484: モントゴメリー :2021/05/02(日) 01:34:49 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
——分かたれぬ議会、分かたれぬ国民、分かたれぬ国家——

21世紀に入り10年ほど経った頃、フランス連邦共和国(以下、FFR)の連邦議会ではとある議題についての討論が行われようとしていた。

「国防大臣、壇上へ」

議長の合図に促され、国防大臣が席を立ち議場中央へと歩みだす。そして登壇すると議会全体を見回しつつ言葉を紡ぎだした。

「同じ『女神』を母とする兄妹にして、同じ『指揮官』の旗を仰ぐ戦友である議員の皆さん。
まずは若輩者である私に発言の機会を与えて下さり感謝いたします」

国防大臣の議会における定型の挨拶に続いた謝意の言葉にも議場は冷ややかであった。野党はもちろん与党の議員の過半でさえも。
ある者は値踏みするように彼女の眺め、またある者は敵意に満ちた目線を向ける。
議員らの感情を最大公約数的に表すとしたら
「小娘が一体何を言おうというのか?」
となるであろうか。
始まる前から形成は圧倒的不利であるが、これも仕方がない面がある。
なにしろ彼女、国防大臣はようやく30代になるという若さであり、かつ議員一期目であるのだから。
エストシナやアフリカにおいて上げた武勲により国民人気は絶大だ。それにより現大統領から政界に誘われて出馬し見事当選。サプライズ人事で国防大臣となった。
つまりは政権支持率上昇のための道化なのだ。少なくとも、この議場にいる大半の議員たちの認識では。
なるほど、確かに前線で上げた武勲は素晴らしい。20代で将官になったことは素直に称賛しよう。
しかし、議会という「言論の戦場」では新品少尉にも満たないだろう。選挙では絶対の武器になった武勲も、ここでは特に意味をなさない。
ここにいる者の多くは大なり小なり武勲持ちである。特に重鎮と呼ばれる面々は、あの北米動乱においてテキサスやハイチで義勇軍として戦った古強者たちだ。
彼ら彼女らから見れば、今の国防大臣など対等な討論相手にはなりえない。
まあ、大人の度量として話は聞いてやる。その上で徹底的に「指導」してあげようではないか——。
そのような包囲網に対し、国防大臣は現役時代と変わらぬ鋼の意思で踏み込み演説を始めた。

「この度私が提出する法案は、ツゥーロンやブレストなど主要軍港の拡張と造船設備の拡大であります」

485: モントゴメリー :2021/05/02(日) 01:35:25 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
予想と異なる内容に議場がざわめく。
あの小娘は今何といった?軍港設備と造船設備の拡張だと??
てっきり、人気取りかパフォーマンスのために臨時の大規模演習や無茶な軍拡を提案してくると思っていたのが…。
意表を突く切り口の先制攻撃に議員たちは困惑し、顔を見合わせる。しかし、

「ああ、mademoiselle.私は貴方を誤解していたようだ。貴方は建設大臣だったのですな!!」

野党席から声が上がる。そちらを見れば重鎮世代の議員が呵呵と大笑しているではないか。先ほどの野次は彼からだった。
それを合図に、野党議員たちは混乱から立ち直り野次の砲火を浴びせ始める。
流石に与党席からは「誤射」は飛んでこなかったが、同時に野党席への対抗射撃も無かった。
ただ一人議長のみは己の職責を果たさんとしていたが、効果は芳しくない。

「ご心配無く、先輩方。確かに私は政治家としては未熟ですが、己の役職を理解できないほど幼くはありません」

国防大臣は、ビヨット主力戦車の正面装甲より堅固な精神力で野次の集中砲火をはじき返しつつ笑顔で応える。

「この法案は私の職責、つまりFFRの安全保障において重要な役割を果たすものであります。
…国防大臣に与えられた権限により、只今ここにある情報の機密指定を解除いたしましょう」

その言葉を合図に議場の扉が開き、白いシートがかけられたカートが中に入ってきた。
カートは2台あり、それぞれ2名の女性が押している。
カートは議場中央で止まり、まず片方のシートが取り払われた。
現れたのは船の模型。具体的には軍艦の模型であった。
どの艦の模型かは誰も問わない。ここにいる者たちならば知らないはずはない。
OCUの象徴にして「我らが指揮官」の宿敵、「敷島型/DZPⅡ級戦艦」である。
それは解るのだが、どのような意図があるのか?再び議場にざわめきが満ちる。
しかし、もう片方のシートがはらわれた時、議場から音は消滅した。

そこに鎮座するのもまた、軍艦の模型であった。
見たことのない艦影である。だが、誰もがその艦が何であるかを知っている。
当然だ。いくら御姿が変わっても、フランス人ならば魂で「あのお方」の存在を感じることができる。
間違いない。あの戦艦は……。

