236: 弥次郎 :2021/08/26(木) 20:55:32 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS 短編集7(改訂版)
Part.14 再契約
アリアンロッド艦隊のイオク・クジャン率いる追撃隊を撃破し、拿捕し、調べを進めてから3日。
順調に次なる寄港地であるドルト・コロニーに向かうセントエルモス一行は、念のためにルートを変更し、やや遠回りだが安全と思われる航路を進んでいた。
元々テイワズの航路を使っていてスムーズに進行していたのだが、ギャラルホルンにそのルートが露見してしまい、もはや安全に航行できる保証はなくなった。
それ故に、急遽変更を行ったのだ。そのためには少しばかりの時間を必要することとなった。
その間に拿捕されて跳躍航行で火星に連行されたイオクらの取り調べが完了し、報告が戻ってくるのに十分な時間が過ぎていた。
「畜生……ジャスレイの奴め」
タービンズを率いる名瀬・タービンは仕事を終え、自分の船であるハンマーヘッドの私室にいた。
ぐったりと机に伏している彼のそばには、きつめのアルコールが置かれており、それを彼は呷っていた。
無理もない話だ。テイワズのナンバー2を務める、ジャスレイ・ドノミコスの裏切りにより前回の戦闘は勃発していた。
テイワズ内部に裏切り者がいる、という確信を持って進められた調査と追及により、あっけなくジャスレイは捕縛され、口を割った。
おかげで、アルゼブラはテイワズとの業務提携の破棄と補填の損失を求められることになりかけたのだ。
かけた、というように結論から言えばテイワズがアルゼブラや火星連合からの直接の報復は受けることはなかったし、取引などは続けることにはなった。
あくまでもジャスレイ・ドノミコスの一存による裏切り行為であり、テイワズが組織的にアルゼブラや企業連を欺いたのではないと確認されたためだ。
だが、それで終幕とはいかなかった。テイワズは自らの潔白を証明しなくてはならなくなった。
よって、JPトラストにおいて一連の動きに関与した人員の身柄を企業連へと引き渡し、ジャスレイらの資産からの補償の実施を行った。
また、さらに踏み込んだマクマードはジャスレイの派閥にいたテイワズ幹部数名を連座で更迭することにした。
これは上だけの話ではなく、中間層や場合によっては労働者レベルでもクビにこそならなくとも減給などの処分が下されることになった。
事情を知らなかったとはいえ、協力者に相応の処罰を下さねば示しがつかないというのが理由だ。
また、今回の騒動の監督責任を取り、マクマードはテイワズ代表の地位から身を引くことになった。
ついでに、引退だからと今回の横紙破りを許したエウロ・エレクトロニクスなどの関連企業の幹部の粛清や、これまで黙認していた失態をしていた傘下の企業の整理も行った。
これだけで多くの人間がテイワズ内部であぶれることになり、企業としての損失は膨大なものとなってしまった。
貴重な人材流出こそ大規模に発生はしていないが、手痛い打撃だ。今後のテイワズ自体の運営は何とか出来ても、計画されていた今後の事業は先送りなどを強いられるだろう。
さらに大きな問題となったのは、ギャラルホルンに流出した物品、エウロ・エレクトロニクスに提供されていたKマテリアルボックスの存在だ。
以前も述べた通り、これがあればコジマ粒子技術の端緒をつかむことが可能で、おまけに言えば基礎理論程度ならばサンプルや資料を基に構築できる。
テイワズがタービンズを介して仕事を請け負い、その報酬として提供され、技術供与の用意されたそれは、あろうことかジャスレイの横紙破りにより横流しされた。
そして、マクマードをはじめテイワズ幹部は、ガチギレ寸前のアルゼブラの社員からコジマ粒子についてのレクチャーを受けたのだ。
100年近く昔、現在のような星間国家ではなく地球という惑星を中心とした宇宙進出国家群だったころの話を。
