866: 弥次郎 :2020/09/17(木) 22:38:58 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS 短編集6



Part.12 乙女に寄り添う人造天使


  • P.D.世界 火星圏 火星 カラール自治区 スピリット級機動要塞「ハーリーティー」


 カラール襲撃事件から6日。
 戦場の後始末が終わり、警戒態勢も解除され、戦闘後の事務処理なども順調に進みつつある中で、カラール自治区は平穏を取り戻した。
人々は元の生活に戻り始めたし、各地を結ぶアリアドネ街道は解放され、物流や人の動きも復帰した。
加えて、賊も無事撃退されたというのは、カラール自治区の人々にとってはアルゼブラの力を改めて認識する機会となった。
 そして、そんな穏やかなカラール自治区を見守るスピリット級機動要塞「ハーリーティー」にも朝が訪れた。

「んー……」

 居住区画のVIPハウスのベットの中、クーデリアの意識は夢と現のはざまを漂っていた。得も言われぬ、心地よさに包まれている。
何とも耽美。心地よく溺れるという二律背反の感覚。体は十分に休息をとったはずだが、それでもなおと本能は眠りを求めた。
 だが、そんな彼女を起こすべく、一人の女性がワゴンに朝食を載せて入ってきた。

「失礼いたします、お嬢様」

 女性、というべきであるが、しかし彼女は純粋な人ではなかった。
 人とは明らかに離れた外観。人形のような球体関節と関節部などを中心に露出した駆動系。明らかに人とは異なる手足や顔の構成物質。
 そして、最も分かりやすい、純粋な人間としては異常な箇所、即ち、纏う侍女服の背中、大きく開かれむき出しの部分から生える翼が人ではないことを語る。
そう、彼女はアンドロイドであった。人工知能搭載型の、人が生み出したる人を模したもの。

「……あ、朝……?」
「はい。火星時間午前7時56分でございます、お嬢様」

 まだ寝ぼけているクーデリアを、アンドロイドは優しく支えて起き上がらせた。
 次いで、適温のアーリーモーニングティーのカップを差し出し、ゆっくりと飲ませた。
 合成品ではない、養殖とは言え天然の紅茶の香りと味は、一気にクーデリアの意識を覚醒に持っていく。

「おはよう……アンジェラ」
「はい、おはようございます」






 ハーリーティーで過ごすようになってからすでに数日。
 フミタンの代わりに世話を焼くアンジェラは、ワゴンに乗せてきた朝食を手際よくテーブルの上に並べていき、あるいはお茶などを給仕していく。
クーデリアはそれらをゆっくりと食べ、飲み、そしてアンジェラと談笑をしながら朝の時間を満喫していた。

「なるほど、海を…」
「はい。まだ計画と事前の工事の段階ですが、いずれは火星に海洋が出来ますね」
「……時間が出来たら、行ってみたいものですね」

 もっぱら話題になるのは、火星でのアルゼブラの活動だ。
 例えば、今朝の話題となっているのは人工の海洋を火星に作り上げるという一大プロジェクトだ。今はまだ湖レベルであるが、やがては海洋を作り上げ、維持し、発展させていくだけの環境を作り上げる計画であった。未だにクーデリアは火星を出たことが無い。
だから、海というものは知識としては知ってはいたのだが、体験したことはない。

「では、お供いたしますよ」
「ええ、お願いね、アンジェラ」

 はかなげな、しかし、どこか危うい笑顔。その笑顔に応えつつも、アンジェラの機械の瞳は、ただただ機構のままに捕らえていた。

867: 弥次郎 :2020/09/17(木) 22:39:50 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

 そんなアンジェラの「瞳」を介し、クーデリアを見守る人々もいた。ハーリーティーの医療スタッフや医師たちだ。
 カラール自治区襲撃事件の前から薄々その傾向はあったのだが、精神的な負担がクーデリアにのしかかり始めていたのだ。
決定的になったのは恐らくだがフミタン・アドモスがスパイとして捕縛されたことだろう。
 同じくして、火星最大の権力者になったこともあるだろうが、彼女の在り方を鑑みるに、前者の方が圧倒的に大きなウェイトを占めているというのは想像に難くない。

