538 :ひゅうが:2012/02/07(火) 23:46:51
→476-477 の続きです。
銀河憂鬱伝説ネタ 閑話――「サジタリウス回廊は…」その7(終)
――同 皇紀4249(宇宙暦789)年4月3日 銀河系 白鳥腕
日本帝国 帝都宙京 某所
「待ったか?」
「いや。こちらも仕事をすませてからきたからそうでもないですよ。父上。」
辻はニヤリと笑った。
貞子っぽい外見からするとかなり不気味である。
相変わらずだな。と辻義則大蔵大臣は苦笑した。
「早速だが、ご苦労だったね。急なオーダーにも関わらず宇宙軍が即応できたのは幸いだったよ。
軍規の引き締めや新型艦艇整備と組織統合、いずれも成果を発揮したようで何よりだ。」
「あの頃の方が異常だっただけですよ。まったく――いくら異なる軍は対立しがちとはいえ、あれはひどすぎました。」
「私から見れば、君たちの時代の帝国の陸海軍が異常だったようにも思えるがね。
まぁ伝説と化してしまっているから実感はわかないが。」
「それを実現するまで私たちも随分苦労したのですよ?父上。」
分かっているさ、娘よ。と義則は苦笑しながら手を振った。
思えば不思議な子だった。
かしこきところの御方の法をつかって降ろされた昭和の元勲のひとり。
こうした転生者を持つ家ではそうした事実と折り合いをつけているのだが、人格的な魅力を持った彼らや彼女らは逆に家族に対し遠慮がちであるために、家族としては思わず「かまって」しまうことが多かった。
そして、何十年も過ごしていると自然と情も自然なものになっていくのである。
それはこの自分の娘にしても同様で、大蔵省内では「魔王」だの「貞子」だのと呼ばれる舌鋒も家族の前では緩むのを義則は知っていた。
「それで、同盟や帝国の方は何か?」
「ああ。笑顔が張り付かんばかりに満面の笑みで『ぜひとも取引を』だそうだ。
君らがサジタリウス回廊で見せた戦闘能力はよほど脅威で、かつ魅力的なのだろう。それに海賊の中の不満分子や政府や軍上層部の一部にとっては都合の悪い連中を在庫一掃で処分できたことも彼らを上機嫌にさせている。」
こともなげに義則は言い捨てた。
それこそが、今この帝都が沸いている「勝利」を演出した要因だった。
同盟・帝国側としても対日貿易の邪魔になったり、イゼルローン回廊や辺境にたむろする海賊たちはもはや用済みだった。
対する日本側は、実戦経験という得難いものを欲していた。
かくしてサジタリウス回廊は海賊たちの血と鉄で舗装されることになったのだった。
539 :ひゅうが:2012/02/07(火) 23:47:22
ただ、戦闘力を試す程度のつもりだった同盟と帝国側も、まさかこれほど一方的なものになるとは予想外だったのかもしれない。
同盟側特使団の報告はそれだけ常軌を逸していたのだから。
だからこそ同盟政府の一部が動きこのような「探り」を入れたのだろう。たった6万隻が広大な領域に散らばっているという情報も彼らを後押しした。
日本側としては、「海賊を通した」同盟政府の一部に対しての不信感を国民に植え付けることができたうえに、これからしつこくなるだろう参戦要求を退けるだけの大義名分を手に入れて万々歳なのだが、これからは同盟特使団をはじめとする政府上層部にとっては頭の痛い時期が続くことだろう。
「政府としては自由惑星同盟を第一とする方針に変更はない。軍事技術や兵器輸出については認めてもいいだろう。うちの経団連も同盟特需を期待しているし、経済的一体化を前提にした進出はぜひとも行うべきだろうな。」
同盟内部でも辺境開発のために新設される予定だった第11・第12艦隊分の予算が凍結され、既存艦艇や建造設備の改良と辺境星系に建設される軍事施設用にまわされている。
また、積極財政によるインフラストラクチャーへのテコ入れも検討されていた。
誰もが分かっていたのだ。このままではまずい、と。
「一方の銀河帝国側は、フリードリヒ4世の退位と新皇帝への権力移行で3年から5年はゴタゴタするだろう。こちらに手を出すのはその後でしょうね。そしてその頃には同盟向けに輸出された日の丸印の新装備が帝国軍をお出迎えします。
――ここまで有効な手を打ってくるとは、あのフリードリヒ4世、大した狸ですよまったく。」
やれやれ、何がしたいんだか。と頭を抱える辻(娘)。
「いずれにせよ、わが帝国はこれで貴重な時間を得ることになる。そして潜在的同盟国も。5年後には外洋機動艦隊計画の第1陣も揃い踏みだ。動くぞ、時代が大きく。」
当然です。と辻(娘)は頷いた。
「私たちはあの金髪の新皇帝が作る新銀河帝国に延々とちょっかいを出されるわけにも、銀河帝国300億以上の民を抱え込まされるわけにもいきません。」
辻親娘は顔をしかめた。
こちらにちょっかいを出してこなければ銀河帝国も自由惑星同盟も感知しない。
だが、民主主義の大義のために敵国へ考えなしに大侵攻をやったり、宇宙を手に入れたいという欲求のために戦争を吹っかけられるなら――容赦しない。
「すべてはこの国が平和のうちに次の1000年を過ごすために。」
父と娘は声をあわせた。
そう。
アメリカ風邪のような脅威におびやかされ、地球統合政府からは必至で蓄えた力を警戒されたがために宇宙へのがれ、さらにはルドルフにはやっと手に入れた安住の地を奪われた。
残されたのは、銀河帝国から見捨てられた惑星地球の上で不可侵を保つ弧状列島と、銀河の7分の2に達する領域。
これを侵させるわけにはいかないのだ。
最終更新:2012年02月08日 00:03