「『Notre Commandant(我らが指揮官)』、戦艦リシュリューの第二次大規模改装後の御姿であります」

国防大臣の言葉に、議員たちは即座に立ちあがり模型に対して敬礼を送る。
国防大臣も敬礼した後、さらに言葉を続けた。

「そして、『我らが指揮官』にこの新しい躰を捧げるためには、私の法案は必須なのです」

486: モントゴメリー :2021/05/02(日) 01:36:06 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
その言葉に、議員らの目が彼女に向けられた。
そこにはもう、先ほどまでの侮りの感情は無い。

「およそ30年前、我らの父母たちはリシュリューに新たなる剣と盾を捧げました。
それは当時のFFRが持てる全てを結集した偉業であることは間違いありません」

しかし、と彼女は続ける。

「その全てをもってしても、我らが指揮官の四肢は基準排水量11万トンという『小柄』に甘んじるしかありませんでした。
皆さんご承知の通り、これは現在の仮想敵である敷島型やDZPⅡ級はもちろん当時仮想敵とした大和型よりも小型なのです」

ここで一度言葉を切り、今一度議場を見渡してまた話し出した。

「何故このような結果となったか?我らの父母たちが怠惰であった、もしくは意思の力が欠如していたということでは断じてありません!!
…全長320m、全幅45mという数字は、当時のFFRが保有した造船設備を基に設定されたのです」

国防大臣の声は徐々に熱を帯びていった。それにつられて、議場内の温度も上昇していくように感じられる。

「いかに『暗黒の30年』を乗り越え、奇跡とも称される高度成長期に入ったと言っても、当時のFFRはまだOCUやBCの後塵を拝す状態でした。
国家に必要なあらゆるものが不足し、造船設備だけを優先して整備することなど不可能だったのです」

国防大臣の双眸から涙があふれ出す。それでも彼女の口は動き続けた。

「『我らが指揮官』に仮想敵よりも小さい体躯しか用意できなかった父母たちの無念は如何ばかりであったか⁉
それを想うとこの胸は張り裂けそうになります。
しかし!今の我々には、FFRには父母たちには成しえなかったことが出来ます!!
前回の大規模改装よりおよそ30年。
その間にFFRの経済力・工業力・技術力は大きな飛躍を遂げております。
ここにその全てを結集し、今度こそ『我らが指揮官』に仮想敵を圧倒する船体を捧げることでFFRの更なる繁栄を期すと同時に父母たちの無念を晴らすべきだと私は考えます」

仮想敵を圧倒する船体!!
改めて模型を見れば、なるほどその大きさは隣にある敷島型のそれより一回り以上大きい。
議員らの体を電気が流れたかのような衝撃が貫く。

「それを実現するためには、まず何よりも造船設備の拡張と、その船体を運用できる港が必須であります。
以上を踏まえて、私の法案に関する検討をお願い致します。」

487: モントゴメリー :2021/05/02(日) 01:36:38 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
そう言うと国防大臣は一礼して壇上を降りた。
そして、彼女の代わりに議場を席巻したのは熱狂である。

「そうだ!我らの底力をOCUやBCの者どもに知らしめるのだ!!」
「『我らが指揮官』に相応しき甲冑を!!」
「『我らが女神」が安らぐに足る湯殿を!!」
「『元帥』も『提督』も御照覧あれ!!」
「Vive la Richelieu!! Vive la Océan!! Vive la France!!!」
(リシュリュー万歳!! オセアン万歳!! フランス万歳!!!)

「「「Vive la Richelieu!! Vive la Océan!! Vive la France!!!」」」

もはやそこに、先ほどまであった国防大臣に対する敵意や侮りの感情は無かった。
あるのはただ、歓喜と興奮だ。
その感情に『分断』は無い。
党派も、性別も、年齢も、人種も、その他あらゆる差異は意味をなさない。
我らが指揮官の、女神の、戦艦リシュリューの前では我々は「兄弟」であり「戦友」であり、何よりも「フランス人」であるのだから。
リシュリューのためならば、我らフランス人はどこまでも強固に、いつまでも長く連帯することができる!!
彼らの脳裏にはもはやこの法案を否定するという思考は存在しない。
…が、無条件で受け入れられることもなかった。

「この原案では不十分だ。拡張される港が少なすぎる!!」

一人の叫びを合図に、議員たちが声を上げる。

「ツゥーロンやブレストが拡張されるならば、シェルブールが拡張されないのはおかしい!!」
「我がサン・ナゼールにも『我らが指揮官』を招き入れる名誉を!!」
「歴史的経緯を鑑みれば、ディエップが候補から外されるのは認められない!!」
「Hexagone(六角形=FFRヨーロッパ州)のことばかり考えるな⁉アフリカ州の事も考慮せよ!!」

