421 :1:2012/01/30(月) 18:57:02
前作をSSに投稿したところ、ネタでやれということでしたのでネタに投稿します。
確かに主要な人物が他の著作物の人物ですし。
ということである一家ご長女の話。
少し年齢上じゃねえか?という突っ込みや、戦時中に国際民間航空路再開なんかありえね、
という突っ込みは重々承知しております。故に駄文ですがネタとしてお楽しみください。
なお民間航空会社の考察については作者独自の趣味です。これも考えたら鉄道並に難しいものがありますので
皆様の議論にお任せいたします。
なお蛇足ですが、筆者はスッチーマニアではありません。
提督たちの憂鬱 ネタSS――「昇る太陽」
1.
夜明け前にもかかわらず、飛行場の小さなターミナルビルはいつものように喧騒に包まれていた。
対米戦は終わったが、今度はメキシコ軍のおかげでアメリカ大陸西海岸にキナ臭い戦火の匂いが漂っている。
おかげでターミナルの風景は平和に程遠い。これから戦地や占領地に向かう軍人や補給物資で一杯だからだ。
しかし今日のターミナルビルの一角は、いつもの喧騒の中に少し違った雰囲気があった。
今日から空港の一部と民間航空会社が軍の指揮下を離れる。空港は運輸省配下の「東京飛行場(羽田飛行場)として、民間航空会社は運輸省の指導下のもと、大日本航空が日本と国際空路を担う唯一の航空会社として「日本航空」、主要国内航空を担う「全日本航空輸送」、として分離、再出発する日なのだ。
羽田飛行場のターミナルビルに「東京飛行場」のネオンサインが掲げられ、クス球が用意されている。ターミナルビルの一角にはカウンターが設置され、
先行開業する「日本航空(JAL)搭乗受付」と誇らしげに掲げられている。
もっとも当面は軍関係者の顧客が主である。
422 :1:2012/01/30(月) 18:58:33
2.
実は民間航空再開が決まった時、ひと悶着があった。
いくら
夢幻会のチートがあったとはいえ、現状の日本は複数の民間航空会社が競い合うような力はない。何しろ需要はまだ未熟な上に、国内の主要飛行場は軍用なのだ。故に当面半官半民の会社に任せることはすんなり決まり、対象は既存の大日本航空を半官半民の航空会社に衣替えすることになったのだが、ここで夢幻会出身の運輸大臣から横槍が入った。
「当面半官半民の会社が民間航空路を担うのは依存はない、全航空路をただ一社に限定するというのはいかがなものか?」
彼は一社独占による弊害を盾に、指導する運輸省と大日本航空に圧力をかけたのだ。
そして彼は大日本航空を国際線と国内線を担うそれぞれの会社二社に分離し、それぞれの成長を促し、将来的には軍用飛行場の民間機開放と需要が成熟した所で民間航空路を全面自由化するプランを持ち出してきたのだ。
これに官僚と大日本航空の首脳陣は抵抗したが、夢幻会の力をバックに持つ大臣には逆らえず、また官僚は天下り先が増えることもあって、途中で大日本航空を裏切った。大日本航空首脳陣はやむを得ず会社を分離することに同意した。
大日本航空首脳陣は当初、大日本航空を国際線に、新たに作る国内線用航空会社に「大日本国民航空」と名づけて、共に大日本の名を残そうとしたが、これまた運輸大臣のごり押しによって「日本航空」と「全日本空輸」と社名まで勝手に決められてしまった。
空港ターミナルビル入口のクス玉の下では式典が催されている。羽田の守り神である穴守稲荷神社の神主が祝詞を読み上げ、運輸大臣が頭を垂れている。元大日本航空関係者は泣いていた。その姿は民間航空再開を喜ぶというよりも、会社がばらばらにされ、新社名まで勝手に決められてしまった悔しさのようであったが…
423 :1:2012/01/30(月) 18:59:51
3.
関係者の悲哀はさておき、式典の中には華やかな集団がいた。6名の日本航空のスチュワーデス(後キャビンアテンダント)である。
その中の一人、藤堂貴子は神妙に祝詞を聞いている。
(さあて、いよいよ初飛行だわ…)
貴子の胸は期待と不安に溢れていた。
彼女は日本航空スチュワーデス第一期生。厳しい入社試験と訓練を勝ち抜いて、日本航空初フライトのスチュワーデスに抜擢されたのだ。とはいっても彼女は実地研修生。すなわち見習いである。まだ卵の殻をつけたひよこであり、大日本航空出身エアガールの先輩たちの厳しいチェックの入る身である。それでも貴子はうれしかった。
空を飛べる、しかも職業婦人として。
(一年前は大変だったわ…)
貴子は頭をたれながら入社のときを思い出していた。
一年前、貴子は高等女学校卒業後の進路に悩んでいた。
貴子は学校での生活に少し不満であった。
高女では良妻賢母の教育がなされていた。
貴子は別にその教育方針に不満はなかったが、女でも社会出してくれたらいろいろお国のために働けるのではないかと思っていた。
父は海軍に職業軍人として、兄は海軍の予備士官として国のために働いている。
(私だって社会に出れば、何か役に立つかもしれないじゃない…)
一方教師は、貴子の学業の成績も抜群なので、
「人を育てる、命を助けると言うのは大和撫子にとって名誉なことですよ」
と、師範学校か女子医專への進学を勧めていた。
それが15歳の貴子には不満だった。あまりにも杓子定規だと思ったのである。
最終的には誰かのお嫁さんになることは夢であったが、それまでに少しでも広く社会を見たいと思っているのも事実であった。
今日は進路について教師と話をする日である。父は軍務中なので母が代わりに後で学校に来る予定である。
(あーあ、どうしようかな…)
思い悩みながら視線を宙に浮かべる。
ふと、通学の電車の中吊り広告が貴子の目に入った。
「日本の民間国際航空の将来はあなたが!来たれ!日本航空!」
新生日本航空が国際線のスチュワーデス(それまではエアガール、新規募集に際して名称を変えた)を募集している広告だった。
広告を見た貴子は、日本航空本社のある銀座へと、電車を乗り換えていた。
424 :1:2012/01/30(月) 19:01:24
4.
