898: ひゅうが :2021/01/16(土) 03:30:40 HOST:p279123-ipngn200204kouchi.kochi.ocn.ne.jp
――部品供給網(サプライチェーン)というものがある
たとえば自動車を作るにしても、その部品数は膨大だ
最終的に組み立てを行う企業側にのみ注目して部分に分割したとしても、エンジン、ギア、タイヤ、車体、ヘッドライト、座席などなど多種多様な物品の集合体であるからにはそれひとつ作るにもさらにその部品を作るための別企業や工場が必要になる
シートひとつ作るにしても、骨組みを作る鉄工所、なめし皮や詰め物を作る職人たち、そしてそれらを組み合わせるこれまた工場が必要であろう
そしてそのさらに上流に遡れば、鉱山や牧場にまで行きつく
つまりはそれが、合衆国造船界が壊滅した理由だった
20世紀初頭から太平洋の対岸において勃興した日本帝国の造船界は、その性質上極めて強い政府の統制下にあった
後発帝国主義国家にして後発資本主義国家の特性としてそれは当然のことであったが、官民挙げて彼らを狂奔せしめたものは恐怖感がその理由であったといえるだろう
彼らは、1954年に江戸湾に訪れたまったくの異文明の結晶「黒船」を手に入れない限り国家の独立はないと考えていたのだった
1910年、のちに中央大革命と称される市民革命が当時清国と呼ばれた大地を覆ったとき、その隣国たる日本帝国が当時最新鋭の軍艦も含めた国産化に成功していたのはそういったわけであった
地理的な条件、それに加えて後発資本主義国家としては理想的な条件下にあった日本の安い人件費は、革命政府を積極的に支援したという大金星によって極めて膨大な新国家の需要をごっそり日本国内に誘引するという結果を生んだ
もちろん海運にとって1000キロや2000キロは至近距離であったから、世界の列強各国との受注競争は日本側をして苦戦を免れ得なかった(なんといってもこの頃の日本の工業精度はお寒いものだったからだ)
だが、そんな状況を根底から覆す状況が訪れる
第一次世界大戦の勃発である
西部戦線と呼ばれる数百キロの塹壕線を挟んで数百万人がうごめくとてつもない消費に列強諸国の工業力は悲鳴を上げたのだ
加えて、日英同盟に基づいて参戦した大日本帝国陸海軍を代償として日本帝国は抜け目なく欧州諸国とのバーター取引を望んでいた
結果、ドイツの有する極東権益たる青島租借権を代償として日本帝国は英国からの軍事援助と軍需物資の無償あるいは有償供与を受ける立場になりおおせていた
必然的に、日本帝国は、新たに成立した中央共同連合からの造船や工業受注の半分以上を占めるだけの受益国になっていたのである
合衆国の当時の政権がウィルソン大統領という理想主義者であったという事実も大きかった
それに、合衆国は一度自分たちになびいたとみなした相手へひどく冷淡になるという悪癖があった(ペリー艦隊の日本遠征のあとにやってきた領事があのハリスであることをみればよくわかることだろう)
その間に革命を有形無形で支援した日本国内の新興財閥たちや官僚たちと中央共同連合の首脳陣が何を取引したのか気付いたときにはもう遅かったのだ
もっともこれについて合衆国を責めすぎるのも不公平である
彼らはあまりに膨大な西部戦線の大量消費で濡れ手に粟の大商いを行っていたし、国内で工業力を増強し続けるのに熱中していたからだ
899: ひゅうが :2021/01/16(土) 03:31:24 HOST:p279123-ipngn200204kouchi.kochi.ocn.ne.jp
だが、1914年から1919年にかけての間に日本本土に建造され続けた造船設備に注目しなかったことは完全に致命的であった
その数、50
ドック数と船台数をあわせれば200を優に超える
