559 :yukikaze:2012/02/05(日) 20:13:03
では投下。夢幻会のターン。

大日本帝国宰相、嶋田繁太郎の日常は忙しい。
海軍大臣を山本五十六に譲ったことで、少なくとも海軍の軍政面
での激務からは逃れられたものの、それでもやはり激務であるのには
変わりがなかった。
嶋田としては、軍令部総長職を古賀連合艦隊司令長官に譲渡し、新しい
GF長官に小沢治三郎辺りを就任させようかとも考えていたのだが、
アクの強い山本を古賀が抑えきれるかどうかの自信がつかなかったのと、
古賀自身が大戦終結までGF長官職を続けたい希望を有していたことから
当分先の事と考えていた。

そうした殺人的なスケジュールに身をボロボロにしながらも、彼は
休むことなく職務に励んでいた。
その姿は多くの国民から称賛の声を挙げられていたが、嶋田にしてみれば
戦争を勃発させねばならなかったことへの償いでしかなかったのだが・・・

「メキシコで火が付きましたか。まあ燃え盛る要素は今までもたくさん
 ありましたけどね」

辻の言葉に、会議の出席者は一様にうなずく。
アメリカのメキシコ侵攻は、確かに軍事的には成功を収めていた。
しかしながら、占領統治においてアメリカは失政を重ねることになった。
新たにできた政府に対しては、あまりにも露骨にアメリカの利益を
優先するような条約を結ばせ、更に政府高官たちがその見返りに、
アメリカからの援助をネコババしても見て見ぬふり。
おまけに、新政府軍は匪賊に毛の生えたような者達でしかなく、
乱暴や略奪は日常茶飯事。
駐留米軍ですら、陰では占領軍として横暴を重ねていたのだから、
メキシコ国民における新政府とアメリカに対する怒りは凄まじいものがあった。
故に、占領後まもなく、メキシコにおいて散発的なテロ事件やゲリラ活動が行われ、
駐留メキシコ米軍は、こうした行為に手を焼かされ、当初の予定とは違い、今に至るまで
大軍を駐屯させておかなければならなかったのである。

「しかし米軍もたまるまい。自分達の武器で攻撃されるのだからな」

杉山陸相が皮肉気に呟く。
現在蜂起したゲリラが使っているのは、大別して二つある。
一つは新政府軍から横流しされた武器。もっとも、これはそれほど多い数ではない。
もう一つは、中華戦線で押収した在中米軍と中華民国軍の兵器である。
満州戦線で理想的な包囲戦を行ったことにより、特に中華民国軍のアメリカ製兵器が
大量に手に入っていたのである。その数は、簡易な修理を施せば、1個軍団は賄える
レベルであったと言えば、その量の程がわかるであろう。(奉天の兵器造廠を無傷で
獲得できたのも大きかった)

「米国にとっては、銀狐はやはり疫病神ということだね」

近衛の述懐に、夢幻会上層部はしかめっ面をする。
米国だけでなく、日本にとっても銀狐は疫病神なのだ。
何しろ彼の演説以来、日本における反英感情は徐々に低下しており、一部の議員に至っては
「敵の敵は味方であることから、英国と組むという選択肢も考えるべきではないか?」
という意見を国会で出し、それに同意する声も出ているのである。
辻なんぞは「チャーチルの後釜が銀狐でなかったのは、帝国にとってある種幸いだったかも」
と言っていたが、まさしくその通りであったろう。
仮に、銀狐が首相であったなら、帝国とアメリカの間を上手く泳いで、
今頃は双方に巨大な恩を着せつつ英国の利益を甘受していたに違いない。
そう考えると、嶋田ならずとも寒気を覚えていた。

「駐留メキシコ米軍の部分的撤退によって空いた穴を使っての兵器の密輸。そして各地におけるゲリラの組織化
確かに英国の手助けがなければ、こうまで上手くはいかなかったでしょうな」

いささか悔しげに、田中情報局局長は総括する。
南米ルートを利用しての武器の密輸に、ゲリラ戦でのマニュアル本などのノウハウ。そして運営資金。
伊達に彼らが世界帝国ではないことをまざまざと見せつけられていた。
勿論、田中はこうした経験をどん欲に取り込み、組織運用に役立てるつもりではあったが。

「で・・・メキシコの現状はどうなっています?」
「首都並びにメキシコからアメリカへの主要幹線道路沿いは、まだ米軍の力が強いので平穏を保っていますが、
国土の南半分においてはゲリラ活動が活発化しています。アメリカ人やアメリカと組んで利益を受けていたメキシコ人が
多数血祭りにあげられているという情報です」

嶋田の問いに、杉山は陸軍省でまとめたデータを読み上げる。
彼が持参した地図を見ると、確かに国土の南部において、武装勢力の蜂起が顕著であった。

560 :yukikaze:2012/02/05(日) 20:18:05
「サリナ・クルスが落ちれば、こちらとしてもありがたいですな」
「重量兵器の運用は難しくても、軽機関銃の類やバズーカなどは今の連中でも充分に使えますからな。
 中華民国から押収した兵器をこれまで以上に輸送することが出来ます」
「何しろただ当然に手に入れましたからね。これで恩を売ることが出来るのならば安いものです」
「まあこれで南部の世論はまた混乱するでしょう。何しろ彼らはメキシコの武装勢力の越境攻撃で
 被害を受けた経験がある。そしてその記憶はまだ風化してはいないでしょう」
「場合によっては、南部軍による越境攻撃もあるでしょうな」
「ええ。アリジゴクに引きずり込んで差し上げますよ」

