382: 加賀 :2020/12/14(月) 15:29:45 HOST:om126208199075.22.openmobile.ne.jp



「沖縄と小笠原諸島への兵力配備は?」
「順調です。台湾の兵力配備は大陸にいた一個師団を持って来させました。これで第九師団が台湾に行く事はありません」
「なら沖縄は……」
「はい、持久戦を展開しつつ連合艦隊の突撃を待つと思います」
「小笠原も硫黄島には栗林中将の兵団が洞窟陣地を完成させたので大丈夫でしょう」
「……後は台風が来るのを待つだけか」





 1945年1月、マッカーサーは欧州へ転出となった。バルジの戦いで破れた連合軍の建て直しのため地獄のフィリピンから生還しアメリカの英雄になっているマッカーサーが適任だったからである。事実、欧州方面軍総司令長官に就任したマッカーサーは持ち前の剛腕を以て欧州に大量の物資・人員等を配備させる事に成功、更には最新鋭のB-29すら配備されていた。そしてその割りを食うのが太平洋方面だった。特に最新鋭のB-29を持って行かれた事で日本本土への爆撃が一時的に不能となりその貴重な時間を米軍は無意味に過ごしてしまうのである。
 そのため、陸軍航空隊は日本本土の爆撃ではなく本土の通商路に機雷をばら蒔いて通商路を破壊し日本の戦争経済を崩壊させて降伏させる案を提出したのである。この案に陸軍長官のスティムソンも反対すら言わずに頷き、ルーズベルト大統領も表向きは支持していた。
 だが、それに噛みついたのはキングである。日本海軍と血みどろの死闘を繰り広げてきたのは海軍なのに陸軍の提案に乗るわけにはいかなかった。(対照的に新太平洋艦隊司令長官に就任したタワーズ大将は陸軍案に賛成している)
 また、海軍びいきの大統領であるルーズベルトが自身の余命を悟り早期に戦争を終わらせようとしていた事にもキングには痛い損失だった。キングも完全に周囲から孤立しており、この状況を打破するために一つのプランが成立した。

『オペレーション・アイスバーグ』

 日本本土と南方のシーレーンの結節点でもある沖縄を攻略する事で日本の継戦能力を崩壊させアメリカの勝利に持ち込む事。極めて危険に満ちたプランでもあった。
 海軍内部でも反論はあったがキングは「真珠湾を攻撃した日本にも博打や危険過ぎるという反論はあっただろう。しかし、奴等は成功させた。ならば我等も同じ事が出来るだろう」と返して反論を抑えた。なお、キング案に賛同したのはガダルカナルから良いことがない海兵隊でありキングと海兵隊は協力してマスコミ工作を勤しみ結果としてウォレスもキング案に頷いた事でオペレーション・アイスバーグはスタートする。
 また、B-29を新たにマリアナへ配備する事を想定し護衛戦闘機の発進基地として硫黄島攻略も組み込まれたのである。(攻略は海兵隊が主体で陸軍は沖縄)
 その一方で日本もアメリカの攻略ルートを緻密に読んでいた。

「小笠原諸島の硫黄島、そして沖縄を攻略するでしょう」

 御前会議にて梅津と古賀は詳細に報告、鈴木首相から「勝てる見込みはあるか?」と聞かれ古賀は即座に「湊川です」と答えた。日本政府も継戦派だった小磯内閣は杉山等の工作で倒れており鈴木貫太郎を総理とする文字通り終戦内閣が成立していた。

「小笠原諸島には栗林中将を司令官とする小笠原兵団が駐屯し父島に一個旅団、母島に一個連隊がそして硫黄島には二個旅団と一個師団に海軍陸戦隊等合わせて五万がいます」


384: 加賀 :2020/12/14(月) 15:32:31 HOST:om126208199075.22.openmobile.ne.jp
父島と母島の部隊配備は史実通りだったが硫黄島は異なっていた。硫黄島は第109師団の混成第二旅団、第13師団、混成独立旅団が配備されていた。特に第13師団は大陸の治安維持を長年していただけに漸くの戦闘に士気はうなぎ登りであった。
 また、硫黄島では地下陣地の構築が史実と比べて全長28キロの計画のうち26キロが完成しそれを以て米海兵隊を迎える事になる。

