791: 弥次郎 :2020/10/10(土) 00:55:42 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「悪意の坩堝」
サヴァラン・カヌーレは焦りを色濃くしていた。
カレンダーを見れば、間もなくドルトコロニーにクーデリア・藍那・バーンスタインが訪れる日が間近なのだと分かる。
(どうする……どうする……?ナボナさんたちは決起に前向き……だが、ギャラルホルンには……!)
彼のドルトカンパニーにおける役目は一言で言えば労使交渉における労使間の橋渡し役である。厳密には経営陣(ホワイトカラー)だが、その実務の関係において労働者側(ブルーカラー)に近しい。その必然として、双方が双方に抱く感情や思惑などが聞こえてくる立場にある。
だから、クーデリア・藍那・バーンスタインの来訪に近いタイミングでナボナたちは労働争議を起こす計画を立てていると知っていた。
曰く、クーデリアの代理人を名乗る人物からの武器の提供や協力の約束を取り付けていたのであった。
ナボナたちに信頼されていたからこそ、サヴァランはこれを密かに明かされており、行動後には使用者側との交渉に入りたいと言ってきた。
それはまだいい。経営陣にまともに取り合う気がなくとも、少なくとも労働争議や労使交渉自体は行われていたのだから。
問題は、そのクーデリアにあった。
ドルト・コロニーはその名の通りドルト・カンパニーの有するコロニー群であり、そのコロニーを持つほどの大企業ゆえに公営企業としてアフリカユニオンが大きく経営にかかわっている。
直接の経営はドルト・カンパニーの担うところであるが、経営方針や長期的な経営計画、ノルマなどはアフリカユニオンの意思が働いている。
つまり、このコロニーの労使関係は意外と複雑で、多くの人間の関与するところなのだ。
話がそれた。そして、このコロニーにクーデリアが来訪すると分かった時点で、アフリカユニオンの一部から、このコロニーで彼女の身柄を抑えてしまえという声が出て、実際にギャラルホルンや警備部が動き出しているというのだ。
ついでにナボナたちの労働争議も鎮圧してしまえ、ということでギャラルホルンが鎮圧を行うことになっている。
そう、そんな双方の思惑を知ってしまったがゆえに、彼は完全に板挟みになってしまったのだ。
労働者側についても、経営陣側についても、彼は誹りを受けることになる。
ナボナたちにつけば自分は間違いなく首だ。苦労することもあるが、まともな職をここで手放すわけにはいかない。
自分の出身は火星という圏外圏だ。たまたま学業で優れており、両親の働いていた工場から引き抜かれ、現在の地位にいる。
ドルトカンパニー本社の役員はほぼ地球出身者で占められているのだが、そこに滑り込めたのだ。
給料はいいし、少なくとも労働者や貧困層のような劣悪な環境で生活を強いられてはいない。
しかし、経営陣につけば、つまりナボナたちを見捨てれば、彼らは武装蜂起を理由により苦境に追い込まれることになる。
確かに武器なども提供されているが、それだけだ。ギャラルホルンに勝てるわけがない。おそらく逮捕など生ぬるく、そのまま殺されてしまうかもしれない。武力を振りかざしている以上交渉の余地なしと判断されれば、この世界における最大の暴力装置が情け容赦なく働くことになる。ナボナたちを見捨てることができないし、裏切るなど感情的にもしにくい。その程度の感情移入はしてしまっているのだ。
そうして迷うこと10日以上、いよいよその日が直近となってしまっている。
サヴァランは、決断できずにいた。どっちを選んだとしても苦難は避けえない。
己の身も大事であるが、ナボナたちを裏切ることもできない。どちらを選ばなかったとしても、最悪は避けられない。
どうする、どうする、いったいどうする?良い解決案が浮かばないかと考えを巡らせてはいたが、何一つ浮かばなかった。
既に時間はない。クーデリアが来てしまえば始まってしまうかもしれない。
792: 弥次郎 :2020/10/10(土) 00:57:14 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
「なんとか、何とかしないと……」
焦りだけが募る。彼にすべての責任があるわけではない。だが、彼は責任感ゆえに追い込まれていた。
世界の残酷さを目の当たりにし、どうしようもないほどの動きを見てしまい、彼はキャパシティーを超えてしまった。
もとより、個人の背負えるものなど限りがある。キャパシティーなど、およその人間は自分の人生でいっぱいになってしまう。
先天的に、あるいは後天的にその器が大きくなっている人物がいるが、それが俗に言えば英傑と呼ばれる人種だ。
