78: 弥次郎 :2021/05/29(土) 00:13:06 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「絶海の領域」5



 休憩時間と言えども、それは次なるラウンドへ息を整える場にすぎない。
 事実として、クーデリアは先のラウンドの会談内容をざっと見返しつつも、火星連合がアーブラウに求める点の整理と確認を行っていた。
 火星連合が地球経済圏に求めていくところはかなり多い。
 大まかなところだけでも国家としての承認、国交樹立、通商条約、安全保障、火星の自治区に伴う諸権利の引継ぎなどだ。
火星連合は未だに火星連合を名乗る集団という段階であり、各国の承認のもとに明確に国家とならねばならない。

「……蒔苗氏が火星連合の承認に前向きなことは確かですが、それを確約する言葉を引き出せなかったのは痛いですね」

 一方的にたたき伏せたかに見えたラウンドを終えたクーデリアは、しかし顔色は良いとは言えない。
 疲労だけではない、達成すべき項目をいくつか逃していたためだ。国家承認は何とかできたといえるが、国交樹立や通商関連はまだだった。
火星経済圏はその気になれば独立した循環を連合内部で形成できる状態だ。だが、それはいずれ地球経済圏との摩擦や激突を避けえなくなる。
その為にこそ、経済的に経済圏が痛手を負うのを何らかの形でケアしたいというのが本音であった。少なくとも、被害を低減させて火星連合への悪感情を減らしたい。
 経済圏の今後に求めることを伝えることはできた。しかし、それは主目的からは逸れていることでしかない。
地球連合としてはいずれは地球経済圏に伝えるべき事項であったのだから、あちらから踏み込んできたのはある種好都合だったが、今でなくてもよかったのだ。
 その言葉に、クロードは頷いた。

「蒔苗氏が深く踏み込んでくるとは予想の範囲内でした。とはいえ、段階を超えて地球連合の求めるラインを伝えたのは、混乱を誘ったかもしれません」
「あちらからですから、話さざるを得なかったのは事実でしょう。ですが、それで本題を見失うことになるのは…」

 この交渉はあくまでも前段階。蒔苗が代表戦に勝利して代表に再度就任した際にどのような政策を実施するかの確約を得る場だ。
圧力をかけてというのもあるが、純粋な交渉と対話をもって火星連合の承認の確約を勝ち取りたいとは考えている。
だが、一度に開示しすぎたのは、本題を躊躇させる材料になってしまったのかもしれなかった。

「もとよりP.D.太陽系の地球経済圏は閉鎖的な風潮がありますからね。交流を抑えるドモントン条約となったのも経済圏の意志でした。
 地球経済圏と地球連合の国交までをいきなり持ち出せば、しかもエドモントン条約が情報統制されている状態で持ち出せば…」
「拒否反応を示す、ということですね」

 ローはクーデリアの言葉に頷いた。
 ただでさえ内側にこもろうという気質---厄祭戦の被害とその復興で苦心するという事情もあり、交流に積極的ではないのだから、これ以上の未知は恐怖でしかない。
恐怖に対する人間の、それも集団の最も取りやすい行動とは逃避であり逃亡だ。嘗てのエドモントン条約のように。
 だが、それを繰り返されては困る。長らく地球連合は待ったのだ。いつ来るかもわからない侵略者におびえながらも。
 そして、その恐怖や逃避の延長で火星連合のことをなあなあで曖昧に済まされても困る。相互の利益のためにならず、下手しなくとも争いの種になる。

79: 弥次郎 :2021/05/29(土) 00:14:01 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

「難しいですね」

 まだ相手は元代表という、ただの老人でしかない。その老人は代表の地位に返り咲こうとしている。
 しかし、それに重荷をさらに背負わせることで交渉の打ち切りという選択をされては困るというわけだ。
 必要なものは何か?アーブラウを交渉の場に縛り付けるモノが必要だ。餌と言い換えてもいい。
 何か地球連合と火星連合が経済圏に対して提供できる何かカードが、適切にアーブラウが使うことができる何かが。

