アルゼブラに大きな動きがあったということ。
そしてアルゼブラが大きく動く時とは一体どういうことか。決まっている、これまで息をひそめていた連中が一斉に動いた、ということだ。
「カラール自治区周辺に武装集団が補足された模様です。それも、相当数の、類を見ない戦力です!
さらには、ギャラルホルンのMSなども確認されていると!」
「くっ……」
これはアルゼブラからのリークだ、とマクギリスは悟る。
すでに状況は始まってしまっているのだろう。
あの自治区を守る堅牢な防衛システムについてはマクギリスも知っている。
ギャラルホルンを軽く超える数のMSやACなどで固められ、膨大な防衛設備までも整備されていると、カラール自治区を視察した際に知った。
それらの性能などはどうやってもギャラルホルンのそれをはるかに超えているし、練度なども圧倒的に上だった。
さらには大気圏上層あるいは衛星軌道からの監視まで行われている、まさに鉄壁といってよいカラール自治区。
そんなところを奇襲したところでまともにかなうはずがない。
だが、恐らくはアルゼブラも賊集団を補足した段階であろう。動ける体制になれば遠からず戦端が開かれる。
何を考えてギャラルホルンが、そしてそれ以外の戦力を含む武装集団がカラール自治区を襲うのかは分からない。
一つ確かなことは、これが大きな動きになるということ。だから、マクギリスは声を張り上げた。
「人員を至急集めろ……間違いなく状況が動くぞ」
歯を食いしばり、口惜しさを何とか堪える。
自分もまた無力なのだと、言外に言われたような気がしてならない。
戦争を司る神の名を冠するこの星で、厄祭戦以来の大規模な戦争が始まろうとしていた。
540: 弥次郎 :2021/08/12(木) 21:51:16 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
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最終更新:2023年08月31日 21:20