175: 弥次郎 :2021/02/10(水) 21:04:03 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「女帝の憂鬱」


  • ピュタゴラス級ISA戦術対応全域航行戦艦「エウクレイデス」 重力区画ラウンジ


 地球と同じ1Gの空間に設けられた、ラウンジ。
 そこで休息をとるのは、質素であるが、同時に威厳を保てるビジネススーツ姿のクーデリアだった。
 だが、今の彼女に普段の破棄はなく、ひどく疲れ切った状態だった。しわが寄るも厭わず、ソファーに身を沈めている。
そんな彼女に気を使ってか、フミタンは何も言うことなくお茶のおかわりを注いでいく。
 ラウンジ自体にも重たい空気が漂うばかりだ。同席しているロー、クロードも、後ろに控えるエリーゼもあまり良い表情ではない。

「……お嬢様?」
「ごめんなさいフミタン、砂糖をたくさん入れて思いっきり甘くして頂戴…」
「はい」

 冷めるのを懸念したフミタンにクーデリアは力なく指示を出す。
 相当な疲労。もはや細かいところに指示を出す気力さえ尽き果ててしまいそうな、そんな状態。
 その原因は、先ほどまでクーデリアが回線越しに参加していた火星連合の議会における質疑応答にある。
火星連合暫定議会では現状、暫定の文字を取り払うための公職選挙の実施に向けた準備が進められている。
とはいえ、地域によってはそこら辺の選挙事情に差があり、どのような形態が統治政策に最もよいかの選定作業もあるため、一朝一夕とはいかない。
暫定的に代表に選ばれ、全権特使として地球まで赴いているクーデリアは、時には代理を立てつつも、議会に出席して議論を交わしていた。
あるいは、議員として選ばれた独立派の人員や有識者とコンタクトを取り、話し合いや根回しを重ねているのだ。
 だが、やはりというかクーデリアが火星に不在というのは大きい。クーデリアがにらみを利かせていない期間がある程度過ぎると、慣れが生じてしまう。
その慣れは怠慢を呼び、慣れから油断が生まれ、油断は結束のゆるみを生み出してしまうというものだ。
 そして、結束の緩みは、必然的な結末を呼び起こすものであった。

「代表、それで……暫定議会内の意見はやはり?」
「ええ。やはりというか、さっそく意見の分裂が発生しています」

 代表して問いかけるクロードに、ため息とともにクーデリアは返答した。

「この地球圏との戦争状態を維持し続けるのかどうか…そしてこれまでの対応に問題があったのではないか……そのような意見が上がってきています」

 やはり、とクロードはつぶやく。為政者に批判や批評はつきものだ。
 優雅さをかろうじて失わない仕草でクーデリアはカップを傾け、一気に飲み干した。そうでもしなければ、とても落ち着いていられない。
それを察してフミタンは無言で二杯目を注ぎ始めた。そして、注ぎ終わるや否や、それを再び一息に飲み干す。
熱さが口を焦がし喉を焼く。だが、それさえもまとめてクーデリアは飲み込んでしまった。
 しばし沈黙していたクーデリアであったが、やがてカップを置いて語りだす。

「身内の恥をお話することになりますが、火星連合の現状は危うさを増しています」

 火星連合暫定議会や政府内の意見は現在分かれている。
 地球やギャラルホルンとの戦いを肯定的に捉える派閥、否定的に捉える派閥。あるいは、方針転換を推す派閥などにだ。
 クーデリアは現在のところ、対地球の戦略の一環としてコロニー群の独立の後ろ盾となり、支援を表明している。
 だが、地球の経済圏との交渉においてはそれはマイナスとなる行為でもある。
 そして事実として、経済圏との間で戦争状態に入ったことを咎める声も生まれているのだった。
その批判は決して的外れではない。当初の予定ではアーブラウを足掛かりにして経済圏全体との交渉を進める予定であったのだから。
それが巡り巡って全面的な戦争にたどり着いてしまったというのは、もろ手を挙げて歓迎できるものとはいいがたい。

176: 弥次郎 :2021/02/10(水) 21:05:04 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

 実利としてだけでなく、感情として反発する声が沸き上がるのだ。政治家というより政治活動を行う団体が多かったがために、火星連合はそこが脆弱だった。
もっと簡単に言えばだが、現在の火星連合の能力は低く、まだ政治活動の域を超えていない。政治家の卵ばかりということなのだ。
 故にどうしても利益や実利や火星連合としての立場ではなく、これまでのように感情や刹那的な視点にとらわれがちである。
実際に彼らの意見を聞いてみれば「自分ならうまくやれた」という主観意見で批判をあげてくる声ばかりなのだ。
 だが、そんな感情論であろうとも、それらは以前の報告の際に声として議会内部で公式にあがっているもの。
よほどの理由がなければ無視などはできないので、クーデリアもそれへの対応に追われている、というわけである。