即ち、WLFによって起きた悲劇を体験し、それを鎮圧し、後始末する羽目になった顛末を語ったのだ。
レクチャーの効果は劇的過ぎた。ショックで気を失うもの、発狂寸前になるもの、いかに自分たちが便利だが危険なものを供与されていたのかを知ったものなどだ。
惨憺たる有様となり、かろうじて無事だったマクマードが総員に渇を入れ、なんとか謝罪と対応を引き受けることを確約したのだ。
追って沙汰は下る、と知らされたのが先ほどの通信であった。
名瀬ができたことといえば、個人的にセントエルモス首脳部や大本の依頼主であるクーデリアに対して謝罪することであった。
237: 弥次郎 :2021/08/26(木) 20:56:26 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
事情についてすでに知っていたためか、その謝罪は受け入れられた。
だが、それだけだった。
過剰な追及はなく、攻める言葉もなかった。どうしようもないほどにそれが痛かったのだ。
だが、自分は甘いといっていいほどの処遇となった。
現状、タービンズに対して供与されている技術や物品はそのまま使用してもよく、今後はユーザーとなってもよいといわれたほど。
さらに今後の仕事も請け負ってもらうこととなり、多少の報酬の減額こそあれど、契約解除ということにはならなかった。
事実上、放免されたといってもいい。
だが、それで名瀬の罪悪感が消えたわけではない。
義理の父親が泥をかぶって謝罪したというのに、自分だけがのうのうとしているのが、自分で許せないだけだ。
もちろんのこと、自分でなせることがないというのはよくわかっている。自分のあずかり知らぬところであるとはいえ、領分ではないところで発生したことなのだから。
だから、やり場のない感情を名瀬は持て余したのだ。
(俺も、あのギャラルホルンの坊ちゃんを笑えねぇな)
恩のある人間の汚名を晴らすため、と行動したと聞く。自分にとってのマクマードが、イオク何某にとっての恩のある人間なのだろう。
動いてしまった気持ちがわからなくもない。だが、名瀬は大人でもある。だから感情だけで動くことを良しとはしなかった。
そして、何とか逃げ出した先がアルコールだった。自分でも深酒をしている、という自覚はある。
だが、何ともしがたいこの気持ちの整理ができないのだ。この仕事が終わったら、どうなるのか。
テイワズは?義理の父マクマードの処遇は?自分たちの今後は?依頼主を裏切り、あまつさえ尻拭いをさせる羽目になったテイワズはどうなるのか?
「くそったれ……」
そして、瓶に手を伸ばして、しかし、届かなかった。
誰かの手が、すっと瓶を動かしたのだ。
「んお……?」
「らしくないねぇ、あんた」
「……アミダ」
自分の妻、アミダだ。彼女は取り上げた瓶から自分のグラスに中身を注いでいく。
「飲みすぎだよ、分かってる?」
「おう…」
そういうアミダも、普段以上のペースで飲んでいる。彼女も彼女で、思うところがあるのだろう。
彼女だけではない、ハンマーヘッドのクルーも、アルゼブラには大きな恩義があり、この仕事だけで終わらないパートナーとなるはずだった。
思えば、今回の案内における報酬は破格を通り越してた。
厄祭戦時のMSを再現したMSの提供、コジマ技術の供与、新型機関の提供、テイワズへのMS技術やエイハブ・リアクターの友好価格での販売などなどだ。
彼らからすればごく普通で、しかしこちらか見れば過剰ともいえる報酬。スケールの違いを認識した一件であったが、今となっては重たい。
「名瀬」
「ん?」
「明日から、大丈夫かい?」
そうだな、と口の中でつぶやく。
正直なところを言えば、申し訳なさでいっぱいで、今からでもハンマーヘッドごと譲渡して謝罪としてしまいたい。
あるいは、今回の報酬を全て返還してタダ働きしてもいいとさえ考えている。明日顔を合わせるのも出来れば避けたい。
だが、そんな子供じみた行動をするわけにはいかない。これ以上、テイワズの一因として醜態をさらすわけにはいかないのだ。
