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憂鬱SRW 融合惑星 パトレイバー世界編SS「WXⅢ」8-1
- C.E.世界 融合惑星 γ世界 日本列島 関東日本政府施政下 都内 某病院
岬冴子の運び込まれた病院は、すぐに特定され、連合の人員の派遣されることとなった。
そして、その人員はB.O.W.を想定した対NBC装備で身を固めていた。
無理もない話だ。彼女の所有物であったライターから原因と思われる細胞が検出されたということは、原因の細胞が漏洩しているということ。
そして尚且つ、その付着量などから考えるに、ただ暴露されて付着しているだけではなく、彼女自身が細胞汚染されている可能性が指摘された。
この手の汚染や浸食は厄介だ。人体との親和性が高いほど、それは人体に深く入り込むことになりかねない。
つまり、意図せずして彼女が人型のB.O.W.となっている可能性が十分に在り得る、ということなのだ。
あくまで可能性にすぎない。しかし、過去にそういった生物兵器が誕生していたことがあるだけに、連合は強い危機感の下に動いていた。
そして、結果から言えば黒であった。
即ち、彼女は問題の細胞が体に馴染んで融合しており、言ってみれば人型のB.O.W.となり果てていたのだ。
その証拠として、出血多量により搬送された彼女は、しかして、明らかに致死量の出血を起こしながらも生きていたのだ。
それどころか、その治療の中で勝手に治癒が進むという事態まで起こっていたのだという。
そんな超常現象に困惑しているところに連合が踏み込み、彼女を確保した、というわけである。
「人型の生物兵器……というか、普通の人間が生物兵器になるなんてあるんですね」
「そう珍しいことでもないらしいぞ?死体を材料にするということもあったと聞くしな」
岬冴子が隔離されている処置室の外で待機する刑事二人とメンタルモデル二人は、処置の完了をゆっくり止まっていた。
彼女自身に一体何が起こっているのか、なぜ大量の出血があったのか、彼女がいったい何を知っているのか。
それらを聴取するにしても、まずは彼女を調べ上げるという行程が必要だった。
すでに処置開始から2時間以上が経過している。だが、まだ終わりは見えていない。まあ、昨日の今日で見つかった細胞に汚染された患者の処置なのだ。
いかに優れた技術と積み重なった地検のある連合の医療班と言えども、そうやすやすとは進まない。
この病院と、連合の拠点とを結ぶラインでやり取りしながらも、彼女の体を調べている。
並行して、集まった資料やサンプルなどから得られた情報も逐次反映させながら、である。
つまり、治療法などを探しながら治療するという荒療治以外の何物でもないことをやっている。
「彼女は無事なのか?」
「なんともいえないそうだ。生物として生きていることは確かだが、B.O.W.として変異しすぎると人の形も形質も失う。
事情を聴けるだけの理性と知性、それと人間としての臓器や器官が残っていることを祈るしかあるまい」
ズイカクはメンタルモデルであり、そういった方面での知識は少ない。
霧の艦隊が人類と共に共存していくということを選んだ際に、世界情勢やその他の知識を得たのであるが、広く浅くにすぎない。
まして、戦闘向けのメンタルモデルであるために、内部で治療を受ける彼女の状況についても共有されている以上の情報は知らないのだ。
しかし、とズイカクは重く口を開く。
「一つ確かなのは、彼女が被害者であると同時に加害者であり、当事者ということ。
彼女がどういうことを考えていたにせよ、起こした結果と、被った害は変わりはしない」
「随分と辛らつだな」
「純然たる事実というやつだ」
「まあ、我々も彼女のことを迂闊咎められたわけでもないしな」
「え?」
気にするな、と言いつくろうズイカク。まあ、説明したところで彼らに理解してもらえるとも思えない、荒唐無稽な話だ。
ついでに言えば、霧にとっては全く以て苦々しい記憶であり失敗でもあった。自分たちの性能限界、それを明確に示した戦いだ。
281: 弥次郎 :2021/07/10(土) 21:20:19 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
しかし、それ以上を話すことがなかったために、久住も秦も追求をやめた。
追及してよい話とは言えないことを、なんとなく察した。
代わりにというか、ズイカクたちのネットワークを通じて他の場所の状況を見ることにしたのだった。
大学や研究所に踏み込んだ部隊は、B.O.W.との交戦を経て無事に制圧を終えたという。
しかし、大学にいた一般人や大学に集まっていたマスコミなどに被害が出ており、負傷者だけでなく死者も出たという。
さらに悪いことに、それがテレビ中継によって拡散してしまったのだ。誰もがテレビを見ている朝の時間帯に。
それを目撃した市民のパニックがすごかったという。しかし、それをどこか秦は他人事のように思ってしまう。
自分達はちょうどそのころ、怪物との戦いをしている最中だったからだろうか?
