751: 弥次郎 :2020/12/22(火) 23:15:36 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「戦禍のドレサージュ」5




 タッキーニ准将が仕込んでいたことは至極単純だ。
 すなわち、労働者たちの使うスピナ・ロディを用意しておき、紛れ込ませるのである。そして、戦端を切らせる役目を与えるのだ。
これはアリアンロッドにおいてはある種の常とう手段として使われていたもので、労働者たちの発砲を以て鎮圧の実行の大義名分を得る手段だ。
 加えて今回はダインスレイヴまでも持たせていた。こちらに関しても、禁止兵器を労働者側が使用した、という事実を作るために使われていた。
 これらはこちら側から手を出してしまった、という事実から仕込みは無駄になるかと思われたのだが、使い道はほかにもあった。
火星連合が労働者たちに禁止兵器の使用を許した、という事実だけでも大きい打撃になるわけであるし、それがこちらの細工とわかったとしてもそれはそれでよい。

「各艦に通達、このまま戦場を離脱する!」

 そして、その仕込みが発揮された時点でタッキーニがこの場にいる必要はなくなった。
 正面戦闘でやられたにせよ、そして見せ札として使用したダインスレイヴが迎撃されたにせよ、もう得るものは十分得たのだ。
 だから、というようにタッキーニ艦隊は全艦艇が離脱を選ぶ。

「十分な成果は得られた。もはやここに未練などない」

 遠方、ドルト・コロニーから艦艇が顔を出してきたがもはや遅い。
 本命たるドルト3は内部にめがけてダインスレイヴが発射されており、宇宙港でもMSが暴れたのだから大わらわ。
迂闊に放置すればドルト3の崩壊さえ起こりかねないわけで、こちらの追撃に出る余裕はないだろう。
加えて、タッキーニは自分の艦隊を離脱させる準備を予め済ませており、ようやっと出港した艦艇が準備を整えて追いかけてくるとしても十分振り切れるのだ。
 想定外があったとすれば、二つだ。一つは思った以上にドルト3がダメージを受けていなかったこと。もう一つは火星連合が想定上に強かったこと。
 だが、それはあくまでも戦術上の話にすぎない。戦略や政治的な意味合いではすでに目的は達せ荒れているのだから。
 あとはこのまま離脱し、アリアンロッドへ戻り報告を成すだけである。得られたデータ、情報、そして状況のレポートは大いに役立つことになるだろう。
そして、自分は今回の事態への対応を行ったことを以て何らかの利が得られるであろうし、ラスタル派の追い落としにも拍車をかけられる。
 すでに皮算用どころか、この後に起こるであろう一連の動きをタッキーニは見越し始めていた。すでに事実はなったのだ。
あとは結果が成立するのを待つだけであり、政治的な動きが実際のものとなるのを待つだけである。
計画から実行までを行った自分はおそらくアリアンロッド内部の競争において多いな優位を得る、とタッキーニは確信していた。

 そして、ドルト・コロニーのあるL7を発して数時間後。
 タッキーニ艦隊は順調に月への航路をたどっていた。追跡されている様子もなく、いたって問題はなし。
 当初は追跡を試みたMSもいたのであるが、やがて限界があったのか引き返していったのでもはや誰もいない。
 すでに勝利の美酒に酔っているタッキーニは、しかし、急な警報で自室から艦橋に呼び出される羽目になった。
しかも緊急であり、戦闘配置につくようにとの命令まで下されていた。

「いったい何事だ…!」

 まさか、この状況で海賊にでも目をつけられたか、とタッキーニは考えた。
 だが、艦橋で待ち受けていた光景はタッキーニの予想を通り越していた。

「な、なんだこれは……」

 RFミネルバ級クラークス、そしてお付きのRFエターナル級。リリアナ艦隊がいつの間にやらタッキーニ艦隊の進路上に展開していた。
 ご丁寧にMSやACも十分に展開を終えており、文字通り立ち塞がる形となっている。

「バカな、ありえない!」

 タッキーニにしてみれば、ありえないことが起きていた。
 艦隊は最速でもってドルト・コロニー群のあるL7を離脱し、月への航路をとったはずなのだ。

752: 弥次郎 :2020/12/22(火) 23:16:07 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

 だが、敵艦隊はそれに対して十分に余裕を持ったうえで先回りしていた。そうとしか考えられない。同時に、ありえないとも。
 ギャラルホルンのワークホースたるハーフビーク級というのは、ギャラルホルンが扱うだけあり、スペックに優れている。
それは戦闘力やMSの運用能力、速力、防御力、その他の面も含めて、民間が有する艦艇を凌駕している。
 まして脱出を最優先に速度を出し、トップスピードで航行してきたのにそれを容易く追い抜いたというのか?
 ここまで航行してくるまでに他の艦艇は発見できなかったし、追いつける艦艇はいないと自負していた。だというのに、なぜ?

