- 515. ひゅうが 2011/10/31(月) 02:39:31
- ネタSS ゴジラ誕生秘話
――1945年 日本 帝都東京 東京宝塚映画株式会社 本社
田中友幸は、内心冷や汗をかいていた。
「そう硬くならずともよいよ。私は一民間人の身だ。ただ、スポンサーになりたいというだけだよ。」
「まあまあ殿下。いいじゃあありませんか。ねぇ田中P?」
「というか誰でも緊張すると思いますよ。この面子だと。」
はぁ。と田中は生返事を返した。
彼の今いる場所は、社長室。
その応接セットでくつろいでいる男たちは、トンでもない大物だった。
海軍元帥 伏見宮博恭王。
日本映画協会名誉会長にして貴族院議員 近衛文麿。
そして、「救国の宰相」 嶋田繁太郎。
この3人が東宝へやってくると連絡をよこしてきたのは今朝の始業時間直後。
おかげで社内は上へ下への大騒ぎとなっていた。
何しろ、近衛公はかつてヴェネツィア映画祭でムッソリーニ賞をもたらした「特撮の天才」であったし、その際には伏見宮の尽力で本物の駆逐艦を使った撮影すら許されていた。
それ以来、映画の撮影にあたっては軍は大いに協力してくれるようになっており、田中としても社としても彼らには頭が上がらない。
さらには総理の座を退いたとはいえ、あの対米戦を政戦両面で完璧に指揮してのけた嶋田前首相までもが来たとあっては、これはただ事ではなかった。
いきなり指名を受けて社長と一緒に会いたいと言われた田中にとっては緊張しかできない。
「映画を、とってほしいんですよ。」
近衛公が切り出した。
「というと、あの『地中海』みたいにですか?」
横で愛想笑いを浮かべていた社長が笑いながら首をかしげる。
だが、目は笑っていない。これは、大作の依頼に違いない。
「あれ以上に、です。こちらとしては黒澤君や山本君、円谷君をはじめ東宝の総がかりでやってほしいと思っています。」
「はあ。して、どんな映画を?」
「これを見てください。」
近衛公は、書類鞄から厚めの冊子を取り出した。
表紙には「G作品原案」とある。
「まずは読んでみてください。話は、その後で。」
嶋田前首相が、私たちを促した。
拝見します。といって、私と社長は、2冊用意されていた冊子を手にとった。
「これを・・・本当に作れと言うのですか!?」
社長が真っ青になって叫んでいる。
「そうです。撮影にあたっては陸海空軍が全面協力します。どうしても無理な軍事機密の部分を除き、どんな協力でも。既に山本海相をはじめ、現場の承諾はとってあります。存分に使って下さい。」
「しかし、これは・・・この話は、大衆に受けません。」
私は言った。
何しろ、大戦の勝利以降は国民は「無敵日本軍」という神話を信奉しがちだ。
事実、核反応兵器をはじめ、ジェット戦闘機や超大型空母、そして巨大戦艦といった強力な軍備を誇るわが軍は現在列強最強の軍隊だった。
「・・・それでは困るのです。」
嶋田前首相が、言った。
「この原案は、まぁ主の部分は置いておくとしてかなり確度の高い予測です。
もしもこのような事態に至った場合・・・国民はあの兵器の威力に無知のままで全面核戦争を迎えてしまう。想像できますか?数万の核弾頭がボタンひとつで互いの国家を『確定的に破壊』し尽くし、その結果人類は・・・我々の方でも放射線に対する教育は進めていますが、大衆は小難しい話を好みません・・・」
悲しそうに彼は首を振る。
- 516. ひゅうが 2011/10/31(月) 02:40:25
- 「だから、これを作る・・・と。」
「実は、な。これはワシの最期のご奉公になる予定なのだ。」
唐突に、伏見宮殿下が言った。
「もう、ワシは長くない。もって1年といったところだろう。その間に、日本の道筋をつけておきたかった。」
嶋田前首相は下を向き、近衛公は首を振りながら、言った。
「この映画は、歴史に残るでしょう。いえ、残してみせます。私も全力を尽くします。ですから、どうか・・・この通りです!」
それに答えるにしては、私の次の言葉は、いささか非情すぎたと今では思う。
「補助金・・・出ますか?」
――1945年12月。
