125: 弥次郎 :2021/04/24(土) 12:00:15 HOST:p2938249-ipngn19601hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp


憂鬱SRW GATE 自衛隊(ry編SS「あるいは、現実という名の嵐」




 人々の恐怖が沸き上がったのは、百脚龍虫が都市部に接近してからのことであった。
 それこそ、暢気に巨大なムカデの撮影を行っていた民間人やテレビ中継をしていたマスコミの人間もいて、言い方はあれだが物見遊山だったのだ。
だが、それが徐々に変わったのは人の生活圏に近づいてからであった。百脚龍虫はどうあがいても巨体であり、動くだけで破壊をまき散らす。
木々をなぎ倒し、舗装された道路を砕き、電線や送電塔をなぎ倒し、山を走るというより蹂躙しながら進撃する。
それは極めて現実感の薄いもので、だからこそ、人は見入ってしまうというのもあるだろう。
 人はキャパシティーを超えたものを見ると、自己防衛のために思考が「飛ぶ」。現実逃避と言ってもよい。
数十万年という進化の過程で獲得した、パニックや混乱、あるいは狂乱を避けるための防衛機構は正しく機能していたのだ。
 しかし、一周回って衝撃が抜け、興奮が収まり、現実を認識できるようになってくると冷静さが顔を出す。
確かにパニックなどを抑えるための防衛機構とは言えども、それはあくまでも一時的なものにすぎないのだ。
再起動を果たした脳は冷静に事態を観測し、分析し、結果をはじき出すようになる。

(あれは動くだけで危ないのではないか?)
(特別何かをしたわけでもないのに山がいきなり破壊されて行っているのではないか?)
(このままの速度で動き続ければ、山を抜け、人が住む地域にまで突っ込んでしまうのではないか?)
(すでにとてつもない被害がおこっているのでは?)

 そして、そんな理性の冷静な分析は、これから起こりうることを、巻き起こされたものから推測した。
 否、推測できてしまった、というべきであろうか。あるいは、取れ高を期待して正面に陣取っていた民間人などは、それをようやく認識した。

「------」

 だが、今度は、現実を認識してしまったことのショックを彼らが襲った。
 あまりにも突飛で、現実感のない想像。あるいは、予測。それは、彼らの人生においてもトップクラスの衝撃を伴っていた。
故にこそ、それの受容と認知に極めて時間がかかってしまったのだ。

「----逃げろ!」

 そして、今度こそ彼らの脳は生得的な機能とプログラムに基づいて、極めて原始的な対応と反応を見せた。
 すなわち、その場からの逃避とパニックの発露の二つである。
 しかして、彼らの反応と行動とは遅きに失したといわざるを得ない。
 全長1㎞という巨体を動かす100対の足の運動は、たかだか全高が2mもない人間が必死に走ったところでどうしようもないほどにすさまじい。
あるいは、文明の利器たる車に人間は頼ることもできるであろうが、問題なのはその車が不整地を走ることに向いていないことか。
尚且つ、百脚龍虫に関しては不整地だろうが何だろうが文字通り踏破できるという強みを持っている。

 そして、悲劇は連鎖する。
 百脚龍虫を間近で観測していた彼らが文字通りごみのように蹴散らされ、百脚龍虫が進撃を開始したことを一般市民が知ったのはそれからであったのだ。
政府の発表で人は襲わない、あるいはおとなしい性格だ、などと言われていたとしても、目の前にある現実の方をいやでも信じてしまう。
それに、百脚龍虫の通った跡をみれば、その巨体だけでどれだけの被害がまき散らされるのか理解できてしまう。
例えば、おとなしい性格だといわれても、熊に抱き着かれれば控えめに言って複雑骨折であるように、だ。
人間の想像力はそれを想像できないほど弱いわけではない。まして、間接的あるいは直接的に見ている人間が多数いるのだ。
その中の誰か一人がそれにたどり着き、理解した時何が起こるのかは語るまい。パニック、などという軽いものではない。
生物としての根源的な恐怖。生存本能の発露。あるいは、脅威を感じ取った時に起こるごく自然な反応であった。

126: 弥次郎 :2021/04/24(土) 12:02:15 HOST:p2938249-ipngn19601hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp


