79: 弥次郎 :2020/10/18(日) 12:40:06 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS 短編集10
Part.21 感情の芽生え
三日月は、ショーウィンドウに陳列されているアクセサリーの滝に目を瞬かせていた。
とても綺麗だ。火星では見たことがないものばかり。
今の三日月は、火星にいたころでは考えられないほどの大金持ちだった。鉄華団としてアルゼブラの傘下に入ったことで、三日月たちはアルゼブラから行っている業務分の報酬が支払われ、そこから諸経費や税金を差し引いた分が鉄華団の収益となっている。
そして、その収益から一部が団員たちの給与が用意されている。そして、それは当然三日月にもあった。
殊更、MSパイロットである三日月の給与はほかの団員より頭一つとびぬけている。危険手当や技能手当などが含まれているためだし、撃墜スコアに基づいた出来高報酬も含まれているためだ。
だが、あまり金銭に頓着しない三日月にとっては、給与の意味するところは未だに理解しているとはいいがたい。
それでも理解できることとして、お金があれば、物を買うことができて、それが誰かのためになる、ということだ。
「……どういうのがいいのかな?」
そして、三日月はリゼにすすめられた通り、アトラとクーデリアへのプレゼントを買うべく、にらめっこをしていた。
残念ながら、三日月に美的なセンスを求めるのは少々厳しい。元の生活からしてこう言ったものとは無縁の生活であったのだから。
そして、触れる機会があったのがカラール自治区などであったが、その際は訓練などがメインでありそういった方面に意識を割くことはあまりなかった。
というわけで、送り出された三日月は、膨大に並んでいるアクセサリーを前に迷っている状態であった。
いつもの三日月ならば、オルガに聞いていたことだろう。だが、この場にオルガはいない。上陸のタイミングがずれたためだ。
加えて、オルガらは通常業務としてドルト3の各所に見学に赴いたり、あるいはエウクレイデスでの勉学に励んでいる。
仮にオルガがこの場にいたところでも実際のところは迷ってしまっただろうことは想像に難くない。
ともあれ、だ。三日月にとっては中々無い経験をしていたのであった。迷い、自分で考え、判断するというのは。
「……やっぱり、アトラたちに聞いた方がいいかな」
そして、導き出された結論は、やはり自分には不向きだ、というものだった。
一応、リゼからアドバイスはもらっていた。アトラとクーデリアにあげたいものを買ってきてあげなさい、と。
それはつまり「三日月が自分のために選んでくれたプレゼント」を二人が喜ぶだろうと見越してのアドバイスだったのだ。
極論を言えば「三日月が選んだものならば何でもOK」ということ。しかし、三日月は自分の欲望というものが薄い。
そしてアドバイスを「アトラとクーデリアのためになるものを買ってきなさい」と解釈したのである。
三日月らしいといえば三日月らしい、きわめて実直というか、誰かのために動くという行動原理から選択をすることにした。
よって、三日月はカタログを見つけて持ち帰ることで、その日の買い物を終わりとすることにした。
クーデリアとは通信でしか今のところ会えていないが、アトラとならば会うこともできる。一緒に決めれば楽しいだろうし---
(楽しい……?)
ふと、三日月は自分の中に沸き上がった感情に戸惑う。
オルガや鉄華団の仲間たちといるときとは、何かが違う「楽しい」という感情。
(俺は……楽しんでいるのか?)
まだ未知の感情、あるいは思い。彼がまだ知らぬ感情を深く学んでいくのは、もう少し時間がかかりそうだった。
Part.22 願いの歩み
クーデリアがサヴァラン・カヌーレを相手に啖呵を切る1時間34分前。
クーデリアは、表向きの主体者、コロニーの工業区画の見学に訪れた鉄華団の年少組を見守るエウクレイデスの一員という体で、ドルト2に置かれている工場の中へと足を踏み入れた。労働者たちの待遇は良くない、というナボナの証言、それについての裏付けを求めてのことだ。同伴者としてはエウクレイデスクルーから大人が2名、さらにフミタンとアンジェラもいる。
とはいえ、年少組を含め、クーデリアの護衛であるために彼らは全員武装をしていた。鉄華団の制式制服の下には、防弾・防弾チョッキに拳銃一そろいとマガジン数個。さらには通信機や人によっては医療キットを忍ばせていたりする。
クーデリアも、セントエルモスのロゴの入った企業連の制服姿であるが、こちらも防刃・防弾などの各種装備をそろえていた。
いつ何時暗殺者が差し向けられてもおかしくないのがクーデリアだ。まして、ナボナの要望をぶった切ったのだ。
最悪の場合コロニーの労働者たちがそちらの方向から「解決」に乗り出す可能性だってあるわけである。
あるいは、彼らの庭であるこの工業区画で「不幸な事故」が発生することが、ひょっとするとあるかもしれない。
80: 弥次郎 :2020/10/18(日) 12:41:24 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
だからこそ、アンジェラがクーデリアのそばに張り付いているのだった。
今回アンジェラが搭載しているのは、普段のメイド業に適合したマルチデバイス「Arsenal Feather」ではなく、より戦闘用に調整が施されているマルチデバイス「Bluish‐Purple Wing」。連合の標準的なMSとさえ限定戦ならば張り合う能力を与えるデバイスだ。
(見えないけど、そこにある、のよね?)