「プレッシャーなどもあるだろうが、決定的なのは親しい人に裏切られたという事実だろう」
「言うまでもないです。それをきっかけにわずか数日で人間不信…人に触れられることさえ恐れるようになってしまったのですから」

 医療スタッフたちが一様に苦い口調で語るように、クーデリアは致命的なモノにとらわれていた。
 そう、人間不信。肉親よりもひょっとすると近い位置にいたフミタンの正体を知ったことで、彼女は人間不信に陥ってしまった。
まだ理性で抑えているところもあるのだが、それでも人と接することに恐怖を感じているのが確認されている。
アンジェラがクーデリアの傍に置かれたのは、身の回りの世話を焼くメイド、医療的な経過観察という面以外にも、「人ではない人に近しいモノ」だからという理由がある。人間不信でも、人間以外ならば心を赦すのだ。ペットや身近なモノならという理屈。
実際、クーデリアはアンジェラに対してこの短期間で心を赦した。それは傍目から見れば、とてつもない耽溺ぶりであった。
処方された薬を飲むように窘めたのも、一先ず規則正しい生活を送れるようになったのもアンジェラのお陰だ。
より正確に言えば、アンジェラを介して医師たちが言葉を送ったのであるが、アンジェラという「形」「在り方」にクーデリアは説得された形だ。
 だが、このまま薬の処方やカウンセリングだけでは解決しないこともある。後に尾を引いて一番困るのは彼女自身だ。

「彼女に必要なのは……カタルシスだろうな」
「……なるほど、価値観の転回ということですね?」
「彼女の人間不信は、裏を返せば、人を信じたいがフミタン・アドモスの様なケースを恐れて出来ないというジレンマだ。
 つまり、その固まった考えを覆すか、砕いてやる必要がある。無論、彼女に傷をつけることなく」

 それは分かっているが、しかして、簡単ではない。
 一番手っ取り早いのはフミタン・アドモスに直接会わせることであるが、劇薬すぎるので躊躇われていることだ。

「フミタン・アドモス自身に合わせるのは危険すぎます。もっと別な誰か、クッションとなれるような人間が必要でしょう」
「ならば…朋巳・バーンスタインでしょうか?」

 候補として以前から検討されているのは、実の母である朋巳・バーンスタイン。
 ノーマン・バーンスタインが捕縛された際に、同時にアルゼブラに保護されている彼女ならば、と考えられていた。
 ただ、フミタンとは別ベクトルで危険でもあるので、躊躇われてもいる。
 しかし、躊躇える期間はそう長くはない。アルゼブラや企業連が火星の各都市を制圧したことで、クーデリアは結果的に火星最大の権力者となった。
あとは、これを大々的に公表し、火星独立を宣言し、これまで活動していた火星独立派を束ね挙げて、地球に赴かねばならない。
ある程度伸ばすことはできるが、永遠は不可能だ。しかして、薬やカウンセリング、あるいはアンドロイドに依存した状態も決して良くはない。
何とも歯がゆいことだが、彼女には心身ともに健全な状態になってもらい、彼女にしかできないことをやってもらわなくてはならない。
それが彼女が求められることで、彼女自身が目指した結果とはいえ、である。だから、せめて。陰から彼女を支えるべく、医療スタッフの努力は続く。

868: 弥次郎 :2020/09/17(木) 22:40:25 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

Part.13 乙女の羽衣



  • P.D.世界 火星圏 火星 カラール自治区 スピリット級機動要塞「ハーリーティー」工廠区画



 工廠区画の一角、大木の機材や資材が持ち込まれ、人型の形成が行われていた。
 一つは40mクラスの大型MS。大型のバインダーを二枚持ち、このP.D.世界の他のMSを圧倒するスケールと、その身に宿す圧倒的な武力を特色とするMS。
誕生したばかりの火星連合の象徴たるMS「クィン・マンサ・メスラムタエア」。