「ああ、やってやるさ」
やれるとすれば、今回の仕事をこれ以上のトラブルなく終えることだ。
名瀬にもなけなしの意地がある。誇りがある。
だからこそ正式に案内役の継続を勝ち取った。大人の、名瀬の意地であった。
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Part.15 天使の羽衣
アンジェラは、実のところ高級アンドロイドである。
警護から世話係までを一括して担う一定ランク以上の要人をターゲットとして開発されたハイエンドのメイド型アンドロイド。
そして搭載されているAIに関しても、アストラルも観測されている、すなわち魂の持ち主だ。
単なる素体としてのスペックの高さもあるのだが、装備されている多目的デバイスや必要に応じた四肢の換装機能を有している。
さらには軍用の兵器までも操るだけのOSなどそのスペックの高さと汎用性のためにあらゆる方策がとられ、要素として取り込んでいる。
そして、クーデリアは、四肢の換装作業を終えて人型に近い形を得ているアンジェラの姿に、連合の技術のとんでもなさというものを実感していた。
「……お嬢様、そのように見られますと少し恥ずかしいです」
「ごめんなさい、アンジェラ。でも、だいぶ印象が違うから……」
現在のアンジェラの四肢は人間と同じような、標準的なヒューマノイド型義肢に置換されている。
だが、クーデリアにとってはその姿のほうがまだ見慣れていないアンジェラの姿なのだ。人間らしい姿こそ不自然に見えてしまう。
「まあ、私としてはこちらのほうが標準仕様なのです。もっと正確に言えば……あー、長くなるので止めておきましょう」
アンジェラの本来の仕様、すなわち積極的攻勢をも視野において開発された装備を整えれば、限定環境下でならばMSとさえ張り合うことも可能だ。
なにしろ、アンジェラはかつて存在し、今も存在する生身でMSを撃破するという超人たちの人為的再現を目指して開発されたものなのだから。
まあ、それを今クーデリアらに話したところで意味はない。だが、教えておいたほうがいいこともあるのも確かだ。
「お嬢様、ドルトコロニーでは鉄華団の方々が護衛につきますが、お嬢様のおそばに常につけるのは私とフミタンとなります。
ですので、一つシミュレーターで体験していただきたいことが」
「私が、シミュレーターで…?」
「私もですか?」
うなずきを返すアンジェラは、しかし内心苦笑した。
シミュレーターとはいうが、それは戦闘シミュレーターだ。
この後はドルトコロニーによることになるのだし、地上に降りたらそこで終わりではなく、安全の確保されている艦艇の外に出なくてはならなくなる。
彼女自身にも可能な限りの防御を与えてはあるが、常に万全とは限らない。つまり、備えるが吉、ということ。
「民間人と軍人とが入り混じった、市街地戦闘を想定したシミュレーションです」
「そ、それは…」
ひきつった笑みを浮かべる二人に、とどめを刺すべく、アンジェラは笑顔で宣告した。
「さあ、まいりましょうか。大丈夫です、シミュレーションなら何度でも死ねますから」
この後無茶苦茶訓練した。
命の大切さを知った(こなみ)。
239: 弥次郎 :2021/08/26(木) 20:58:34 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
Part.16 近視、あるいは善性の塊の末路
- P.D.世界 火星圏 火星 地球連合P.D.世界監察軍所属 コロニー型外宇宙航行母艦ソレスタルビーイング級 居住区内独房
居住区の一角、どちらかといえば端の方、人が訪れないようなその区画に絶え間なく声と音が響いていた。
声は男性のものであり、怒声であり、怨嗟の声。そして、頑丈な素材でできた扉を殴りつける音だった。
「私を誰だと思っているのだ!セブンスターズの一角、クジャン家の次期当主イオク・クジャンだ!
