562: 弥次郎 :2020/10/15(木) 01:17:58 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「悪意の坩堝」3
時間は一週間ほど前、セントエルモスの輸送艦であるカルダミネ・リラタがドルト2に入港した時まで遡る。
ギャラルホルンの臨検隊による嫌がらせ同然の調査を掻い潜って、クーデリアは無事にドルト2に足を踏み入れた。
彼らは事前情報に基づいてカルダミネ・リラタの動きを封じ込め、尚且つ暴動を計画しているというのを既成事実化しようとしたのだろう。
だが、そんなことは計算の内。カルダミネ・リラタの艦内であらかじめ積み荷を入れ替えておけば済む話であった。
そも、カルダミネ・リラタは輸送艦とは言え持ち主は企業連の実働部隊、武器が置いてあってもおかしくないし、海賊対策で民間船でも武装していることはざらにある。だから紛れ込ませることに何ら問題はなかったのだ。
ついで、クーデリアは労働者側の代表者であるナボナと接触を図った。無論、信頼のおける人間とだけ、だが。
経営陣側のスパイが紛れ込んでいることも考慮に入れて、あらかじめアストラルパターンの解析を行い、スパイをあぶりだした。
その手のスパイのアストラルパターンの傾向は大体一緒だったので、表面上は取り繕っても意味はなかった。
ここまで手の込んだことをやったのは、表向きクーデリアはドルト3におり、ドルト・カンパニーの監視下にあると思わせなければならないためだ。
ゆえにこそ、クーデリアが実はドルト2にいるのだということは内密にしてほしいと釘を刺したし、余計な人物には話さないように緘口令を敷いてもらった。
さらには、入念な諜報対策を実施した。会談場所に来るまでに手荷物検査のほか、盗聴器の類が仕掛けられていないか、あるいは何か不審なものを持っていないかを調べていた。しつこいくらい、と思われるかもしれないが、連合や企業連の基準で言えばまだまだ警戒項目はたくさんある。科学的な面に加えてオカルト系の諜報もあるのだし、これでも削った方である。そんなチェックを潜り抜けたナボナ・ミンゴを筆頭とする労働組合は、火星連合代表のクーデリアの会談に臨んだ。
「ナボナ・ミンゴです。ドルト・コロニーによくお越しくださいました」
「火星連合代表のクーデリア・藍那・バーンスタインです」
「企業連の派遣戦力であり、バーンスタイン嬢の護衛を務める「セントエルモス」の渉外役ジーク・ハルトマンです。よろしく」
また、その会談の席にはスポンサーである企業連を代表し、渉外役の一人であるハルトマンも参加していた。
確かに企業連や連合はクーデリアのスポンサーを務めているが、彼女には火星連合代表としての意見があり、企業連は企業連で意見がある。それを伝えるのが彼の役目だった。
冒頭において、クーデリアがナボナに伝えたことはいくつかある。自分の名を借りたノブリス・ゴルドンが、実はドルト・カンパニーやギャラルホルンと結託していること、以前から密輸されていた武器は欠陥品だったこと。
自分の名前が利用されていることに気が付いたのは実はごく最近のことだったことだ。
そしてそのうえで、クーデリアは労働者側にはいきなり協力はできないと伝えた。
ナボナたちからすれば驚天動地の事態だ。あるいは、青天の霹靂か。支援を約束していたのが、実は名義だけ使われた罠で、尚且つ、クーデリア自身があずかり知らぬところで事態が進んでいて、おまけにそれはクーデリアの立場を悪くしてしまうものとは。
そして、ナボナはそのことをそのクーデリアから丁寧に説明を受けていた。
「私は現在、火星連合の代表という立場にあります。よって、迂闊な協力を行えば、それは経済圏への攻撃と受け取られかねません。
火星連合は現在のところ、立場は微妙なところにあり、経済圏に害をなす存在と認識されることは避ける方針ですから」
「し、しかし…火星連合が独立を果たしたのは聞き及んでいますが、まだ経済圏に従うおつもりで?」
「いいえ、独立を果たしたからこそ、経済圏との付き合い方を決めねばならないのです」
563: 弥次郎 :2020/10/15(木) 01:18:30 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
クーデリアはきっぱりと言い切る。ここは決して譲れないラインだ。
確かに経済圏は自分を疎んで刺客を、あるいは公的な軍事組織であるギャラルホルンを差し向けてくる。
かといって、付き合いを持たなければ永遠に続くだろう。今はまだクーデリア自身が狙われているだけだが、このままではいずれ火星連合の力を持たない人々にまで悪意が向けられてしまう。そうなれば、守り切れなくなる。