東宝映画株式会社は、それまで断片的な予告編の公開で済ませていた新作映画の情報をついに公開した。
「ゴジラ」。
映画誌などは、そろって巨大トカゲのゲデモノ映画と酷評していた。
だが、映画に陸海空軍が半年以上にわたって全面協力していたことに加え、あの「地中海の花束」の伝説のスタッフが再集結していたこと、そして映画自体が総天然色かつ開発されたばかりのステレオ音響などのハイテク機器と特撮技術がふんだんに盛り込まれていることなどが知られてくると、次々に期待を表明していく。
印象的だったのは、「G」とだけ書かれていたポスターが公開の1ヶ月前になって張り替えられたことだった。
巨大な恐竜のような黒い怪物が帝都の象徴たる東京タワーを踏みつぶしているシーンを中央において、その周囲に逃げ惑う人々が、そして潜水服のような服を着た男が見慣れない測定器のようなものを持っている様子が映し出されていた。
そして、大衆の興味を大いにひいたのはその背後に描かれている赤黒いキノコ型の雲だった。
こうして、1946年の正月映画として「ゴジラ」は公開された。
- 517. ひゅうが 2011/10/31(月) 02:41:48
- 【あらすじ】
オープニングは、真っ暗な画面。ドン・・・ドン・・・という足音が近づいてくる様子がステレオ音響で迫力たっぷりに再現され、巨大な怪物の咆吼が劇場に響き渡る。
そしてタイトル。のちにゴジラのテーマとして知られる伊福部昭のテーマ曲が流れ、それにあわせて海の映像が出る。
と、水平線上で閃光が走る。今度はその中心らしき部分で、広がっていく衝撃波と破壊されていく戦車や飛行機などの兵器たちと、家屋が映し出された。
やがて画面いっぱいに、巨大なキノコ雲が映し出され、遠くから見守る最新鋭戦艦と対比されその巨大さが強調された。
「神よ・・・」と甲板上のドイツ系らしき科学者が呟く。
舞台はかわり、太平洋上を航行する大型輸送船「栄光丸」。甲板の上では、ギターを奏でる船員たち。船員が読んでいる新聞には「必要か?酸素核爆弾実験に成功。ビキニ島半径30キロ余りは消滅」の文字が踊っている。
音楽がとぎれ、先ほどの閃光に似た熱線が船を襲い、船員たちは蒸発していく。SOSを発信する船。
輪転機を通る新聞にあわせ、「相次ぐ遭難事件」「浮遊機雷か?」「海軍は非常警戒態勢に」「核攻撃部隊、臨戦態勢に」という記事が映し出される。
海洋探査を行う会社に調査依頼が舞い込み、主人公(三船敏郎)は、軍を退役した科学者芹沢博士(平田昭彦)とともに調査に向かう。
海軍の艦艇に乗り込み向かった先では、いずれも高い値の放射能が検出されていた。
芹沢は、これは核兵器かそれに類する攻撃だとつぶやき、海軍軍人は震え上がる。
その帰途立ち寄った火山列島の小島大戸島で、二人は共通の知り合いである山根博士率いる学術調査隊と合流する。
放射線が生物に与える影響について議論を戦わせる山根博士と芹沢。
主人公は山根博士の娘に好意を抱く。
一方東京では、超タカ派の首相が国会にドイツ大使を召喚していた。
これはドイツの攻撃ではないかと詰問する首相に、海軍提督である元首相は言い過ぎだとたしなめるも無視される。
大使は太平洋上に南米の親独国を基地にした潜水艦が展開していることについては言及しないが、攻撃については断固否定。
現政権が行った50メガトン級の「酸素爆弾」による威嚇について抗議する。
正当な軍備だ。日本を壊滅させるだけの核兵器を持っているのはそちらだと言う首相に、両国が持つ核兵器にソ連や英国のものが加われば地球のすべての場所を3回は焼き尽くせるだけの量がある、いや放射能が人体に与える影響を考えれば、と元首相は詰め寄る。
しかし、議場の議員たちは聞き耳を持たず、万雷の拍手の中で元首相は無力感に苛まれる。
現首相は、あなたはすでにアレを使ったではありませんかと嘯く。
帰り際、独大使は元首相に、ベルリンで政変が起き、タカ派が急速に台頭しつつあるという情報を伝えた。
大戸島では、漁へ出ていた漁師たちが戻らず、数日たってようやく戻ってきた漁師は、高い放射線被曝によりまもなく死亡。