凡俗をまとめて束ね上げ、平凡では背負いきれないものを背負い、あるいはとてつもない苦難の道を切り開いていく。
しかして、そんな都合の良い存在ではないのだ、サヴァランは。
歴史書で言えば叙述されることもないモブがいいところで、事件を切り取った写真や絵に知らずに姿が入っているかもしれない程度。
歴史を動かしてきた偉人たちとは比べるのもおこがましい。
だが、サヴァランからすれば自分は大きな岐路に立たされていたのだ。さながらトロッコ問題のごとく。
己の身の大切さに走って親交ある人々を見殺しにするか、それとも人々を救う為に自らの今後を投げ捨てるのか。
自己愛か他者愛か。どっちをとったとしても後悔と実害が残りであろう二者択一の選択。
結論から言えば、彼に選ぶことは難しすぎた。どちらかを選ぼうとすれば、捨てた方に対して呵責を感じてしまう。
しかし、時間猶予はない。その焦りがさらに彼を追い詰めていく。
「くそ……なんで余計なことをしてくれたんだ……!」
思わず出るのはクーデリアへの悪態だった。
彼の主観的には、彼女が支援など約束したからこそ、事態が悪化したというゆがんだ認識があった。
たとえ彼女が来なくても、いずれは暴発していたかもしれない労使関係であったが、着火したのはクーデリアのように思えるのだ。
それは無自覚の逃避。ジレンマに陥ったサヴァランが自分を守る為に選んだ選択肢。責任を押し付けられず、状況的にクーデリアに押し付けただけと言う、きわめて単純なこと。彼女が来なければこんな事態には---
「クーデリア…?そうか、クーデリア!」
その時、サヴァランの頭に閃きが奔った。
その手があったか、と自分で自分をほめたくなったほどの案。上手くいけば、両方を守れるかもしれない。
そんな淡い期待を覚え、彼は考えを必死に纏め上げ始め、また、協力してくれる人間に連絡を入れることにした。
もしこの時、彼が自分の顔を見ることがなかったのはすさまじい幸運だっただろう。人間性をむき出しにした、エゴと自己愛と自己満足だけに満ちた、まさしく唾棄すべきおぞましい感情で満ちていたのだから。
自分の考えに安易に飛びついて、その結果が何を導きだしてしまうのかを考えず、これで正しいのだとわき目も振らない状態。
その考えを実行に移せるのか、うまくいくのか、目論見通りの結果を得られるのか。それらをまるで無視して、彼は突っ走った。
- P.D.世界 L7 ドルト・コロニー群 ドルト3 ドルトカンパニー ビル
ドルト3の特色を簡潔に言えば、そこは上流階級の暮らす世界だ。
ドルト・コロニーを有するドルト・カンパニーが経済圏の一つアフリカユニオンの国営企業であり、そのためもあって経営陣というのはほとんど全員が地球出身者によって占められている。
公営企業ということもあり、その経営方針などはアフリカユニオンの意思が大きく絡んでいるのはすでに述べた。
だが、見方を変えれば、それは火星で見られる搾取体制の焼き直しともとれる体制でもある。
少し調べればわかることだ。労働者たちや貧困層が暮らし、工業区画もあるドルト2はとてもではないが環境が良いとはいえない。
住環境としては良くないうえに、労働者たちに課されるノルマも厳しく、それでいて待遇もよくはない。
一言でいうならば働いても働いても生活が楽にならず、将来の展望が望めない状況が続いているのだ。
他方で、経営陣はぬるま湯のような生活を送っていた。確かに地球外で生活することを強いられてはいるが、住環境は地球とそん色のない良いものであるし、基本的にホワイトカラーである以上、よほどでなければ過酷な労働はない。
ノルマを達成できるように労働者の尻を蹴り上げるなどしていれば、あとは勝手に自分の懐に給与が振り込まれてくる。
労働者から文句が出ることもあるが、基本的には経営陣の言うことを聞くしかないパワーバランスになっている。
だから、お茶を濁す程度でよいので、コストカットになり、ひいては自分たちの給与が増えるというわけだ。
暴動が起きれば?不満がたまって暴発すれば?それは本国経由でギャラルホルンに対応させている。勝てるわけがないのだ。
793: 弥次郎 :2020/10/10(土) 00:58:01 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
つまるところ、彼らは一種の隔離世界に生きている。面倒なこと、目に入れたくないことを別の箱(コロニー)に押し込み、対処すべきことを他者に投げているという安寧の中にいるのだ。それは安らかであったが、知らぬところで血と悲劇を重ねるおぞましきもの。
だが、彼らにとっては斟酌すべき範囲の外にあることだ、だからこそ無関心でいられた。