「沖縄には陸軍の第32軍を主力とし太田少将の海軍陸戦隊も駐屯しています」

 そして沖縄、沖縄には牛島中将の第32軍が駐屯している。第32軍は史実の師団・旅団の他にも第2師団、第4師団、第9師団、戦車第1師団、二個独立混成戦車旅団が配備されていた。第2師団はガダルカナルの傷が癒えるとビルマ方面に展開していたが杉山元帥の工作により第32軍に組み込まれ第9師団は台湾に転出されずそのままだった。また第4師団は第二次バターン半島攻略やコレヒドール島上陸にも参戦していた歴戦の師団であった。
 だが、それでも第32軍内では沖縄全土を守備する事を断念している。そのため、北部は住民を疎開させ無防備同然になっており中部・南部は陣地構築されていた。
 なお、内地でも航空隊の編成が完結していた。九州方面で新編された第五航空艦隊は司令長官に塚原中将が就任、鹿屋基地にて司令部を構えた。また、台湾には残存の第一・第二航空艦隊が吸収合併され第一連合航空艦隊となり寺岡中将が再度の指揮を取っている。
 そして連合艦隊も内地や南方にて艦隊編成を行いつつあった。

「陛下、これだけ擁してもアメリカは強大です。そのため、私が言えるのは湊川。ただこれだけです」

 古賀は最後にそう締め括ったのである。そして奴等はやってきた。





「来ました、硫黄島に米軍が上陸を開始。栗林中将以下の守備隊が反撃を開始するとの事です」
「空母はいるか?」
「確認出来たのは護衛空母のみです」
「……ならば奴等は……」
「十中八九、沖縄に来ますね」




 1945年2月下旬、橋本中将はシンガポールにて辞令を受けた。

「第五艦隊司令長官……?」
「内地の艦隊ではありませんので」

 怪訝な表情をする橋本に松田少将はそう答えた。

「南方に散らばっている艦艇を糾合した混成艦隊ですよ」
「南方だと五藤中将の艦隊はどうするんだ?」
「海上護衛総隊以外全ての艦艇です」

 松田少将は橋本にそう説明をする。

「成る程。それらを糾合して混成艦隊を編成する……というわけだな?」
「その通りです。幸いにも海上護衛総隊の北号作戦は順調です」

 日本と南方路が途絶されても国内で資源や物資を提供出来るよう海上護衛総隊はマリアナ沖海戦頃から当時在籍していた阿部大佐の主導の元で海上輸送が徹底して行われていた。この徹底した輸送により国内は勿論、沖縄、硫黄島等にも兵力を難なく送る事に成功しており日本軍は予定通りの兵力で戦闘が開始出来るようになっていた。
 特に海軍にとっては離れられない油問題も開戦時以上の量を保有していた。(1000万キロリットル程)だがそのために本土決戦派が「これだけあれば本土決戦が出来る」と息巻いていたのも要因の一つである。

385: 加賀 :2020/12/14(月) 15:34:31 HOST:om126208199075.22.openmobile.ne.jp
「海上護衛総隊に配備された瑞雲改二も活躍してますよ!!」
「顔が近い顔が近い……」

 海上護衛総隊にも瑞雲改二は配備されていた。主翼の20ミリ機銃をベルト給弾式を取り入れ、発動機もハ43を搭載した21型が配備されており米潜水艦を機銃掃射するのに非常に効果的だった。無論、『伊勢』『日向』にも21型が搭載されている。

「それでやはり決戦海域は……」
「はい、沖縄です」

 橋本の言葉に松田は頷いた。それはある程度予測されていたものだからだ。

「第五艦隊は南方から出撃してもらいます。敵機動部隊の攻撃を吸引する役目もありますので」
「主力は宇垣さんの二艦隊だからなぁ。それで全艦隊の役割は?」
「至って簡単です。山口中将の三艦隊はエンガノ岬沖同様にハルゼーの機動部隊を釣り上げる囮となります。橋本さんの五艦隊は先に申した通りです。そして二艦隊は沖縄沖に突撃しまた三、五艦隊も残存艦艇は悉く沖縄沖に突撃して……全滅します」
「………」