皆それぞれ自らの地元の港も拡張せよと主張しだしたのである。
そんな激論の末——

「賛成多数により、本法案は可決されました!!」

議場は歓声で満たされた。国防大臣が提出した法案は8割の賛成を得て可決されたのだ!!
その内容は、予算面では彼女の案の3倍以上となっていたが。
なお、反対の2割は「もっと予算を増やせ!」というのがその主張である。
そして、誰かが叫んだ。

「信号弾を上げよ!FFR全土に、否!! 『霧の向こう側』でオセアンの旗の下戦っている先人たちにも見えるほど高く!!!」

その言葉に応え、議事堂であるリュクサンブール宮の屋上から信号弾が放たれた。
それだけにとどまらずブルボン宮やエリゼ宮など、パリ中の政府関連施設から次々に信号弾が発射されていく。
さらに、マルセイユ、ツゥ―ロン、ヴェルダンなど欧州地域の各都市。
ダカール、アルジェなどのアフリカ州はもちろん、エストシナ植民地のエスト=デ=パリでも同様の光景が見られた。
誰かが「Chant du Départ」を歌い始める。
その歌声は議員たちに伝播していき、議場全体に響き渡った——

488: モントゴメリー :2021/05/02(日) 01:37:34 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
「上手くいきましたね、マリー様」
「全てマリー様の作戦通りでございます」

補佐官たちからの祝いの言葉に国防大臣——マリーは振り向く。
その顔には優雅さと獰猛さが同居した笑みが浮かんでいた。
補佐官たちはその顔に懐かしさを覚える。
そうだ、これこそ「勝利の微笑」。かつて、エストシナやアフリカで彼女の策が成功した際に見られた表情だ。

「ここまで上手くいくとはね。初めてだからと緊張して損したわ。
結局のところ、ここもエストシナやアフリカと変わらない『戦場』。飛び交うのが砲弾か言葉かの違いだけ…」

マリーはそう言いながら扇子で口元を隠す。唇を読まれないための戦場で身に付いた癖である。
もっとも、今この場にマリーに注意を向ける者などいないであろうが。

『作戦通り』

そう、この状況はマリーが書き上げた作戦計画書から一歩足りとも逸脱していないのだ。
実は、リシュリューを再び大改装するに際して先ほど演説で話したほどの港湾・造船設備の刷新は必須ではないのである。
もちろん先ほど提示した改装案に嘘偽りはない。実現すれば人類が生み出した船舶の中で最大級のものになるであろう。
しかし、その改装計画は「現行の」造船設備で可能なように策定されている。
つまり、造船設備に関しては拡張しなくても何とかなるのである。
当然であろう。他国からは「狂信的」などと称賛されることもあるが、我らFFR国民は別に理性や知性を投げ捨てた訳ではないのだ。
特に軍人というものは究極の「現実主義者」の集団だ(と同時に究極の「理想主義者」の集まりでもあるのだが)。
そんな彼らが計画の前提条件たる造船設備について考慮しないなどということはあり得ないのである。
…まあ、造船ドックの限度ギリギリ。
それも国内最大の規模ではあるが軍港ではない民間のサン=ナゼール造船所のそれを前提にしているあたり、結構無茶はしているのであるが。
「叶うのならば、海軍の工廠でリシュリューの改装がしたい」と思うのが人情。
それ故の今回の法案。
しかし、それは「できたら良いな」くらいの感覚であり先ほどマリーが行ったような感極まった演説をしなければならないような内容では無かった。
港湾設備にしても同様だ。
桟橋の延長などはやらなくてはならないだろうが、浚渫工事の必要性は低い。
再びの大規模改装について、喫水線下の計算にも抜かりは無いのだ。
では何故?

489: モントゴメリー :2021/05/02(日) 01:38:17 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
答えはシンプルだ。
マリーは、この軍部からの控えめな要望を奇貨としてFFRを「リフォーム」しようと画策しているのだ。
「暗黒の30年」を超えた先に迎えた「黎明の奇跡」と呼ばれる高度成長期からもうすぐ30年。
当時急ピッチで整備された各種インフラもそろそろ老朽化してきている。
無論、定期的に補修はしているがやはり一挙に更新するのが好ましい。が、それには膨大な予算が必要である。
そのため、必要性を理解している者は多くいるがそれを提言する人間は少なかった。実行しようとする者にいたっては皆無だ。
しかし、リシュリューの大規模改装再びとなれば話は別だ。
このような祭り…否、「神事」は公共事業との相性が抜群に良いのである。
直接的には沿岸部の都市、それも港湾部しか介入できない。
が、工事が始まれば人が集まる。その人々を支えるための上下水道やガスなどのインフラ整備も必要だ。
さらに内陸部から物資を運ぶためには鉄路や道路網も更新・強化も必須となる。
このようにすればFFR全土のインフラ更新に対する大義名分が手に入るのである。
(なお、パリなどの内陸部都市に関しても理由をこじつけてしっかり予算案に組み込んである)
全てはFFRのため————