嵐の中、島の集落のひとつがまるで「踏みつぶされた」かのようにして壊滅。
生き残った少年は巨大な怪物について証言し、井戸水は汚染されている。
足跡のような痕には、絶滅したはずの三葉虫が附着していた。
島の奥へ入った山根博士率いる調査隊に、主人公と芹沢博士は同行する。そして、山の向こうから巨大な怪獣が出現し、立ち向かった何人かの村人を踏みつぶして去っていった。
現場を調査していた芹沢博士が悲鳴を上げる。
大戸島には高純度のウラン鉱脈があり、いわば天然の原子炉となっていたのだ。それをあの怪獣は壊し、島全体が人間が生きていけない環境へと変わりつつあったのだ。
ゴジラ・・・と村の古老は呟く。
あの山にはゴジラが眠っている。起こしてはらなないと。
一行の忠告を聞かずに村に残った若い村人たちは、次々に吐血し死に絶えていった。
国会で証言する山根博士と芹沢。
あの怪獣は、酸素爆弾実験による放射能の作用で、深海を生き残っていた恐竜が突然変異を起こしたものだと。
うそつき呼ばわりする議員に、生き残った少年は「うそじゃない!」とつかみかかり、一行はあの怪獣が写ったフィルムを上映する。
実験斑にいた科学者を詰問する芹沢。結果、2発のはずだった核実験は予想をはるかに超える威力により1発が爆発せずに海中に没したと判明する。
紛糾する議会。
結局結論は出ず怪獣は「ゴジラ」と名付けられただけで会議は終わった。
- 518. ひゅうが 2011/10/31(月) 02:44:26
- 現首相は、止めるのも聞かず、完成したばかりの酸素爆弾と海軍艦艇による攻撃を命令。
しかし、攻撃は歯が立たず、潜水艦は次々に撃沈され戦艦すらも熱線で爆発していった。
頼みの綱の酸素爆弾により伊豆沖は高濃度の汚染にさらされるも、ゴジラは死んだと思われた。
ゴジラの生物学的価値を惜しむ山根博士に、科学者の無関心さを批判する芹沢。
実は芹沢は、軍で酸素爆弾の基礎理論を構築するも実用化に反対。研究機関を追い出されていたのだった。
そこへ訪ねてくる軍服姿の元首相。
彼は、対抗策はないと知り、落胆する。だが主人公は何かを隠している様子の芹沢に気づく。
元首相は、一般市民に売国奴と石を投げられながら去っていった。
死んだと思われていたゴジラは生きていた。
伊豆沖の海底ソナーがそれを探知し、海軍は横須賀から全力で迎撃に急行する。
しかし、東京湾の目の前で水中からの指向性の熱線により次々に炎上。
最新鋭戦艦は都民の目の前で爆発炎上する。
上陸したゴジラは、神奈川県内に建設されていた核兵器用重元素原子炉(一版のトリウム溶融塩炉とは違う)を破壊。水蒸気爆発のキノコ雲を背景にして猛り狂いながらも帝都東京へ侵攻し、町を燃やしていく。
迎撃に出動した戦車部隊も、狂乱した現首相による戦術核兵器を用いた攻撃でも歯が立たず、逆に日本橋から銀座、丸の内にかけて放射能を帯びた熱線により帝都は燃えていく。
倒れる東京タワー。絶叫するアナウンサーもろともタワーは倒壊。
銀座の時計台は崩され、ゴジラの熱線で丸の内は火の海となる。
お堀を土足で踏みにじり国会議事堂を打ち壊したゴジラは、千葉方面へ侵攻。
空軍の核弾頭貯蔵庫を襲撃する。
必死の戦闘を繰り広げる空軍だったが、核弾頭の爆発に加えゴジラの熱線で次々に撃墜されていく。
おまけとばかりに東京湾岸の工業地帯を燃やしつくしたゴジラは、悠々と東京湾へと消えていった。
大戸島で生き残り、今また壊滅した首都圏を見た少年は畜生・・・と呟くことしかできない。
炎上する帝都と放射性物質を含んだ死の灰の降りゆく中、現首相は高笑いしつつ窓から飛び降りた。
焼け野原となった帝都。
子供にガイガーカウンターを向ける防護服を着た医師たち。
至る所から出血し、髪が抜け落ちた子供に黙って首を振る医師。
救護所では、屍体が片付けられることなく放置され、放射能汚染立ち入り禁止のマークが都内の至る所に建てられていた。
自殺した現首相に代わり、本郷の臨時首相官邸へと走る元・・・いや軍服姿の首相は、窓の外で次々に死んでいく市民を目撃した。
赤門の前に群がった一般市民は次々に「大戦の英雄」である首相へ万歳を送る。