 松田の言葉に橋本は眉をピクリと動かした。松田の発言はつまりーー。

「聨合艦隊は沖縄を救うために全滅します」
「……それは阿部さん達も承知の上だな?」
「……はい」

 長い沈黙がある。互いには何も言わない。言おうにも言葉が出ないのだ。やがて口を開いたのは松田からだった。

「承諾……願いますか?」
「………分かった」

 橋本も漸く頷いた。斯くして彼等は動き出す。だがこの時、日本側もまさか沖縄沖海戦があのような結果になるとは誰一人思ってもみなかったのである。
 1945年4月1日、アメリカ軍(主に海兵隊)は小笠原諸島にある硫黄島を攻略するがため三個師団の兵力を以て上陸を開始しデタッチメント作戦が行われたのである。しかしアメリカ軍も兵力の懸念があった。師団は問題なかったがターナー中将の艦隊は戦艦の不足があったからだ。特に旧式戦艦は『ニューヨーク』しかおらず(他にも『アイダホ』『テキサス』『アーカンソー』等はいたが沖縄方面に組み込まれていた)地下陣地は全くと言っても良いほど破壊されなかったのである。
 戦後、生還した栗林中将でさえ「米軍は何をしたかったのかね?」と言われた程である。だがそれでも艦隊は三日間に渡り艦砲射撃をし表面上は破壊されたかのように見えた。(徹底的に擬装を施したにもよる)
 海兵隊の上陸は0640頃に開始された。海岸付近にいる守備陣地から再三の攻撃要請が来たが栗林中将は首を横に振る。

「このままではあっという間に海岸を埋めつくされてしまいます!!」
「埋めつくされるまで待て」
「……攻撃待て。繰り返す攻撃待て」

 そして1000過ぎ、海岸は米海兵隊で埋めつくされた。それを見た栗林中将は頷く。

「行きましょう……攻撃開始!!」
「攻撃開始!!」

 攻撃開始の放送が流れた瞬間、小銃・機関銃・躑弾筒・野砲・重砲類が一斉に攻撃開始をしたのである。

「ジャップの攻撃だ!!」
「奴等、逃げ出したんじゃなかったのかよ!!」
「メディィィィィック!!」
「ママぁ……ママぁ……アァァァァァァァァ!?」

 海兵隊はM4中戦車を第一波で56両を揚陸させる事に成功した。しかし、西中佐率いる戦車第26連隊のチハによる攻撃で46両が撃破され(第二波到達前に全滅する)第24、25海兵連隊も40%近くの死傷者を出してしまい上陸1日目は海岸から一歩も動く事は出来なかったのである。それでも海兵隊は翌日2日に準備砲爆撃の後に二個連隊が摺鉢山へ四個連隊が元山方面へ漸く侵攻を開始したのであるがそれでも中々前へ進む事が出来なかったのである。
 そして日本軍は硫黄島が攻撃された事で捷三号作戦の準備に移行していたが軍上層部でも捷三号作戦はやるべきではないという見解をしていた。

「むしろこれは沖縄へ我々を誘う餌かもしれません」

 参謀達もそう言い合う程だった。そして4月15日、未だ落ちない硫黄島に新たな戦力を輸送するかどうか会議の最中に参謀が慌ただしく入ってきた。

「マリアナ方面を哨戒していた伊8潜より緊急電。『我、敵大規模艦隊視認ス』方位はーー」
「待て、この海域は……」

 方位を見た一人の参謀が南雲長官を見た。

「沖縄……に行くようだな」
「長官……」
「全部隊に連絡!! 『捷三号作戦』は中止、直ちに『天一号作戦』の準備に移行せよ!!」

 斯くして日米はラストキャンペーンとも言える舞台、沖縄の戦いが始まるのであった。

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最終更新:2020年12月15日 13:10