 もう一つは、メスラムタエアよりも小さな、しかし18mクラスが基本のMSよりも一回り大きなMSだ。
細身で、ともすれば女性的で華奢であるそれは、同時に、纏うべき薔薇の紅殻を傍でくみ上げている最中であった。
武というより、象徴的な美を追求したその機体は「イシス・ヴィルゴー」という名であった。
クーデリアが乗り、今回の地球行きにおいてその象徴としての役割を求められたそれは、メスラムタエア同様に企業連の持つ高い技術を以て作られている最中であった。

 とはいうが、作られているとはいっても、形としてはほぼほぼ組み上がった状態であった。
 それもそのはず、メスラムタエアはかつて存在していたMSのリファイン機であり、連合では既に量産化されているモノの一機をアレンジしたもの。
イシス・ヴィルゴーは新規設計に近いが、形を作るにあたってのベース機はしっかりと存在しており、それを組み合わせるだけなのだ。
どちらも変更点として戦闘だけでなく、クーデリアに求められる演出などに合わせた装備を備えていることが挙げられるが、それは極端な改造なしでも余裕であった。
 だから、作業員たちの話題は自然とこの機体に乗ることになる若き革命の乙女に移る。

「なあ」
「どうしたよ?」
「このMSに乗るバーンスタイン嬢、今ちょっと大変なんだってさ」
「マジで?」
「わかるわー…聞いた話、踏んだり蹴ったりな状況なんだってさ」
「どういうことだ?」

 彼らは作業をしながら雑談するが、決して手は緩んでいない。
 ある程度の義体化や電脳化などを行えば、端子をつないで手を動かすよりも素早く、そして正確な作業を行うことができる。
 だが、便利すぎると逆に手持無沙汰になってしまうもの。意識のリソースをしっかり割いていれば仕事は勝手に進められるので、

「父親はギャラルホルンに情報をリークするし、パトロンは実はギャラルホルンと繋がっていたし、おまけに恩師の…ええっと、アリウム・ギョウジャンはアルゼブラや企業連、連合との関係をめぐって対立しているんだとさ」
「何じゃそりゃ…」
「よくもま、そんな状況で人をまとめて革命を起こそうとするもんだ…」

 彼らの声は、呆れよりも称賛が多かった。彼らはクーデリアの何倍も、それこそクーデリアが玄孫ほどの年齢の人間も混じっていた。
 だからこそ、そんな若い年齢で一個の惑星を背負おうとする彼女には感心するしかないのだ。
 まして、逆境苦境に加え、親しい関係が悉く牙をむいているという、ある種の孤立無援で戦っているというのだから、なおさら。

「けど、俺達にはこいつらを仕上げるくらいしかやれることが無いんだよなぁ…」
「しょうがない。やるだけやって、バーンスタイン嬢にできることをしてやるしかないぜ」
「ですねぇ」

 彼らの意見を楽観だ、と言い切るのは簡単かもしれない。だが、彼らは真剣だった。
 自分達の腕前と経験の全てを注ぎ込んでこのMSを作り上げ、万全の状態で彼女の元に届けてやる事。それこそがやってやれること。
クーデリアを信じているからこそ、彼らは自らの仕事に徹していた。必ず彼女ならば逆境を超えられるのだと。

869: 弥次郎 :2020/09/17(木) 22:41:28 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
クーデリアが乗るMSの候補が二つある。どうする?両方出せばいいじゃない(マリー・アントワネット並感

そのクーデリアについては……まあ、次の話をお楽しみに。

しっかし、短編のタイトルがエロゲーのタイトルみたいになってしまった…
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最終更新:2023年09月18日 22:51