顔をしかめる首相。
閣議では、核戦争勃発寸前の世界情勢が報告された。
首相の脳裏には、次々にキノコ雲の下に消えていく世界中の都市の姿が、死の灰の下でうごめくかつて人間だったものの姿が映る。
しかし対策はない。
閣議は絶望感に満ちて終わった。
世界各国では、急進的な軍人たちが指導者に開戦をせっついている。
ドイツやイギリスでは、特徴的な髭を生やした老人やシルクハットを脱いだ紳士が日本の首相に向けて手紙を書いていた。
だが、北米大陸の緩衝地帯や、インド連合・ソ連国境では戦闘が開始されている。
戦争は時間の問題だった。
主人公は、かつて芹沢の婚約者だったという山根博士の娘の手引きで芹沢の研究室に向かう。
そこでは、疲れ切った様子の芹沢が水槽の前に座っていた。
何事かと詰問する主人公。
芹沢は百聞は一見にしかず、と水槽に何か銀色の丸い物体を投入する。
大量の泡で水槽は見えなくなり、やがて中の魚は骨だけになった。
芹沢は、原子の研究を行い、酸素爆弾の無力化を研究していたがその副産物として特殊な酸素原子の同位体を発見。
オキシジェンデストロイヤーと名付けられたそれは、酸素を破壊し尽くしあらゆる生命を窒息死させ、やがて液化してしまうという恐るべき兵器となり得るものだった。
今は水中だけだが、やがて大気中でも同様に作用するだろうと悲しそうに笑う芹沢。
酸素爆弾など比較にならない恐るべき兵器がそこにはあった。
芹沢を説得する主人公。芹沢は逡巡するが、連絡を受けてかけつけた首相の懇願と、電話の先に出たある人物の言葉に、ついに使用を決断。
研究室を焼き払った上で爆破し、主人公に手伝いを頼んだ。
- 519. ひゅうが 2011/10/31(月) 02:45:08
- 翌日。人々が見守る中一同は横須賀から軍艦「しきね」に乗り込み、生き残ったわずかな艦艇や海上保安庁の巡視船とともに東京湾の深みへと向かう。
主人公は、芹沢を伴い潜水。
水中を進むと、その先では海底に眠るゴジラの姿があった。
金属とガラスでできた封入機を解放する芹沢。
オキシジェンデストロイヤーは発動し、ゴジラは苦しみはじめる。
水中生活を行うゴジラに対し、オキシジェンデストロイヤーは天敵なのだ。
しかし、主人公の対圧式潜水服がいきなり浮上をはじめた。
芹沢の名を呼ぶ主人公。悲しそうに笑う芹沢。
歓声をあげている甲板の人々に主人公は叫ぶ。まだ芹沢が下にいると。
再び潜ろうとする主人公だが、艦の横の海底からは大量の泡が浮かびはじめており、また減圧症の危険があるため再度潜水はできない。
通信室から引いてきた電話機にめがけて叫ぶ主人公。
芹沢博士は言う。
「やった。大成功だ。幸福に暮らせよ。さよなら。さよなら。」と。
水中でヘルメットを開ける芹沢の姿は、苦しみもだえるゴジラとともに気泡の中に消えていった。
芹沢のヘルメットが「しきね」の横に浮かび、やがて沈む。
ソナー員の「ゴジラの反応消失」の報告に続き「暫定停戦」の報が入るが、甲板の一同は歓声を上げない。
夕暮れの東京湾。
放射能汚染から逃れるために脱出していく人々を乗せた貨物船を見送りつつ、首相は呟く。
「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない。」と。
- 520. ひゅうが 2011/10/31(月) 02:46:24
- ――映画は、当初こそ物議を醸し出した。
燃える帝都の描写はあまりに容赦が無く、また人も次々に死んでいくためだ。
結果、映画誌は高評価と最低評価が混在することになった。
だが、公開中にかねて警告が出されていた南海地震が発生。
その被害状況や「まさか来るわけがない」とたかをくくっていた人々が事前に報道されていたこと。
そして喉元をすぎて暑さを忘れた一般国民や大新聞は防災対策に注ぎ込まれる巨費を軍備や核の増強に使うことを主張していたため、日本国民を震え上がらせたのだった。
こうして日本国内では観客動員数3800万人以上を記録した「ゴジラ」は、海外にも積極的に輸出された。
