819: モントゴメリー :2021/01/18(月) 00:06:06 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
老兵の目、艦長の覚悟
——佐世保市街
「どうだ、何かつかめたか?」
「いや、ダメだ。そっちもか?」
「ああ…」
今宵、佐世保市街ではFFR海軍の制服を着た人間たちがあちこちで目撃されていた。
彼ら彼女らは戦艦リシュリューの乗組員であり、その目的は言うまでもなく「リシュリューの艦娘の捜索」である。
『女神が、Notre Commandant(我らが指揮官)が降臨あそばされた!!』
上陸していたとある乗組員が艦に一報を入れた当初は誰もまともに取り合わなかった。
サケ(日本酒)の飲み過ぎだ、と。
しかし、動画サイトに艦娘リシュリューの動画が投稿されたことにより戦艦リシュリュー艦内は歓喜と熱狂に支配されることとなる。
——本当に、本当に我らが指揮官が降臨なされた。我々の祈りは天に届いたのだ!!
かくなる上は、可及的速やかにかのお方をお迎えしなくては…——
全乗組員の想いは一致した。しかし、そこは列強の一角であるフランス連邦共和国の軍人。
個々人が無秩序に街へ飛び出したりはしなかった。
ただちに捜索隊が組織され、秩序だった行動が行われたのである。
一個の班は最大でも10名を超えることはなかった。
あくまでも「久々の上陸で羽目を外しているだけ」という建て前を維持するのである。
より信憑性を高めるために、積極的に佐世保市内の名所や名物に立ち寄るよう指示が下されていた。
可能性は低いが、艦娘リシュリューが立ち寄っていることも考えられる。
こうしてただでさえお祭り騒ぎであった佐世保の街は、より喧騒を増していったのである。
——戦艦リシュリュー 機関室
「くそっ、俺も捜索班に入りたかったな…」
若い機関兵の愚痴が広い機関室に木霊した。
現在、機関室はほぼ無人と言ってもよい状態になっていた。機関室だけではない。戦艦リシュリューのほぼ全ての区画がそうであった。
必要最低限の要員を残し、全て捜索班として佐世保の街へと散っていったのである。
「留守番」となった彼は、最年少であったために先輩たちからその役目を譲られたのである(押し付けられたとも言う)。
「アントナ、そう拗ねるな。誰かがやらねばならん仕事だ」
「あ、機関長!」
青年——アントナ——の愚痴に老人——機関長——が応える。
「機関長は何故残られたのですか?」
「バカモン。責任者が部署を放り出して出歩く訳にはいかんだろ。それこそリシュリューに対して申し訳が立たんわ。
それに、この老体であのお方の前に立ったら口を動かす前に心臓が止まってしまうよ」
機関長は微笑み交じりに、しかし諭すように青年に話す。
「老体って、機関長まだ60になるかどうかではないですか。まだまだお若いですよ」
「お前たち世代の60歳と、わしらの60歳を同じにするな。もうあちこちにガタが来とるよ」
今度は苦笑いを浮かべつつ、機関長は計器に目を戻す。すると…
「ん?これは…」
見れば電力消費量を表示する計器の表示が小刻みに振動していた。
「どうしましたか?いつもの測定誤差かノイズじゃありませんか」
確かに彼の言う通り、「誤差」と称していいほどの小さな変化である。教本と照らし合わせても無視して問題ないと記載されているはずだ。
しかし…
「いや、これは違う。誤差でもノイズでもない。」
機関長の「カン」が告げていた。
何か予定外の電力が消費されている。それも漏電などではない、間隔が規則的に過ぎる。
どこかの部署が機器を操作しているのだ、間違いない。
ほんのわずかな値の変動。しかし機関長の、「第一次美魔女化改装」直後から
およそ40年にも渡りリシュリューに乗り込んでいる老兵の目はそれを見逃さなかったのだ。
「誰かが勝手に何かを動かしているな」
「携帯端末か何かを充電しているだけでは?」
「それにしてはこの値の波形はおかしい。…どれ、一つ調べてみるか」
「え゛!?き、機関長。もしかして、全部の区画をしらみつぶしに調査するつもりですか?」
「どうせやることも無いじゃろう。ついでだ、お前に艦内電力についてみっちり教え込んでやるとするか」
「…Oui.ありがとうございます。それで、どこから調べますか?」
「そうさなぁ…」
機関長は計器を見ながら考え込む。
——そう言えば、この波形。どこかで見たことがあるな。どこだったか?
