580: 弥次郎 :2020/10/21(水) 22:40:50 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp


憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「悪意の坩堝」4



  • P.D.世界 ラグランジュポイント7 ドルト・コロニー2 工業区画


 クーデリアの切った啖呵に、しかし、サヴァランたちは屈しはしなかった。
 思わず落としそうになった必死に銃火器を構え、銃口を改めて突き付ける。
 指先一つの運動だけで、生殺与奪を自由にできる。その事実が、自信が、サヴァランたちを何とか支えていた。
 しかし、稼がれた時間は無駄ではない。年少組とはいえ、鉄華団の面々はアルゼブラから要人警護をはじめとして、一般的な戦闘技術を短いながらも叩きこまれていたのだ。
 だからこそ、一瞬ひるんだすきに自分たちの拳銃を引き抜き、突き付けた。
 最悪の場合、相打ちに持ち込める状況。まして、銃火器の訓練期間の長い鉄華団の年少組ならば、この距離からでも回避し、無力化まで持ち込めるだろう。
そのくらいの訓練はアルゼブラやセントエルモスの大人たちから教え込まれている。

「くっ……」
「ようやく、お話ができそうですね」

 すぐ傍にアンジェラを侍らせたクーデリアは、抵抗を許して動揺したサヴァランに微笑みかける。
 なぜ、ここまで余裕があるのか。なぜ、彼女は友好的な態度をとっているのか。サヴァランにはわからない。
まあ、理解しようと思っても理解できないだろう。彼らは所詮は素人。武器を突き付ければ従うだろう、という簡単すぎる理論で動いている。
 だが、それは必ずしも通じるとは言えない理論だ。例えば、相手が訓練された軍人であった場合だ。
 例えば、彼らを圧倒する戦力がいた場合。
 例えば、すでに相手をいつでも思い通りに調理-無力化も殺害も思いのままになっている場合。
 ともあれ、すでにサヴァランたちは詰んでいた。
 それを知るクーデリアは、余裕の表情だった。彼らが悪意というより恐怖心から動いていることも表情を見ればわかる。
さらに行動に移しているが、実際のところ迷いもあることも、だ。ならば、話が通じる状態だ。そう考えている。

(ですが、私に武器を向けることを意味を考えれば……)

 まだ武器を向けただけ、ということをクーデリアは認識する。そして、彼らのために止めなければならなかった。

「アンジェラ!」
「Bluish‐Purple Wing、展開します」

 刹那、アンジェラの背中に接続されているマルチデバイス「Bluish‐Purple Wing」が光学迷彩を解除、瞬時に展開される。
 サヴァランたちが行動を起こすより早く、展張された翼はエネルギーフィールドを展開しつつクーデリア一行を守るように広がり、物理的にも労働者たちとの間を隔離する。慌てた動きで、あるいは反射的に労働者の銃が連続して発砲されるが、それらはたやすくはじかれる。

「な、なんだ…!?」

 当然ながら、そんなものを見たこともない労働者たちの動きは止まってしまう。
 いや、ただのメイドだと思っていた人物がいきなりこんなものを展開すれば驚きで度肝を抜かれることになるのは自然だった。
人に見えたものが、実は人ではないということ。そして、明らかに人外の、いっそ美しささえ感じる機械のようなものを広げたのは驚愕の一言に尽きる。

「お嬢様!」
「全員無力化なさい!話を聞く必要があります!」

 クーデリアは素早く、鋭く指示を出す。
 まずい、とサヴァランの本能が訴える。だが、所詮は人間の反応速度と判断。そしてアンジェラは人間を超えたアンドロイドだ。
「Bluish‐Purple Wing」の表層を構築するナノマシンが変化、あらかじめ入力されていたデータを基に機構を構築、一気に機能を解き放つ。

「!?」
「な、何?!」

 射出されたのはワイヤー。一瞬で伸びたそれは、的確に、構えられた労働者たちの銃火器に絡みつく。
 そして、一瞬の拮抗を経て、ワイヤーにより浸食を受けた銃火器は形状を失いばらばらになってしまった。

「な、何が……!?」

 未知の現象、未知の状況、未知の道具。すべてがカオスになり、労働者たちの戦意を奪う。
 「Bluish‐Purple Wing」の表面から飛び出したワイヤーをすべて回収し、ナノマシンとして元に戻したアンジェラは冷徹に告げる。

581: 弥次郎 :2020/10/21(水) 22:42:02 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

