324: モントゴメリー :2021/05/26(水) 20:23:22 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
——エストシナ沖(旧名、東シナ海)洋上
1機の航空機が東方に向けて飛行していた。
より近づいて見たならば、その航空機がFFR軍の標準輸送機であることが見て取れるだろう。
「……」

その機内で、FFR大統領であるマリーは黙々とケーキを食べ続けていた。
言葉も発せずただ機械的にフォークを操りケーキを攻略していく。
そしてケーキが無くなれば後ろに控えている秘書官のソフィーがすかさず次の皿を差し出し、
コーヒーカップが空になれば同じく秘書官のイザベルがポットからコーヒーを注ぎ込む。
そのような流れで3枚目の皿を征服した時、マリーを呼び止める声がした。

「マリー様。よろしいでしょうか?」

マリーがそちらを向くと、補佐官たるオリアーヌとアデールの2人が意を決した顔で並んでいた。

「……何?」
「補佐官といたしましては、マリー様のお心積もりを承知しておく必要があると考えまして」
「心積もり?
『我らが指揮官』の下に馳せ参じる以外に何をすることがあるの?」

今更何を言い出すのか?
とマリーは若干苛立たしげに答えながらコーヒーカップを手に取る。

「…マリー様。貴方が拝謁しようとしている『指揮官』はリシュリューですか?
それともオセアンですか?」

その問を聞いてマリーの手が止まる。

「…何故わかったの?」
「ケーキです。
マリー様が先ほどから召し上がっているケーキは全て同じ種類。
それだけでもいつもの行動パターンと異なります」

アデールが方程式を解説する教師の様によどみなく答える。
普段のマリーはあらゆるケーキを分け隔てなく(節操なくともいう)愛する。そんな彼女が1種類のケーキをひたすら食べ続けるのは確かに不自然だ。

「それに加えて、そのケーキの種類が種類です。
これだけの判断材料がそろっていれば、嫌でも気づけますよ」

そしてオリアーヌが苦笑交じりに続いた。
マリーが食べているケーキは「ルリジューズ」という名のケーキであった。フランスの伝統的な菓子であるが、その名前の由来は「修道女」(religieuse)だ。

「ちゃんとクリームのフレーバーは変えていたのだけれどね…」
「最後に、本国へ送った電文の内容です。表面的にはリシュリューに指揮権を返上するという意味に取れますが、もう一つの意味が込められていますよね?」

——謁見せし際は、最後に拝領した剣を返上し頭を垂れよう

この「頭を垂れる」とは

『もしお望みならば、その剣でこの頭切り落とし下さい』

という意味ではないかとオリアーヌたちは疑っているのである。

325: モントゴメリー :2021/05/26(水) 20:23:55 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
「あらあら。『謀将大統領』の二つ名は返上しないといけないわね。身近な人間すら欺けないのに、世界を相手に『ゲーム』なんてできないわ」

マリーはコーヒーカップを下ろしつつ白状した。
顔には微笑を浮かべているが、それはどことなく寂し気であった。

「何故です?何故マリー様が『転属』しなければならないのですか」
「マリー様がこれまでに成し遂げた成果は、リシュリューもご存知のはず。
お褒めにあずかることこそあれ、お怒りをかうようなことはないはずです」

二人は口をそろえて今までにマリーがあげてきた「戦果」を列挙する。
現役時代にはFFR史上最年少で将官となった。
戦場を言論の場に移してからも、国務大臣や大統領の最年少記録を次々に塗り替えてきた。
FFRへの貢献度は、あの「鉄人」ジョルジュ=ビドーに次ぐものになるだろう。
それなのに何故…?

「私だって、自分が成し遂げてきた栄光を他の『人間』に否定させるつもりはないわ。
でもね……」

「Notre Commandant(我らが指揮官)」の降臨。
その報を聞いた時FFR国民のほぼ全てが感じた想いは「驚愕」、そして「歓喜」であった。
しかしただ一人、マリーは違っていたのだ。
もちろん上記2つの感情はマリーも覚えていたが、彼女の胸中には他の感情も湧き上がっていた。
それは『恐怖』と呼ばれる感情だ。

「…『我らが指揮官』が降臨なされた。
それはつまり、『代行者』たる私の指揮能力に疑問を覚えて直接指揮を執ろうとお考えなのではないかしら?
もしそうならば……」

そう言いながらマリーは再びコーヒーカップを手に取った。
その手がわずかに震えていることに気付けるのは、サン・シール以来の付き合いであるここにいる彼女たちだけであろう。

「政敵からそんな論拠で攻撃されたのなら、笑いながら返り討ちにしてやるわ。
支持者たる国民たちにそう批判されたのなら、一旦はこの席を離れるけどいつか必ず舞い戻ってみせましょう。
でも……。
でも、我らが指揮官たるリシュリューにそう宣告されたのならばもうダメね。
そうなったのならば是非もなし。
この命リシュリューにお返しして、魂のみとなってオセアンの指揮下に転属し一戦車兵として戦うのみよ」