やがては致命的なところまで火星連合は攻撃を受けることになり、やがては戦争にまで行きつくだろう。
だからこそ、国家として承認を取り付け、国交を持ち、無用な戦いを避ける必要があるのだ。その状況まで持ち込むのが、自分の、火星連合地球派遣全権特使としての役割である。
「はあ……そうでしたか」
一労働者にすぎないナボナには理解しがたい話だ。火星が独立すればそれで終わり、などという生ぬるいものではない。
火星という惑星が一つの国家としてまとまり、経済を維持し、国家として活動を続けられるようにしなくてはならない。
その中には、元の支配者であった経済圏との付き合いをうまく落着させる必要もあったのだ。
まあ、これは理解してもらえなくてもしょうがない。そのようにクーデリアは考えていたが。
ともあれ、とクーデリアは改めて断言した。
「私の名前で支援を受けていたとはいいますが、私自身はこれを感知していませんでした。
よって、これまで言われていたような支援をするかどうかは私の、火星連合の意思に基づくと考えてください。
場合によっては、あなた方の要請を拒否することもあり得ます。殊更、暴力的な手法に訴えることに関しては厳しく見ております」
ナボナはその威圧に一瞬ひるむ。だが、簡単に引き下がるわけにもいかない。
ナボナとて、労働組合をはじめドルト・コロニーで働いている労働者たちの明日を、未来を背負っているのだ。
これまで長く苦しい扱いを受けてきたのだ。ここでなんとかしなくては、改善や打開の余地などないように思えている。
「ですが、我々の待遇はあまりにも悪いのです。労使交渉もお茶を濁されておしまいばかりでして。
時の人であるバーンスタイン嬢のお力添えを頂ければ、経営陣側も動かざるを得ないかと」
「それはお察しします。とはいえ、実力行使が私自身にも、火星連合にも害をなすとなればこれを止めねばなりません。
火星連合に加盟する都市の人々の数はこのドルト・コロニーの労働者たちよりも多いのです。そして、私は彼らを優先して守らなくてはならない。
ナボナさん、あなたがこのコロニーの労働者たちを守ろうとするのと同じように、です」
クーデリアのにべもない返答に、ナボナは息を詰まらせるしかない。
確かにナボナにとって重要なのはこのコロニーで共に働く労働者だ。しかし、同時にその絶対的な数に関しては、クーデリアの守るべき火星連合に属している国民よりも遥かに少ない。単純比較はできないが、数に勝る火星連合を守った方が良いと考えられる。
それに加え、勝手に名義を使われていたクーデリアからすれば、さっさとこの話を切り上げてしまった方が良いのだ。
今こうして丁寧にナボナと話しているのも、クーデリア自身の厚意からにすぎない。
立場の違い、考えの違い。ノブリスの手によってつながっていたかに見えた両者は、全く違う領域に立っていたのだ。
「GNトレーディングからの荷物を届ける、という体でこちらに来ましたが、それでも止まらないというのであれば、私は私が選ぶべき行動としてあなた方を見捨てます。ノブリス・ゴルドンが私の名義を勝手に使っていたことを私が知らないと言えば、あなた方はまんまと騙されただけの、哀れな労働者で終わりでしょう。ギャラルホルンに鎮圧されておしまいです」
「……ッ!」
冷たく突きつけられるそれは、しかし正論であり事実だ。ナボナたち労働者がいくら覚悟を決めたところで、なせることなど限られている。
たとえ蟻が牙に毒を手に入れたところで、はるかに体の大きな象に勝てるわけではないのだ。
564: 弥次郎 :2020/10/15(木) 01:19:25 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
ナボナはその言い方に思わずカッとなりかけたが、クーデリアの鋭い視線に身動きが取れない。
とてもだが、少女とは思えない視線と態度。そして理論づけされている言葉。ただ革命を叫んだ乙女ではなく、実際に火星という惑星を支配している支配者、女帝を思わせる決然とした姿勢だ。
ただの一労働者がどうこうできるような、そんな軽い存在ではない。脅す?脅迫する?無理だ。
力関係において圧倒的に不利であるし、自分に目の前の女帝を相手にそんなことができる胆力など存在していない。
クーデリアの威圧を真っ向から受けたナボナは自然と理解させられてしまう。
「ご助力、いただけませんか……」
「はい、このままでは不可能です。あなた方が穏当に抗議活動を行い、我々火星連合に迷惑をかけずに終えていただければ一番ですね」
