387: 弥次郎 :2020/09/21(月) 23:13:09 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS 革命カタルシス -あるいは罪の赦し-



 夢を見ている、とクーデリアは自己を認識していた。
 そう、昼食が終わり、アンジェラにすすめられて昼寝をすることにしたはずだった。
 多忙を極める自分のスケジュールに用意されていた、休息を兼ねての短めの睡眠。そしたら、気が付けばこの空間にいた。

「ここは、いったい……」

 明晰夢だ。自分が夢を見ていると自覚している、そんな夢の中の世界。意識を集中させれば、自分の体を認識できる。
目が覚めているほどではないが、自分の体があり、それが自分の意思に沿って動くことも何となくだがわかる。明晰夢独特の状態だ。

「……?」

 そしてクーデリアは、ふと近くに何者かの姿を認めた。
 それは人の姿、自分より小柄な、男性の姿。

「ん?」
「あなたは…」

 三日月?と言いかけて、彼とは違うことに気が付いた。三日月よりも野性味のない、品のある空気と顔立ち。
黒髪ではなく茶髪であるし、長くのばされた髪はきれいにまとめられている。服装も鉄華団のジャケットではなくて整ったカジュアルスーツ姿だ。
そして、なんであろうか、この親近感は。初めて会ったはずなのに、とてつもなく安心するというか、緊張感を感じない。
最近は人と接するのが少し怖くなっていたはずだったが、それがまるで感じられないのだ。まるで一人でいるときのように安どしている。

「誰?」
「俺?…俺は、お前だよ」
「私?」

 あきれたような返事が返ってくる。それくらい当たり前だ、というように。
 だが、明らかに目の前の人間は自分ではない。明らかに別人なはずだ。

「まあ、いいや。好きに呼んでくれ」
「えっと…」
「三日月とでも呼べば?ああ、俺はあいつじゃないけどな。あんたがそう思っているなら、そう呼べばいい」

 その目の前の人物、仮称「三日月」はいつの間にやら出現していた椅子に腰かけた。

「で、あんたどうしたの?」
「どうしたのって…」
「あー…そうだったな。俺はお前で、お前は俺だ。聞くだけ野暮ってやつだな」

 なぜか一人納得された。こちらは何も言っていないのに、深く心得たかのようにうなずいている。

「赦したいんだろ?」

 誰を、何を、とは言わずに直球で言われた。
 直球すぎて、面を食らうほどに。そして、一瞬で理解して、凍り付いてしまうほどに、その言葉はクーデリアを貫いた。

「わ、わた、し、は…」
「ああ、言わなくてもわかるよ。あいつと、どう接すればいいのかわかんないんだろ?」

 うなずきを返すだけで精一杯。
 だが、それでも相手には十分だったようだ。

「まったく、あんたもまどろっこしいことを…いや、だからか。答えは決まっていても、ぐだぐだと迷ってしまうんだな。
 決めたことにあーだこーだと理由を自分で付け足したがるタイプだな。たとえるなら、マリッジブルーってやつか」
「な、な、なんて言い方…」

388: 弥次郎 :2020/09/21(月) 23:14:26 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp


 革命の乙女と呼ばれる自分とはまるで縁のない言葉。いや、将来的にはありうるかもしれないが、今はまだ早くて、そもそも相手もまだ決まっていなくて、でも三日月ならば自分と違う視点をもたらしてくれそうで---

「どうどう、落ち着け。まったく、純情だな、お前。まあ、俺もだけど」
「わ、分かったように……」

 一人納得されて、ひどく腹が立った。かつてないほど感情が燃え滾り、止まらない。
 だから、それは理性を通り越し、一気に口から放出された。

「私とフミタンのことを……わかったように、言わないで!」

 叫んでから、後悔した。
 押し殺していた感情を、たまたま近くにいた相手にぶつけてしまったのだから。
 そして、目を背けていた感情を口に出してしまって、もはや止めようがないほどにあふれてしまったのだ。