「地球経済圏と火星連合の、その後の関係性…」

 ぽつりとクーデリアはつぶやく。
 この交渉は決して終わりではなく始まりの始まりに過ぎない。
 そう、これはこれまでの常識やスタンダードを根本から組み替えてしまいかねないものだ。火星の独立とはそういう物なのだから。

「少し尺度を変えてみる必要があるかもしれません。」

 クーデリアはそういい、パソコンを操作する。ひょっとすれば、アーブラウと火星連合双方にとっての突破口が見つかるかもしれないと、そう期待して。





  • オセアニア連邦 ミレニアム島 蒔苗邸居室


「藪蛇じゃったな」

 控室---というよりも一度ミレニアム島の邸宅の居室に戻った蒔苗はそう漏らすしかなかった。
 国家としての承認、国交樹立、通商条約の締結などを求めてくるのは読めていたことだ。
 その対価に交易を持ち出して相互利益をもたらしてくるというところも。
 だが、アーブラウが得る利益を考慮すれば、そして火星連合の側が多くを得すぎるのもよろしくないことだった。
その為に地球連合との交易や国交を提案してけん制材料とするつもりだったが、ここまで拡大してしまうとは想像できなかった。

 これでもアーブラウの代表を務めていたのだからエドモントン条約のことは知っている。
 地球連合という巨大な国家連合とのコンタクトを得て、交流をある程度にとどめ、あくまでも相互不干渉という立場を勝ち取った条約。
それは、当時の経済圏の思惑---不確定要素の混入による現行の秩序の崩壊や利益の減少を懸念してのものは、決して間違いではなかった。
現状維持に甘えた、と言われればそれまでだ。だが、スケールとして違いすぎる国家連合との交流をどのようにすればいいか、経済圏は知らなかったのだ。
だからこそ、その手の逃げに走ることにしたのだ。相手に干渉する能力がそこまでないだろうという予測もあり、そこへ落ち着いた。
 それに、蒔苗とて、当時から火星からの上がりの問題や治安問題などを知らなかったわけではない。
 ただ、手を突っ込んで改善することが割に合わなかったのだ。クーデリアが交渉の席で言ったようにそれをやると経済圏は不利益を被る。
搾取体制はされている側にとってはたまったものではないだろう。だが、それを急にやめて利益を得られなくなる側もたまったものではない。

 しかして、クーデリアが言うように、すでに火星連合の独立は果たされてしまった。
 もう過去の搾取体制に戻ることを良しとせず、国家としての体裁を整え、地球経済圏の搾取から逃れようとしている。
それが困るからこそ経済圏は火星連合としての火星の独立を認めていないのだから。
 では、その独立が果たされたという前提条件で一体どのようにすればアーブラウは利益を享受し、火星独立を認められるか?
それは、実際のところアーブラウの国民の意思を問わなくてはならないだろう。最低でも議会に話を通さなくてはならない。
 そしてその前段階として、発案者になるであろう自分がアーブラウに益のある形でクーデリアとの間で妥協点を見出さなくてはならない。
それも、火星連合の背後にいる地球連合の思惑も勘案したうえで、だ。

「厄介じゃの…」

 秘書がいれたお茶を飲みながらも、蒔苗の思考は止まらない。
 火星連合が求める点はシンプルだ。妥協もしやすいし、時間をかければ交易でこちらの利益も得られる可能性はある。
 だが、地球連合は?交渉の席で発言があった「エドモントン条約の履行」で地球連合が得られるモノを出さねばならない。
火星連合と地球連合の間ではすでにコンセンサスを持っており、その為に行動がされているという。
 蒔苗は頭の中でもう一度エドモントン条約の内容を振り返る。
 条約は相互不干渉を基本とし、互いの領域に干渉しうる要素の排除などを互いに義務付けていた。
火星を中心とした圏外圏の治安改善、宇宙海賊の取り締まり、ヒューマンデブリの削減、火星などの搾取体制の改善、難民の抑制などだ。
その代わりとして、地球連合はP.D.太陽系内における活動をあまり行わず、交易などもある程度で済ませ、進出なども行わないというものを基本とした。
 だが、それには真の目的が存在する。そして、そのことを経済圏はまだ認識していないのだという。