クーデリアは、情け容赦なく真っ向から相手を言葉でたたき伏せた。
「ただし」
落としたところで、手を差し伸べてやる。ただし、相手から踏み込まねばならないところに。
「あなた方が、私を、そして火星連合を動かすような理由を持ってくることができるならば……協力もやぶさかではありません」
「……!?」
「ああ、勘違いなさらないでください。無償では動きませんし、同情心からは動かないということです。
言っておきますが、泣き落としされても時間の無駄ですし、このコロニーに存在する資産程度では私は了承しかねます」
「企業連としても、バーンスタイン代表と同じ返答です。我々が動くに足る報酬をご用意いただけなければ、残念ながら動けません」
さらりと無理難題を口にするクーデリア。そして、それを補強するハルトマン。
ナボナの絶望がさらに深まったようであるが、これは現実だ。
クーデリアは地球に向かう途中で寄っただけであり、極論無視してもよかったのだ。そして、利益がないと分かればそれを選んでよい。
そして、クーデリアを、火星連合と企業連を動かすならば、このP.D.世界の通貨では膨大という額を通り越した報酬が必要だ。
火星連合は火星という惑星自体の市場や資源や立地など様々なものを報酬としており、出せるものはほぼ出している状態に等しい。
だから、たかがコロニー程度ではとても足りないのだ。あることはある、しかし、それにナボナたちが自分から気が付いてもらわなくてはならない。
教えてやることはやぶさかではないが、クーデリアもそこまでお人よしではない。
他方、そんな無理難題を吹っかけられたナボナたちは困惑して顔を見合わせており、何やら小声で相談している。
あるいは、同席しているハルトマンに意見を求めたりしているが、返答はにべもない。
(……これが、切り捨てるかもしれない、ということ)
クーデリアは、しかし、内心の嫌悪感を隠せない。それは自分への嫌悪感。
虐げられている彼らを見捨てなければならない、無力な自分への自責の念だ。クーデリアとて人の子だ。
彼らを見捨てることに良心の呵責を覚える。理論立てているが、半ば自分に言っているようなものだった。
だが、それが必要なのだ。彼らを救うとは決めていても、自分が自ら乗り出してやるのは彼ら自身のためにもならない。
さらに言えば、情に簡単にほだされると思われては自分自身にも、火星連合にも益がないのだ。徹底的に甘やかしてしまうか、それともすべてを奪い去ってしまうか。結局のところその二択へ落ち着くのだ。そして、恐れる相手を人々は傷つけたり、あるいは反抗しようとは思わない。ギャラルホルンが良い例だ。だから、火星連合は恐れられなければならない。
(恐怖政治とは違う、畏れ、あるいは、畏敬というべきでしょうか)
決して面には出さず、クーデリアは改めて自分の立場を、役割を思う。
そして、いかに利益のためとはいえ恨まれては困る。アフリカユニオンは正当にせよ逆恨みにせよ、自分を恨むことになる可能性が高い。
どうせやっかみ程度はうけるだろうし。だが、彼らに恨まれて行動をされても、それはそれで面倒なことになる。
(あちらを立てれば、こちらが立たず、ですね)
565: 弥次郎 :2020/10/15(木) 01:19:57 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
思うに、過去の為政者たちはこれと常に向き合ってきたのだ。
相反するものを並べ、調停し、決断を下すというプロセスを。
それが今日までの歴史を作り、世界を作り、動かしてきた原動力。民に選ばれたものであれ、独裁によるものであれ、寡頭制によるものであれ、常に人はそれと向き合い、相対してきたということ。火星という惑星を背負う自分も、若輩ながらその仲間入りを果たしているのだ。ならば、せめて自分らしく。
そして、その思いも込めて、彼らに問いかけた。
「即決いただけないでしょうか?」
問いかけた先、ドルトの労働組合の面々は言葉を発せなかった。
仕方がない、とクーデリアは甘さを見せてやることにした。
「……3,4日待ちましょう。その間に返答と決断をお願いいたします。
その間に、私はこのコロニーのことをよく知りたいと思います。自分の目と耳で、しっかりと」
これも火星の将来のため。そういうことにして猶予を与えた。その間に彼らが何かしらの返答をしてくれればよいのだが。
何か答えがあれば、そこから動き出せる。感情では動かない、とはいったが、最悪それでもいい。どのみち、このコロニーに介入する理由付けが欲しいだけなのだ。少なくとも、大衆が納得するだけの何かが。
