816: 弥次郎 :2021/06/17(木) 23:50:28 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW 融合惑星 パトレイパー世界編SS「WXⅢ」
人は習慣に支配される動物である、とはだれの言葉であったか。
人間の活動の多くは本能に刻まれたプログラムであり、同時に、文化的なミームの継承に伴う行動様式だ。
つまり、本人が意識的に行っているよりも、無意識化の誘導や選択の連続のほうが大きなウェイトを占めているということである。
よって外的な要因に伴って、あるいは自発的な意思によってその行動をコントロールするというのは案外苦労するものである。
無意識に選択するということは、脳のリソースを省略するという意味で大きな役割を果たす。一々考えたり悩んだりするよりも遥かに楽であるのだから。
だが、その「楽な方」を選び続けた結果、よくない結果を手繰り寄せてしまうというのは往々にして存在しているのである。
例えば、太り気味で生活習慣を変えたいと思っている人がいるとしよう。痩せるだけならば簡単だ。極論、その手の手術を行えば強制的にでも痩せられる。
それでもリバウンドと呼ばれる痩せた後に太って元の木阿弥となってしまう現象が起こるのは、端的に言えば「太る生活習慣」に回帰したのが原因だ。
つまり、間食を行い、食事内容に偏りがあり、運動量が少ないなど、痩せようと意識的に行動している習慣が根付かなかったことに由来する。
高々ダイエットを行い体重が減って満足して終わらせてしまう程度では、「太る生活習慣」から脱却できないと、そういうことである。
ここまで何を語ったか、というと、端的に言えば、意外と大事件が起こっても人間は秩序/習慣を維持し続けるということだ。
そう、他国からの干渉による国土の三分割という、仮想戦記のような出来事が起ころうとも、人間は案外適応し、元と変わらぬ生活を送ってしまうということだ。
だが、永遠に不変であることはかなわない。祇園精舎の鐘の声、沙羅双樹の花の色。あらゆるものはいずれは移ろい、変化する。
三つに分割された日本国---昭和75年を過ごす融合惑星上のγ世界日本列島は、まさにそのタイミングを迎えつつあった。
即ち、柘植事件を終えてもなお、変わることのできなかった日本が迎えたアポトーシスかテロメア限界。
あるいはカーテンコールでありプロローグ。
それこそが、のちに廃棄物13号事件と呼ばれる、融合惑星に存在したいくつもの勢力の思惑と動きの重なり合った事件であった。
それは必然か、偶然か。それは論じるに値しないであろう。発生したという事実は何一つ変わることなく、全ては結末へと落ちていくだけなのだから。
817: 弥次郎 :2021/06/17(木) 23:51:32 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
- C.E.世界 融合惑星 γ世界日本 関東日本政府領海内 東京湾内 漁船「イコマ」船上
船上に据えられたラジオから、調子はずれな歌声が聞こえる。
関東日本政府領内であるがゆえに、当然関東日本政府の電波を受信するそれは、古いテンポの曲を流していた。
最も、それを暢気に聞いている船員というのはこの船には乗船していない。
というよりも、船員という船のコントロールを担い、作業を行うべき人間が存在していないのだ。
全てはこの漁船「イコマ」の主にして支配者たるズイカクという名の少女---の姿をしたメンタルモデルの思うが儘であるために。
彼女からすればラジオを聞いているのも雰囲気づくりにすぎず、あまり意識的に耳に入れているとは言えない。
彼女はただ甲板上に立ち、腕を組みながらうんうんとうなりながら演算を行っているためだった。
「……よし、捉えた」
どれほど時間がたったか、やがて彼女は一つ頷いた。
同時に、イコマに据えられていた作業用アームが大きく展開、通常の物理学的にありえないような形状変化を伴いつつ変化させた。
それは、銛というべきものであった。あるいは、現実に存在するもので近いものをあげれば捕鯨砲というべきか。
ズイカクの操作に合わせて展開したそれは、独特のイデアクレストの紋章を光らせながらも、その時を待つ。
捕鯨砲のようだと称したが、それはそんなちゃちなものではない。銛自体がスーパーキャビテーション魚雷と同様の仕組みを利用した超高速弾頭。
尚且つ、弾頭は物理的な銛としての機能にクラインフィールドまで備えたもので、併設されたセンサーがとらえた獲物を捕らえる能力に特化している。
おまけに水中に展開したいくつもの観測用ドローンとγ世界のそれとは比較にならない魚群探知機による照準補正により、その命中率はとんでもないものであった。
狙うはただ一つ、海中にいる「大物」であった。それは、文字通りの意味であり、同時にズイカクの既知から言えば「異常」な大物だ。
尋常な方法では手間がかかりすぎるため、手っ取り早く捕獲するために、そんなものを用意したのだ。
「射出!」
そして、ズイカクの声と共にそれは一瞬で海の中の獲物目掛け発射された。
ズイカクの演算能力に由来するそれは、一気に、それこそ、獲物が逃れる隙を与えることなく接近、遅滞なく弾頭の機能を発揮する。
「とらえたぁ!」
ジ、という演算の音を連続させながらも、ズイカクは声をあげる。
銛は見事に命中。衝撃で獲物を殺すなどという失態を犯すことなく、直前で急ブレーキをかけ、遅滞なくクラインフィールドでとらえたのだ。
そして、海水と共に二重三重のクラインフィールドで囲み、ついでに水圧までも再現した状態で一気に巻き上げる。