そして、東京湾に隣接する地域では同じく自然発生したと思われる大量のB.O.W.との戦闘が発生したとのことだ。
物理的な封鎖を、富津と浦賀を結ぶラインを第一防疫、東京湾アクアブリッジを利用した第二防疫封鎖線が構築されたとのこと。
そして、これの近辺で発生した戦闘に加え、船舶の出入りができるような通路の形成までも行われるなど、非常にせわしなかったようだ。
何しろ、変異体のほかにも廃液に含まれた細胞から成長したB.O.W.が結構な数確認され、その対処は一朝一夕に終わりそうになかったのだ。
とかく、数が多い。そして、海という広大を通り越した立体空間が舞台である以上、時間がかかる。
東京湾という器にある海水にどれだけ含まれているかもわからない、しかも性質がまだわかっていない原因細胞を駆除していくなど、苦労するどころではない。
さらに、東京湾に面する地域において上陸したB.O.W.との戦闘も忘れてはならない。
近隣の自衛隊や警察も含めて動員され、市民の避難と同時に駆除が行われ、かなり広い範囲で小規模な戦闘が勃発した。
一つ一つの戦闘は本当に小規模だ。それこそ、歩兵だけで何とか対処した、というレベルから、レイバーを動員しての戦いまで幅広く。
警察、自衛隊のレイバーも動員されたことにより、戦闘の余波を除けば被害は抑えられているとのこと。
ただし、その戦闘の余波というのが、意外なほど大きい。それもそうだ。塵も積もれば山となるように、小さな被害を積み重ねれば大きくなるというもの。
病院の窓から見ても、東京湾の方向にはいくつもの煙が立ち上がり、あるいは砂塵が舞い、建物が不自然に欠けているところさえ見える。
「なんかこう……紛争地域みたいになってますね」
思わず秦はそう呟いてしまう。
以前東京で発生したという自衛隊の蜂起の時も大きく混乱が起きたが、あれはのちの検証で限定された場所のみを狙った攻撃であった。
言い方は悪いが、極めて秩序的なモノであり、無差別に破壊をまき散らす暴力的なものではなかった。
だが、こちらはそういったものがない。制御がされていないB.O.W.が無作為に暴れ、それを人が排除する動きが、どうしようもなく破壊をまき散らした。
「これが東京だなんて思えないな」
秦のつぶやきに久住も同意するしかない。
陸上だけでなく、空も極めて混雑していた。企業連や地球連合の航空機やヘリが飛び交い、人員や物資の輸送を行っているのだ。
あるいは、旋回しながらも滞空し、情報を中継したり、あるいは光学カメラやセンサーなどで都市や海上を捜査するなどなすべきことを成している。
それらすべてが、全くを以て非常事態だ。こんな事態など、想像できたであろうか。
平和だった国、日本。犯罪は起きるとしても、戦争から離れていた国。
それが、他国による干渉と分割を経て3つになり、挙句にこのような大規模な事件が発生してしまった。
悪い夢を見ているかのようだ。現実感さえ希薄な、ふわふわとしたものしか感じられない。
それを察したのか、ふいにイ400が口を開く。
「安全だと思っていたのは薄氷の上のものでしかない。真なる安寧などこの世のどこにも存在しない。
いくら時代を経たとしても、人が生きているのは常に危険社会だ」
「危険社会…?」
282: 弥次郎 :2021/07/10(土) 21:21:00 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
唐突にイ400が何かを諳んじる。
まるで、何度も検証された公式や数式を述べるように、淡々と。
「そう、危険社会。
ウルリッヒ・ベックというドイツ人の提唱した概念だ。リスク社会とでもいうべきかな?