そうして、会談の席をクーデリアはたった。あとは彼らが手を伸ばすかどうか、だ。
もどかしさはある、悔しさもある、だが、これでよかったのだという実感はある。
「バーンスタイン代表、怖い顔をしていましたね」
会談を行った部屋から居室に戻る道すがら、ハルトマンはそんなことを漏らした。
「怖い顔、ですか?」
「ええ、ええ。まあ、渉外役として言わせてもらえば、あれくらいの顔ができれば上等ですよ」
「フフ、それは良かった」
その怖さは、恐怖というより畏怖。そこらにいるような凡百を傅かせ、従え、熱狂させるカリスマあふれる顔。
カリスマとは必ずしもリーダーシップとは限らない。要するに、人を惹きつけ、統率する才能だ。
そして、先ほどのクーデリアは怖いほどにそれを発揮していた。ハルトマンの予想では、望ましい方向に相手が動く可能性が高かった。
「では、ゆっくりと返答を待つとしましょう。いかなる形であれ」
それは数日先に起こる未来を見越したかのような、クーデリアの言葉。それに思わず寒気さえ覚えるハルトマンだった。
566: 弥次郎 :2020/10/15(木) 01:20:38 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
そして、2日後、ドルト2の工業区画の一角にて。
侍女のフミタンとアンジェラ、さらに鉄華団の護衛が周りを固める中で、クーデリアは敵意を向けられていた。
その敵意は、銃という形をとって突き付けられており、次の瞬間にも発砲しそうだ。虚をつかれ、先手を打たれたことでこちらは動けなかった。
(アンジェラは……動いていますね)
しかし、クーデリアは侍女のアンジェラが、このドルトに到着する前のシミュレーターでやっていたのと同じ行動をとっているのを見た。
だとするならば、現環境はどうにでも打破できる公算が高い。というか、アンジェラがこの程度を予見していないはずがない。
そうでなければ、自分にずっと張り付いていたりはしないだろうし。ともあれ、突き付けられたいくつもの銃口を前にして、クーデリアは悠然とした余裕を持つことができた。アンジェラは戦闘用のアンドロイドだ。彼ら程度、朝飯前だろう。
というか、だ。自分たちを包囲する人々---ドルト・コロニーの労働者たちが一様に余裕のない、ともすればパニックを起こしかねないほど緊張し、自分たちの一挙手一投足に神経質になっているのを見ると逆に落ち着いてくるほど。
だから、クーデリアは余裕のある、妖艶とさえ言ってもよいような、そんな笑みを浮かべて彼らにやさしく問いかけた。
「本日は大変変わった趣向ですね、ドルト・カンパニー労働者の皆さん?」
その問いかけに、リーダー格の人物が「ひっ」と声を漏らす。まぎれもない恐怖を感じる。自分たちを包囲し、銃を突き付けてもなお、自分たちが怖くてたまらないといったところであろうか。まあ、仕方がないだろう。
あれだけの印象を与えていれば、伝聞で聞いた人々には恐怖さえ伝染しているのだろうし。
ともあれ、とリーダー格の人物、このドルト2についてから知り合った人物の名前を、クーデリアは読んだ。
「確か……サヴァラン・カヌーレさんでしたね?」
「っ!う、動くな!?」
「まだ何もしておりません。それに、そんな無粋なものをがあってはお話もできないのでは?」
「だ、だ、だっだだ黙れ!」
銃口がこちらをとらえる。しかし、微塵も怖くない。怖くないどころか、自然と笑いさえこみあげてきてしまう。
ああ、なんということか。まるで喜劇のようでさえあるこの状況、主導権は間違いなく自分たちにあった。
これで、状況の掌握は進むだろう。そんなことをクーデリアの頭ははじき出していた。
「いいえ、このまま黙して従うと?この私も、甘く見られたものですね」
「な、なにを……」
「私は火星連合代表にして、火星連合暫定政府首相、火星連合地球派遣全権特使のクーデリア・藍那・バーンスタイン!
誰に喧嘩を売ったのか、存分に教えて差し上げます!」
それは、ドルトでの労働者たちの決起の始まる数日前のこと。
武装した集団に包囲されるという状況でありながらも、微塵も揺らがないクーデリアの声が轟いた。
567: 弥次郎 :2020/10/15(木) 01:21:26 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上wiki転載はご自由に。
女帝様、面目躍如といったところでしょうか。
感想返信は今日の夕方以降になります。
最終更新:2023年11月12日 16:02