338: 弥次郎 :2021/04/04(日) 22:56:53 HOST:p2938249-ipngn19601hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
憂鬱SRW SS「婚約戦士アマツミカボシ」
特地での邪神戦争を経て、アマツミカボシは住み慣れたC.E.世界へと帰還した。
一先ずの脅威は打倒され、特地における直近の問題と言えばいまだに残るデモンゴーレムなどであるが、それの殲滅はリンクスの仕事ではない。
その程度の雑魚など、リンクスでなくともレイヴン達や無人機でも十分何とかできるものでしかない。
特地における自衛官や米軍のパイロットたちへの教導任務にしても、わざわざ高級戦力たるリンクスがやらなくてもよいことであった。
彼らが教導任務に参加していたのも、促成でもいいから戦力化をしなければならず、人的な余裕が少なかったために他ならないのだ。
また、リンクスとて休養を挟まねばならないし、身体のメンテナンスという都合も存在している。人によって割合こそ違えども、機械化されたそれはメンテが必須だ。
まして、邪神戦争において眷属たちの漸減に始まり決戦に至るまでかなりの数の戦いをこなしていたので、そろそろ専門設備のある所に戻らねばならなかった。
生身のパイロットを凌ぐリンクスや強化人間たちに付き物の弱点といえばそれまでであるが、それもまたしょうがないことだ。
さて、C.E.地球の
日本大陸に戻ってきたアマツミカボシは、キサラギでのラボ入り後には欧州からの呼び出しを受けていた。
欧州、それも欧州圏でも指折りの企業であるローゼンタールからの呼び出し。日企連からも、そして実家からも向かうようにと通達されたそれを、彼は断らなかった。
「来るものが来た、かな」
欧州へと直行する航空機--俗にいうプライベート機の中で、アマツミカボシは一人ぼやく。
このタイミングだ。意図するところはわかり切っているし、これまでさんざん伸ばしてきたことでもある。
実際のところ、実家にも呼び出しを受けて、あれこれと話をする羽目にもなっていたのだ。面倒なことをかいつまんで言えば、企業戦略として婚約しろ、であった。
それについてアマツミカボシは従った。もとより、リンクスという生き方を、両親や親族の提案してきた生き方を蹴ってまで貫いてきた代償なのだから。
無論、自分がリンクスとして戦果を挙げ、知名度を高め、恥じぬ働きをしているのだという自覚はあるし、実績もある。
だが、それでも口さの無い人間はアマツミカボシを直接攻撃こそしないものの否定的に揶揄するものだ。
もちろん、アマツミカボシとしての活躍は企業や家としての知名度や貢献に大きくかかわるもので、決してマイナスではない。
当初こそ反対されていたが、その才能と実力を示してからは心配しながらも応援してくれている。
反対していた理由も、命や精神面での危険を危惧してのことであったのだし。
(これでせめて義理くらいは返せる、といいんだけれど)
損得勘定で割り切れるものではないとわかってはいる。けれど、せめて自分が金銭など以外でできる礼儀をしたいとは思っている。
ともあれ、オディールとオデット姉妹の養育を行い、後見を務めている相手との謁見ということになるのだ。
リンクス同士、そして企業の一員同士として、礼を失することの内容に振舞うのが道理というモノ。
正直なところ、アマツミカボシは引け目を感じているのだ。それは自分自身の感情から端を発したもので、外的なものではない。
極めて内面的な、複雑な心情によるもの。だから、やすやすと解決できるものなどではない。
そんな感情を抱えたまま、アマツミカボシの乗る飛行機は欧州の領域へと入ろうとしていた。
「お久しぶりです、サー・レオハルト」
「いや、そうまでかしこまらなくていい、ホシ君。君と私の仲だ」
個室に通されたアマツミカボシは、すでにリンクスとしては一線を引きながらもローゼンタールを支える重鎮のレオハルトと顔を合わせていた。
レオハルトの名を知らぬリンクスはいない。いるとすれば、それはモグリに他ならない。欧州の大企業「ローゼンタール」を支えた大黒柱たるリンクスなのだ。
初期のリンクスということもあって前線で戦い続け、さらにはWLFとの戦いでは味方さえ恐れる戦いぶりを見せ、財界や社交界で被害者の救済に奔走。
自らの体も私財も地位も投じて欧州を支えた英雄。それが、レオハルトというリンクスだ。ゆえにこそ、サーの称号をつけて呼ばれるのだ。