「赦したいんだな?」
「……うん」
「そばにいてほしいんだよな?」
「……ずっと、そばにいてほしい」

 涙が止まらず流れるままになるが、それも気にならない。ずっと抑えていた感情の反動が、クーデリアを襲っていた。

「アンジェラも…セントエルモスの人も…優しい…私にはもったいないくらい…けど」

 けれど、とクーデリアは涙をこぼしながらも断言した。

「私にはフミタンが必要なの。なんでもいい…理由なんていらない…ただ、傍に居てほしい」

 それが、クーデリアのカタルシス。
 にわかに発生した人間不信やたかだか一回の裏切り程度では揺らがない、とてつもない信頼。
 なんならば「命を狙われたとしても」揺らがないであろう、一体感。同情だとか、そんな安っぽいものではない。
重たすぎるといわれるかもしれない。だが、これくらいの感情の入れ込みようは、もはや他人を超え、家族への愛であった。

「でもよ、あいつはお前に仕えるかどうかわかんねえぞ?」
「……ええ、そうでしょうね」

 でも、とクーデリアは確信をもって断言する。

「なら、関係を一からでも作り直します。納得させます」
「自信がやけにあるな」
「やるからです。可能性の話をしているわけではありません」

 仮称三日月は、肩をすくめるしかない。ここまで覚悟が決まっているならもう言うことはない。
 というか、だ。感情としてはもともと決まっていたのだ。フミタンには何があっても傍に居てほしいというのは。
ただ、難しく考えすぎていた、ただそれだけの事。その悩みを他者に吐き出して解決するか、自分で解決するか、そのどちらか。
結局のところ、そこに尽きる、というわけだ。

「なら、俺には文句は言えないねぇ。ま、自分に文句を言ってもしょうがないしな」
「……先ほどから、あなたは自分がまるで私であるかのような口ぶりですね?」
「あ?あー…そうだな。まあ、細かいことは気にすんな」

 それより、と仮称三日月は言う。

「そろそろ目ぇ覚ます時間だぜ」
「え?」
「アンジェラちゃんが、あんたを起こそうとしている」

 そういえば、どこからともなく聞きなれたアンジェラの声が聞こえてくる、気がする。
 そして、クーデリアは急な浮遊感に包まれ----

389: 弥次郎 :2020/09/21(月) 23:15:07 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp


「お嬢さま……っ!?」
「アンジェラ!フミタンはどこ!?」

 目が覚め、体を起こして開口一番にクーデリアが叫んだのは、おのれの侍女の居場所だった。
 フミタンに会う。会わなければならない。その一心が、鮮烈にクーデリアの中に残っていた。

「お、落ち着いてください、お嬢様」
「落ち着いていられるものですか…!」

 今にも駆けだしそうなクーデリアを抑えつつも、アンジェラの瞳は冷静にクーデリアの心理状態をスキャンする。
心拍数、表情筋、瞳孔、呼吸、体温、精神状態の指標となるアストラルステータスを解析にかければ、改善がみられていた。
 なるほど、眠りに入る前とはまるで違う。単なる躁状態なのではなくて、平常から少し興奮しているだけであった。
となれば、「治療の効果」はあったとみるべきなのだろうか?ここまで一気に回復するものとは知らなかったが。
 一方クーデリアも、一度制止を受けたことで少し落ち着いたようだ。自分の格好が寝間着であることに気が付いたのか、そしてそれが乱れていることに気が付いたのか、慌ててそれを手で整えつつ、普段着の収められた衣装ケースへと飛んでいく。

「はぁ……」

 元気が良すぎる、とアンジェラはため息をつくしかない。そうなるように取り計らわれた、とは言え、メンタル的に弱っていたとは思えない。
まるでちょっと風邪を引いただけだ、と言わんばかりに活発に動き回る姿は、数時間前までの姿からは想像できない。
 ともあれ、命じられたことはやらねばならない。
 回線を通じて医療班に現状を報告、合わせてフミタン・アドモスとの面会が可能かの問い合わせを行う。
 クーデリアがいきなり元気を取り戻してしまったことには驚きの声が上がったが、アストラルステータスを見せれば沈黙が返ってきた。
絶句。まさにそれだ。彼らでも驚きの回復力というか、立ち直りを彼女は見せてしまったのだ。とまれ、医療班はモニタリングを条件に面会を許可。
クーデリアの準備を手伝うように指示を出してきた。また、面会のセッティングを行うとも。
 それに了承を返したアンジェラは、ドレスの準備を行うべく衣装ケースのほうへと歩んでいく。
 アンジェラの電脳には、こういった医療行為や医療介護のための知識と技術がインストールされていて、また、オンライン状態であればクラウドサーバーからのバックアップを受けて医師かそれに準じる判断が可能となる。
だから、そのデータベースの症例を勘案しても、これほどの回復というのはあまり例がない。