「……感情論からくるのか、それとも実利からくるのかは判別しかねますが、そういった声が大きくなりつつあるのです」
「しかし、我々も把握しておりますが、戦時に移行してからは防衛体制を敷くように命じられたはずです」
「ええ。戦争状態に移行して以降は、火星連合首相として安全保障のためにいくつかの案を出し、承認を受け、実行に移されています。
 企業連の協力もありまして、今のところはギャラルホルンによる直接的な被害がほとんどない状態で維持されています」
「しかし、それで満足するわけではないということですね?」

 無言でうなずいた。そう、対策は考案され、承認され、実行に移されている。
 だが、クーデリアの独断にも近いコロニー群の独立支援やそれに遠因がある経済圏との対立までは、火星連合内は許せるかといえば微妙なところだ。
 つまり、戦争を始めたのはクーデリアで、その判断に誤りや独断専行があったのではないか、という声があった。
 彼らの言い分もわかる。如何に権力を持つクーデリアと言えども、彼女がすべてを決定する権利があるわけではない。
少なくとも、議会や政府が成立している以上は、そこにある程度伺いを立てる必要もあるということである。
 無論、迅速果断な決断を起こすにはトップが決定し下が動くという方式が望ましいし、あの事態への対応はそれが必要だった。

「そもそも論で言えば、独立を宣言した時点でこれは予想された未来ではありました。
 戦争になることも私は覚悟をしていましたし、そのために短い期間ではありますが準備も進めていたのですから。
 予想していたのならば……ああ、すいません。思わず愚痴が」
「いえ、構いません」

 無理もないとため息をつくクーデリアを慰めるクロードは思う。
 仰々しい肩書は両手で余るほどの数だけ持ち、火星圏におけるトップの権力を有している独裁者と言えども、彼女は16歳の少女にすぎない。
 そう、たかだか16歳の少女が火星という惑星とそれに従うコロニー群の命運をすべて背負っているのだ。
 彼女のメンタルや能力が常人ならざるモノだからこそ何とかなっているようなものであるが、一つ間違えば崩れかねない。
 だが、彼女以上の人材がろくにいないことも、また確かなことだ。明確な意思とビジョンを持ち、尚且つカリスマも備えているのが彼女。
クロード個人としては、そんな彼女の周囲、独立派に人材がいないというのが情けないと思うこともある。
 だが、そうでもしなければ早晩に火星連合は名実ともに崩壊していただろう。彼女が担がれたのは、やむを得ない事情もあった。

177: 弥次郎 :2021/02/10(水) 21:06:02 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

「そして、もう一つの流れが悩みの種となっています」
「過激派、ですな」

 もう一つの悩みの種は、ギャラルホルンをこれまで退け続けたことで気が大きくなり、地球全土への侵攻を提唱するグループだ。
 経済圏を丸ごと植民地にして搾り取ってしまえという過激な意見さえも沸き上がっている。
 ルサンチマンの反動。これまで苦しめられたことの報いを、と考えているのだ。

「これは予想が難しくはありました。
 独立を果たし、地球圏との間で対等な関係であればよい、と考えていましたが、そこまで突き抜けた答えを持っているとは…」
「反対なさったのですね」
「当然です。これまでの戦果はほぼすべてが企業連や地球連合の戦力によるものです。
 借り物の戦力で、その後の後始末もほとんど火星連合が委託するという形で行っていますから。
 ここで地球を飲み込んでしまおうなど愚の骨頂。どうやっても火星連合の能力的限界を飛び越えてしまい、どうにもならなくなります」
「……」

 思わずクロードたちは同情の視線を送ってしまう。
 クーデリアはそれを当然指摘したのだが、相手は自信満々に言い切ったのだ、企業連などに統治を任せればよいのだ、と。
それを聞いたクーデリアが思わずめまいがしたのは言うまでもないことだった。
 言い方は悪いが、また繰り返しになるが、所詮は火星連合は政治活動家が寄り集まった組織にすぎない。
統治能力だとか政治に対する能力に関しては言っては悪いがド素人に毛が生えた程度ばかりだ。故にそういった意見が出てもおかしくはない。
まして戦時という非常事態だ、多少は意見の飛躍や混乱が発生することは許容される。だが、ここまでの馬鹿が出るとは思わなかった。

「現状のところ火星連合はほぼすべてが借り物です。
 10年後20年後を見越したうえでの準備を行っている段階。
 コロニー群のようなものならばともかく、地球を火星から支配しようなど、屋台骨が折れるどころではありません」

 それに、とクーデリアは付け加えた。

「戦争になれば勝つことは容易でしょう。ですが、地球全土を巻き込むような戦争をやれば、まして植民地とすれば、火星と地球の立場が逆転するだけです」
「つまり、今度は地球が火星と同じ窮状に追い込まれてしまう」

