435 :1:2012/01/31(火) 00:39:50
この人が憂鬱世界にいたら夢幻会がほっとかんだろうと思われますが、
まあ、ネタという事で…


提督たちの憂鬱ネタSS ~ある退役軍人の爽快~


ここ、東京神田神保町には、ある名物古本屋とオヤジがいる。
その本屋は最初は軍事専門、特に海軍専門の古本屋と思われていた。
何しろ開店当初の品揃えがすごかった。
 戦争に関する本はもちろん、わが国の日清日露はもちろん、幕府海軍や水軍、はては古代ローマ帝国、大航海時代、イスラム帝国の海軍事情まで研究した、とにもかくにも日本のみならず世界の戦争や、海軍に関する本が日本語はもちろん洋書までかなり豊富に取り揃えていたからである。
 開店当初は海軍軍人のサロンと化していた。現役の軍人が本や研究書を求めてこの本屋に入り浸っていたからである。のみならず大学にて国際関係、特に国際法を研究している学生も、ここに戦争に関係している法律の本が揃ってると聞いてくるほどだ。

 ところが今は様相が一変している。

 いや、軍事関係の図書が充実しているのは今でも変わらない。
 海軍軍人も来るし学生も来る。しかし彼らは店の奥のほうで小さくなっているように見える。今やこの店に来る好事家と同じと思われたくないのだろう。
 なぜなら、この古本屋はいまや単なる世界の軍事専門図書だけでなくなったのだ。
 きっかけは、ある名の知れた好事家がふらりとこの店に入った。
 中の本は歴史・軍事関係のもので面白くもなんともない、おまけに店のオヤジは本を読んでいるばかりで商売っ気はない。
 なんともツマラン本屋だと思って出ようとしたら、ふと、店のオヤジの読んでいる本が目に留まった
 古めかしい和綴じの古い本、どうせつまらぬものだろうと思って表紙に貼ってある本名の札を見て驚いた。

「絵本江戸錦・中」

陽発山人画、あの十偏舎一九自画作である。
驚いた好事家がオヤジに話しかけると、売り物ではないという。ただ、他にもあると言って何冊か見せてくれたが、好事家が見たこともないものまであった。
売ってくれといったが、「親父の遺品だから」と言って店のオヤジは頑として応じない。
しかし、「まだ読んでないものを持ってきたら交換するよ」と言ったので、急いで帰って
店のオヤジが読んだこともないようなものを持って行った。交換できたのは一冊だけだった。
そのうち和本がなくなったので、フランスの官能小説を持っていった。
「しょうがないな」といって交換してくれた。
店のオヤジは読んだ小説を店の一角に置いた、別の好事家がそれを見つけ、別の本と交換する。
いつの間にかこの店は好事家の秘蔵の本の交換所となっていた。

 店に転機が訪れる。

 官警が「神田神保町のある店で猥褻文書の交換が行われている」と情報を入手したのだ。
店に手入れが入った。
 官警は一切合財を押収した。
 店の主人は怒った。
「本を交換してるだけで、こちらは売って儲けているわけではない。第一、浮世絵などは世界で美術として認められているではないか!」
 父親の遺品まで押収されたのでオヤジは怒りは頂点に達した。
 翌日、海軍関係の書籍を探しに来た海軍軍人は驚いた。
店の主だった書棚はエロ本だらけだった。
出所はわからないが、どこかで見た覚えのある同人誌まで置いてある。
店を間違えたかと思って看板を見ると変わっていない、店の奥を見ると旧知の主人が座っている。
「どうしたの?」
「ウチは商売を替えた!」
オヤジは怒って答えた。
とはいっても海軍軍人は求めていた書籍が欲しく、主人に頼んで何とか出してもらった。
その海軍軍人は海軍省に帰った後、その話しをした。
他にも古本屋に行った海軍軍人が同じ話をした。
海軍だけでなく陸軍や大学にも…
 一方、話に聞くと官警の方には海軍のみならず陸軍や大学関係者からも圧力がかかった。

「あの人、怒らすと怖いよ」
「いいから、押収品は全部返してあげなさい」

上の方でも無言の圧力がかかったと噂されている。  

たまらず、官警は押収品をオヤジに返した。
しかしオヤジは店をそのままにした。
聞くところによると棚を変えるのがめんどくさいという話である。
しかし書棚を見て好事家のみならず好き者がやってくるようになった。
しかしエロ本関係は交換のみ。
軍事関係は奥のほうで現金商売である。
何か逆転した変わった本屋である。
店の屋号は「お猿の本屋さん」、オヤジの名前は真田忠道。
帝国海軍退役大佐である。

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最終更新:2012年01月31日 19:43