血も涙もない発言であったが、そのことを糾弾する者は誰もいなかった。
何しろこれはメキシコ人の戦争なのだ。日本が思い煩うのは、それをいかに自国の利益にするかという事だけであった。
「かわいそうなメキシコ人」と同情するのが許されるのは、一般民衆レベルまでである。

「メキシコ問題はこの程度にしておきましょう。陸軍と海軍の状況はどうなんです?」

近衛の問いに、嶋田と杉山がそれぞれ返答する。

「海軍は出征準備が整っています。ハワイ沖とアンカレッジ沖の痛手は完全に回復しました。
 第二・第三艦隊も新型機への転換作業もほぼ終了しています。ハワイ基地は港湾設備と
 飛行場整備が終了。ドック施設はまだまだですが、これも浮きドックと明石級の投入で補完します」
「陸軍は残念ながら1個軍団の派兵が限度という状況です。無理をしても5個師団です」

杉山の問いに、山本が疑問を述べる。

「対中戦線は終結した筈だが、それでも厳しいのか?」
「現状、帝国の師団数は、総計で36個師団。その内3個師団を南満州や中国沿岸に治安維持で貼り付け、
 アラスカとハワイにも師団を出しており、ハワイはともかく、アラスカと大陸には交代部隊も
 考えねばならないので、フリーで使える師団は20個師団弱。輸送や継戦能力も考えれば、
 1個軍団が最良という事になる」
「了解した。説明に感謝する」

山本は軽く杉山に黙礼をし、杉山も頷くことで礼に反す。

「しかし・・・わかりきった事とは言えきついですね」

辻は改めて陸軍省から出されたデータを見る。
アメリカ政府は本土決戦という事で、大規模な動員令を出しており、現在編成途上の数まで含めれば、
70個師団近い数が生まれようとしていた。
そして、日本軍の矢面に立つ西海岸には、ワシントン州方面に(カナダ侵攻軍も含めて)9個師団。
カリフォルニア州には実に16個師団。そして本命のコロラドにいる決戦兵団が12個師団と、
全軍の半数近い数が振り分けられていた。
無論、ワシントンとカリフォルニアの部隊は、碌な機甲戦力もなく、実質的には沿岸防衛師団でしかなく、
コロラドの決戦兵団も、機甲部隊の主力がM3グラントであることを考えれば、その戦力は額面上よりも
低いわけだが、それでも数の暴力というファクターを無視することはできなかった。

「かといって更なる動員令は難しいでしょう。現在の兵力は師団だけでも100万強。
 その上各種支援部隊や陸軍航空隊も加算されるので最終的に日本陸軍全体で200万人。
 これ以上は国家財政的に厳しいでしょうし」
「ええ。戦時国債やらこれまでの貯金で賄っていますが、何しろ我々は、冬戦争の頃から戦い続けていますので」

嶋田の問いに、辻はそういうと、阿部内務大臣に視線を向ける。

「国内世論は継戦で固まっています。毒ガス事件以来アメリカに対しては憎悪に固まっており、
 中華民国から多額の賠償金を得たことも大きいです。
 もっとも、日露の時と同様、アメリカに対しても膨大な賠償が取れると考えているのも多いですが」

全員が溜息をつきたくなった。
下手に舵取りを間違えると相当な反動が来ることは明らかであった。
正直、ロングが率いるアメリカを全く笑えなかった。

「アメリカの分断。並びに西海岸に対する影響力増大。これで収まりますかね」
「収めねばならんでしょう。最悪、煽り立てる馬鹿どもは退場してもらいます」

嶋田の低い声に、周囲の者達は彼が本気であることを悟る。
確かに煽り立てるだけの馬鹿は、帝国にとって害悪でしかない。

561 :yukikaze:2012/02/05(日) 20:18:40
「だが総理。正直、アメリカの分断を行うに当たって、陸軍の占領なくして可能なのか? 
 中国と違って、彼らが国に対する忠誠心は本物だぞ」
「海相。確かにアメリカ国民は星条旗に忠誠を誓っている。だが同時に、我が国よりも地方分権が強い国でもある。
彼らが中央政府に愛想を尽かした場合、分裂する可能性があるのは南北戦争が証明している」
「そこは理解している。だが、俺が心配しているのは分裂した後だ。西海岸のあの膨大な兵力を何とかしなければ、
 奴らはその兵力を用いて合衆国の再統一を図るだろう。
 最低でも、決戦兵団とワシントンの部隊を片付けていないとまずくはないか?」

山本の心配も杞憂ではない。確かに決戦兵団の戦力は、分裂後の合衆国にとっては
喉から手が出るほど欲しいものであろう。
逆に、この戦力が消滅してしまえば、彼らも有力な手札が消滅することになる。

「その点については心配はいらない。彼らは東海岸に移動せざるを得ないだろう」

近衛の言葉に、全員が注目する。
彼は伏見宮に視線を合わせて確認を取ると、ある情報を提示した。

「尾形君経由の情報だ。東海岸で起きた大規模なデモの黒幕はアメリカの共産党シンパだ。
 奴ら・・・革命を狙っている」

戦争がさらなる混沌を示すかのように、遠くから雷鳴が響き渡った。

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最終更新:2012年02月08日 22:44