それからが大変だった。
募集要項を貰った貴子は学校で進路指導の教諭と母と一緒に望んだ。
「私、スチュワーデスになります」
と言って日本航空の募集要項を出したとき、教師は最初唖然と、そして
「我が高女は、女給の様な仕事のまねをさせる為に、教育しているのではありません!」
と猛然と怒りだしたのだ。
そして貴子と言い合いになり、貴子の母、礼子が「まあまあ」と、とりなすほどであった。
貴子は母も怒り出すと思っていたのだが、さすが海軍軍人の妻。
「まあ、殿方のように世界を見たいというのもわかるしねぇ…」
と笑って貴子を応援してくれるのがうれしかった。
父の明も「お前が嫁に行くまで働きたいと言うのならしょうがないだろ」
と言ってくれて許してくれた時は、拍子抜けするほどだった。
もっとも訓練隊から一時帰郷していた兄の守が
「色黒のお前が受かるのか?ここに<<才色兼備>>と書いてあるぞ?」
と兄らしい言い方で募集要項を指差したときはブスくれたが。
それを見ている弟の進は無邪気に笑っている。
何がともあれ、家族のみんなが貴子の希望を応援してくれた。
そして入社試験の日、会場に行った貴子は呆然とした。
入社試験は募集定員20名の所になんと3000人が押しかけるという状況である。
日本国内にこんなに美人がいたのか、と思うくらい集まっていた。
高女はもちろん女子専門学校や女子医專、師範学校在学中の者達ばかりである。
試験も英語を中心とした女子医專並みにむずかしい試験、体力テストまである。
密かに容姿もチェックしているという噂だった。
面接では志願理由を聞かれて「御社の為に働きたい」「新しい民間航空の担い手になりたい」とはっきりした意思を言う他の志願者の中、で貴子はあがってしまい、
「お給料を貰いながら、世界を見れるから」と本音ぶちまけの返答をしてしまい
面接官と志願者の笑いを誘うほどだった。
(やっぱり無理だわ…)
と気落ちして試験会場を後にした。
それゆえ合格通知が届いたときには信じられなかったほどだ。
そして高女卒業後、6ヶ月の厳しい訓練と地上での研修を終えてここにいるのだ。
425 :1:2012/01/30(月) 19:04:47
5.
祝詞が終わり、クス玉が開かれる。
中から紙ふぶきが舞い、鳩が飛び出した。同時に東京飛行場のネオンサインが夜明け前の空に浮かび上がる。拍手が巻き起こった。
式典が終わり、いよいよ1番機が離陸する。
日本航空のスチュワーデスたちは飛行とランクを片手に持ち、胸を張り、誇らしげに一列となって1番機へと向かう。
その姿を新聞社のカメラがフラッシュをたいて撮っている。
(でも野暮ったいわねぇ、この制服…)
前を進む先輩の制服をちらりと横目で見ながら貴子はそう思った。
濃い紺色のスーツに同色の長いスカートと制帽。黒のストッキングに赤のハイヒールを履いている。
(あの制服のほうがよかったかしら?)
そう思いながら貴子は前を進んだ。
3ヶ月前、日本航空本社に貴子は呼ばれた。スチュワーデスの新しい制服のモデル役を命じられたのである。
先輩たちに渡された制服はオーソドックスなデザインの制服。今着てるようなものでほぼ似たものである。
しかし、貴子に渡されたものは違っていた。
渡されて広げたとき
「えー!?これ着るの?」
と思わず声を上げたものだった。
事実、貴子が着て恥ずかしなが審査の前に進んだとき、どよめきが起きたほどだった。
426 :1:2012/01/30(月) 19:05:58
6.