無論、そんな物騒なものをむき出しで持ち歩いているわけがない。見えないけれど、そこにある。
普段ならば格納空間内にしまうそれは、即時展開即時仕様に備え、光学迷彩により隠匿されている。普段の異形ではないのはそのためだ。
『お嬢様、お気づきになられましたか?』
『……ええ』
イヤリングの形をした通信機から声がアンジェラの声が届く。彼女の言わんとすることはわかる。
工業区画、というか、このドルト2に入った時から感じていた違和感。もっと言えば、居心地の悪さや息苦しさ。
『ドルト2のこの環境維持システムは、十分に働いていませんね』
このコロニー内に入ってからすぐに気が付いた。空気が悪い。澱んだような、封鎖された環境独特のにおいがするのだ。
すぐに嗅覚がそれに慣れ切ってしまい感じ取ることは難しいのだが、人間ではないアンジェラは客観データに基づき判断できる。
『このコロニーの内部、やはり?』
『はい。工業区画があるというならば、相応に設備を設置することでここまでひどい環境になることを抑制できます。
ですが、先ほどコロニーを管理するサーバーのメインフレームにアクセスしたところ、一般的なコロニー内の居住環境維持装置にとどめられています』
さらに、とアンジェラは現在進行形でそのデータを閲覧しながらも断言する。
『耐用年数や形式などのデータによれば、相当劣悪なものを使用しています。
また、人間では気づきにくいですが、探知されるノイズや振動などを鑑みるに、メンテナンスに関してもきちんと行われているのかどうか、怪しいところがあります』
『ということは、明らかな怠慢ということ?』
『はい。通常、重工業をはじめ産業を行うコロニーは内部環境の維持に腐心する必要が高いです。
それに手を抜けば、どうなるかは明白です。コロニーは惑星よりもはるかに狭い閉鎖系ですので』
なるほど、と内心頷くクーデリア。搾取体制を維持するとは、単に搾り取ればいいというわけではない。
生かさず殺さずのラインを見極めて、ぎりぎりまで経費を抑制することで「あがり」を増やしているのだ。
それほどまでしなければならないほどノルマが厳しいのか、それとも単なる怠慢であろうか。
だが、それはこれまで見てきた建造物の傷み具合などから考えれば自然とわかる。後者だ。
資料で見たドルト3と比較すれば、色が褪せた様な印象を受けるドルト2内部。大気や照明などだけではない、建造物自体も古びているのだ。
そして、管理がされていないという認識が広まっているならば、割れ窓理論に基づいてさらに破壊が進み、放置される。
もとより貧困層が生活しているというドルト2なのだ、おそらくだが、悪化しても是正するのをためらってしまった。
そうして放置している間にサイクルが進んで、結果的にどんどん町が荒れ果ててしまうのだ。
無論、ドルト2で生活している労働者たちでも理解はしているのだろう。だが、彼らはあくまでも労働者にすぎない。
もっとわかりやすく言えば、借家の住人。大家たる経営陣が要請に基づいて動かなければそのままだ。
『ナボナさんが訴えるのもわからなくありませんね……』
『ですが、お嬢様に訴えるのはお門違いです』
アンジェラの指摘に、クーデリアはうなずくしかない。いかに経営陣が待遇改善に乗り出さないからと言って、それをたまたま訪れている火星連合代表のクーデリアに対して訴えるのは正直なところお門違いだ。
というか、だ。ナボナは時の人であり火星連合代表のクーデリアを利用しようとしているのだ。ある意味では恐れ知らずだ。
それだけまずい状況であるにしても、だ。溺れる者は藁をもつかむ、とはよく言ったものだと、クーデリアは内心ため息をついた。
だが、介入してほしいならば、やはり条件と状況が必要なのだ。彼らの側からも一歩踏み出してほしい。
それが、彼女の切なる願いだった。やはりこのドルトを取り巻く歪みを放置はしたくない。
(……)
祈りを込め、クーデリアは綺麗とは言えない人工の空を見上げる。
この世界の歪みは際限がないように思われる。汲めども尽きぬ無尽蔵の悪意。その連鎖が、ここで現出しているのだ。
自分だけではすべては断ち切れない。だが、人々の意思がやがてそれを成し遂げられると、今のクーデリアは信じていた。
81: 弥次郎 :2020/10/18(日) 12:42:02 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
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最終更新:2020年10月21日 17:54