859: 弥次郎 :2020/10/24(土) 14:25:00 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「悪意の坩堝」5




 クーデリアが発した命により、待機していたセントエルモスは一斉に動き出した。
 以前も述べたかもしれないが、セントエルモスという集団は単なるクーデリアの護衛戦力ではない。
クーデリアが地球に赴くにあたり、襲い来るであろうあらゆる事態に対して対応し、処理し、安全を確保するための集団なのだ。
 だから、ISA戦術に対応した専用の全域航行艦艇を母艦として、企業連が抱える人材から一流の人間を集め、物を集め、権限を与え、あらゆる事態に対応できるチームが編成されている。
 それは正面戦闘に限らず、非正規戦闘、諜報戦、工作などだ。
 クーデリアの影武者となるアンドロイドもたまたま都合よく持っていたのではない、最初から備えられていた。
 何しろ、クーデリアの命を狙う人間は多数いると火星のころからわかっていたことなのだから、むしろあって当然だったくらい。
人間の影武者を用意するよりもはるかに簡単で、おまけにコストもかからないアンドロイドの影武者。
クーデリアの記憶、考え方、あるいは魂の在り方まで模倣しきったそれは今のところ順調に仕事を果たしている。
ドルト・カンパニーの目がそれに注がれている間こそが、動きが鈍い労働者たちに不信感を抱くまでの間が、クーデリア達に与えられた時間。

 まずは、公的にはつかんでいないことになっている、ドルト・カンパニーおよびアフリカユニオンらとギャラルホルン、そしてノブリス・ゴルドンの癒着の証拠を集めた。
 これについては合法的にカンパニーには入れる人間を使う。
 より正確に言うならば、ドルト2にあるカンパニー内部に堂々と入り込み、情報を得ても怪しまれない人間を使う。
 そう、サヴァランだ。彼の容姿や立場は利用できる。だから、彼の姿を借りたアンドロイドを送り込み、証拠を集めさせる。
サヴァランは知らないだろうが、どうせ彼ももはや逃げられる立場にはない。だから「上層部の秘密を暴いて亡命した」という体で確保する。

 ついで、蜂起についての準備を進める。すでに武装などは準備が済んでいるのだが、問題なのはデモへの参加者が暴走しないようにすること。
あくまでも平和な、蜂起はするが、武力をやたらに振るわず、交渉の席に着くようにと促すための行動としなければならない。
相手が鎮圧を狙っているならば、その梯子を一つ外してやるくらいは意趣返しとして丁度良いのだ。
 無論、参加者の中に経営陣側の胃を組んだ人物がいることも想定済みで、行動を統制するための警護部隊も参加する。
不埒な行動に移ろうとすれば、即座に叩き潰せるように、だ。それについての計画はナボナを通じて主要なメンバーに通達される。
 そして、セントエルモスに属する実働戦力たちは多くが労働者たちの護衛につく手はずとなる。
建前的には、ドルトの労働組合にPMCとして雇用された、という形になる。彼らが襲われれば身を挺して守り、戦いになれば彼らを逃がしつつ応戦する。
特に、鎮圧に来るギャラルホルンに対抗する役目はセントエルモスがこなすことになる。
無論、彼らのMSでも対応できなくもない。だが、あくまでも武力には依存しない労使交渉にする必要があるため、護身以上は許さないことになっている。

 そして、クーデリア。火星連合がこのドルト・コロニーの事態に介入することを宣言する彼女の役目は多い。
 演説を行い、パフォーマンスを行い、さらには労使交渉にオブザーバーとして参加し…あらゆる場面で表に立つ。
介入が正当なものだということを訴え、労働者の苦境を世に知らしめつつ、しかし他のコロニー労働者たちが早まらないように釘をさす。
 そのためにいくつものことをこなす。スピーチの原稿の準備と暗記。セントエルモス内での一連の動きの打ち合わせなどがあった。
 加えて、本国である火星との打ち合わせも必要だった。コロニー労働者たちナボナが差し出したのは、このコロニーそのもの。
労働待遇の改善を飛び越え、火星連合の傘下に収まるコロニーとして独立し、火星連合と地球連合の進駐を受け入れることを飲み込んだのだ。
実質的な管理などは企業連の預かりとなるが、それでも火星連合政府には報告すべき事案だ。

860: 弥次郎 :2020/10/24(土) 14:25:56 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