(科学のみ、ならばですが)

 クーデリアは知らないだろう。見ていたであろう夢が何であるかと。そしてアンジェラはそれを知っていた。
 結果がすべてで押し切るというのも問題だが、やむを得ない事情もあった。だから、アンジェラは沈黙を守ることにした。
 まったく、不条理だ。人間というのは、どうしてこうにまで危ないものに賭けるのだろうか
 そうでなければ結果が得られないというのは理解できるが、限度というのもあるだろうに。
 そうは思うが、彼女の思考ロジック、あるいは思考カーネルは人間への奉仕を第一義としておかれている。
だから、そこまでの苦言を呈するべきではないと判断するしかなかった。結果的に、彼女は復帰したのだから。

390: 弥次郎 :2020/09/21(月) 23:15:57 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp


 フミタン・アドモスが身柄を拘束されてからは、しかし、拘束以上のことはされていなかった。
 無理もない。まだアルゼブラでもこの火星圏における司法権については持っているとはいえず、かといってギャラルホルンに引き渡せば、クーデリアの関係者ということでよくて尋問、悪くて人質に使われる可能性が高かった。よって、一定区画から外に出ない程度に自由が制限されていた。
だが、それだけだ。あとはクーデリアとブッキングしないように注意が払われているほかは、特に制限もなかった。

「ふぅ……」

 そして、今日もまた無為に一日が終わろうとしていた。クーデリアの世話役はアルゼブラの人間が担当しているので、仕事はない。アルゼブラ側からの取り調べもおおよそ終わっている。
だから、何もなすことがない。義務もなければ、おのずからやろうということもない。ただ、食事をし、外の情報を見聞きし、眠る。それの繰り返しだ。
それについてとやかく言うことはない。当然の結果だ。自分はスパイをやっていたのだ。そういうことをやっていた報いは当然帰ってくるのだから。

 ただ、一つ気がかりなのは彼女が人間不信に陥ってしまったということだ。
 考えるまでもない。それは自分が原因だ。自分が、幼いころから彼女のそばにいた自分が、実は害するために動いていたのは信じがたいことで、同時にとてつもない衝撃となって彼女を襲ったのだ。これを知ったのは取り調べを担当するジョナサン・ドゥから聞かされたためだ。
どこまでがノブリスの意思であったのかを確かめるために開示された情報。それに動揺がなかったわけではない。
 彼女は自分にとってまぶしすぎた。あり方が、精神が、高潔な意思が。間近で見たからこそ、余計にそれは鮮烈だった。
そう、自分の薄汚さを思わず呪ってしまう程度には。

(つまり私は……絆されてしまったのですね)

 彼女の在り方に、彼女の放つカリスマに、人を惹きつけて止まない姿に。スパイとして真っ先に排除すべき情が沸いていたのだ。
 だからだろうか、彼女から距離を置かれてしまうことをしょうがないと思いつつも、ついついクーデリアのことが気になって仕方がない。
こんなことでスパイを続けていた自分に気が付けなかったなど、間抜け極まりない。いや、ついつい目を背けていたというべきか。
その結果が、これだ。

(会いたい…)

 不意にこぼれそうになる本音。会って、どうしたいのか。謝りたいのか、弁明したいのか、別れを告げたいのか。
それもわからない。ただただ会いたいという思いだけが募っていく。どうしようもないほどに。
こうして拘束されている状態なのが余計拍車をかけている。クーデリアのことを一番よく知る立場にいたから、クーデリアのことをさっぱり知ることができない状態に全くなれていないのだ。
 だから、鬱々とした気分が抜けない。ずっとずっとこのままでいるかと考えるだけで、体の抑えが効かなくなりそうだった。


「?」

 と、その時だった。独房---というにはいささか以上に過ごしやすい部屋の通信装置が点滅し、声があふれてきた。

『あー、アドモスさん?お元気かな?』
「ジョナサン・ドゥ…」

 その声は、幾度となく聞いた尋問官の声。
 続けて告げられた声は、無為の日々の終わりを告げる内容であった。

391: 弥次郎 :2020/09/21(月) 23:16:49 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

「……」

 通されたのは、いつもの面談室。
 部屋の中央が仕切られ、一部が向こう側と透明な板で仕切られ、マイクで会話が可能な部屋。幾度となく尋問で使った部屋だ。
促されて、椅子に腰かける。すでに尋問はあらかた終わったのだと認識していたが、ここまで来て何かあるのだろうか?