「これで、建設業界とインフラ系の官僚はマリー様を支持するでしょう」
「流通業界も同様です」

…全体の利益と同時に、個人的利益を追求するのは淑女のたしなみである。
ここまで来るまでに各業界に対して話は通してある。それに加えて予算規模は先輩方の「協力」によって当初の3倍になった。
これならば確実に彼らを味方につけることができるはずだ。
この法案を通したことにより、マリーは名声を得ると同時に多大な実績を示すことができた。
与野党問わず、議員たちからの敵意や蔑視も大きく緩和できただろう。
だがそれ以上に、強力な『援軍(=官僚からの支持)』と『兵站(=業界からの資金援助)』を得ることができた。
これがあれば、「あの席」を狙うことも可能なはずだ——
マリーは、与党席の一角を見ながら呟く。

「親愛なる最高司令官代行殿(=FFR大統領)は、私が人気取りの操り人形であることに満足すると思っていたようだけど。
……お生憎さま。私は『元帥』と『提督』以外のものに対して先に敬礼するのは大っ嫌いなのよ。」

もちろん「我らが指揮官」以下女神の方々などの例外はあるけどね、と彼女は付け加えつつも視線は外さなかった。
それに対して、補佐官の片翼であるアデールが心配するように応える。

「ですが……。本当によろしかったのでしょうか?『Notre Commandant(我らが指揮官)』をダシにするようなマネをして」
「天罰が落ちなければ良いのですが……」

もう片翼であるオリアーヌも続ける。

「あら?私は何も後ろめたいことなんてしていないわよ。『国家の利益』を最大限に確保するために動いただけ。『個人の利益』がたまたま同じ方向を向いていたけれどね。」

マリーはなんでもないように応えた。
気付けば、議場を満たす「聖歌」はすでに2番に入っていた。

「それに…」

——Nous vous avons donné la vie Guerriers, elle n'est plus à vous
(そなたに与えし命 そなたのもので無し)

「『お母さま』にかわいい娘がお小遣いをねだるのは、そう不自然なことではないでしょう?」

——Tous vos jours sont à la patrie Elle est votre mère avant nous.
(母なる国のもの 『全てに勝る母』)

マリーは言い放ちながら振り返り微笑んだ。今度の笑みは少女のように無邪気な、しかし戦車砲のように堅固で真直ぐな意思で構成されていた。
これに対しては補佐官たちも苦笑いで返すしかない。
——女神から小遣いをせしめるとは…。流石はマリー様、もはや笑うしかないほどの豪胆さ。
叶うのであれば、オセアンの指揮下に転属した後も彼女の部隊で戦いたいものだ——。

後世の歴史家たちはこの出来事について次のように評している。

「『謀将大統領』マリー・マフタン(Marie Martin)の出発点」と。

490: モントゴメリー :2021/05/02(日) 01:39:46 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
以上です。ウィキ掲載は自由です。
皆さん(主に影真似氏とトゥ!ヘァ!氏)がフランスを墓地に送る度に、FFRの皆さんの声が大きくなるのですよ⁉(八つ当たり)

今回の主要テーマは「団結」です。
FFRには「内ゲバ」など存在しないのです(戦時には)。
ことリシュリューに関する限り、「分断」などあろうはずがない⁉
正に、分たれぬ政府!分たれぬ議会!!分たれぬ国家!!!

時には足を引っ張り合うこともあるでしょう。「兄弟」でもケンカはします。
敵意をぶつけ合うこともあるでしょう。「戦友」同士でもいがみ合うことはあります。
それは独立した人格を持つ「人間」ならば当然のことです。

しかし!!
一度「指揮官」旗がひるがえったならば、それまでの恩讐など即座に捨て去り一致団結して前進できるのがフランス(連邦共和国)人なのだ!!?


……しかし、本来は議会で港湾設備強化が可決されるだけの短編だったのに
気が付いたらマリー様がリシュリューから「お小遣い」をもらっていたぞ?
おかげで文字数は6000字越えで歴代2位…(疲れた)

やはりFFRの皆さんは私の手では抑えきれないな。

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最終更新:2021年05月04日 22:30