495: 弥次郎 :2021/05/22(土) 19:10:27 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「絶海の領域」4
クーデリアの言うところの相互利益。
それは、一方的な搾取体制ではない、相互にモノを売り買いし、経済を循環させる体制で得られるものだ。
火星が経済圏に売り、経済圏も火星に売る。売りと買いのバランスが取れて、片方が最終的に存するだけの関係を超えた先にあるモノ。
だが、それは正直なところ夢物語であった。少なくとも、これまでの常識に照らし合わせるならば。
「しかしの、できると思えないものを提案されても頷けぬよ」
蒔苗の指摘は正しい。
何度も述べているように、火星は出涸らしだ。輸出するものがほとんどなく、キャパシティーのほとんどが経済圏の搾取のような交易に占められている。
ここから新しく何かをやろうにも、そのためのリソースが欠けている。計画はあるとしても実行するだけの余力がないと言い換えてもいい。
それは当然のことながらクーデリアも把握していることだった。伊達に火星連合代表を名乗っているわけではなく、その辺もリサーチ済みだった。
「ええ。確かに不可能かもしれませんね。ですが、これは火星が独力で成し遂げようとした場合の話です」
そう、まず前提条件として、火星連合の後援には地球連合と企業連が存在している。
クーデリアはコンソールを操作すると、空中投影ディスプレイに表示した火星の現状を説明していく。
「現在火星連合では農地改革やテラフォーミングの実施し、さらに産業の拡大を図っています。
環境の改善や農業手法の更新……無人機を用いた効率的な集約農業は、既存の農地を従来の半分以下の人間で回すことができるようになると試算されています。
そして、浮いた人材は別の分野に転向、あるいは新しい職を手に付けることができます」
「ふむ……」
「具体的な計画についてここで長々と説明するのは割愛いたします。
ともあれ、重要なことは火星連合は地球連合の後援の元、これまで以上の産業を興すということです。
それを基にすれば、アーブラウとの間での対等な交易も可能と考えております」
夢想的、と言いたい気持ちもあるが、蒔苗は表示されている計画に軽く目を通して、その考えを改める。
少なくとも、今後数年の間にクーデリアが言ったことを実行に移すつもりであるのは確かなようだ。
無論、それが失敗することも考慮しなくてはならないのだが、上がるかもしれない利益は着目すべきだった。
「まあ、それについては期待しておこうかの。火星からの上がりが重要なことには変わらんのでな」
「その間に交易のバランスについても見直したいところですね」
「急ぐことではないじゃろうな」
そう、急ぎはしない。得られる利益が大きくなったところでうまく手に入れなくては苦労する価値がないのだから。
「じゃが、儂としてはもう一声欲しいところじゃ」
だが、次の交渉に移る前に蒔苗が踏み込む。
クーデリアが今後の通商条約の締結や交易のバランスの見直しなどを掲げ、そのために産業の盛り上げなどを構想していることはわかった。
一方で、それが夢想的であるということに変わりはない。確証がなければ、蒔苗自身はともかくとしてアーブラウの人間を説得はできない。
「例えば、そうじゃの。地球連合とアーブラウで交易などできるのではないかの?」
思いついた、という表情の蒔苗。だが、それに流される人間はいない。
「火星の経済を立て直すほどの交易をやっておると聞く。ならば、アーブラウも同じようにできると期待しておるのじゃが」
496: 弥次郎 :2021/05/22(土) 19:11:14 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
やはりそう来たか、とクーデリアはお茶で喉を潤しながら内心つぶやいた。
アーブラウと地球連合の間の直接取引。それは、自分の出す案に対して、蒔苗が出してくるカウンタープランと予測されていたことだった。
確かに、火星はこれまであらゆる形で地球連合や企業連との間で交易を行ってきて、多大な利益を得ていた。
それはここで列挙する必要もない、数々の恩恵として形を以て火星の住人の下にもたらされている。
それを知っているならば、同じように直接交易することでアーブラウがより大きな利益を得ようと考えるのも当然。
加えて、火星連合との交易だけではないということを提示することで火星連合の動きをけん制しようという意図がうかがえる。
無論、火星から得られる利益を完全に切り捨てることは痛いだろう。だが、それ以上の利益が見込めるならば、少々脅しがこちらにしてきてもおかしくない。
だが、それは想定内だった。だから、思わず笑みがこぼれる。
「蒔苗元代表、それは無謀というものですよ」
「なんじゃと?」
歯に衣着せぬ物言い。しかも、抑えきれない笑いをおまけされて、蒔苗は眉を吊り上げた。
だが、それは事実だった。火星連合にはできて、地球には難しいこと。それが、地球連合との直接交易だ。
無論のこと、それが絶対に不可能というわけではない。
「火星連合を介するか、あるいは、条件を詰めていかなければ交易として成り立たないでしょう」
それは、火星連合としての利益追求もあることだ。だが、同時にアーブラウのためでもある。