 ローの言葉に頷きが返ってくる。
 確かに火星が長らく植民地的な搾取を受けていたことは確かだ。それも経済圏の政策の結果であり、ギャラルホルンの弾圧の結果でもある。
 だからと言って、それをそのままやり返すことは何ら意味を持たない。それどころか、厄祭戦を再び起こしたようなものとなるだろう。
そうすれば無関係な市民が巻き込まれ、とてつもない数の人々が死ぬことになる。そうなれば、これまで火星を搾取していた経済圏と同じところまで墜ちる。
いや、もっと悪いところまで墜ちてしまうだろう。それこそ地球が、人の生まれ、はぐくまれた母星を滅ぼすなど。
 火星の独立という目的に対してそんな過激な行動などいらないというのに。殺すことが目的になってどうするのか。

「あくまでも、火星圏と地球経済圏が対立するとしても、それはそれで構いはしません。
 問題であるのは、戦争を終わらせることができるかどうか、です。
 アーブラウの蒔苗氏が代表の座を追われている以上、アーブラウとの国交を結ぶには、蒔苗氏を無理にでも担ぎ上げねばなりません。
 そうすれば、少なくとも経済圏とは話が通じるのだ、と証明できます」
「しかし、失敗すればそれもおしまい……なかなかに博打ですな」
「それは自覚しています。批判されれば、甘んじて受け入れるしかありません」

 事実、クーデリアのとっているのは「それしかないが同時に綱渡り」という道だ。
 戦争状態であることを抜きにしても、あまり褒められた手法ではないし、もっと別な方法があったかもしれない。
 だが、事前交渉さえも突っぱねられる可能性があることを考慮すればこれしかないことも確か。
 行動の是非について決めるのは結果次第、というところであろうか。

178: 弥次郎 :2021/02/10(水) 21:06:52 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

「正直なところ、内憂外患状態です。早期に決着を付けねば、望まぬ流血がどこまでも続く…」

 それは偽らざるクーデリアの本音だ。血を流さねば解決しない問題だ。
 だが、いつまでも出血ができるほど頑丈ではない。まして、外からの外敵に備えねばならないならば、血は残しておくに限るのだから。
 吐き出すものを吐き出し終えたクーデリアは、再び深く息を吐く。こうして愚痴を聞いてもらわねば、自分が破裂してしまいそうだった。
 独立してハイおしまい、とはならないと理解していた。むしろこの世の果てまで続く道のりの第一歩に過ぎないと。
 だが、こうして洗礼を受けていけば、どうしても納得がいかないことが出てきてしまう。
 それに対して、クロードもローも慰めの言葉はあまり選ばない。それが、彼女の覚悟への侮辱となると知っているから。

「ですが、残りの道のりは見えています。あとは進むだけです、代表」
「蒔苗氏との交渉の準備は整いつつありますし、アーブラウへの餌も十分あります。速やかに、されど着実に進みましょう」

 そう、ここで足踏みすることは結局流血を容認することに他ならない。
 だから、速やかに決着をつける必要がある。

『アーブラウへの突入までのスケジュール、早くに詰めねばならないな』
『ええ。地上からの情報では、アーブラウのエドモントンを中心にギャラルホルンが終結しつつあるとのこと。
 決戦になることは確かですが、逆に言えば決戦でけりをつけることがたやすいでしょう』
『よし…エリーゼ、火星支社との打ち合わせは急ぎ足で進める。準備は任せた』
『はい』

 近距離無線で、クロードとロー、そしてエリーゼは無言の会話を交わす。
 彼女は彼女で責務をこなしている、十分を過ぎるほどに。なればこそ、自分たちはそれに応えねばならなかった。

『しかし……この世は儘ならないものです。代表のような方を苦しめねば、前に進めないとは』
『……それは言わないでくれ、エリーゼ。十分自覚している』
『それに、火星独立運動の人間の中で彼女ほどの逸材がほかにいないのも何とも理解しがたいです。
 彼女が生まれ、成長し、ここまで育っていたこと自体が奇跡に思えるほどに』

 エリーゼの言葉を、クロードは否定しなかった。
 自分たちも決してお上品というか、綺麗なことだけをしてきたとは言えない。
 それでも理想に向かってもがき進んだことは確かだ。地べたを這っても、汚れても、それでも前に向かって。
 果たしてこのP.D.世界の人間が、クーデリアの後でもいいから追いかけてきて、前へ進み続けることができるかどうか。
 いや、すべては道を示してから、とエリーゼは意識を変える。大衆を率いる乙女はきっかけにすぎない。
性善説を信じているというわけではないが、少なくとも前に進む人間の姿が後に続く人間を奮い立たせるのだから。

(少しは、女帝様の憂鬱をほぐしてあげましょうか…)

 まだたまった愚痴があるのか、吐き出したいという表情のクーデリアはおかわりを再び飲み干して口を開いた。
 独裁者、女帝、革命の乙女---しかし、ここにいる間くらいは年相応の少女らしい面を出してほしい、そう願いながら。

179: 弥次郎 :2021/02/10(水) 21:07:45 HOST:p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上wiki転載はご自由に。

次回より、オセアニア編突入予定となります。
まあ、4,5話くらいでとっとと蹴りを付けたいですな…
政治主体で面白みに欠けますしなぁ
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最終更新:2023年11月05日 15:30