590 :ひゅうが:2012/01/27(金) 19:05:00
――皇紀4220(宇宙暦760)年1月 銀河系 白鳥腕 日本帝国 帝都
「さて・・・と。」
嶋田は仕事にとりかかっていた。
この仕事についてから今年で12年。それなりに順調に職歴を重ねていると思う。
電脳で書類を処理しつつ、今日は定時で帰れるなと考えた嶋田は、過去を思い出して涙がにじみそうになるのをこらえていた。
死んだら神様にされていた。そして仕事を押し付けられた。
かつて「嶋田繁太郎」だった魂は愚痴を言いながら仕事をこなしていた、はずだった。
人間時代の習慣で床についたのは覚えている。そして――気が付いたら赤ん坊になっていた。
最初は混乱した。
「嶋田繁太郎」になった時はいきなり日本海海戦の真っただ中にいたが、少なくともおしめを替えられることはなかった。
だのに、気が付けばどこのイケメンだよというような両親のもとで赤ん坊生活をしていたのだから。
普通なら「転生乙」とか「俺tuee!」とかハッスルするところだが、あいにく嶋田はそんなことをするつもりはなかった。
というか、そんなことをしたら仕事が増えすぎて平穏な生活が壊れる。
平穏無事な生活が一番なのだ。
気になったのは、宇宙暦だのなんだのという銀英伝テイストがちらちら見えているところとか、今生きている世界があの憂鬱な日々のはるかな未来であるらしいことだったのだが「彼女」にされてしまった彼は気にしない。
硬直した国家体制はなにやら美しいお姫様やチートキャラ(笑)候補、あと清廉な官僚たちが尽力して刷新されつつあるようだし、その一端を担っているらしい嶋田家(自分の一族の子孫に転生するとは思っていなかった)の経営は堅実そのものだ。
何より、三菱や倉崎などなどの強力な大財閥と比べて嶋田侯爵家の経営する企業は巨大なものではないのだ。
いつしか嶋田は、この新たな生を休暇と思って楽しもうと思うようになっていた。
かくして、教育課程を修了すると、両親の手伝いのために系列企業に入社。下積みからはじめて齢も30を超えた今では課長を任せられている。
もう少しすれば、秘書室からお呼びがかかるという内示も受けていた。
それほどブラックな企業ではないので働くうえでもやり甲斐があり、企画した商品がヒットしたときは友人一同と祝杯をあげたりもした。
自分は幸福である、と今は自信を持って言うことができるだろう。
「神崎さーん。」
「あ、はーい。」
会社内で普通の扱いを受けられるように名乗っている母方の姓を呼ばれ、嶋田は振り返った。
見ると、同僚の一人だ。
「秘書室からすぐ来てほしいですって。」
「わかった。じゃあ後よろしく。」
「ええ。栄転おめでとう!」
課の同僚たちが口々に祝いの言葉を述べる。
このとき、嶋田は気付いていなかった。同僚たちには言ってもいないのに「栄転」の二語を言ったことを。
591 :ひゅうが:2012/01/27(金) 19:05:35
「久しぶりですね、嶋田さん。」
「ぎ・・・」
「ぎ?」
秘書室で待っていた人物の顔・・・というよりは眼光を見た嶋田は固まった。
そして叫んだ。
「ぎゃああああ!つじいいいいいっ!!」
29年後――皇紀4249(宇宙暦789)年 1月12日 日本帝国 帝都
「はっ・・・夢か・・・。」
大日本帝国宇宙軍中将 嶋田茉莉(笑)は悪夢を振り払うようにソファーから身を起こした。
どうやら仕事が一段落したのでうつらうつらとしていたようだ。
と、肩にかかっている軍服の上着に気が付く。
デスクを見ると、メモ(のような形をした立体映像)が置いてある。
「風はひかないですが、義体といえども大切にしてください。勿体ないので・・・か。辻め。」
嶋田は苦笑した。
あの後、嶋田は問答無用で兵学校へ入れられ(どうやら両親とは話がついていたらしく「あと50年くらいは待つ」という有難い言葉をいただいた)、結果として嶋田はここにいる。
嶋田は、オフィスから帝都の夜景を見つめた。
この光景は、実は嶋田の密かなお気に入りだった。
「あのカイザーにこの国を好きにされるのも、人類の支配者面をして攻めてこられるのも、許すわけにはいかないな。」
夢幻会の予定のように接触を持たずに金髪の崩御を待つという戦略は崩れた。
職務熱心な巡航哨戒艦と同盟側探査艦のおかげで。
ならば、再び立ち向かわなければならない。
幸い、自分たちの後輩はうまくやったらしくあの憂鬱な日々よりも条件は格段に良い。
だが――
「最悪で400億の民を抱え込むのだけは勘弁だ。」
これこそ、夢幻会が介入を目指す理由。
回廊の向こうから大挙して進入してくるのが敵艦ならいい。難民船だったら――
見捨てるという選択肢をできるほどこの国は戦乱が日常とはなっていないのだ。
「さて、と。」
嶋田はいつもの通り憂鬱な気分で仕事に取り掛かった。
しかし、その目元と口元は、少しだけ微笑していた。
最終更新:2012年01月30日 21:03