彼らに罪悪感はない。地球出身者だから、という特権意識が多くをマーキングしていた。重要なのは地球内のことであり、ひいてはアフリカユニオンのこと。それ以外など些事であるし、最悪の場合、地球外の労働者など替えは効くのだから。
「さて、そろいましたかな…」
そして、そのドルト3の一角、ドルト・カンパニーの本社施設の入るビルのとあるフロアで、数名のスーツ姿の男たちが顔を突き合わせていた。
仕立ての良い服装で、見るからに、という装飾で身を飾る彼らはドルト・カンパニーのいわゆる重役であった。
彼らがこうして集まったのは-公式な会議ではない、非公式な会議を開いているのは、間もなくこのドルトコロニーに来訪する、そしてコロニー労働者たちが支援を求めるであろうクーデリア・藍那・バーンスタインへの対処のためであった。
ゆえにこそ、表向きには存在していない裏の顔、つまり、ギャラルホルンや本国との後ろめたい交渉事を担当するメンバーが集っている。
その中でまとめ役であるレオス・アザイは、しかし、余裕の表情であった。
「各所、準備は順調ですかな?」
「ええ、こちらも。ギャラルホルンのコロニー駐屯部隊との連絡は取れています」
「労働者側もだいぶ今回の件で盛り上がりを見せています。ま、ガス抜きにはちょうど良いでしょう」
ほかの面子の顔色もよく、声に余裕がある。
いつものことなのだ、この程度は。武力に訴えれば、この世界最大の暴力装置が牙をむく。その背景があるから、彼らは余裕の姿勢だ。
「一つ懸念するとすれば、ギャラルホルンで少々政変が起きていることですが…」
「問題ないでしょう。予定通り艦隊はドルトに寄港できるようですし」
「艦隊の規模は?」
「2個艦隊。労働者側もビスコー級に武装を施しているようですが、まあかないませんでしょう」
そして懸念することといえば、クーデリア・藍那・バーンスタインが引き連れてくる戦力だ。
しかし、火星を出発する際に確認されている艦艇の数は多くとも10隻少々がいいところ。その艦艇の中には、ギャラルホルンの有する巨大戦艦スキップジャック級に匹敵する大型艦艇もいたのであるが所詮は数の差で圧倒的に不利だ。
「まあ、少々騒がしくはなりますが問題はないでしょうな」
「ええ。火星の独裁者になりあがったとて、所詮は小娘。彼女が扇動するとしても、このコロニー内部ですからな」
彼らはせせら笑う。地の利はこちらにあり、また、コロニー内部ともなれば動かせることができる戦力には限りがある。
「とはいえ、本国からは身柄は抑えるだけにとどめろ、とも言われています。
できれば手荒なことは避けたいものです」
「ええ。スマートにやらなくては」
だが、彼らは知りようもない。
そんなコロニー側の思惑などすでに織り込み済みで行動していることも、クーデリアを護衛する艦隊がただの艦隊ではないことも。
そして、すでに彼らが仕込みを済ませる以前から連合は準備を行っており、さらには内通しているノブリスも書類上の存在であり、罠にはめた側とはめられた側がとっくの昔に逆転してしまっていることを。
すべては、彼らが閉じた世界で完結してしまっていたことが原因だろう。
常に流動的で、先が読めないからこそ世界なのである。だが、彼らは長らく動きのない、停滞した世界に浸かりすぎてしまった。
故にこそ、情報を知りたいだけしか集めず、またろくに確かめもせずにいた。その怠惰こそ、忌むべきことだというのに。
とはいえ、彼らが自ら招いた結果だ。彼らがそう望んだがゆえに、そうなってしまう。
外を見たくない、知りたくないと示したならば、相応の報いが返ってくる。天網恢恢疎にして漏らさずということである。
彼らがそれを認識するのは、クーデリアを擁するセントエルモスが寄港し、行動を開始し、完了するその時まで訪れることはなかったのである。
794: 弥次郎 :2020/10/10(土) 00:59:28 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
ドルトコロニー編、始まりです。
悪意はとどまることを知らない。
閉鎖環境ともなれば、それは濃密なものとなるだろう。
だが、悪意の代償は必ず訪れる。無慈悲に、そして、残酷なまでに。
812: 弥次郎@スマホ :2020/10/10(土) 02:00:00 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
791修正
×だから、クーデリア・藍那・バーンスタインの来訪に近いタイミングでナボナたちは労働争議を起こす計画を立てており、
○だから、クーデリア・藍那・バーンスタインの来訪に近いタイミングでナボナたちは労働争議を起こす計画を立てていると知っていた。
修正お願いします
最終更新:2023年11月12日 16:00