それは、日本航空の企業色である紺色のワンピースに赤いベルト。そこまでは普通だったが、問題はスカートだった。
膝上どころか、ほとんど太股が露出しているようなミニスカートである。これに黒いタイツに赤ハイヒールときている。
大和撫子にとっては恥ずかしいのはもちろんのこと、大和男児にとっても刺激的すぎる制服である。
事実、選考者の中には「こんなもの、大和撫子に着せるものではありません!」
と怒って席を立つ審査員の女性舞踊家もいたほどである。
貴子は逃げ帰るように舞台裏に去った。
最初は「あなたも大変ねぇそんなもの着せられて」と言ってくれていた先輩だったが
そのうち、「そういうのもいいわね、なんとなく綺麗に見える」
と言う先輩もいたため改めてみると
「…なんとなくいいかも」
と貴子も思うようになったほどだ。
もっともこの制服は採用されず、ボツとなった為、貴子はほっとすると同時になんとなく残念と思う気持ちもあった。
もっともこれは夢幻会のある一派の先走りであった。
運輸大臣を長とするMMJの一派がたくらんだものだ。
MMJの一派は首領である辻の方針に一部反感を持っていた。
もちろん辻の唱える「もっともっと女学生を!」「従順な大和撫子お嫁さん大量養成計画」は彼らにしても基本的に問題がないし依存はない。
だがその女学生のその後が問題であった。
「卒業直後、すぐにお嫁さんにするのはもったいない!」
とMMJ一派の中で女性の社会進出を願う一部過激派。
そう、職業婦人の制服姿をこよなく愛する一派であった。
彼ら一味の嗜好はOL・婦警・女性軍人・鉄道員・看護婦と多種多様に及ぶ。当然、女性の華であるスッチーも、彼らの野望実現の範疇に入っているのだ。
しかし実現はなかなか難しい。
何しろ女性の社会進出は「従順な大和撫子お嫁さん大量養成計画」に反する。
OL・警官・軍人への女性の進出は辻から言わせれば「あってはならぬもの」である。
一旦大規模な女性の社会進出を許すと「従順な大和撫子お嫁さん大量養成計画」が破綻しかねない。「靴下と女性は弱くしておく、それを守るのが男の甲斐性」
MMJの信念である。
427 :1:2012/01/30(月) 19:07:53
7.
しかし、MMJスッチー派は野望実現の機会をうかがっていた。
将来民間航空の監督権を持つであろう運輸省に潜り込み、機会をうかがっていたのだ。
そして民間航空再開を機会に、彼らの元の世界の日本航空、あの「日本航空黄金時代の70年代スッチーの制服を採用し、マスコミの宣伝によってスッチーの社会的地位を確立して、女性の社会進出を進める!」
と己の密かな野望実現を図ったのだ。
事実、新生日本航空のミニスカート制服はスッチー派首領の運輸大臣のごり押しで選考の中に入り、採用されかけた。
しかしこれは辻のストップが入った。
辻はすかさず運輸省に現れ、
「君たち、70年代のスッチーの制服を採用するということは、同時にあの高慢なスッチーも復活させることにもなりかねないんだよ」
と一言忠告をおいていったのだ。
(お前、なんかスッチーに恨みでもあるのか?)
と、運輸大臣は言いたかったが、
運輸大臣の脳裏にある光景が浮かんだ。
前世のバブル真っ盛りの頃、成田のJALオペレーションセンターの前で待つ高級車の群れ。
フライトを終えたスッチーが鼻高々に車に乗り込んでいく。
中には旦那や恋人の車もいたが、ほとんどはアッシー兼メッシー。
本命は別にいて、うまいこと使われる男達。
運輸大臣もその一人だったのだ。スッチーマニアが故の、悲しい性だった…
運輸大臣は思い直した。辻の言い分にも利があり、予算等の大幅減額という脅しもかけられたことで結局彼らは地味な制服を選択し、辻の前に膝を屈したのである。
428 :1:2012/01/30(月) 19:09:15
8.
そんな裏話は貴子は当然知らず、エプロンに出た。
エプロンには日本航空の1番機が待っていた。
羽田発、福岡雁ノ巣・台北・香港・サイゴン経由、シンガポール行き。
三菱一式大型旅客機。
海軍の一式陸攻の輸送機版、一式大型輸送機を旅客用に改造したものだ。
定員20名。快適な座席、機首の爆撃照準室と機尾の銃座を改造した展望ラウンジを備える。
その時、太陽が昇りはじめた。朝焼けから朝日がさして1番機の機体を美しく浮かび上がらる。昇ったばかりの朝日に染まって浮かび上がる純白の機体に紺と赤のライン。そして尾翼には羽を広げた赤い鶴丸にJALの文字…
その美しさにスチュワーデスたちの足が止まった。
「私たち、羽衣を手に入れたのね…」
先輩のパーサーがポツリと呟いた。
(そうよ、私は羽衣を手に入れたのよ…)
貴子も思った。
「がんばりましょう」
「はい!」
貴子を含むスチュワーデスは力強く返事をして彼女らの羽衣へと進む。
それは民間航空再開と共に、女性の本格的な社会進出の第一歩。
しかし彼女らは知らない。
日本の古き話にもあるように、羽衣は男によって剥ぎ取られたり隠されたりもするのだ。
それに中には愛する人の為に望んで羽衣を置くこともある。
それが天かける天女の宿命なのだ。
それでも太陽は昇り続けた、彼女らの第一歩を祝福するように。
最終更新:2012年01月31日 19:39