 一先ず、火星連合政府との話はついた。だが、火星連合もいきなりの領土編入は驚きだったことだろう。
いまだに火星全土の掌握に努めている中で、追加でドルと・コロニーという飛び地を管理しなくてはならないのは大きな負担だ。
 とはいえ、だ。このドルトを編入する事で得られるものは大きい。
 まずは労働者たちだ。搾取されているとはいえども、火星と比較にならない正規の企業の社員たちがまとめて得られるのは大きい。
知識や経験のある労働者は言うに及ばず、古びているとはいえ工業コロニーの存在は企業連や連合に頼っている状態で、自前の産業と言うものがまだ零細レベルの火星連合には金より貴重だ。
 ついで、ドルトという立地だ。地球圏と火星とを結ぶラインに存在する立地の価値は大きい。国交を結んだ後の交易などの中継地として生かせる。
火星連合だけでなく、地球連合や企業連に対してもこの立地を生かして金を落としてもらうことも出来るので悪い買い物ではない。
 そういった利点を説いて、企業連からも口添えを貰い、一先ずは了承を得た。あとはこの後に控える労働争議で引導を渡すのみ。
 いや、もはや労働争議ではない。独立運動あるいは反逆だ。労働争議にかこつけ、コロニー群をまとめて火星連合が併合する動きだ。
経営陣側には悪いが、もはや労使間の交渉だけの次元ではない。ナボナたちが救いを求め、対価をクーデリアが求めた結果だ。
そこには経済圏や公営企業たるドルト・カンパニーの意思はまるで関係ないし、口も挟ませない。
まあ、もともと使いつぶすように使い、反旗を翻せばギャラルホルンに殺させていた経済圏などが悪いのだ。
そんなに使いつぶしたいならば、いっそのこと火星で貰い受けたほうが良いだろうし。
 そして、このドルト・コロニーは端緒にすぎない。

(コロニー共栄圏計画……用意周到すぎますよ、連合は)

 正確には火星連合及びコロニー群共栄圏の樹立計画。
 各コロニー群を含んだ圏外圏全体が火星を中心に大きなネットワークでつながり、一つの連合国家として開発と発展、社会問題の解決を目指すもの。
 もはや火星だけの話ではない。この太陽系内の搾取されている者たちが立ち上がり、既存の権力者にあらがおうというのだ。
これはこのP.D.世界に形成される連合にとっての防波堤であり、同時に投資先あるいは企業の進出先となる。
犯罪者や宇宙海賊あるいは難民をこのP.D.世界から連合の宇宙へと出さないためという、エドモントン条約で求められたことを実行するための組織でもある。
 本来、これは結ばれているその条約に基づいて経済圏そしてギャラルホルンが担当すべき事案であった。
だが、それが叶わないと判断された以上、今度は連合はそれを行えるだけの組織を立ち上げようというわけである。
 クーデリアとしては、経済圏の尻拭いをするようであまり乗り気ではない。ただ働きではないが、彼らがやっておくべきことだからだ。
 だが、得られる利益を考えればやってもよいとは思ってはいる。
 問題は実行を行うのが大きな負担ということにある。火星連合の立ち上げと安定でも少なく見積もっても20年。
そこから組織、国家としての成熟までに半世紀はかかると予測されている。それをやりながらのコロニー群共栄圏の立ち上げなど夢物語だ。
 ドルト・コロニーのように規模の少数のコロニーならばともかく、一度に押し寄せられては困るのも実情。
まあ、地球連合へと信託統治という形にすることで解決できなくもないのだが。

(ともあれ、事前の準備と、コロニーを手放せない経済圏との折衝は必要でしょうね)

 問題となるのは、元の持ち主である経済圏だ。コロニーが独立を果たすとなれば、それはそこにある資産が持っていかれると同義である。
 連合が何らかの対価を支払い買い取るか、それとも武力でもって奪い取るか、それとも、それ以外の方法があるか。
いずれにせよ、資産であり雇用している人間が火星連合や地球連合のバックで独立を果たすにしても、相応のものが必要だ。
いきなり火星連合との戦争にまで発展されては困るのだし。いや、いずれ戦うことになるとも考えられるし今更か。

861: 弥次郎 :2020/10/24(土) 14:26:56 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp


(……ダメですね、疲れているときに考えると際限がありません)

 首を振り、一度頭から追い出しておく。どうせ、明日にもいやでも考えなくてはならないのだから。
 そうして、既に慣れたカルダミネ・リラタの廊下を進んでいく。艦内はすでに夜間時間に突入しており、艦内の照明は絞られている。
夕食を終え、ようやく就寝できそうだと、クーデリアは居室へと向かう。

「ふぁああ……っと」

 思わず気の抜けたあくびが出る。火星連合代表としてふるまうのは、やはり疲労が伴う。
 いかに彼女がとびぬけたカリスマを持ち、アルゼブラの下で政治学や帝王学を学び、政治家として動き出しているといえども、所詮は少女。
体力には限界があるし、若さと気力ですべてを解決できるわけではないし、やる仕事は山のようにあるとしても処理量には限度がある。
 そして、今日一日分の疲れを背負った彼女はいつもの通り居室の扉を開いた。

「おかえりなさい」
「ただいま……っ!?」

 まるで母親のような声音の出迎えの言葉に、反射でクーデリアは返事をしてしまう。
 今聞いた声は、侍女のアンジェラのものだ。だが、声は同じでもまるで別の人間のように聞こえた。
 びくりと驚いてそちらを見やれば、アンジェラが母性溢れる表情としぐさで、そこにいた。

「……びっくりしたわ」
「お疲れのようでしたので、趣向を凝らしてみました」

 にこやかに笑う彼女は、してやったり、という表情だ。それにつられ、疲労の溜まったクーデリアにも笑みが浮かんでしまう。
 アンジェラがやったことは何ということもない。そういう風にふるまったのだ。
 極論言えば、アンジェラの行動はすべてインプットされているデータを基に再現したものにすぎない。
そして彼女は、子供を迎える母親のような仕草や声音を再現し、クーデリアを出迎えたのだ。