……ああそうだ。かつて、まだ自分が新米機関士だった頃。当時の機関長が教えてくれた——
820: モントゴメリー :2021/01/18(月) 00:07:14 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
——リシュリュー艦橋
ここは他の部署と異なり、過半数を超える人員が残っていた。
しかし、そのほとんどはウィングに出て空を睨んでいた。艦長ですら例外ではない。
対空監視用の備え付け大型双眼鏡はもちろん、個人用携帯双眼鏡も総動員である。
これは、「リシュリュー(と金剛)が空に消えた」という目撃情報のためである。
砲術科などは、主砲射撃用の光学観測機器まで使っているくらいである。
なお各砲塔の直接照準器まで使おうとしていたが、それは流石に止めた。こんな状況でなくとも、砲門をサセボ市街に向ければどんな反応が返ってくるかは想像に難くない…。
「地上の捜索班から、何か連絡はあるか?」
「定時連絡のみであります、艦長」
艦長の問いに当直士官が応える。ちなみに、副長は捜索班に加わり陣頭指揮をとっている。
「そうか。ままならぬものよな」
「艦長。…何故我らが指揮官はお姿を現さないのでしょうか?」
その疑問はおそらくほぼ全てのフランス人が抱いているものであろう。
それは恐怖とも言いかえることができる。
——我々は、女神に対し何か不敬を働いたのであろうか?
……我々は、女神に見放されたのであろうか?——
「……神々をお考えは、我々人間には理解できぬものだよ」
艦長は励ますように語りかける。
さらに続けようとした時、艦橋内の通信機から絶叫が響いた。
『艦長⁉応答願います艦長!!』
通信規定を無視した突然の大声に驚く者多数であったが、艦長は何でもないように通信機の前に立った。
そして相手が通信室であることを確認してから受話器を取る。
「その声は通信長かね?通信部門の長である君が規定を破るのは止めたまえ。リシュリューの名前に傷をつけることになるぞ。
私もリシュリューやオセアンに部下の監督責任を問われてしまうよ」
『…⁉申し訳ありません、艦長』
艦長の叱責により我に帰った通信長が不調法を詫びる。
「君が我を忘れるとは珍しいな。何が起こった?」
『あ⁉そうです!ご報告せねばならないことがあります!!』
「だから落ち着きたまえ。報告は冷静に、正確にだ」
『重ねて申し訳ありません。しかし、この興奮を抑えることができません!!』
「わかった。わかったから報告をしなさい」
通信長の熱意に押されながらも、艦長は話を進めた。そこでようやく、通信長は本題に入った。
『本艦から不定期に通信電波が発せられております』
「それは『予定にない』通信という意味だな?私はなんの命令も下していないぞ。君もあずかり知らないものか?」
『そうです。本来なら小官は監督不行き届きで「ワイン」を飲まねばなりませんが、事は小官の命で片付くほど小さなものではありませんでした』
「…本艦にスパイでも潜り込んだか?」
『……通信は第三通信室から発せられておりました。ご存じの通り、あそこは「予備の予備」通信室で通常、人員は配されておりません。』
「そこにスパイが付けこんだのか…」
『いえ、第三通信室に今夜入室した人間はおりません。監視カメラの映像記録も確認いたしました』
「?…話が見えんが」
『艦長…。通信を送った人間は「誰もおりません」。人の手を介さずに発信されたのです』
「⁉」
「リシュリューが自らの意思で通信を行った、小官はそのように愚考いたします」
艦長が受けた衝撃は如何ばかりであったであろうか?
通常ならば一笑に付す類のものであるが、今の状況では否定することはできない。
艦橋にいる他の乗組員にも動揺は広がっていった。
821: モントゴメリー :2021/01/18(月) 00:08:08 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
「通信先は分かるか?」
『出力と方角から、サセボ市内であると推測いたします』
「とすると、相手は我らが指揮官の半身たる艦娘リシュリューか!!」
『おそらくは。そちらからの返信と思われる通信も傍受しておりました』
「何故今まで気付かなかった?そして、何故今になって気付けたのだ?
第三通信室から発信されたとしても、第一通信室でチェックできるだろう?」
『……通信は「モールス信号」の使用しておりました。出力が微弱であったことも合わさり、ノイズとして処理されていたのです』
「モールス信号…」
『そして、気付いたのは私ではありません。機関長です』
「機関長が?何故だ」
『艦内消費電力の変動から気付いたそうです。正に神業としか言いようがありません』
機関長が思い出した波形は「モールス信号を発信する際の電力消費」を表すものであった。
そこで、まず初めに通信科に照会して事態が明るみになったのである。
『機関長が言った通りの時間帯に通信ログが残されておりました。流石は機関長としか申しようがありません…』
「確かに、彼以外にこんな芸当は不可能だな…」
機関長は戦艦リシュリュー乗組員で最古参であり、艦長を含めた全乗組員から敬意を払われる存在であった。
「それで、通信の内容は?」
『…不明です。未知の暗号コードが使用されており、いまだ解読できておりません』
「リシュリューの中央電算機でも解読できないのか?」
艦長の疑問はもっともである。リシュリューの艦内制御AIも司る中央電算機は一世代前のスーパーコンピューター並の性能を誇るのだ。
より正確に言うならば、一世代前のスーパーコンピューターを小型・省電力化したのが中央電算機なのである。