(そこさえわかってしまえばよいのじゃが……)

80: 弥次郎 :2021/05/29(土) 00:14:51 HOST:softbank126066071234.bbtec.net


 その目的とは?当時すでにアーブラウの上層部にいた自分でさえも、そこは判然としていなかった。
 だが、少なくとも火星連合は、クーデリアはそれを明かされたか、答えを導き出せたということは確かだ。
 身を座椅子に預け、深く息を吐き出す。
 いったい地球連合が求めることは何なのか、それが交渉の場において重要な意味を持つことは確かだ。
 火星連合のことも考えつつ、地球連合のことも考えないとならない。三者が三様に利益を勝ち取れる状況を生み出すこと。それがゴールであろう。
 だが、その道筋が見えないのでは始まらない。しかして、ヒントはある。

「エドモントン条約の資料を持ってきてくれんかの?」
「はい、先生」

 秘書に資料の用意を頼むとタブレットに表示されている現状に再度集中する。
 ヒントになるのはエドモントン条約の内容だ。彼らが如何にしてそれを要求してきたのかを追いかける必要がある。
同時に、火星連合がそこにたどり着いた過程についても同様に、だ。
 火星連合の独立やそのバックアップを行ったというのは目的ではなく手段ということは明らかだ。その中で火星に投資や物資の提供などを行った。
それも、火星という惑星をまとめ上げ、国家として成立させるほどにまで力を注いだということ。
経済圏の搾取と経済的な取引から脱してしまえるほどに、火星連合は多くを得たということでもある。
では、火星連合がそうなることで得られる地球連合の利益は、果たして難民や海賊が減ることによる治安の改善程度のことであろうか?

(否、断じて否じゃ)

 地球連合が大きい国家連合とはいえ、それだけのものを投げ捨てるようにするはずがない。少なくとも自分ならそうはしない。
 むしろ地球連合の目的は火星連合を独立させ、協力関係にある大きな国家を誕生させることになるようにも見える。
あるいはその先にある何か---かつて地球経済圏が求められ、現在は火星連合に求められる目的のために。

「お待たせしました」
「ご苦労」

 差し出された紙媒体の資料をめくりあげ、エドモントン条約の内容や付随する条項の確認を行う。
 資料にはエドモントン条約のほか、国家連合としての概略やその規模などについての資料も付随している。
国家規模として圧倒的に大きいというのは判明していた。だが、さほどの技術差はないのだろうと当時は判断されていた。
 まあ、それは間違っていたのは明らかだ。少なくとも火星連合の立ち上げやその後のギャラルホルンとの戦闘で明らかになっている。
 だが、その国家連合ができない、あるいはやる必要があっても割に合わないことがこの太陽系内部では存在している。

(単なる治安改善などではない…とすると、もっと別なこと…?)

 蒔苗の目は、条約締結までの推移を記したページに吸い寄せられた。
 これまでは重視されてこなかった部分。連合が当初経済圏に求めていたことが乗っているかもしれない箇所だ。
文章量としてはかなりのものだ。交渉の再開までに読み終えて、理解し、地球連合の糸を読み解けるだろうか。
 だが、着眼点はわかったような気がする。だから、あとはやるだけだ。
 蒔苗はお茶のおかわりを頼みつつ、深く意識を集中させていく。

81: 弥次郎 :2021/05/29(土) 00:15:27 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
思った以上に長くなりそうです…次の話でオセアニア編完結にします、というかさせます。

速くドンパチ賑やかにしたいなぁ…
+ タグ編集
  • タグ:
  • 憂鬱SRW
  • 未来編
  • 鉄血世界
  • 絶海の領域
最終更新:2023年11月23日 14:13