364 :ひゅうが:2012/02/06(月) 04:30:16
――宇宙暦789(皇紀4249)年4月2日 宙京標準時0632時
「秘匿航行順調・・・艦隊各艦定位置にあります。」
「第1と第2梯団はそのまま進行。輸送船は?」
「船団航行中です。もう間もなくスサノオ中央管制宙域に入ります。」
「さて――いよいよか。」
「ええ。いよいよです。船長。」
ブリッジの男たちは期待に満ちた目で全天スクリーン上の白色超巨星を見上げた。
彼らの姿は統一されていない。
制服の者も交じっているが、大半が私服である。
「処女地の征服、宇宙海賊の本懐これに勝るところなし、ですな。」
「そうだな。だからこそ同盟辺境やら帝国辺境からこうして大挙して船団が組まれているんだ。」
船長と呼ばれた男はニヤリと笑った。
彼らは、宇宙海賊である。
意外に思うかもしれないが、宇宙海賊はこの150年戦争で消滅はしていない。
おもな戦場となる自由惑星同盟辺境星域の300あまりの恒星系にひそみ、帝国軍の侵攻に際しては自由惑星同盟政府の依頼に基づきゲリラ戦を行い、またあるときはイゼルローン回廊を隠密行動で抜けて「将来の帝国領侵攻作戦のため」の偵察活動や工作活動に従事する。
半ば公営化された私設軍隊のようなものだった。
ただし末端はいわゆる海賊そのものであるが。
また、帝国側にとっても貴族領を経て何重にもかけられた関税で値上がりしたフェザーン渡来の品々をイゼルローン経由で仕入れるということは意味があることである。
イゼルローン回廊はフェザーン回廊よりは狭いものの、10隻単位での移動は「相手が黙認すれば」うまく監視の目をすりぬけて可能なのである。
そしてこれを仲介するのが、辺境貴族領の正規軍くずれである帝国側の宇宙海賊であった。
365 :ひゅうが:2012/02/06(月) 04:30:52
歴史に類例を求めるなら、地中海において巨大なるスペイン海軍に対抗したオスマントルコとイングランドの私掠船(互いの国の旗を掲げることで取締りを逃れた。なお、これを仲介したのは独立戦争真っただ中のネーデルラント連邦である。)や、日本の戦国時代における瀬戸内の「水軍」に近い役割だといえよう。
かくしてイゼルローン要塞駐留軍は袖の下と辺境貴族からの接待を受けられ、同盟側はスパイ活動や地下活動を通じて帝国辺境に間接的に影響を行使し、また帝国側は中央貴族の懐を富ませることなく辺境領の維持が行えるのである。
だが、そうした海賊たちの夏は終わりを迎えようとしていた。
このところ銀河帝国軍は皇帝交代というイベントを控えて活動を鎮静化させており、また新しい皇帝に予定されているルードヴィヒ皇太子は「マンフレート2世(亡命帝)の再来」とも目されるいわゆる「開明的」な人物であった。
それはつまり、ルドルフ大帝にならうという意味で宇宙海賊による被害を抑えフェザーン経由での貿易事業を政府直轄事業とするという構想の具現化を意味している。
海賊たちにとっては悪夢のような事態だった。
しかも亡命経験を持たないルードヴィヒ皇太子は帝国内部でも彼に味方する勢力(現政権を運営するリヒテンラーデ候や妻の実家ノイエシュタウフェン公家)を有しており暗殺という手段は取りにくいのだ。
同盟側においても、この自然休戦期間中に辺境のど真ん中を通る対日航路を安定化させるべく新たな大規模公共事業が構想されており、古戦場「タゴン」と「アスターテ」に大規模な艦隊泊地を、そして奪還したばかりのエル・ファシル星系の復興事業として同盟首都ハイネセンなみの大規模軍港の構築が予定されていた。
そのため、海賊たちはお払い箱になりはじめていたのである。
こうして、海賊たちは困り果てた。
そんな時誰かが言い出した。
「新天地を求めて旅立とう」と。
海賊船団しめて3000隻(母船のみをカウント)あまりと、新拠点構築用の物資を搭載した輸送船団は、先に締結された同盟・日本基本条約に基づき往来を開始した輸送船団を称して「エア回廊」を抜け、広大な銀河系南十字・盾腕への「大長征」をもくろんでいたのだった。
これを実現したのは長きにわたり構築されていた海賊たちのネットワークが帝国・同盟の双方の政界に大きな力を持っていたことを意味している。
これが、「船長」たちが希望に満ちた目で空間を見つめている理由であった。
――つづく
最終更新:2012年02月06日 07:30