マリーははっきりとそう言い切った。
そこに生への執着はまったく感じられない。
ただ「お小遣い」をねだりすぎたかしら?と力なく笑うのみだ。

326: モントゴメリー :2021/05/26(水) 20:24:57 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
これに対して4人は顔を見合わせる。
マリーのこの決断の速さと潔さは彼女たちもよく知っている。
それは「美点」と呼ぶべきものであり、事実今日まで生き残ってこれたのはその美点に依るところ大である。
しかし、この場面ではその即決性が問題となってしまった。
そんな簡単に転属を決意されては困る。
第一、リシュリューがマリーに不満を抱いているという考えの根拠はどこにもないのだ。
彼女たちは何とかマリーに翻意をうながそうと説得を試みる。

「異星人が宇宙の彼方からやって来るなんて誰に予想できましたか?
ましてや、日本がその異星人と手を結ぶとは。
マリー様以外の人間が大統領になっていたとしても現在の苦境に変化は無かったでしょう。
いえ、マリー様が大統領であったからFFRは最小限の混乱で態勢を立て直すことが出来たのです。
その功績は何人も否定できません」
「そんなことは『敗北』という事実の前では言い訳にもならないわ。
栄光も不名誉も指揮官に帰する。
勝利の美酒を味わう権利は、敗北の苦杯を嘗める義務とセットなのよ」

「自らの不明を恥じて、心から詫びればリシュリューも許して下さるでしょう。
何も転属する必要はありません」
「嫌よ、そんな命乞いをするようなみっともない真似は。
そんなことをすれば、今まで私の下で戦って先に転属していった者たちが『自分はこんな矮小な小娘のために死んだのか』と嘆き、呆れるでしょうね。
『霧の向こう側』では彼らの方が先任。不興を買うのは嫌だわ」

オリアーヌとアデールの言葉は、マリーの決意にかすり傷すら付けられずにはじき返された。

——誇り高きかな。
マリーは政敵や他国からよく傲慢と評される。
しかし、それはこの矜持の裏返しなのだ。そして、その矜持に相応しい戦果を上げ続けてきた。
だからこそ我々は、この手間のかかる彼女を上官に仰ぎこれまで戦ってきた。
我々の説得くらいで決意が揺らぐはずもないか…。
二人の胸中には諦観が満ちたが、同時に晴れやかな風が吹いているような気持ちも感じられた。

「マリー様のご覚悟、承知いたしました。もう何も申しません。その代わり…」
「我々もお供させていただきます」

オリアーヌとアデールは、懐から『チケット』を取り出した。
マリーはその言葉を聞き、眉をひそめる。

「バカなことを言うんじゃないわ。リシュリューの貴重な戦争資源である私たちフランス人が、自分勝手に死ぬことなど許される訳ないでしょう?
アナイスお姉さまの言じゃないけど、あと100年は生きてリシュリューの指揮下で戦いなさい」
「栄光も不名誉も指揮官に帰するとマリー様は先ほどおっしゃいました。
しかし、司令官を補佐し苦楽を共にするのが幕僚の役目です。どうか、その苦杯を分け合う名誉を我々にお与えください。」
「それに、もう『ノルマ』は達成しております。オセアンも受け入れてくれるでしょう」

二人の決意も中々に堅い。人の事は言えない頑固者たちだ。
ちなみに、アデールの言う「ノルマ」とは軍内で広まっている「一人十殺」というスローガンのことである。

「もちろん私たちも付いていきますよ?マリー様の砲手の座を、他の者に譲るつもりはありません。」
「マリー様の指示に応えられる操縦手なんて、私以外におりませんわ」

イザベルとソフィーも当然のように続いた。

「貴方達……」

命令してでも止めるべきか?
マリーはそう考え、実行しかけたが諦めた。

「……好きにしなさい。我らが祖国、フランス連邦共和国の国是は『自由』・平等・博愛よ」

327: モントゴメリー :2021/05/26(水) 20:30:06 HOST:116-64-111-22.rev.home.ne.jp
以上、FFR狂想曲 後編でした。
これにて本作品は終了です。
ウィキ掲載は自由です。

後編を神崎島陣営から見ると一言で表せますね。
「親の心子知らず(パート2)」(パート1はリシュリュー艦長)

いや、でもね。例えば社長の代理で業者と打ち合わせしてたら社長本人が急に乗り出してきて
直接交渉するようなものです。(実体験)

「代理」たるマリーの心境は、自分って必要ない?となっても不思議ではありません。

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最終更新:2021年05月29日 10:55