そして、今回アマツミカボシが顔を合わせることになったのは、そんなレオハルトが過去に救った家とかかわる事案ゆえだ。
339: 弥次郎 :2021/04/04(日) 22:57:56 HOST:p2938249-ipngn19601hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
「……早速ですが、本題に入らせていただきます。
私の実家からも婚約は申し分ないとの返事が出ました。一応、その……」
「一夫多妻ということに、物言いがついたのかな?」
「いえ、そこも結局は問題なしとみなされました。言っては悪いですが、我が家の人間、下半身がだらしない人間が割と多いので」
「それではトラブルが付き物だろうね」
「ええ……年下の叔父や大叔母とか、本当に勘弁してほしいものです。お家騒動になっていないのが奇跡みたいなものですよ。
ともあれ、そんなことになるくらいならいっそどちらも正妻として認めてしまえということになったので」
レオハルトもアマツミカボシの実家の事情は把握している。
老化抑制措置や医療技術の発達は人の生命としての活動の幅を大きくした。ゆえに、旧世紀以上に子だくさんであったり、若気の至りが増えているのであった。
そして、アマツミカボシの実家の人間も、その例に漏れず、家族が増えてややこしい関係になっているのだという。
まあ、それでお家騒動になるということもままあるのだが、それは回避されている。それは当主による統制が効いているほかにも、自助努力があるのだろう。
「ふむ、それならばよかった。双子といっても、内側で面倒な事情があるものでね。
同列に扱うというのであれば、こちらでも面倒が少なくて済む」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。サー」
「いや、いい。君を育ててくれて、リンクスとして送り出してくれた君の両親に対しての、せめてもの礼だよ」
「ありがたいことです、サー。私は……あまり家族に貢献しているとも、子供として『らしい』ことをしているとも言い難いですから」
けれど、アマツミカボシは一つ考え違いをしていた。
自分が家族親族に向ける、悪く言えば突き放しているような態度の裏の、本当の意思というモノを家族は把握している、ということを。
それを、レオハルトは静かに指摘した。
「君は家族や親族に思うところが多いようだが、それは取り越し苦労というモノだよ。
どれだけすげない態度をとっても、冷たく振舞っても、そういう付き合いしかできない君の心情くらいは察している」
「それは…」
「君のことだ、乳母や養育係がいた、と言いたいのだろう。だが、そんな状況でも親というのは君のことを知っているものだよ。
その乳母や養育係を選んだのは君の親や親族なのだから」
その言葉に、アマツミカボシは返す言葉がない。それは事実だ。
信の置けない人間などを子供の養育を任せるはずもない。そして、余計なトラブルの種とならないように、相当に注意を払っていることだろう。
「今でなくともいい。いずれ、君が私に話してくれたように、君の胸の内を明かしてはどうかな?」
「……はい。実の両親に明かすより前に、サーに打ち明けてしまっているのは情けないですが」
「構わないさ。私が親代わりを務めた彼女らと婚姻を結ぶというならば、君もまた私の子だ。
甘えてもらった方が私もうれしい」
かなわないな、とアマツミカボシは苦笑するしかない。
リンクスとしての腕では勝てるかもしれない。だが、こうして「できた大人」という面ではどうしても負けているような気がする。
そして、そんな敗北に心地よささえも覚えてしまう。
嗚呼、まだ自分は子供だ、そして、それが心地よい。甘えてしまう。
だから、この人を筆頭に勝てないのだ、と。
「はい……そうですね、そうします」
そこでようやく、アマツミカボシは笑えた。義務的ではない、心からの笑みを。
戦場ではないところで心の充足を感じることができたことも、義理とはいえ親となる人間に頼っていいと許されたことも、すべてが、感涙できるものだった。
340: 弥次郎 :2021/04/04(日) 22:58:59 HOST:p2938249-ipngn19601hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
色々と選ぶ内容となってしまいましたがご容赦を。
最終更新:2024年07月15日 22:17