442 :ヒナヒナ:2012/02/01(水) 23:16:44
○「歴史」 ―授業風景から見たアメリカ


―197×年×月×日 カリフォルニア共和国


「やあ、みんなおはよう、いい天気だ。今日も歴史日和だね。
歴史は好きだろう? さあ、太陽に負けないように元気に歴史を勉強しよう。」

栗毛をポマードで撫で付けた教師が、教室に入ってくるなり生徒に告げると、
教室中からささやかなブーイングが巻き起こる。
もちろん、教師がジョークを分かってくれる性格と知った上での抗議だった。
生徒は白人、黒人が入り混じって席についており、ちらほらと日系人も見られた。

ここカリフォルニアでは人種によるクラス分けや、
人種を理由にした入学拒否などは許されない。
実質的に大日本帝国の属国であるカリフォルニア共和国は、
各種法律の制定時に日本人の存在や反応を考慮せざるを得なかったのだ。
結果、人種差別を撤廃すると法的に明記する事となった。

ただメキシコ系住民だけは安全・経済上の理由から、学校に通学しない者が多い。
未だにヒスパニックというだけでリンチを受けたり、犯罪の対象とされるのだ。
教育を受けていない彼らは、まともな職に就けずに、
スラムで徒党を組んで犯罪紛いの行為を行う手合いが多くいた。
少数ながらカリフォルニアに住んでいるメキシコ系住民(正規不正規を含め)は、
最下層民として暮らし、貧しさゆえ、その子供も正規教育を受けられないことが多い。
そして更に貧困から抜け出せなくなるといった負のスパイラルを紡ぎ出していた。

「さてと、前回は合衆国崩壊までやったのだったね。復習はもちろんしたよな?
……ではケリー、合衆国の崩壊の原因は何だったかな?」
「はい、大西洋大津波と東部風邪(アメリカ風邪のこと)、あと対日戦争です。」
「そうだね。それから付け加えるなら、戦争そのものが原因なのではなく、
大津波と疫病が押し寄せた中、戦争を続けようとしたシカゴ臨時政府の見通しの甘さ、
ついでに信頼関係に欠けた中国と同盟も上げられるね。」

指名された黒人のハーフの少女が回答すると、教師が指摘を付け加える。

「日本とやりあった時点で、どうせアメリカは滅びたんだよ。」
「でもお父さんは、日本は領土が欲しかったんじゃないって言っていたぞ。」
「お前んちのオヤジは日本人だからな。」
「だったら何なんだよ。」
「そこまで、続きはディスカッションの時間にでもやってね。」

ケンカになりそうな空気を感じて、教師はその話題を打ち切った。
本論でない議論で時間を取られたら授業が何時までたっても進まない。

「さて、先日勉強したとおり臨時政府が崩壊後して、アメリカという国は滅びたわけだ。
しかし、アメリカはUnited Statesつまり、各州の連合体であったわけだから、
連邦政府が滅びても州は残る。旧アメリカ各州はそれぞれの道を模索した。
今の状況を……ではケン、今の東部はどんな状態かな?」

教師は男子生徒を指名する。

「キャベツ野朗が東部の住民を踏んづけて我が物顔をしてやがって、
ジョンブルは津波後の混乱の時に結んだ借地契約を盾に植民地経営だ。
パスタ男は……まあ、若い子をナンパして歩いてるって聞いたよ。」

「よろしい。でも外でキャベツ野朗とかジョンブルとか言わないように、
一応顔を顰める人も居るからな。
で、東部は津波と疫病によって壊滅し、欧州各国が分割支配した。
東部風邪から世界を救うためと言いながら、今でも実効支配は続いている。
まあ、当時のジョージア州なんかは文字通りの無法地帯となるよりは、と、
自ら身売りしたともいわれているね。」

教室から一通り「東部のやつらは……」といった声が挙がる。
難民処理に苦みながらも日本の威を背景に、
それなりに経済発展に力を入れられたカリフォルニア共和国と、
欧州の草刈場となった東部各州とはかなりの経済格差がついている。
曲がりなりにも自由の国(資本家にとって)であるカリフォルニアに、
逃げ出したがっている人間は数知れないため、どんなに国境線を警備しても、
難民が何処からか入って生きてしまい、貧困層に入りカリフォルニアの経済を圧迫している。
カリフォルニアでは、東部は旧アメリカ構成州の中で鼻つまみ者とされている。

443 :ヒナヒナ:2012/02/01(水) 23:17:26

「内陸部も津波の被害から逃れただけで、東部とあまり変わらない。
むしろ、大規模な経済圏である五大湖地域が東部風邪でやられ、
大経済圏である沿岸地域や五大湖との物流が途絶えて経済麻痺に襲われた。
西海岸は日本と講和してズルイとか、被害の酷い東海岸とは一緒になれるかと言って、
右往左往している間に東部風邪と欧州の波に飲まれてしまった。」