「なにか理由があるのかの?直接交易を考えるのは当然じゃろう」
「ええ。至極当然のことと私も思います。連合は火星連合の成立以前から多くをもたらしてくれたことは確かです。
加えて、資源や産業の成り立っているアーブラウならば交易で輸出するのにふさわしいものを用意できるかもしれません」
ですが、とクーデリアは続ける。蒔苗は根本的なところで間違っている。
交易を行うというのは、基本的に等価交換というものが前提となる。守られないケースもあるのだが、基本はそこにある。
互いが価値のあるモノを出し合う、あるいは価値の担保されている貨幣などを代わりに差し出すことで、売買というのは成り立つのだ。
その条件で見た場合、少なくともアーブラウ---蒔苗の認識のままに交易を結ぶための通商条約など夢のまた夢だ。
それを指摘すべく、クーデリアは言い放つ。
極めて端的に、事実を指摘するために。
「アーブラウは地球連合の貨幣を持っていないではありませんか」
一瞬、沈黙が下りる。放たれた言葉を理解し、咀嚼するまでに時間を要したのだ。
「それは……」
一番最初に再起動したのは蒔苗。
そこに追い打ちの如くクーデリアの言葉が突き刺さる。
「貨幣経済であり資本主義というものであることは確かですので、交易自体は不可能ではありません。
ですが、アーブラウは地球連合や企業連との交易において対価となりうるものを持っているとは言えない状況でしょう。
バーター取引や物々交換なども不可能ではありません。ですが、それを差し引きしても『連合が欲するもの』が何かを認識しておられるでしょうか?」
そう、火星連合はともかくとして、アーブラウは現時点では地球連合との間で通貨の為替レートなど成立していない。
加えて、火星連合が地球連合との間で物価やその他もろもろの事情を勘案してはじき出した仮想レートは、控えめに言って火星連合が圧倒的不利だった。
信用がなく、物価が違いすぎて、尚且つ技術水準としても歴然とした差がある。そうなれば、必然的にレートはひどいものとなる。
497: 弥次郎 :2021/05/22(土) 19:11:50 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
クーデリアは、同席しているローに視線を送って促す。心得たもので、ローは説明を引き継ぐ。
「地球連合及び企業連では公的にこのP.D.太陽系との間での為替レートを設定しております。
ですが、バーンスタイン代表のおっしゃる通り、この太陽系内の治安状況や経済事情を勘案すると、とてもではありませんがまともなレートは設定できません」
それは歴とした事実だった。
宇宙海賊がのさばり、圏外圏では力がモノをいう風潮であり、経済状況に関してはお世辞にも健全とは言いが高い。
さらに、経済圏はそもそもエドモントン条約という連合との条約の順守や実行を行っていないのだ。
信用というものが大きく欠けている以上、連合側としては少しでも確実性を増すためにレートを非常識な数値に定めるしかない。
これが火星連合相手であるならば、レートは少しずつマシな方向へと転向しつつある。そういった自助努力が行われているためだ。
「……このままではとても交易にならんな」
「その通りです。直接交易ではなく、火星を介していただいた方がよほどマシではないかと思われます」
クーデリアではなく、企業連の交渉役が口に出したということは、そういう評価がされているということである。
「加えて、地球連合の規模から見れば、このP.D.太陽系の市場は極めて狭いのです。
そして、その狭い市場の惑星の、そのまた4分の1でしかないアーブラウ相手では……経済規模の差がそのまま影響してしまうでしょう」
「火星連合とは交易をしておるようじゃが、どこが違うのかの?」
「地球よりも人口は少ないとはいえ、火星全土という広い市場と土台がありますから。
そこに入植すようにすれば、こちらとしても投資した分をペイできるのです。開拓がほぼされつくしている地球よりは前向きになれます。
まあ、火星にしてもたかだか惑星一個という規模の小ささを考えるとこれでも譲歩したうえでの交易ですし」
取り付く島もない、とはこのことか。
そして何よりも、とローは特大の爆弾を放り込んだ。
「エドモントン条約の不履行…地球連合との間の取り決めがろくに実行されていなかったことは十分すぎるほどにこちらの信用を損ねるものです。
ただでさえ交易には積極的になれないというのに、火星連合を出汁にして交易しようとするとあれば……心証はよろしくないでしょう」
「そう、か……」
「このことを伝えるだけでも、相当な温情と思っていただければと思います。
いえ、ゆくゆくはこちらの思惑もあって介入などをしていたのかもしれませんが、もはや詮無きことでしょう」
火星との交易ができるならば、と思ったが、それはすげなく拒否された。
そもそも、地球連合はこちらと交易する必要さえないのだ。国家体制の維持のためにぜひともやりたいといっても、相手がその気でないなら話は始まらない。
「それに加え、火星連合に援助しているのはエドモントン条約の目的や地球連合としての戦略も大きく絡む話ですので」
「……まて、それはつまり、一連の動きには意図があるということかの?」
「ええ」