我々メンタルモデルは厳密には人間ではない。人間を模して形を形成したものだ。だから、人間を知るというのは急務だった。
私が知ったのは、人間の社会は常にそれが付きまとうということだった」
そう、連合の有していた膨大なデータベースは、メンタルモデルたちの興味を大いにそそるものであった。
メンタルモデルは個人ごとに様々な形で人間社会に溶け込み、理解し、行動に移してきた。ズイカクが特有だったように、自分もまた。
その中で発見したのが、人間が人間社会について考察した書物などであったのだ。
「どんなものにも、リスクは付きまとう。安全だと、危険はないと覆い隠しても常にそこにある。
レイバーというものを使っている社会なのだから、それが悪用されるというリスクは間違いなくあるんだ。そうだろう?」
「……確かに」
そうだ、レイバーというものを使っているが、それは便利ではあるが、犯罪にも転用されてしまうものだ。
それこそ、民間用の物でも十分危険なものになる。使い方次第ということもあるが、それは十分なリスクたりうる。
「ここ東京はそんなものがあふれているんだ。レイバーだけじゃない。人が作るものはどんなものでもリスクがある。人間自身にもな。
そんな社会で暮らしているなら、絶対にそのリスクが現実化することがある。その結果が、これだ」
「だからって、こんなことになるのか…」
「殊更にB.O.W.などというのは特大のリスクだ。納得しがたいかもしれないが、それを研究するということは、バイオハザードのリスクと付き合うことに他ならない。
こんな都心で行って実際に事故が起こったら何が起こるかくらいは考えてほしいが」
イ400は他人事のように言うが、事実として他人事だ。
というか、人間で言うところの呆れという感情さえ感じている。
霧の艦艇とて、危険と付き合う方法くらいは心得ているし、知っている知識から導き出すことも、先人の知恵を学ぶこともできる。
だというのに、なぜB.O.W.を研究していた連中はそういったリスクを考えなかったのか、理解に苦しむところだ。
「結局のところ、便利だが危険なものと付き合い方を間違えれば、そういう目に遭う。
自分だけじゃない、もっと多くの人間を巻き込んでな」
「まあ、これは大きすぎる教訓だったろうな……」
何しろ、と別なウィンドウを呼び出してズイカクは嘆息する。
「犠牲者や被害者、被害総額などは相当なものになっている。いや、現在進行形で増えている。
何しろ、東京湾を封鎖したうえに、都心で戦闘までやっているんだからな。
人間は健気にもそれを何度でも立て直すだろう。だが、それが大きな負担なのは知っている」
「ショックが多すぎる、か」
「そういうことだ」
そして、これから同じような事件が起こりうるのだ。その言葉を、ズイカクは飲み込んだ。
これもまた純然たる事実であるが、それを疲れて弱っている彼らに突き付けるほど鬼畜ではない。徐々に事実を伝えていくことになるだろう。
「それに、我々のプライオリティーは岬冴子だ」
283: 弥次郎 :2021/07/10(土) 21:21:54 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
その言葉は、秦にはひどく重たく感じた。
たった一度だけ会い、同じ車に乗っただけの関係でしかない彼女。
特別親しいわけでもなく、特に血縁などがあるわけでもない彼女。
なんならば、このメンタルモデル二人の方がよほど親しいといえる、そんな女性。
そう、自分たちはその彼女を追ってここまで来たのだ。
「秦?」
「あ、はい、大丈夫です……」
返事はできた。呆けた表情になってしまったのだろう。
しかし、脳裏には彼女のどこか物憂げな表情が浮かんでしまう。
アレは、いったいどうしたのだろうか。とても悲しそうで、泣き出してしまいそうで、それでいて美しい。
そんな彼女が重要参考人であり、現在死にかけていて蘇生を受けているというのは、秦の心をかき乱していた。
そうとは知らず、久住はズイカクに尋ねた。
「しかし、なんで彼女は出血していたんだか……現場には侵入者の痕跡は残っていなかったんだろう?」
「ああ。現場は女性も住める安全度の高いマンション。オートロックドアに防犯対策済みの窓が多数。
そして内部に争った形跡はなく、どこかを破壊した跡も、エアダクトなどを通った形跡もなかった」
つまり、とズイカクは可能性を並べる。
「可能性の一つは、彼女が自分自身を傷つけた可能性。つまり、突発的な自傷行為という可能性だ。
これならばそもそも侵入者がいなくとも成立する。何かしら彼女がそういう精神状態になった可能性というわけだな」
「だが、現場には凶器になるようなものが発見されなかったし、彼女は自分の意思でドアを開けたそうだから…」
「そうだ。ならば、他の理由があるということになる。特に彼女がB.O.W.に変異しつつあったこと、だな」
「つまり?」
「B.O.W.は時に我々の理解の及ばないことを引き起こす、ということさ」
そういったとき、処置室の扉が開き、分析官の一人が姿を現す。
それを確認すると、ズイカクの腕の一振りで表示されていたモニターが一気に消える。
「さて、仕事といこう」
「……そうですね」
どこか遠い言葉を聞きながらも、秦は自らの仕事、すなわち最重要参考人にしてB.O.W.になっているという岬冴子の取り調べのため、移動を開始した。
284: 弥次郎 :2021/07/10(土) 21:22:26 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
いよいよ廃棄物13号事件も終わりに近づいています。
最終更新:2023年07月09日 21:35