抜け目なく明治維新からこの方使用し続けていた船舶群を中央共同連合や船舶不足をきたしていた東南アジアに売却する傍らで横須賀や呉海軍工廠からの「指導」のもとで日本人たちは膨大な数の船舶を海に送り出し、瞬く間に国内に優良船舶で構成された商船隊を作り上げてしまったのだ
USスチールを巻き込んで鞍山に建造された満鉄資本の――つまり日本政府資本の――一貫型製鉄所が操業開始するまでは何かとアメリカ政府ににらまれ続けていたカーネギーをはじめとする米国製の鋼材の、そして米国製余剰蒸気重機群のお得意様として振舞っていた日本人たちは、こうして建造された大量の船舶で世界の海に乗り出していった
結果、日本人たちは金本位制が停止されていた第1次大戦中に「得るはずの賠償金を英国に債権としてたたき売って日露戦争中の借金をある程度清算し国内の開発資金をふんだくる」という詐欺じみた手法をやってのけたのである
こうした強引な動きがなければ、大日本帝国海軍は1921年までに戦艦8を同時建造できるだけのドック群を作り上げることなどできなかったことだろう
もともとがこの「造艦民営化」あるいは「傾斜生産方式」と呼ばれる決断は、日露戦争で活躍した稀代の財政家高橋是清と彼の頭脳となった日本総合研究機関――通称総研――が海軍に対して行った取引の結果であるから当然といえば当然なのだが
かくして1920年代、投資の繁栄と狂騒が支配する時代にあって日本帝国は最新の設備を有するドック群とそれを支えるこれも最新鋭の製鉄所を手に入れていた
そしてその奥座敷では、5億の民を有する巨大な連合国家が生みの苦しみから脱し、無尽蔵ともいえる需要を世界に求めていた
ここまでくればわかるだろう
合衆国造船界は、人件費において
アメリカの数分の1というダンピング賃金で労働する日本の造船界との価格競争を強いられたのだ
当時は自由放任経済の真っただ中
抜け目なく機関部の発注を米国に行うことで技術を吸収する腹黒さを見せた日本帝国商工省(のちの通商産業省)は、護送船団方式と呼ばれる強力な許認可権を用いた「指導」、さらには日銀特融までもを後ろ盾とした保護をもって育てた苗木を大樹にまで育て上げた
そしてそこに、1915年に発見されてからなし崩し的に日英共同管理となっていたペルシャ湾岸の超巨大油田地帯という巨大需要が加わる
こうして、いち早く5万トン級以上に達する巨大オイルタンカーを造ることができた日本造船界に対して合衆国造船界は対応できなくなってしまったのである
過当競争の中で進むのは合理化の波である
いくつもの造船メーカーが統廃合され、そして大規模造船所に集約されていく
そしてそこへ、1929年10月がやってくる
大恐慌の到来は、連鎖的な企業破綻を生む。ただでさえ合理化されていた合衆国造船界はこうして「サプライチェーンの破綻」を起こす
生じたのは、関連企業群の大量倒産だった
労働集約型産業の典型であった造船界から追い出された人々は実に数十万
その多くがのちのロング政権の強力な支持基盤「
アメリカ愛国者全国連合」になったのは皮肉でもなんでもなかった
彼らは憎んだのだ。
無為に自分たちを路頭に迷わせた連邦政府だけでなく、その元凶たる極東の島国を
900: ひゅうが :2021/01/16(土) 03:34:35 HOST:p279123-ipngn200204kouchi.kochi.ocn.ne.jp
【あとがき】――というわけで時間犯罪の内容説明でした
たぶん、1910年代というこの時期ぐらいじゃないとできないんじゃないでしょうか
起こったのは、戦後日本がやらかしたこと、あるいはやられてしまったことを数倍に規模を拡大してお送りしております
なにしろ西側の盟主は
アメリカじゃないですし強力な海軍を持っているんで現代の中国みたいなことができてしまうんですよねー
このボーナスタイムを逃してしまったのはかなり痛かったんじゃという思考実験から本作ははじまっています
最終更新:2021年01月19日 20:37