290: 弥次郎 :2021/01/30(土) 21:28:23 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS 「罪と罰」
- P.D.世界 L7 ドルト・コロニー群 ドルト3 某医療施設
ドルト・コロニーのアフリカ・ユニオンからの独立宣言。
そして続けざまに発せられた火星連合への加盟の宣言と、火星連合代表であるクーデリアによる歓迎の言葉と承認。
止めとばかりに、独立が宣言されてから3日と経たずに現れた火星連合宇宙軍の駐留艦隊。
少しさとい人間であるならば、あるいは裏の事情を把握している人間ならば、これが前々から計画されていたとわかることだろう。
正確に言えば、火星連合のバックに立っている地球連合と企業連の思惑であり計画であるのだが、ここでは些事に過ぎない。
ともあれ、経営陣は一部を除いて追放となり、ドルト・カンパニーに代わるマーズ・ドルト・コーポレーションの経営陣が入った。
ブルーカラーだけは山ほど、というかほぼそっくり残っていたのであったが、肝心のホワイトカラーだけは何処からか持ってこなくてはならない。
だが、ホワイトカラーを文字通り持ってこれる企業連ならば、ホワイトカラーという事務や経理などを担当するアンドロイドを用意できる組織ならば、乗っ取りなど容易いものだった。
そして、数少ない居残りのホワイトカラーの労働者には、カルダミネ・リラタに拘束されていたサヴァラン・カヌーレらも含まれていたのであった。
しかし、クーデリア襲撃の主犯たる彼は茫然自失状態にあった。
面会謝絶という状況に置かれているのも、受けたショックが強すぎたため精神的な療養が必要と判断されたためである。
その原因は、やはり自分の行動が裏目に出た挙句、自分が最善だと思った未来が否定されたことにあると推測されていた。
メンタルケアについても進められている。だが、本人が立ち直ろうとする気概がなければいかんともしがたい。
強制的に再起動というか、メンタル面をリセットすることも不可能ではない。そのための手段はいくらかある。
だが、そんな力づくの解決では元の木阿弥となる公算もある。それゆえ、解決には時間がかかる、と診断されている。
故に、サヴァランはまるで意識不明の患者を活かすかのごとくベットに寝転がされていた。
これが必要、ということは教えられているが、さりとてナボナはサヴァランの現状には同情しかない。
個人的には彼に同情してはいる。経営陣と自分たち労働者の板挟みで苦しんでいたということを知らされたからだ。
こればかりは自分たちに非がある。彼が会社経営陣とつながる伝手だからと、頼りすぎた節があるのを自覚しているからだ。
とはいえ、まさか経営陣に売り渡そうとするとは思いもしなかった。故に労働者組合の代表として、ドルト自治コロニー群の自治評議会の一員としては許せない。
「本当にすまなかった、サヴァラン君。できれば、お相子ということにしてほしい…」
見舞いに来たナボナは、届くかどうかはわからないが、そうサヴァランに告げた。
互いが互いに許し合うしかない。互いに非があったなら、それを責め合うよりもよほど建設的だ。
サヴァランが姿を見せないことも、ナボナはほかの労働者たちには理由を伏せていた。せめてもの償いだった。
「……それに、君が私たちを気遣う気持ちは本物だと思う。だが、もう少し私たちを信用してほしかった」
それは偽らざる本音。傍から見れば、火星連合を頼る自分たちは危うく見えたのかもしれない。ならば、それを言ってくれればよかったのだ。
追い詰められていたならばそれを打ち明けてくれても良かった。一人で抱え込んだ結果がこれだというのは、あまりにも救われないではないか。
「また来るよ。良い報告を持ってこれるように頑張る」
だから、せめて彼に誇れるドルトにしたい。ナボナは偽りなくそう思った。
291: 弥次郎 :2021/01/30(土) 21:29:14 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
- P.D.世界 L7 ドルト・コロニー群 ドルト3 宇宙港 「エウクレイデス」食堂
ビスケット・グリフォンをはじめとした鉄華団、ひいてはP.D.世界の人員は食事のたびに消化酵素を含んだタブレット錠を服用している。
消化酵素がないだけで栄養補給がろくにできなくなり、最悪吐き出してしまうことにもつながりかねないのだ。
殊更、食事事情が悲惨の一言に尽きるストリートチルドレンやヒューマンデブリは食事内容がどうしても偏りを見せてしまう。
そして、必然的に必要となる消化酵素を持ち合わせていないことが多いのだ。
食前のそれを飲み下し、既定の時間が過ぎてからビスケットはメニューを眺め、今日の昼食を何にしようかと考えを巡らせた。
手軽に食べられる軽いモノからちょっと豪勢なものまで、いろいろと用意されている。
タダというわけではなく給与から天引きされるシステムだが、CGS時代から見れば比べ物にならないほど良いので気にならない。
そも鉄華団の医療および健康面の管理をアルゼブラから派遣されてきた人員のおかげで行ってもらえるようになって以来、彼らは多くを指導されるようになった。
食前のタブレット錠もそうであるが、決して良いとは言えない待遇だった鉄華団は、衛生観念や健康を気遣うという意識を植え付けねばならなかった。
そして、その指導を受けたことでビスケットも自身が栄養バランスの偏りによる肥満を指摘され、日々改善に努めているのであった。
日々とっている栄養・カロリー・水分その他は多くが数値化され、管理されている。よって、総合的に見れば健康になるようにとアドバイスが個人端末で見られるのだ。