そもそも、そのことはすでに伝えてあることであり、その為にエドモントン条約が締結されたといっても過言ではない。
そして、確実な実行を履行してもらうために地球連合がわざわざこの辺鄙なP.D.太陽系に介入しているだ。
「その点において、火星連合と地球連合との間ではコンセンサスが取れております。
故にこそ交易を行い、投資を行い、人員や必要物資の提供なども行っているのです。
最低でも火星連合と同じところまで来ていただかなくては、そもそも話になりません」
498: 弥次郎 :2021/05/22(土) 19:13:19 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
地球連合の戦略。それは即ち、外宇宙からの外敵の襲来に備えるというもの。
地球連合の存在する宇宙から近く、外敵が侵略の足がかりとなりかねないという危険な立地。尚且つ難民や宇宙海賊がやってきてしまうリスクもある。
火星連合が圏外圏における宇宙海賊の討伐や治安の向上に力を注ぎ、また、巨大な国家としての安定を追求するのもそこに共通目的が存在するためだ。
いわば、地球連合に対して火星連合は「安全」「戦略的価値」を輸出することでその分の投資を勝ち取っているといえる。
では、地球経済圏は、アーブラウはどうか?それに関しては言う必要などないだろう。
沈黙を選んだ蒔苗に、クーデリアはとどめを刺す。
「というわけなのです、蒔苗元代表。交易によって地球連合との間で利益を獲得するというのはまだ先の話になります。
あなたがアーブラウの代表に再度就任し、エドモントン条約の公表や周知を行い、地球連合の信用を取り戻すために動かなくてはそもそも始まらないのです。
あなたが代表戦に出馬するために協力するのも、火星連合の承認を得るためというのもありますが、地球連合のためというのもあります」
ふぅ、とここでクーデリアは大きく一息吐き出す。
純然たる事実であったが、重たい言葉だ。そして、今回の地球来訪が如何に複雑な事情を抱えているかを証明している。
単純に火星連合の存在を認めさせ、国家と国家の関係を作るだけではない、もっとスケールの大きな話ということ。
相互利益の得られる交易というのは、その為の準備段階にすぎないものだ。
果たして、それは蒔苗の理解の及ぶところになっただろうかと思う。そこまで至ってもらわねばならないのは確かだ。
そうでなければ、最低でも地球連合の存在の公表と、火星連合の証人と国交の締結だけでも行ってもらうしかない。
自分たち火星連合にとっても重要であるが、将来、それこそ数十年単位で考えればアーブラウをはじめとした経済圏にとっても重要なことになる。
「……」
果たして、蒔苗は髭に手をやりながらも深刻な表情のまま考え込んでいる。
自ら話を振ったものが、まさかここまで重たい案件として返ってくるとは思いもよらなかったのだろう。
自分も火星連合の代表に就任し、地球連合との間で会談を持った際に明かされて、そのスケールの大きさに圧倒されたものであった。
言葉が返ってこないこと、そして相手の表情などから勘案し、クーデリアは一つ提案をする。
「一度休憩といたしましょうか」
「そうしますか……どうでしょう、蒔苗元代表?」
「う、うむ……そうするとしよう。年を取ると些か堪えるものじゃし……」
こちらの提案に、かろうじて蒔苗は頷いて席から立ち上がる。そして、秘書と共に退出していった。
「これで、よかったのでしょうか」
それを見送ったのちに、クーデリアもまたポツリと呟く。多くを要求するものだといきなり突き付けた。
国家としての承認を求める立場でありながらも、同時にそれ以上のことを強いることになった。これは想定の内側にあったことだ。
だが、心理的にはかなりひやりとしたものだ。危うさを多大に含んだ、それこそ綱渡りのもの。
「代表のすべきことはなされたと思います」
励ますようにローは言う。事実、必要なことは伝えていたし、火星連合が譲歩できる部分とそうでない部分も伝えた。
まあ、抜けが0かと言われればそうでもないだろうが、少なくともボールをあちら側に渡すことはできただろうと思われる。
「それよりも、代表も休憩をとられては?」
「ええ。そうさせていただきます……」
ローにいわれて、ふいに体に重みが来た。張りつめていた緊張の糸が緩んだために、どっときたのだ。
だが、同時に第一ラウンドがようやく終わったに過ぎない。次のラウンドに備えなくてはならない。
クーデリアはフミタンを伴い、控室に引き上げることにしたのだった。
499: 弥次郎 :2021/05/22(土) 19:15:40 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
これが、ガンダムだ!(ぐるぐるおめめ
火星連合と地球連合の間はともかく、経済圏との間ではそもそも交易が成り立たないという罠。
「P.D.世界規格に合わせるのだって一苦労だし」と言われるがオチ。
そして星間国家たる地球連合が欲しがるものが太陽系内部にあるかって言われると…
火星連合は文中にもある通り、「安全保障」「戦略的価値」を輸出し、対価として投資や物資その他もろもろを勝ち取っています。
経済圏?信用できない状態ですし…
最終更新:2023年11月23日 14:01