 それゆえに、一般市井の人々は恐怖を理解できた人から避難を開始した。とるものもとりあえず、ひたすらに離れる方向へと。
 だが、半ばパニック状態であったのと、不特定多数が一斉に動き出したことが悲劇を生み出した。
 一つ目に、冷静さを欠いたことによる避難の迷走。
 二つ目に、渋滞や事故の発生による避難の停滞であった。
 総じて言えば、人はインフラというモノに縛られてしまう生物であり、尚且つ、早く逃げなくてはと同じような「車」という手段に依存してしまうのだ。
そして、車にありがちな交通事故---車同士のものであれ、人と車によるものであれ、物と車のものであれ、発生してしまうのだ。
上乗せするかの如く、それが避難の停滞と迷走をさらに招き、人と情報の混乱をさらに拡大させる。
 とどめとばかりに、それが発達してきたSNSやネットワーク上の情報網を通じて拡散する。
 負の連鎖が、どうしようもなく止まらないし、止められない。恐怖は伝染し、パニックは広まり、正しさも誤りもカオスの中に飲み込まれてしまう。
 人々を、人の世を、電子の世界を、嵐が通り抜けていった。

 では、これらを見ていた政府は、行政は、いったい何をしていたのか?
 はっきり言ってしまおう、通常通りに業務を行っていた。
 連合からせっつかれていたし、自衛隊からも出動の許可を求める要請があった。それらに関しては認知していた。
それを受けて何か特別行動をしたかと言えば、していなかったのだ。所詮は大きなムカデとしか認識していなかった。

 そう、ムカデ。連合の認識するところの百脚龍虫と、平成世界日本の認識するムカデには大きな差異というモノが存在した。
多足亜門・ムカデ綱に属する節足動物というのは、よくいる害虫だ。一般には外見もあって嫌われるものであり、脅威とは言えない虫にすぎない。
積極的に人を襲うだとか、何かしらの害をもたらすものであるかと言われればNoと答える方が正しい部類の虫。
それがいかに大きいからと言って、脅威とはなりえないだろうし、駆除もたやすいだろうと平成世界日本は過去の経験則を基に判断したのだ。

 だが、それはあくまでも平成世界の認識。C.E.世界におけるムカデ、ましてアフリカの命の壁の向こう側の世界における百脚龍虫となれば話は別だ。
命の壁の向こうという、最早独自の生態系どころか、別世界から現れた生物なのであるから、推して測るべし。
平成世界の技術を軽く超越し、宇宙進出国家となっている連合をして、AFやハイエンドMSや特機を持ち出して対処するような動く生物災害。
そんなものが壁に近づいて雇用ものならば、連合はその力の限り撃退を選ぶだろう。内側でおとなしくしているならともかく、外に出せば悲劇が繰り返されるから。

 もとより連合に対して一方的に敵対心というか猜疑心などを募らせている平成世界の政権なのだ、情報をダミーとして受け取ってもおかしくなかった。
そして事実、その情報をまともに受け取ることはせず、連合の救援についても拒否し、あくまで自力での対処に乗り出した。
その結果、余りにも無為な時間が2日間も発生してしまい、平成世界の日本、その九州において多くのものが失われた。
 推定死傷者数およそ70万人超。被害総額推定不能。被害範囲北九州一帯。
 酸により死体も何も残らず死亡した人間が多く、また、文字通り消失したものが多く、もはや推測でしか語れないほどの被害。
二次災害や三次災害までも含めた場合、それがさらに膨れ上がることは間違いのないことであった。考えたくもないほどであるのも事実だろう。

 余談であるが、その被害報告を受け取った政府首脳部は機能停止にまで陥ったことをここに記す。
 ありえない。それが、彼らの認識だった。高々ムカデにそんなことができるはずがないのだと。
 フェイクの情報、あるいは介入してきた連合による害虫駆除にかこつけた攻撃ではないかとさえ疑った。
それは政府だけでなく、民間レベルでも同じことがいえた。何かの間違いではないか、フィクションではないかと。
 しかし、それは紛れもない現実。どうしようもないほどに残酷で、無慈悲であった。
 さながら、宙に浮かぶ月の如く。

127: 弥次郎 :2021/04/24(土) 12:02:48 HOST:p2938249-ipngn19601hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
現実ほど無慈悲な女王は存在しない。
彼女を手懐けるなど、自ら死にに行くようなものである。

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最終更新:2021年04月24日 14:58