 その秘密は、彼らは知りえないであろうが、クラークス他の有する空間跳躍航行、平たく言えばワープ航法にあった。
 確かに純粋な速力ではハーフビーク級に追いつくのには時間がかかったことだろう。だが向かう先さえわかってしまえば、あるいは予想できれば話は変わる。
だから、速力と方向、そして包囲を基にして計算し、都合が良いタイミングで会敵できるようにワープしたというだけのことだ。
彼らを追跡していたACは何も考え無しに追いかけていたわけではない。タッキーニ艦隊の進路や速力を計測していたのだ。
あとは、それらの情報を基にタッキーニ艦隊がどこにいるのかを計算し、それを基にワープすればよいだけの話。
 これはまだ、ギャラルホルンでさえも知らぬことであった。そも、ごく最近までこのP.D.太陽系は鎖国政策を打っていたのだ。
火星連合を後援する地球連合や企業連がそんなワープ航法を有しているなどというのは知る由もないこと。
それを目撃できたのは圏外圏にいる勢力か、あるいは外交使節が来訪した時に目にした人々くらいであろう。
 いずれにせよ、そんな勝負に持ち込んだ時点でタッキーニ艦隊の敗北は決まり切っていたのである。

「く、くそ、MS隊を出せ!対艦戦闘を…」
「し、しかし、艦隊のMSの戦力は消耗が…!」
「だが、突破しなければ我々は撃沈されるぞ!」

 余裕のないタッキーニは叫ぶしかない。確かにドルトでの鎮圧作戦にMSを供出していたのは確かだ。
 そして、それらが軒並み撃墜されてしまった。そして、速やかな離脱のために損傷機や被撃墜機は回収することをほとんどしていなかった。
故に、タッキーニ艦隊の抱えているMSというのは補機とほんのわずかな直掩のMSのみだ。とてもではないが、確認されている敵機に対応しきれる数ではない。
対艦攻撃が主にウィンター艦隊に集中していたこともあって艦艇の脱落はないとはいえ、対MS戦闘において艦艇のできることなどたかが知れている。
 つまるところ、詰み、というやつであった。タッキーニでさえも分かるが、今は自分が死ぬかどうかの瀬戸際である。
これまで策を巡らせて策動してきたのは自身の栄達のためであり、死ぬためではない。そしたら元も子もないはずだ。

(いや、待て…)

 ここで死ぬことはないだろう、とタッキーニは打算を見出す。
 あのウィンター艦隊も拿捕寸前までいったのは、おそらく事態の把握のためと、無意味な殺人を嫌う火星連合の方針があったためのはずだ。
つまり、人道的な扱いをしなければ火星連合のイメージに傷がついてしまう。また、
そうだとするならば、別段降伏して喋ってしまっても問題ないだろう。どうせ、最高責任者は死んでいるのであるし、アリアンロッドの指示といえばそれで済む。

「よ、よし、総員降伏の準備だ。敵艦隊に降伏する旨を伝えろ。総員戦闘準備を解除、MS隊も武装解除させろ」

 まだ大丈夫だ、と震える己をタッキーニは鼓舞した。
 火星連合とてギャラルホルンと本気で事を構えることなどできるはずがない。
 それは、ひいては経済圏との対立を引き起こすことになるのだから。高々火星にそこまで力があるはずもない。
 打算と妥協、あるいは楽観と憶測で、タッキーニは行動に移した。果たしてそれがどう見えているかも考えずに。

753: 弥次郎 :2020/12/22(火) 23:16:43 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