「……!?お嬢様……!?」

 自分の後を追いかけるように、同じ扉から無防備にも入ってきた彼女。
 走ってきたのか、その息は乱れていて、ドレスの裾は乱れてしまっているし、髪もそうだった。
 だが、それでもなお、自分からすればまぶしいほどの姿。
 自分が思わず何かを言おうとする前に、彼女はあっという間に自分の目の前にまで迫ってきた。
 無防備すぎる、と自分の立場に反して声が出そうになる。笑える話だ。最悪、手をかけることも想定していた自分が、彼女に対して危険だ、と自らの危険性を訴えるなど。自分は彼女の味方か、敵か、よくわからなくなってきた。

「フミタン・アドモス!」
「は、はい!」

 突如として、鋭く名が呼ばれ、反射で返事をしてしまう。
 いつになく鋭い視線。決心と覚悟に満ちた目。ああ、それだ。それを見せられると、自分は弱いのだ。
 金としがらみと、多くのもので縛られている自分を、関係ないとばかりに引っ張っていく力強さだ。

「命じます……」

 やめろ、とは言えなかった。スパイとしての意思は止めようとしたが、体がそれに従わなかった。
 耳をふさぐことも、遮ることも何一つできなかった。

「クーデリア・藍那・バーンスタインが命じます!これまで通り、これからも、ずっと……ずっと、私に仕えなさい!」

 言い切った彼女は、成し遂げたような、安どしたような、それでいて泣きそうな、そんな表情をしていて。
 おそらく自分も同じような顔をしていて、自然と傅いてしまった。力や地位や金などではない、そうしたいと思わせる、あるいは魅了してやまない彼女自身の気高さ。力が強制するのではなく、自然と惹きつけて離さない在り方。
ああ、これだ。これに、自分はいつの間にか絆されていたのだ。あの絵画に描かれた乙女のように、人々を束ね上げる象徴、希望の星。

「はい」

 震える喉を叱咤し、声を絞り出す。

「はい、お望みであるならば」

 その返答に、クーデリアはただうれしそうに笑うのみだった。
 でも、その笑みは、どことなく少女らしいあどけなさがあり、零れ落ちる涙が添えられていて、しかし、それで調和がとれていて。
 そして、一番見たかったものだ。

(ああ……よかった)

 思わずうるんだ瞳を手で押さえると、ふわりと彼女に抱きしめられる。
 それを受け入れて、ようやく、ようやくたまっていた感情の蓋が外れ、涙を流せた。
 もう欺かなくても、仮面をかぶらなくてもいいのだと、そう信じることができたから。










 それからのことを簡潔に?
 それはもう、ユリの花が咲き誇る…ことはなかったですけれど、お二人とも長く話されていました。
 私は傍に控えて聞いていただけでしたね。ええ。あぁ、ノブリス・ゴルドンの「説得」が完了したことはお伝えしましたし、お嬢様を支える同僚として今後もよろしく頼む、という挨拶だけは済ませました。それ以上につきましては、黙秘させていただきます。
 ええ、では、そのように。……オカルト方面の技術を事前説明抜きに使ったことは、少し苦言を述べたくはあります。
結果としては、助かりはしましたが、今後は避けていただきたく。
 絆されている、と?おそらくは。彼女は稀有な才能の持ち主です。この火星において旗印となったのは、単なる幸運だけではありません。
 ある意味で……彼女もまた「例外」足りうるのかと。
 では失礼を、クロード総指揮官。

392: 弥次郎 :2020/09/21(月) 23:19:18 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上wiki転載はご自由に。

夢に干渉することによるセルフカウンセリング。
術によって再現された陰陽反転の自己アバターと対話することで、内面を整理できる便利な術であります。

つまり仮称三日月=反転したクーデリアってわけですね。なお、クーデリアが三日月をイメージしたのは、短い期間でも彼女が三日月から影響を受けた証だったりします。

では、次はいよいよ地球への出向。
カラールの会議を終え、火星の独裁者となったクーデリアの地球への旅が始まります。
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最終更新:2023年09月30日 19:00