881 :ひゅうが:2012/01/30(月) 21:10:19
――皇紀4249(宇宙暦789)年2月 日本帝国 帝都宙京 神保町
「ああ・・・これはすごい・・・」
「そ・・・そんなにか?」
「そうですよ!ここにあるのは世界最古の小説の完全版に、今はなきケルト文明の遺産である装飾福音書の再現版、四庫全書と呼ばれる中華世界の至宝・・・活字化された古今東西の歴史史料とその解説である『帝大史料』全4200巻!
『ローマ帝国衰亡史』完全版に『シャーロックホームズ全集』・・・あああ、これは素晴らしい・・・」
端末を手にいっちゃった目で周囲を見渡す若い男性。
そしてその隣で呆れたような目で彼を見つつ、「立ち読み版」の美しい挿絵や古典美術の解説書に自分も買おうかと考えている中年くらいの男性。
彼らは私服姿だった。
「電子版とはいえ、これだけ購入できたうえに書籍化装置までもらえるとは――これで今後100年は同盟中央図書館と歴史研究者は仕事に困らないでしょうねぇ。」
「よく言うな。いくら先方持ちで好きなだけ本を買いあさっていいと言われたからってなぁ・・・ほら、閣下も言ってやってくださいよ。」
「はっはっは。聞くに勝るビブリオキア(愛書狂)だな。ところで、オリベイラ教授は?」
「教授なら、故宮博物院の『清明上河図』の複写版やら何やらを買いまくっていますよ。どうやら予備費が支給されたようですので――」
そうか。と楽しそうに笑う山本五十六提督に、申し訳なさそうに一礼するのは、すっかり迷コンビっぷりが案内人兼監視者に知られつつあるレオン・パエッタ提督だった。
先日の宇宙軍大学校でのシミュレーション戦での勝利のご褒美として日本側に「資料収集の自由」を保障されたヤンは、同盟側に持っていく資料だけでなく自分の趣味にあかせてこの巨大な書店街を徘徊していたのである。
帝都の外郭に存在するこの町は、地球時代から世界最大の書店街であった「神保町」の名を受け継ぎ、さらに広大になっている。
この時代の書籍は、自宅の分子プリンタで自由に出力できる情報化されたものが多い。
しかし、過去の書籍の復刻版などは最初から特別な製本が施され、情報化されたチップが内蔵されているものも相応の需要がある。
また、目的とする情報を心得ておりおすすめの書籍を紹介する(注釈などを除いた著作権切れの書籍などや基礎的な資料はあまり高価ではない)などのサービスも行われており、ただの書店街というだけではなかった。
これを知った同盟代表団の文化的素質を持っている人間たちはまさに修羅と化し、神保町書店街で国費で行われる「大人買い」を続けていたのである。
中でもヤンは遠慮がなかった。
なにしろ、「ご褒美」として購入権が保障されているのだから。
「トリューニヒト代表はアイスランド議会(アルシング)議員団との会合だったね。」
「はい。世界最初の民主議会ということで、本国からも是非にと。――お・・・これは・・・」
「気になるかな?」
ハア・・・とパエッタ提督は苦笑しながら目の前の見本カードと内容表示を棚に戻しながら照れくさそうに頭を掻いた。
「職業病ですかね。ヤン中佐が買っているのですが、私もほしくなりまして。」
「古今戦史大全か。うちの同僚が編纂に協力した最新版だな。よければひとついるか?」
「え?・・・ぜひ。」
――なんだかんだで、ヤン一行はうまくやっているようだった。
最終更新:2012年01月30日 21:41