「ナノマシンによる合金分解です。何の対策もしていない銃など、触れるだけで分解できます」

 言いながらもアンジェラの「Bluish‐Purple Wing」の操作は連続した。
 腕に一振りとともに、連結され、翼のようになっていた部品から一部分が形を変え、ビットとして分離する。
 そして別個に浮遊したそれは、次の瞬間に敵対者目掛け突撃した。槍のごとき鋭い、しかし、十分に手加減された一撃が放たれる。
それは呆然としていた労働者たちに不意打ちを食らわせるのには十分すぎた。無論抵抗しようとしたが、発揮される馬力が違いすぎた。
十数回ほどの打撃音が繰り返された後には、「Bluish‐Purple Wing」のビットにより押さえつけられた労働者たちの姿があった。

「ネールさん、クリストさん、捕縛をお願いします。鉄華団の皆さんも」
「は、はい!」
「任されました、バーンスタイン代表」

 アンジェラの指示に、しばし呆然としていた鉄華団の面々は我に返ると、素早く彼らを拘束する。
 だが、まだ終わりではない。彼らの行動がどういうことなのかを聞き出し、判断しなくてはならない。

「アンジェラ、カルダミネ・リラタに連絡を。騒ぎにならないように迅速に処理してしまいましょう」
「了承いたしました」
「フミタン、ナボナさんに秘密裏に連絡を取ってください。回線では盗聴の恐れがありますので、できれば直接」
「承知いたしました」

 一通り指示を出し終えたクーデリアは、深く吐息を吐き出す。単なる社会見学にかこつけた視察でいきなり行動に移されるとは思わなかった。
 というか、特に違和感なく誘導されて包囲されたということは、これは即興で計画されたものではなく、きちんとした準備期間があったか、前もって情報を得て用意されていた可能性が高い。しかも、組織立っている。
そして、このドルト2に到着してから密かに引き合わされた役員であるサヴァランが関与しているということは、ひょっとすると経営陣側の指示かもしれない。

(いずれにせよ、お話が必要ですね……)

 クーデリアの思考は冷たく、冷徹に巡っていく。自分をはめたということは、火星連合をはめたに等しい行為だ。
だとするならば、相応の報いを受けさせてやらねばなるまい。しかも、それが正当なもので、やましいものがないのだと公表もしなくては。
できることならば公開処刑という形が良いだろう。そして、それをやらねばならないことに一つため息をついた。





 結論から言えば、サヴァランの行動は彼の考えに賛同した一部の労働者たちによる完全な独断と判明した。
 サヴァランは経営陣と労働者の間の橋渡し役であり、双方の思惑を知ってしまった。
 そして、進退窮まった彼は、独断でこのコロニー群を訪れるクーデリアを捕縛し、経営陣側に対して餌として差し出すことで労働環境の改善などを迫るつもりだったという。
ドルト3で事実上経営陣側に確保されたときは破綻したかに思えたこの計画だったが、ナボナから密かに明かされたことで実行に移されたという。

『そして、経営陣ひいては持ち主である経済圏のアフリカユニオンに訴えることができればよく、だれも損をしないと考えたそうです』

 急遽カルダミネ・リラタへと戻った一行は、ナボナ達も交え、尋問を担当したジョナサン・ドゥの報告を聞いていた。
 すでにエウクレイデスへの報告も済んでおり、秘匿回線を用いてこのカルダミネ・リラタとの間で話し合いを行っている。

『まったく、自分勝手が過ぎるぜ……バーンスタイン代表を使って、自分に都合の良いことだけをしようってのか』

 あきれたオルガの発言は、その場全員の感想でもあった。
 鉄華団の面々は特にそうだった。自分勝手な大人。CGS時代にいやというほど見た姿そのものだ。
周りの状況を勘案せず、自分の考えや都合がすべてで、周りがどうなろうと関係ないとばかりにふるまう姿。正直反吐が出る。
 もっとひどい状態なのはナボナやサヴァランだった。クーデリアに武器を向け、暴力を使った意味を教えられたからだろう。
簡潔に言うならば、彼らのやったことは労働者組合という名のテロ集団が火星連合に牙をむいたに他ならない。


584: 弥次郎 :2020/10/21(水) 22:46:34 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

 しかも、厚意から労働者たちとの付き合いを持ったクーデリアに対して直接である。護衛のセントエルモスの戦力がテロリスト討伐に動きかねない。
そうでなくとも、経済圏間で扱いを慎重にすべきとされたクーデリアに対し、暴挙に走った労働者側を経営陣が攻撃することは避けえないだろう。
間接的ではあるが、弾圧される大義名分をサヴァランは自己満足と勝手な都合から生み出し、全方位にばらまいたのだ。
 件のサヴァランはそれを聞かされ、暴れ、錯乱してしまったので鎮静剤を注射されて沈黙している。
 彼に向ける視線は、労働者側からも極めて厳しいものが含まれていた。