数秒と立たず、結果は海上へと飛び出した。
「それ」を見上げ、もう一人の少女、霧の潜水艦のメンタルモデルであるイ400は驚きを隠せずにいた。
「でかい、な」
全長は何と5mを超えていようかという巨体。いっそ歪というしかない成長ぶりの魚であった。
独特の形状の吻(ふん)、それもノコギリのようなそれから推測するにそれはノコギリザメと呼ばれるサメだった。
いや、これは本当にサメというべきなのだろうか。もういっそ、別な生き物ではないか。イ400は疑っていた。
大きさが通常の倍どころではない5mサイズというのもある。明らかに攻撃的に発達した吻のこともある。
だが、それ以上にこのノコギリザメの体を構成する細胞が「おかしい」のだ。生物であることは確か。
一方で、通常のノコギリザメ、というか魚類やサメが分類される脊椎動物の一般的な細胞とは変異がみられている。
ジ、ジ、ジと演算の音を繰り返しながら、イ400はそれを精査する。何か外的な刺激があったことが推測できた。
「どうだ、イ400。私の調査の通りだろう」
「ああ。これは明らかに異常だ。以前見せてもらったオバケハゼと同じ…明らかな異常個体だ」
作業アームを仕舞い、ナノマテリアルで構築された水槽にノコギリザメを移したズイカクはイ400の隣に駆け寄ってくる。
818: 弥次郎 :2021/06/17(木) 23:52:31 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
そのズイカクを見やることなく、真剣にイ400は目の前のノコギリザメをにらむ。
その目は、常人では見えないものを見つめていた。
「お前が漁師から聞きつけたオバケハゼ…全長が2m近い個体が複数発見されたというのは、まれにある遺伝変異かと思ったが、これと同じなら話は別だ」
「そうだろう?私も魚拓を見たときは何の冗談かと思ったが、ここまで証拠がそろうとな……それに現物を見れば、異常性が明らかだ」
その時、ノコギリザメが大きく暴れた。
大きさもさることながら、尋常ではない力が捕縛しているクラインフィールドにかけられる。その程度で逃がしはしないが、その力は明らかに異常な強さだ。
「……今のデータからもわかるが、これはもはや進化というレベルだ。
だが、ここまで変容するとなると、ミッシングリンクがいくつも必要なレベルだろう。新種で都合よく見つかっていなかった、とは考えにくい」
「同意する。以前、飛行機が事故で東京湾内に墜落した事故があって、そのあとから確認されていたのだったな?」
「ああ。それから一週間前後してから、異様に大きくなった魚が確認されるようになった。それだけではない」
手をかざしたズイカクは東京湾内の地図を表示した。
そこにはいくつものバツ印が打たれており、具体的な日付などが詳細に記入されている。すべて、オバケハゼなどの巨大魚の確認記録だ。
そして、東京湾内に浮かぶバビロンプロジェクトの産物たるギガフロート周辺でいくつものマークが記載されている。
それは、独特の形状を持つ、そして、想定する限り悪い方にしか意味を持たないマークだった。
「東京湾内の環境改変システムで確認された異常な生物の確認情報がいくつも続いている。
今はまだそこまでではない。数としても少なく、変異自体も小規模なものにすぎん。
だが、もしここまで個体に影響を及ぼすような細胞を持つ生物が多数存在しているとすれば……」
「まぎれもなく生物災害だ。それこそ、地球連合が経験したような大規模な事件となるかもしれん」
コロニーという閉鎖空間で発生した巨大どころではないバイオハザード騒ぎについては、彼女らの知るところとなっていた。
それに対して連合がどれほど神経質になり、尚且つ気を使っているのかも、だ。
「飛行機の墜落事故、接近が確認されたU-2501、巨大生物、遺伝的にまで変化させ得る何か。
こういうのを、人間は嫌な予感がする、というのだったか」
「ああ」
二人は、どこか薄ら寒いものを感じざるを得なかった。
断続的にみられる、ということは、それを引き起こしているものがこの東京湾に面したどこかに存在するということである。
詰まる所、変異を引き起こす要因を常に供給するような何かがあるということだ。東京湾は閉鎖性水域だ。
水の出入りが限定的であり、外洋とつながってはいても文字通り閉鎖されているに近いという閉ざされた水域。
湾内に何かその変異を引き起こした物質なりが垂れ流しになっていれば、蓄積し、やがては結果を結んでしまうかもしれない。
「確証は得られた。報告を急ごう。それと、事態への対応を急がねばな」
「そうするとしよう」
彼女らの報告は迅速にギガフロートにある地球連合の拠点へと送られることとなり、即座の対応が決定されることになった。
しかし、地球連合や彼女らが想像する以上に、すでに自体は大きく進行していたのであった。所詮は対処療法が限界にすぎないという残酷なルールを表すように。
動き出した連合の下に、東京湾内の海底ケーブルの故障を調査していた潜水艇が何かに破壊された、という情報が飛び込んできたのは、その日のうちであった。
詰まる所、表面化した時点で、すでにそれは起こっているのだ。コロニー・メンデルで起こった史上空前のバイオハザードのように。
819: 弥次郎 :2021/06/17(木) 23:53:09 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
一気に書き上げました。
とりあえずプロローグです。
鉄血世界SSと並行していくので時間かかると思いますが、よろしくお願いします
最終更新:2023年06月20日 21:32