 再び、ドルト3。
 数時間前に発生した「突発的トラブル」---スピナ・ロディが突如としてダインスレイヴを持ち出してコロニー内部で用いた事態は何とか処理を終えていた。
 そう、全くを以て予想外すぎた。いや、警戒がなかったわけではなかった。だが、そこまで極端な手を取ってくるとは思わなかったのだ。

「申し訳ありません、バーンスタイン代表。護衛である我々の落ち度です」

 騒ぎや混乱が何とか抑えられているドルト3内部で、クーデリアはセントエルモス代表であるクロードから謝罪を受けていた。
そのクーデリアは鷹揚に受けるというか、同情気味にそれを受けるしかない状態であった。
確かに自身の身は危険にさらされた。というか、ドルトの労働者たちともども、コロニー内での戦闘で死にかけたのだから謝罪は当然必要だった。
 だが、それがあまりにも想定外過ぎて、尚且つ、ギャラルホルンが守るであろう最低限のラインを軽々超えてきたのはさすがにどうしようもないと判断できた。
それに、だ。結局のところ、致命的な一撃---コロニー内部で発射されたダインスレイヴを処理したのはセントエルモスの戦力であったのだ。
言い方は乱暴であるが、落とし前をつけたというか、筋を通し、仕事を最終的にこなしたのだからクーデリアとしては追及する気はあまりなかった。
 そう、宇宙港で突如として暴れ、コロニー内で禁止兵器を用いたスピナ・ロディを止めたのはクーデリアの侍女として行動を共にしていたアンジェラであった。

「構いません、クロード総指揮官。『多少』の被害は出ましたが、結局はセントエルモスで解決がなされたのですから」

 それに、と笑みが浮かぶ。その笑みは、決して綺麗とは言えなかった。

「どうやらドルト・カンパニーの皆様も、自分たちの立場や状況をようやく飲み込んでくださったので」
「……まあ、そうですな」

 当初こそ労働者が禁止兵器を持ち出した、ということで労働者側に混乱を呼んだのであるが、無力化されたスピナ・ロディはギャラルホルンの兵士が乗っていたのだ。
直ちに行われた尋問の結果、それがギャラルホルンが用意していたシナリオ、しかも表にされていなかったものであったことが判明した。
 そして、その事実は労使交渉という名の決定事項の通知の場においてドルト・カンパニーの経営陣にも伝えられていた。
彼らは大いにショックを受けていた。それもそうだ、自分たちの味方であるはずのギャラルホルンが、経営陣の被害を無視に行動したのだから。
さらに、ドルト・カンパニーの本社には迎撃されたとはいえダインスレイヴの弾頭が直撃し、建造物にそれなりの被害が出た。
ここまでされて、なおもギャラルホルンが味方してくれると信じられるわけもなく、経営陣はただただ決定事項を受け入れるしかなかったのであった。
 さて、と仕切り直し、クーデリアは話を切り替えた。

「この後の準備は?」
「すでに状況の把握と、このドルトの騒ぎについての情報を流す用意はできております。代表にはそちらまでご足労を願います。
 また、ドルト・コロニーの独立と火星連合への編入と独立宣言の採択に関しては、代表にも目を通していただきたく」
「わかりました。セッティングなどに関してお任せします。私は準備に入りますので報告はアンジェラを通じてお願いします」
「はい、ではそのように…」

 クロードはクーデリアを見送りながらも、冷や汗が流れるのを止められなかった。
 まさかここまでギャラルホルンがやらかす組織とは思わなかったのだ。いや、以前のイオク・クジャンの件でもっと悪いものと想定していなければならなかったか。
あわや大惨事。自分たちはおろか、このコロニー群が丸ごと滅びる可能性もあった。結果としては助かりはしたが、今後はこれを避けなければならないのだ。

(楽ではない、とわかってはいたが)

 一先ず、クロードはおのれに課された仕事をこなすしかない。
 ドルト・コロニーの独立宣言やその後の火星連合への帰属に関する式典その他もろもろが予定されている。
さらには、現在も進められているドルト・コロニーの安全確保作業の状況も逐次監視しなくてはならない。
とどめに、ギャラルホルンの兵士たちも問題だ。誅殺されたかに見えた艦艇から脱出した人員を含め、尋問で情報を聞き出さねばならないことが多すぎる。
 そして、何も軍事面だけではないのセントエルモスの仕事だ。例えば、戦闘の余波で混乱し、少なからず損傷したコロニー内の立て直しがある。
また、ドルト周辺に散らばるMSなどの残骸の回収や生存者の捜索なども併せて行う必要があり、戦闘を行っただけの事務仕事も控えている。
さらに、火星連合と企業連の在ドルト駐留部隊が到着するので、それの受け入れの準備が必要なのだ。仕事は山のようにある。