「おぅい、ビスケット、こっちだ」
呼ばれてみれば、そちらにはオルガの姿があった。
食事を持って近寄っていけば、いくつものタブレットが置かれて、そのどれもが大量の文字列が並んでいる。
「また勉強?」
「まあな」
「食事の時くらいはゆっくりしたほうがいいと思うんだけど…」
「また地球行の最中は忙しくなりそうだからよ、今のうちってやつだ」
それもそうだ。このドルト入りを果たした後は、特に暗闘が始まってからは勉強などが二の次になっていた。
年少組の一部はそれを喜んでいたが、オルガはそれを無邪気に喜べない側の人間だった。勉強が遅れるのは後々まで響きかねない。
経営者になるというのは、まして自分たちのような無学に近い人間がなるというのはとてつもない苦労が伴う。
だから、少しでもやっておかねば、という意識なのだ。それに、とオルガは口の中のものをいったん飲み込んでからずばり聞く。
「お前は大丈夫か、ビスケット」
「えと…」
「お前の兄貴のこと、あんなことがあったばかりだろ?」
それを言われると、ビスケットとしては痛い。あの一連の騒動の発端は実の兄だったというのは、まだ多くの人間には伏せられていること。
今のところドルト・コロニーにいるビスケットの兄=サヴァランの図式は確立していない。苗字が違うし、公言していないことだからだ。
だが、それ故に抱え込むことになっている。明かされているのはオルガとビスケットなど少数のみ。
仲間内だから責めるということはないだろうとは思うが、感情の軋轢が生まれるのは避けたいと思っていた。
292: 弥次郎 :2021/01/30(土) 21:29:58 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
「兄さんの件は……しょうがないよ」
ビスケットも意識があるうちに直接会えたが、兄はどう見ても平常ではなかった。
あとから聞かされた話では、経営陣と労働者の間で板挟みになったがゆえに行動したということだった。
心情はわからなくもない。現在火星ではギャラルホルンの権威は落ちぶれているが、それ以外の地域ではいまだに健在だ。
そんなギャラルホルンと一歩間違えばぶつかるかもしれないという恐怖は、相当に堪えたのだろうと想像できる。
詰まる所、ビスケットとサヴァランの間には経験も知識も体験も違いすぎるがゆえに常識が違うのだ。
「今の僕は、鉄華団の一員だ。それに、アルゼブラに雇われているんだから。
私情がないわけじゃないけれど、僕が口出せることじゃない」
「でも、心配じゃないのか?兄貴だぜ?」
天涯孤独であるが、オルガも鉄華団という枠組みで家族の情は知っているつもりだ。
あるいは、離れ離れになっていた明弘と昌弘兄弟を見ればいやでもわかろうというモノ。
そこまで簡単に割り切れるものではないのでは?とオルガは考えていたのだ。
「うん……でも兄さんは兄さんだよ」
「どういうことだ?」
「僕なんかと違って、学があって、仕事があって、自立できている。
だから、自分の行動には責任を持たなきゃいけない。オルガもそう思わない?」
「……そういうことか」
オルガはその言葉に納得がいく。ビスケットは同情していないわけではない。
ただ、それはあくまでも自分のあずかり知らぬところで、自分よりちゃんとした大人が自分で下した決断だ。
自分たちのような未熟者ならばともかく、大人ならば自分の行動に責任を負うべきなのだ。
庇いたい気持ちもあるが、未熟な自分たちが庇うなどおこがましい。そして、大人の責任を子供で背負う必要はない、ということだ。
兄を思うからこそ、兄の決断は兄の決断として尊重しなければならない、という考えなのだ。
「そうなってしまった理由もわかる。火星連合なんて、他の場所に暮らしていた人にすれば吹けば飛ぶような組織にしか見えないだろうしね」
「実態は全然違うけどな」
確かに吹けば飛ぶような組織だ。だが、その火星連合を強烈に支える国家連合がいて、自分たちの雇用主である企業連もいる。
これまで想像したこともないような力を間接的にしても持っているのが今の火星連合だ。ギャラルホルンさえも跳ね除けるほどの。
しかし、それを知らぬ人の方が多いこともまた事実であり、それにサヴァランは当てはまっただけのこと。
「それにさ、僕としても優先順位をつけるいい機会だったし」
「優先順位?」
「何を優先すべきか……何を考えて動くべきかって、考えることになったから」
その結果は、至極シンプルだった。
「僕は僕の家族…クッキーとクラッカ、それにおばあちゃんと、何より鉄華団のみんなを優先したい。
迷うことなく、そう言えるよ。多分」
「多分かよ」
思わず笑ってしまう。けど、ビスケットの改めての決意表明はちゃんと受け取ってやることにした。
覚悟はうれしい。だけれど、同じ轍を踏まないとは限らない。だから、団長として、家長として忠告はしておく。
「けどよ、自分で抱え込むなよ。大人の失敗から学ばないとな」
「うん。そうするよ」
あとは、気心の知れた間の、たわいもない話が続いた。
穏やかなる日々は長くは続かない。やがてセントエルモス一行は地球へと向かうのだ。
火星を出発した時とは比較にならない「敵地」となった地球へと。
293: 弥次郎 :2021/01/30(土) 21:30:55 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
この話は挟んでおきたかったのです。
実はこれを書き始めたのはドルト編とほぼ同時期という恐怖。
書いては消してを繰り返していました…
最終更新:2023年11月05日 15:30