クスクスと笑い声が響く。
この教室の生徒の多くはカリフォルニア共和国生まれの生粋のカリフォルニア人達。
戦後生まれの彼・彼女らにとって自国とはカリフォルニア共和国のことなのだ。
東海岸はかつての連邦政府の政治中枢で、対日戦争を続け合衆国を滅ぼした人間達の地域。
内陸部は欧州に占領されて文句を言うしか能のない、保守的で我侭な田舎者が住む地域。
南部は欧州列強に完全に支配されたプランテーション地帯。
そんな、認識なのであった。
カリフォルニア共和国の独立が正統であることを主張するために、
旧アメリカ合衆国を貶める教育方針を行っているということもあった。

「ロングとガーナーの代わりにデューイが大統領だったら良かったんだ。」
「うーん、デューイって日本から評価されて何故か教科書に載っているけど、
結局、東部風邪を抑えることは出来なかったし、臨時政府も抑えられなかった奴だろ?」

誰かが声を上げると、ワイワイと会話が続く。
ニューヨーク知事であったデューイは、東部の出身であると言うことで、
正当に評価されない傾向にあった。歴史(でも考古学専攻)の教師から見ると、
それこそ教科書に載るべき人物なのであったが、西部では歴史に埋もれつつあった。
彼は穏健派であり終戦に向け尽力したのだが、志半ばでの夭折のため語られることは少ない。
日本では辻を筆頭として夢幻会が彼の業績を正当に評価したこともあるが、
悲劇の英雄を高く評価する傾向にある日本人的気質から比較的知られていた。

教師は咳払いとともに生徒を黙らせ、脱線しがちな授業を再開する。

「では、建国史だが皆知っての通り建国の立役者である
ウィリアム・ランドルフ・ハースト大統領首席補佐官(当時)、らが、
カリフォルニア議会をまとめて、大日本帝国と講和、崩壊したアメリカ合衆国を脱退し、
正統な民主主義国家の担い手としてカリフォルニア共和国を建国したんだ。
その財政手腕によってマヒしかけていた財政をいち早く回復させたこと、
民主主義とアメリカ人……改めカリフォルニア人の独立を守ったこと、
大日本帝国と連携しメキシコや東部風邪から国土を守ったことは評価されるべきだ。」

「ハースト! 旧知事の変わりにカリフォルニアをまとめた人だ。」
「ハーストグループの工場とかを早くからカリフォルニアに移転して、
独立後の就職難の時代に就職先を確保したって。俺の父さんもそれで就職できたんだ。」
「民主主義が続いているのもハーストのお陰なんだろ?」

生徒が盛り上がる。ここカリフォルニアではハーストは英雄なのだ。
奈落に落ちたアメリカ構成州の中でいち早く経済的、軍事的に立ち直り復興を遂げた。
その功績を讃えカリフォルニア議会前の広場にはハーストの銅像が鎮座している。

教師はまた微妙な表情をして生徒らを宥めていたが、ヒートアップした生徒は黙らず、
結局、授業が終わる時間になってしまった。

「さて、そろそろ時間だ。今日はここまでかな。
君らは周囲の話を鵜呑みにせず、自分で考えて勉強していかなくてはならないよ。
いつも言っているけど考古学的発見によって歴史や定説が覆る事だってあるんだから。
今、先生が考えているのはノアの箱舟伝説と大西洋大津波との相似点についてだ。
神はノアに洪水を予告しているが、これは大津波の予言とも取れる。1942年の……」

教員を勤めながら論文博士を目指すこの教師は、
ことに考古学のことになるとすぐに暴走して周囲が見えなくなるのだ。
なんでも代々考古学者を輩出してきた家柄で彼の一族の癖らしいとの噂だ。
生徒はうんざりした顔をして「先生のアレがまた始まった」と顔を見合わせていると、
廊下から学校の事務員が怖い顔をして声を掛けた。
教師が無駄話をしている間に一時間目終了のチャイムはとっくに鳴っていた。

444 :ヒナヒナ:2012/02/01(水) 23:18:18


「ジョーンズ先生。次の授業が始まりますので、授業を終えてください。」
「マットと呼べと言っただろう。」
「はいはい、マット。次の生徒が待っているので、とっとと教室を空けてください。」


マットこと、ヘンリー・ジョーンズ三世は血筋に逆らえず考古学の道を歩んだ人間だ。
東部にある家が資産ごと津波に流されたり、
研究ばかりで殆ど家に居なかった父インディアナとの確執などもあったが、
カリフォルニアに移って歴史学の教師をしながら改めて考古学の勉強を続けていた。
彼が後年に戦う(リアルファイト)考古学者となるのは最早運命なのであった。

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最終更新:2012年02月02日 21:19