755: 弥次郎 :2020/12/22(火) 23:17:26 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

 そして、これの動きはおそらくドルトだけにとどまらない。火星連合が発する宣言はコロニーに多大な影響を与えることになる。
おそらくこれまで搾取を受けていたコロニーは雪崩を打って火星連合に編入を希望するだろう。少なくとも搾取される側は火星連合への合流という希望が見えることになる。
他の経済圏もこのまま火星連合を座視することは危険と判断するかもしれない。だが、それと引き換えに火星連合は地球圏への足がかりを得る。
 そして何より大きな収穫がある。それはコロニーにある工業力と、工業を行う人材だ。火星の産業は立て直しを開始したばかりだ。
だが、元手はかなり少なく、企業の出資ばかりである。だが、搾取されていた状態から育てるのは時間がかかる。
だから、ある所から持ってくる、という発想だ。火星圏という環境であるとしても、より良い待遇で働くことができるならば転ぶ労働者たちは多い。
 今後は、独立論争や待遇改善を求める運動が過熱するだろう。果たして、マッチポンプなどを抜きにしてギャラルホルンはどこまで対応できるか見ものだ。

「クロード総指揮官」
「どうした?」

 ドルト内部での陣頭指揮についてきたエリーゼはクロードにそっと報告する。

「逃亡していたギャラルホルンの艦隊ですが、先ほどリリアナ艦隊により無事に捕縛されました」
「そうか。処遇については?」
「予定通り表向きには『降伏を選ばずに名誉の戦死を選んだ』、そういうことになります」
「了解した。まったく…外道を働いておいて、都合が良い時だけ相手の理性に頼るとはな」

 まあいい、とため息を一つ。これでタッキーニ艦隊は表向きにはKIAということになる。
 つまり、あとの処遇は火星連合や企業連の胸三寸ということ。あれだけのことをしておいて捕虜となり、ギャラルホルンに開放したところで碌なことにならない。
むしろそれを見越しての降伏を選んだようですらある。そんな思惑にむざむざ乗ってやる必要など何一つ存在しない。
流石に捕虜への虐待などは行わないが、無法を振り回し、それでいて法に基づいて生殺与奪権をこちらにゆだねた報いは受けることになるだろう。

「……まったく、想像以上だな」

 ため息とともに吐き出されたその言葉の意味を、エリーゼは肯定するしかない。

「ここまで無法を振りかざすとは…これでこの太陽系最大の暴力装置なのでしょうか?」
「……いや、むしろ、300年前に起こった厄祭戦を力でねじ伏せた組織が母体なのだから、元々そういった要素は乏しかったのかもしれんな。
 知る限りでは、有志が集って戦いを終わらせて人類を救った救世主(ヒーロー)達といったところか」
「しかし、そのヒーローたちの体制を旧態依然のままに延命した結果、ですか?」

 クロードは頷く。ヒーローたちが活躍し、戦争が終わってめでたしめでたしとはならなかった。
 終わらせてから、そのあとがあったわけだ。そして、中途半端に力を持ち続けたからこそ歪な現在がある、のかもしれない。
すべては憶測にすぎず、過ぎ去った300年が戻るわけではないのだが。
 とにかく、とクロードは誰にでもなく言う。

「これで、誰もが明らかに火星連合や地球連合、企業連合の力を知ることになったわけだ。微睡みから覚めた連中が、一斉に動くぞ」

 これから先に起こる世界を巻き込んだ動きを予想しながらも、クロードは断言した。
 一先ずは、このドルトを安定させることが優先。しかして、クロードの脳裏には与えた衝撃が世界を動かしたことで生まれる動乱が予想されていた。
 止まっていた世界の歯車が軋みをあげて動き出す、そんな音がしたような気がした。

756: 弥次郎 :2020/12/22(火) 23:18:53 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
次でドルト編ラスト…

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最終更新:2020年12月31日 13:17