この不当な拘留に抗議する!早く開放するのだ!聞こえているのか!」
声と音の主は、イオク・クジャン。
セントエルモスとの戦闘においてその戦力をことごとく無力化され、自身の乗艦も無力化され、陸戦隊により拘束された人物。
彼とその部下たちは跳躍航行により火星へと連れていかれ、専用の設備もあるソレスタルビーイング級機動要塞へと移送された。
拿捕された艦艇やMSおよびその兵装なども含めてそっくりと火星圏まで移送されているのだ。
彼をはじめとしたイオク艦隊の主観ではわずか3日とたたず火星にいたのだから驚いたことだろう。
そして、自分たちがとてつもなく巨大な要塞の中にいるということも驚きであった。
勘のいいイオクの部下は、いかに相手が規格外であるかをうっすらと感じ始めていた。
だが、そのイオクはそんなことなど理解しているはずもないし、彼の部下がそれを進言することもかなわない。
「おい、貴様!聞こえているのか!」
外聞もなく怒鳴り散らすイオクであったが、歩哨として歩いているアンドロイドは一向に意にかさない。
アストラル-すなわち自己や魂を持たないルーチンワーク用のアンドロイドは、そのように作られているのだから。
もちろん非常事態、例えば、囚人が命の危機に瀕したとか、何らかの方法で自殺を図ろうとしたとか、そういう事態が起これば当然反応を示す。
だが、それが起こらないということは、構う必要などないという判断をしており、事実として無視しているのだ。
しかし、イオクは収監されてから2日が過ぎてもなお、いまだに元気よく看守(とイオクが信じ込んでいるアンドロイド)や尋問官に吠えているのであった。
最も、尋問官の側は、アストラルを介してとっくにイオクから証言をとっており、もはや彼は尋問する価値もないと判断しており、形式的に相手をしているのに過ぎない。
つまるところ、イオク・クジャンはそこらのギャラルホルン兵士の一人にすぎなかったのである。
そして、アンドロイドが去っていくのを見送り、イオクは再び独房の中の椅子に身を置いた。
疑問は尽きないし、部下たちも心配だ。そして、姿を見せないことにラスタル様はどうしているだろう、とイオクは考え込む。
もうお分かりだろう。彼は、自分のなしたことがどういうことなのかを理解していない。
尋問においてある程度の情報が開示され、どういう意図があってクーデリアに害をなしたのか、
クーデリアに害をなすことがどういう意味を持つのかを問われたのだが、イオクはそんなことを覚えていなかった。
ひょっとしたら、意識の片隅に少しばかりあったのかもしれないが、彼の優先順位からすれば、些事にすぎなかった。
そんなことだから、自分がラスタルをさらなる窮地に追い込んだのだということを想像もできず、考えもしなかった。
弁護するが、彼は悪人ではない。
その正直さやまっすぐな性根は間違いなく本物である。
しかして、それは時として、悪となる。地獄への道は善意によって舗装されている、という言葉があるように。
あるいは、純粋すぎる子供が捕まえた虫を悪意なく殺してしまうように、彼はあまりにも悪意のない悪意に満ち溢れていた。
己のなすことがどういう影響を及ぼすかを理解していないという点においては、下手な悪人をしのいでいるかもしれない。
そこには善意しかないために、躊躇いや躊躇などというものが存在せず、むしろ進めようとしてしまうのだから。
(ああ、ラスタル様……)
そんな歪みを持ってしまったのは、彼のせいか、それとも周囲の人間のせいなのか。
それを論じたところで、もはや意味はないだろう。後世、彼はコジマを蔓延させた元凶の一人という誹りを受けることになるのだから。
この後の彼には、これまでの行いに対する因果応報とみるべきか、約束された凋落と苦難が待ち受けているのだが、この時の彼が知る由もない。
自らの行いは自らに返ってくる。そんな極々当たり前のことを自ら体験することになるのは、まだ先の話であった。
240: 弥次郎 :2021/08/26(木) 20:59:11 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
アレコレと話の改訂と修正を進めてまいります。
最終更新:2023年09月30日 18:59