「まったくもう……不意打ちよ」

 だが、効果はあった。疲れており、そして母親という存在がすでに遠いクーデリアにはよく効いたのだ。
 誰しもが母性を求めるものであり、一種の逃避先となる。人間という生き物はそのように生まれてくるのだから。
思わずこぼれた涙の一滴をふき取り、クーデリアは苦笑するしかない。彼女のこんな気遣いさえも、今は身に染みる。
彼女の仕事の一つは、クーデリアのメンタルケアなのだから。この不意打ちの出迎えもその一環。
効果は上々、とアストラルパターンを解析しながらも、クーデリアの着替えを手伝うべく、用意していた寝間着を持って近づくアンジェラ。
もはやあとは就寝するのみ。明日になればまた忙しい業務が待ち受けており、このドルトでの動きのために下準備が続くことになる。
 明日も忙しくなると、そう思えば自然と足はベッドに向かうものだ。

「そういえば、エウクレイデスの方からお嬢様にメールが届いています」
「メールが?」
「はい。エウクレイデスに乗艦している鉄華団の三日月・オーガスからビデオメールです」
「ほ、本当に!?」

 侍女の言葉に、クーデリアは思わず反応してしまった。
 三日月とクーデリアは、その都合上ドルト2とドルト3に分かれている。会えなくなってしばらくが経つ。
 すでに火星で出会ったときから、クーデリアは三日月からただならぬ影響を受けていた。もとより影響を受けていたところに、セントエルモスの後押しがあったことでそれは本来の歴史よりも増していた。彼だけではない、鉄華団の面々とも、あるいはアトラとも、だ。
あるいは、アルゼブラの運営する孤児院などを訪れて元ストリートチルドレンなどと触れ合った経験も後押ししていただろう。
 ともあれ、そういった事情もあって、彼女と彼の心理的な距離は、彼女の側からであるがかなり迫っていたのである。

862: 弥次郎 :2020/10/24(土) 14:28:47 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

 だが、前のめりになりかけるクーデリアをアンジェラはそっと押しとどめる。

「はい。ですが、お忙しかったのと、差しさわりがあると判断しましたのでこちらで押さえておりました」
「あっ……そう、だったのね」

 そう、差しさわりがある。クーデリアはこの居室から一歩出れば、常に火星連合の代表としてのクーデリアが求められている。
それを乱してしまいかねないものは、残酷かもしれないがアンジェラやフミタンがシャットアウトしなくてはならないのだ。

「申し訳ありません、お嬢様」
「ううん、いいのよ」

 それが最適解。クーデリアという個人の幸せよりも、クーデリア・藍那・バーンスタインという偶像が優先される。
たとえそれが、身分を隠し、このカルダミネ・リラタの乗員として潜り込んでいるときであっても、だ。
ましてこの後、権力者としての在り方の求められるクーデリアにとっては、なおさら必要なこと。
けれど、感情が悲鳴を上げそうになる。独裁者としてふるまえばふるまうほどに、少女としては死んでいく。
 それが彼女の選択だとしても、それが必要なことだとしても、なおのこと彼女を苛むのだ。

「……」

 それを強いることになっているアンジェラの表情は硬い。彼女にもアストラルがあり、人間の情緒を理解する能力がある。
だから、ビデオレターを見て久しぶりに見る三日月の顔にうれしそうな笑みを浮かべ、彼からの提案に目を丸くしたりする彼女を見ると、少し気がまぎれる。
人間的に言うならば、罪悪感がいくらか減るという感じであろうか。ずっと彼女を偶像に縛り付けるのではなく時に開放する、それが必要だと。
 一方で、政治家あるいは独裁者としての姿を求め、それを促す行動を実行に移すAI的な感情のなさというのもある。
人間でいうところのアンビバレント、二律背反で苦しむというのも、アンジェラは感じる。
 クーデリアが火星という星のために自らの幸福を削り、身を削る。たかだか16歳の少女が、だ。
 覚悟はしている、覚悟は決まっている、すでに乗り越えたものは多数あり、不退転の位置にまで来てしまっている。
だから、クーデリアが選ぶべきことは一つしかない。退路は、前にしか存在しないのだと。

「アンジェラ」
「はい、お嬢様」

 ビデオレターを見終えて、感情を整理し終えたクーデリアはアンジェラを呼ぶ。
 血のこもった声が、クーデリアの口から洩れる。改めて固められた決意と覚悟の言葉と声だ。

「必ず、成し遂げましょう」
「は。お望みのままに」

 それに、アンジェラは力強く答えるだけだった。
 そして、カルダミネ・リラタの夜は更け、次なる日が訪れる。蜂起の日まで、時計がまた一つ進んだ。

863: 弥次郎 :2020/10/24(土) 14:29:26 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

以上、wiki転載はご自由に。

次章、ドルト激闘編開幕。

ちょっと原作の見直しとかも含めてやるので、時間があきますのであしからず。
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最終更新:2023年11月12日 16:06