「解読できないというより、解読作業に入ることができないのです。情報を入力して計算に入ろうとするとエラーが吐き出される状況でして…」
「故障か?」
「既に3回総点検を実施しましたが、どこにも異常は見られませんでした。原因不明です。まるで…」
「何だ?」
「…まるで、『リシュリュー自身が』拒んでいるかのように感じます」
「……」
ああ、なるほど。きっとそうなのだろう。自らの意思で通信を送れるのだから、解読を拒むことも出来るだろうさ。
通常の方法ではなく、モールス信号なんて古典的な方法を使うくらいだ。恐らく内容は我々に知られたくない部類なのであろう。
自らの「半身」との会話。秘匿するのは理解できます。乙女が謎多き存在であることなど先刻承知でございますとも。
ですが、Notre commandant(我らが指揮官)よ……。
822: モントゴメリー :2021/01/18(月) 00:09:00 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
「この事実を本国へ伝えよ。通信ログを添付してな。本国のスーパーコンピューターで解読してもらうのだ。」
『了解しました!』
事が事です。この状況を打開するためには、どんなことでもいい。今の我々には情報が必要なのです。
貴方の御意思に反する行為でありましょう。しかし、祖国を。FFRをこの混乱から救うにはこれが最善手だと判断いたしました。
お怒りになるでしょうが、どうか小官一人の命でその怒り、お鎮めください。責任は全て小官一人に帰するものであります。
心の中で女神に対し懺悔しつつ、艦長は次の指示を下した。
「それと、同じ連絡を日本海軍サセボ鎮守府に対しても送れ。もちろん通信ログもだ」
『艦長⁉それは!!』
通信長が悲鳴を上げるが、艦長は意に介さず続ける。
「ここは日本だ。彼らに我らが指揮官の捜索と保護を求めるのが筋というものだろう。暗号解読にも協力してもらう」
『しかし、日本は、OCUは我がFFR誕生以来の仮想敵国です⁉』
「そうです!!彼らに我らが指揮官が捕らえられたら、何をされるか……!!」
艦橋内にいる者たちも次々と叫びだす。しかし、
「『仮想』敵国と敵国を混同するな、バカ者!!」
艦長が一喝し、皆静かになった。
「宣戦布告はなされていない。つまり今は平時であり、超法規的活動が許される理由は何一つないのだ!
さらに言うならここはFFR国内ではない。現地の、大日本帝国の法律に則った行動が求められるのだ!!
…諸君らは、『無法者』に成り下がるつもりかね?あの『セクト』共と同じ所まで落ちるつもりか?
その様なことをして、『霧の向こう側』でオセアンに着任の挨拶をする時にどう申し開きをするつもりなのだ」
「……」
それに、と艦長は続ける。
「日本人を信じようではないか。彼らは我らが指揮官を凌辱するような真似は決してしないだろう」
「そうでしょうか…?」
「かつて、『元帥』は彼らを信頼して助けを求めた。そして、彼らはその信頼に応えて敵である『元帥』らと共にセクトたちと戦ったのだ。
我々も元帥がやったように、彼らを信頼しようではないか」
皆の疑念は収まった。『元帥』の、英雄の故事を出されたならば納得しない者はいない。
「責任は全て私が取る。さあ命令を実行したまえ」
「「「Oui.艦長!」」」
通信長以下、彼らの声にもはや迷いは含まれていなかった。
艦長はそれに満足しつつ、通信長にさらに問うた。
「そう言えば、通信先の、艦娘リシュリューの居場所は特定できないのか?」
『おおよその方角を測るのが精一杯です。しかし、次の通信を複数の地点で傍受できれば三角測定でさらに絞り込めます』
「わかった。捜索班に連絡!次の通信を絶対に聞き逃すなと伝えよ。今分かっている方角も教えることを忘れるな」
『了解!!』
「ああそれと、この情報もサセボ鎮守府に忘れずに連絡すること」
『もちろんであります!』
「よし、では仕事にかかりたまえ」
「はっ!!」
通信長の返事を合図に、各々が各部署へと散っていく。
艦長はそれを満足気に見送りつつ、『転属祝い』のワインをどれにするかを考え始めていた——。
823: モントゴメリー :2021/01/18(月) 00:10:01 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
以上です。
ウィキ掲載は自由です。
金剛「通信がばれマシタ⁉」
FFRリシュリュー「どう?私の乗組員は優秀なのよ!」(えっへん)
神崎リシュリュー「やるじゃない。流石もう一人の私」(ニヤリと微笑む)
金剛「感心してる場合じゃないデース⁉」
「リシュリューの指揮下からオセアンの指揮下に転属する」時に使うアンプル。
無色透明な液体で、飲み物に混ぜて使用する。
(主にワインを想定しているが、未成年者が使用する場合ジュースやミルクに混ぜても問題ない)
飲むと痛みも苦しみも感じずにだんだん眠くなり、個人差はあるがおおよそ20~30分で眠りに落ちる。
次に目覚めた時はオセアンの御許である……。
825: モントゴメリー :2021/01/18(月) 00:13:56 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
追記
「確かにモールスではノイズとして処理しちゃうと思う。
…でも、通信機使うなら電気使うよね?」
夢の中でFFRの皆さんが上記のようなことを言ったのが今作の作成動機です。
なんとかリシュリューの誕生日(進水日)にギリギリ間に合って…ないか(時計見つつ)。
あと635氏や194氏の投稿スピード早すぎてついて行けねぇ…
私もその執筆速度が欲しい……。
最終更新:2021年01月19日 19:43