ことに、高い特撮技術と本物と見まごうばかりの戦闘シーンは高評価で、とりわけ北米や欧州など反日感情のあった地域では国会議事堂が炎上するシーンに歓声が上がったという。
だが、「ゴジラ」は、その容赦のない描写によって世界を震え上がらせた。
総天然色版とともに廉価版の白黒版も輸出された結果、全世界では3億人がこの映画を見たとさえ言われる。
この映画について、協力した日本陸海空軍は公式のコメントは避けたものの物理学者や生理学者たちはここぞとばかりに放射線被爆の脅威や核兵器の恐ろしさを言い立て、これにより巻き起こった社会現象はあたかも集団ヒステリーにも似ていたという。
当然とばかりに「ゴジラ」は「地中海の花束」以来となるヴェネツィア国際映画祭の最高賞をはじめとする各国の映画賞を総ナメにしたのは言うまでもない。
――人々は知らない。
この映画は、夢幻会の特撮ヲタたちが総力を結集し、「ただ撮りたいから」「ゴジラがない世界なんて耐えられるか!」そして「将来墜落する描写が出ていたら協力しないなんていけずを軍にさせてたまるか!」といった理由で作っていたことを。
そして「会合」メンバーは核兵器へ過剰な予算を投入せず、軍拡を抑制しつつお花畑的な一般市民や世界へ核の恐怖を植え付ける目的でこの映画に全面協力していたという事実を。
横須賀の港を見下ろす高台に、ひとつの墓がある。
「ゴジラ」では、ラストの名言を残した海軍提督役が炎上する艦隊を見ていたその場所には、「ゴジラ」の大ヒットを見届けたかのように亡くなった伏見宮博泰王が眠っている。
そこには、「特撮の神様」をはじめとする「ゴジラ」スタッフや近衛文麿公の手でこんな記念碑が建っている。
「海を愛し、映画を愛し、そして『ゴジラ』をつくった男、ここに眠る」
この場所に眠るほかの『ゴジラ』スタッフに向け、そして制作にあたりとりわけ尽力したという伏見宮の墓には、献花が絶えないという。
〜終〜
【あとがき】この世界だとゴジラ生まれないんじゃね?
と思ったら衝動的に書いてた。ストーリーはいろいろごっちゃです。
- 522. ひゅうが 2011/11/01(火) 21:41:21
- 蛇足
――日本映画界にひとつの金字塔を打ち立てた「ゴジラ」は、その特撮技術もさることながら美しい映像と当時としては破格のサウンドでも知られている。
撮影したフィルムはこのために特注された70ミリ横型フィルム。
1秒間に48コマという通常の倍の枚数を使って撮影された円谷英二渾身の特撮技術と太平洋戦争直後の日本海軍の迫力ある光景は周到に計算され、完璧なまでの調和を見せていた。
サウンドは、当時の東京芝浦電気工業が作り上げたばかりのデジタル化処理済み(このためだけに軍が開発したばかりのトランジスタ式コンピューターが使用された)ステレオ音響システム。
これは、のちの規格化されたものとは違いレコードのように可聴範囲の外にある音も含めて磁器記録装置におさめる方式であった。
しかも、将来的な改良余裕を見越して録音した元の音響もデジタル化されずに保存されている。
保存性を考慮した近衛公の主張により、元フィルムと元音響のマスターテープは、アルゴンガスを封入した保存専用の特注容器に保存されて摂氏4度に保たれた保管室に置かれて(余談ながら、本方式を最初の例として映画殿堂入りの際の保管方式としてこの方式が採用されている)、予備を含め5つ用意された「製作用」マスターテープを使って「ゴジラ」は上映用フィルムの製作が行われた。
試写会は採算を度外視して作られた真空管アンプ付きの白神山地産ブナの木を利用したスピーカーと、48コマ式70ミリフィルム用映写機で行われ、記者たちや招待客たちは総じて「あれこそ20世紀でもっとも恐ろしい映画だった」という印象を持つほどだったという。
これらの措置のおかげで、70年代に入り音声のリマスター化と映像のVTR化が行われた時も、画像処理が行われた時もその手間は驚くほどかからなかった。
なお、現在も復刻版という形で、試写会で上映されたそのままの方式でたびたび(さすがにフィルムはマスターテープではない)上映会が催されている。
最終更新:2011年12月30日 22:25