「大変申し訳ありません、バーンスタイン代表……」

 そして、サヴァラン同様にクーデリアを利用しようとしていたナボナは、自身のことを含め、クーデリアに頭を下げるしかなかった。
もう、これでクーデリアは労働者組合に味方する理由を失っているも同然。サヴァランがやったこととはいえ、ナボナはそれを防げなかったのだ。
 クーデリアは冷ややかな視線を向けるだけだった。何も言うことはない。私人としては同情するが、公人としては言いたいことは山のようにある。

「この件は経営陣側に露呈する可能性があります。おそらく、カヌーレが姿を見せない時点ですでに怪しまれることでしょう」
『そうなりますと、行動を移すかどうか、即決しなくてはなりませんな』

 すでにクーデリアの意識は、この後の行動をどうするかに移っていた。
 もはや賽は投げられてしまったのだ、だから、クーデリアも行動を決めなければならない。
 最も楽なのはサヴァランのテロ行為を理由に労働者組合を見捨て、このコロニーから出発することだ。
それか、経営陣側に連絡を取り、セントエルモスに対するテロ行為を理由に労働組合に対する反撃の許可をとるというのもある。
なあなあで済ませたら、火星連合が今後嘗められた態度や行動をとられることは明白であるからそれが必要かもしれない。

『バーンスタイン代表』

 切り出すのは、クロードだった。彼は、セントエルモスの代表として、クーデリアを後援する企業連や連合を代表して述べる。

『セントエルモス首脳部としては、代表の意思を尊重いたします。
 もとより、このドルト・コロニーでの騒動は避けえぬものですから、如何様にも動けます』
「……感謝します、クロード総指揮官」

 クーデリアは、短く礼を述べる。そう、ここであらゆるオプションがある中で選択を下すのはクーデリアだ。
セントエルモスの総力を挙げ、場合によっては火星で待機している予備戦力も含め、どういった動きをするかを決められるのは彼女。
そして、このドルトの命運をすべて握っているのは事実上クーデリアにあった。
 クーデリアは、すべてを俯瞰していた。ドルト・コロニー、火星連合、セントエルモス、経済圏、ギャラルホルン。
そして、それらにかかわる極めて複雑な、世の中の歯車のつながりというものを。静かに目を閉じ、思考を巡らせる。
 彼女は見てきた、このコロニーの搾取の体制を、それに反発し武力さえいとわない労働者たちを、その背後で暗躍する人々を。
そして、自分は発する言葉一つで生殺与奪を自由自在にできる。この後の未来も、行く末までもすべて左右できる。できてしまう。
それをもう一度反芻し、目を開く。見えるのはカルダミネ・リラタの艦内、そしてその向こう側、世界。
 つっと視線を巡らせ、彼女が見据えるのはナボナだ。視線に気が付いた彼はびくりと体を震わせる。

「ナボナ・ミンゴさん。改めて答えを聞きましょう。あなた方は、何ができますか?」
「……それは」

 それは、ナボナとクーデリアが引き合わされ、会談した時にクーデリアが出した問いかけへの返答を求めるもの。
 火星連合が助力することと引き換えに、いったい何を提供できるのかという問いかけ。

「別の言い方をしましょう、何を差し出せますか?どこまで、火星連合に身をゆだねることができますか?」
「……」

 無論、話し合ってこなかったわけではない。クーデリアの要求に応えるというのは予想外のことであったが、一応議論はされた。
だが、その時に至ってようやくナボナたちは対価になりうるものが自分たちが持っていないことに気が付いたのだ。
このコロニーも何もかもが会社の持ち物であり、自分たちが勝手に差し出せるものではない。
 そして、ナボナ達がなけなしの給与を集めたところでどうにかなるものではない。出世払い?その程度で終わるはずもない。
 つまり、どうしようもないという結論が出ていたのだった。悲しいまでの現実であった。
 それを察してか、それとも答えを促すためか、クーデリアの言葉は続いた。

585: 弥次郎 :2020/10/21(水) 22:47:50 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

「この私が、火星連合が、そして企業連までも巻き込む以上、あなた方も覚悟を示してもらわねばなりません。
 旗色が悪くなったから反旗を翻したり、些細な事情で裏切ったり、気に入らないからと内通したり、そのようなことをなさないと誓ってもらわねば。
 もちろん、今回のように武力で要求を押し通そうなどと考えないことも、大前提です」

