516: 弥次郎 :2021/04/26(月) 22:17:11 HOST:p2938249-ipngn19601hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
憂鬱SRW GATE 自衛隊(ry編SS「ニガヨモギの水は飲めない」
巨大な塊が、海洋に浮かんでいた。
それは全長十数キロメートルにも及ぶ構造物で、遠近感が狂いそうなほどであった。人工構造物としては破格と言っていいスケール。
最大で海抜数十メートルにも及ぶそれは、いくつものセクションに分かれ、着々と建造が進められていた。
それは表面上、すなわち海洋に飛び出している部分だけでなく、海底にもその根を下ろしていた。
植物の根、水上にその花を浮かべ咲かせる睡蓮の如く、あるいは水中を揺蕩う海藻類の如く、海中に地下茎のような構造物を伸ばし海底に固定していた。
その根の力は、とてつもなく強かった。海底深くに突き刺さり、何重にも張り巡らせた網により徹底的に固定し、固める。
それは、これを襲う途方もないエネルギーを受け止めても揺らぐことのないようにとの対策であった。
それだけではない。その奔流を受け止めるのは物理的なモノだけではなく、もっと別なモノも担当する。
Eフィールド発生装置。それも、機動兵器スケールではなく、もっと大きな、AFやそれ以上の構造物に搭載されるようなものだ。
C.E.世界で言えば、命の壁や連合理事国の首都などに使われるような、そんなスケールのものであった。
そして、その設置方法についてもかなり計算され、工夫がなされている。
ただまっすぐに受け止めるのではなく、襲い来るエネルギーのベクトルをうまく調整し、勢いを減衰させ、エネルギーを浪費させるための構造をとっていた。
さらには、列島沿岸部、独特の入り組んだ構造を持つリアス式海岸の三陸海岸などでも同等の設備の建造が進められている。
特に重要な都市部や施設が並んでいるところを重点的に、だ。
もう言うまでもないだろう。これは、将来起こりうる大地震とそれに伴う津波による被害を抑えるための海上減衰防壁と呼ばれるものであった。
C.E.より以前、西暦と呼ばれる年間において、幾多の大地震が
日本大陸を襲っていたのは言うまでもない。
そして、人の無力さゆえに甚大な被害が生じ、多くの命や遺産が失われてしまったことも。それを繰り返さないために平成世界にこれらは建造されている。
タイムリミットはそこまで長くはない。建造する規模が大きいこともそうであるが、世界ごとの微妙な違いが差異を生む可能性があったためである。
故にこそ、連合は企業連合を通じてこの平成世界での悲劇を減らすべく動いていた。
そして、当然であるが平成世界の日本政府もこれに大きく関係していた。
沿岸部どころか内陸までも大きく飲み込む津波ともなれば、それは被災が予想される地域にいるならば無関係でいられる保証などどこにもないのだ。
まして、原子力発電所という、極めて重要であり、同時に危険のはらむ設備がそこにあるということ。
津波を、それも想定以上かもしれない大津波をまともに食らったときに果たして無事でいられるかどうか、持ち主たる電力会社さえも断言できなかった。
518: 弥次郎 :2021/04/26(月) 22:18:11 HOST:p2938249-ipngn19601hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
故に、彼らもまたこの作業に加わっている。
すでに各地にある原子力発電所については、順次核分裂炉から核融合炉への更新工事が進められる計画となっていた。
机上の空論とまではいかなくとも、実現に向けて研究が進められている段階の核融合炉。それの出どころもまた、連合であった。
だが、それは決して一朝一夕にできることではない。核融合炉のコントロールのやり方、理論、技術、理屈。
現代のものから100年以上も未来の技術を学び、身に着けて実行に移せるようになるのは決して楽な仕事ではない。
技術者たちをかき集め、連合と企業連の下に送り込んで、必死に学ばせる。元ある仕事が消えるわけではないので、実質2倍に増えたといってもいい。
楽ではない。むしろ苦労しかない。100年以上という知識の差は如何ともしがたいほどに開きがあるので、まさしく千里を歩むが如し。
だが、それでも彼らは苦難の道を歩むことを選んだ。起こりうる未来は朧気。だが、「かもしれない」を見過ごせるほど彼らは楽観視していない。
日本政府も、電力会社も、民間の組織も、だ。一つ間違えば、チェルノブイリの二の舞がここで現出してしまう。
コントロールされているからこそ原子力発電所は有用であるが、コントロールを離れたり、大きく損傷すれば、とんでもないことが起きる。
ヨハネの黙示録第八章に記された、世界の水が苦くなる、という予言じみたそれを現実としないために、誰もが戦っていた。
「進捗状況としては40%をようやく超えたばかりだそうです」
「残りの時間は、連合から提示された資料によれば3年もない……しかし、まだ余裕はあるとみるべきか?」
「いえ、当初の予定分以上に建造しても被害を0にできるわけではありません。
これでも沿岸部の被害は万人単位で発生することが見込まれているのですから」
「……儘ならないものだな」
「本位さん、こればっかりは0に近づける努力の方が肝要だ。
この非常時に何をやっているんだとせっつかれているが、あんなのは無視していい」
「傍目に見ればそうなるか……だが、やらねばならない。文句を言われる程度で多くを救えるならば安いモノだ」
「ほどほどにしてくれよ。ここで退陣なんてのは一番困る」
「わかっている」
そして、平成世界の日本の首都で、日本のブレインを司る者たちも、ひたすらに自らの使命と責務のために動き続けていた。
彼らの必死の動きが報われることになるのは、政権交代、怪獣事変を超えたその先、平成世界西暦2011年3月11日を待たねばならなかった。
忍耐強く、必死に積み重ね続けた結果が多くの命を救ったことを人々が知るまで、いや、知ってもなお彼らは戦うのだ。すべては忠を捧げた国家と国民のために。
520: 弥次郎 :2021/04/26(月) 22:18:44 HOST:p2938249-ipngn19601hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
以上、短いですが東日本大震災に備えた平成世界の動きを。
最終更新:2023年11月15日 20:21