 そして、と上乗せでクーデリアは釘をさす。

「あなた方は一人残らず、私が目指すところまでついてきてもらわなければなりません。
 話が違うだとか、もう十分だとか、目的は達成されただとか、終わりを決めるのは私で、それに殉じられますか?
 得られた結果が不十分だとか、十分すぎるだとか、あるいはこんなものなどいらないなどと世迷言を考えないと誓えますか?」

 言葉を発するたびに、ナボナは重たいものが積みあがっていくのを感じる。
 クーデリアの言葉とともに、何か見えないものが重なり、自分へと受け渡されようとしている。
 そう、クーデリアや企業連は、たかだか「労働争議」というレベルで終わらせるつもりなど全くないのだ。
待遇の改善などを求めていた労働組合の思惑をはるかに超えたレベルのことをなし遂げようとしている。
そして、自分たちは協力を得られる代わりに、「そこ」までたどり着くことを求められているのだ。
 一瞬、ナボナは否定しようとした。だが、クーデリアの視線がそれを決して許さない。
 そう、ナボナは労働者たちを代表して口に出してしまったのだ。そして、その言葉はすでに受理されてしまっている。
 火星連合、企業連合、そして地球連合が動く、というのはそういうことなのだ。
 すさまじいまでの恐怖と後悔が、ナボナの体を苛んだ。クーデリアは単なる「時の人」「有名人」程度で収まるのではない。

(こ、これが……君主……!)

 そう、彼女は火星連合のトップ。君主、権力者、支配者、あるいは---女帝。
 そして彼女は、守るべきもののためにどこまでも恐ろしくなれる存在。例えるならば、悪魔か。
自分はそんなことも理解できずに、うかつにも己を差し出してしまったのだ。そして、その対価が今なのだ。
 無論、対価が払えないから無理だ、というのは簡単だろう。だが今回のバーンスタイン代表の来訪は労働者たちの間では希望とみなされていた。
それをみすみす見逃してしまっては、最悪の場合労働組合の内部で意見が割れてしまうことだろう。労働者たちも一枚岩ではない。
 加えて、助力に頼らざるを得ないほど労働者側は労使交渉において不利だ。ここで手を振り払うことはすなわち当てのない未来を送ることになる。

(それだけは絶対に避けたい……!)

 焦りの感情がナボナを、そしてナボナの随行員たちの中に満ちていく。
 だが、一方でクーデリアの言にすべてをかけられるか、といえばそうでもない。彼女がここまで覚悟していたとは知らなかったのだ。
いや、正確には知ろうとしていなかった。軽い気持ちで彼女を利用しようとしただけだったのだ。
 対する彼女は、事前に調べ、ここに到着してからも自ら状況を知り、そのうえで提案をしてきた。
これではどちらが主体者なのか、さっぱりわからない。改めてみれば、自分たちのなんと情けないことか。
GNトレーディングから武器を得ていたことなども合わせれば、言いように踊らされていただけなのだ、自分たちは。
気まずいというレベルではない。これでも彼女より長く生きている大人と言えるのかと、情けなくなる。

「さあ、ご返答は?」

 そして、にこやかなほどの笑みを浮かべ、目の前の恐ろしい女帝は選択を迫る。
 寛容な、優しい相手を人間はたやすく裏切り、傷つける。だが、一方で恐ろしい相手に対しては---

「……如何なるものであれ、受け入れましょう。どうか、どうか、ご助力を!」
「お願いします…」
「お願いします…ッ!」

 そう、人間という生物は恐ろしいものには、殊更自然と従い、裏切るまいと本能から理解するのだ。
 そして、その恐ろしいもの---クーデリアは、その血を吐くような返答に、艶然と微笑んだ。
 そうだ、その言葉が欲しかったのだと、火星の支配者たる女帝は笑った。

「いいでしょう、では、参りましょう」

 それが、契約の言葉。結ばれたのは契約。差し出したものは---いったい何であろうか。
 斯くして、幕は上がる。
 舞台はL7ドルト・コロニー。
 演者は権力者からただの人まで多数。
 ありきたりではあるが、筋書きは上々。
 衆目の目もあり、特別出演(エキストラ)もおり、状況としてはまさに最高。
 故に---スペクタクルとして、また、遠くから見られる悲劇として、まさに至高といえよう。
 刮目せよ、刮目せよ。世界が叫びをあげて動き出すさまを。世界を動かす英雄の姿を。

586: 弥次郎 :2020/10/21(水) 22:49:15 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
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次回、ドルト暗闘編完結。

ドルトの戦いは暗闘から激闘へ。
闇に隠された戦いから、日の当たる世界での戦いへ。
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最終更新:2023年11月12日 16:04