587: 弥次郎 :2021/07/12(月) 22:17:59 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW 融合惑星 パトレイバー世界編SS「WXⅢ」8-2
「結論から言いまして、彼女はB.O.W.の一種となっております」
刑事二人とメンタルモデル二人に対し、分析官は端的に告げた。
ガラスの向こう、隔離された処置室では岬冴子がベッドの上に横たわっており、今もなお処置を受けているのが見える。
今もなお、彼女の処置については苦心しているようであり、人の動きは全くせわしないものだった。
「原因と思われる細胞……これが高い親和性を以て彼女の体の細胞と組み合わさっています。
現在のところ、彼女の体を構成する細胞の14%ほどが人外未知の細胞に置き換わっています」
「14%……」
「現在のところ細胞の活動は落ち着いている状態です。
落ち着いている、と言いましても、栄養を欲して生命活動を維持している状態で、という意味ですが」
つまり、悪くはなっていないが、よくもなっていない、ということである。
「問題なのは、細胞同士の親和性が高く適合している点です。
我々は当初、悪性の細胞と判断し、これの除去を試みたのですが、物理的に切除しても急速に回復されるため元の木阿弥となっていました」
「なんじゃそりゃ……」
「通常ではありえない再生速度であったため、これが性質の一つとみなされています。
組織の一部どころか、臓器一つも容易く再生してしまいましたので、これは尋常なものではないと推測されます」
そこまでか、と刑事二人は絶句した。臓器を丸ごと再生した?
確かに臓器は、具体的に言えば肝臓は一部を切除しても元のサイズにまで戻る。
だが、それは時間をかけてゆっくり行われるものであり、除去されたらすぐさま、というわけではない。
明らかに常識に収まっているレベルのものではない。ともあれ、物理的な治療をすると、その端から再生されてしまい意味がない、ということが分かった。
「最もその再生も大量の栄養と物質を必要とするようで、栄養を常時与える必要があります」
「あのB.O.W.もそうだったな…栄養を常に求めて捕食を行っていた」
「ああ、ライブハウスに表れたB.O.W.のことですか?なるほど……増殖能力や再生能力と引き換えに、餌を求める。生物的な本能にも影響しますか。
ともあれ……現在のところ、薬学的な治療により原因細胞の不活性化と排除を検討しています。
ですが、性質の特定などには時間を要するために、現状維持が限界ですね」
「そうなると……直接話を聞くというのは難しいでしょうか?」
秦の問いかけに、分析官は何とも言えない表情で肩をすくめた。
「彼女自身はまだ人間としての活動はできると思われます。
ただ、運び込まれてきてからこっち、ずっと意識を失った状態で、意識レベルが活性化しておりません。
なので、直接事情聴取を行うというのは難しいかもしれません」
まだ調査を続けて対処法を見つけないといけませんし、と分析官は続ける。
そう、彼女はまだ治療中の状態。そして意識も戻っていない状態だ。事情を聴きだしたりするのはいつになるか分かったものではない。
588: 弥次郎 :2021/07/12(月) 22:18:46 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
ただし、と分析官は一つの手法を提示した。
「ただ、急ぎでしたら彼女をメモリースキャニング解析にかけると言う手もあります」
「メモ……え?」
「メモリースキャニング、です。海馬と大脳辺縁系の刺激による記憶の再生、および統合情報の引き抜きを行う処置ですね」
それを知らない刑事たちのために、分析官はペンと紙を手に取った。
人の脳を縦に割ったイラストを簡単に描き、その一部を黒く塗りつぶす。
その脳の奥深くに存在する領域こそが、海馬。新しい記憶が蓄積される場所であり、ここから古い記憶が大脳辺縁系へと移管される。
人間で言うところの記憶領域、メモリー、あるいは単純に言えば情報を入れておくための倉庫である。
「人の記憶に大きくかかわるのは大脳辺縁系および海馬です。
細かいところは省きますが、人間の記憶はここに保存されているわけですね」
「なるほど」
「そして、これを外部から刺激して記憶に関する機能---銘記、保存、再生、再認の内、再生と再認を行わせ、それを読み取るのがメモリースキャニングです。
極論言えば、脳の活動は伝達物質と電位の集まりなのです。よって、これを外部から観測し、本人の主観と合わせれば、記憶を偽りなく引き出せます」
紙に書かれた脳のイラストには電極のようなものや、刺激をイメージしたのかジグザグの模様が付与されていく。
「……ってことは、嘘もごまかしも何も通用しないってわけか」
「ええ。元来、人間は絶対に記憶を忘れません。思い出せなくなるだけで、脳にはちゃんと保管されているのです。
よって、理論上においては嘘や偽りをすべて暴き立ててしまいます」
ただし、と分析官は釘をさす。
「本人が忘れたいと思ったり、隠したいと思っている記憶さえもあらわにすることになる処置です。
いかに彼女が重要参考人と言えども、軽々しい乱用は推奨できません」
「……あ、確かに」
「すっかり浮かれちまったが、そういうこともあるか」
「被験者のプライバシーに大きくかかわりますからね。ともあれ、正式に申請して受理されれば許可は下りるでしょう。
正直なところ、彼女しか知り得ない情報もあり得る話ですからね。関係者からの聞き出しや情報の解析も急がれていますが、限度もあります」
「それでは……」
「いい機会ですので、こちらから申請しましょう。
一先ず、これまでに判明したことの資料はお渡ししておきます。そちらでの捜査にお役立てください」
分析官の操作で、プリンターがびっしりと文字の印字された紙を吐き出し始めた。
その音の中で、秦はもう一度岬冴子の方を見る。
人間のような見た目を持ちながらも、その実態は人から離れてしまったという、被害者であり元凶。
何とも言えない感情が、ずっと渦巻いている。同情と犯罪を憎む心の二重の螺旋。もつれあって、ほどけそうになかった。
申請を行い、実際にメモリースキャニングの許可が下りるまで時間がかかるということもあり、刑事二人は引き上げることになった。
連絡をすでに行っており、また非常事態であるとはいえ、通常の勤務や指示を半ば無視しての行動だったのだから無理もない。
建前的には、連合からの協力要請という体で活動しているが、いつまでもそれが通用するというわけでもない。
589: 弥次郎 :2021/07/12(月) 22:19:27 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
「日取りが決まったらこちらから連絡することになる。
次は担当が変わって会えないかもしれんが、よろしく頼むぞ」
「えっ…?」
「実のところ、私は忙しい身なんだ」
大量の資料を抱え、パトカーに戻ったところで、久住と秦はズイカクからいきなりそういわれた。
突然のカミングアウトに、ポカンとするしかなかった。
つまり、明日以降はこのメンタルモデル二人と行動を共にできるとは限らない?
「え?え?」
「いや、共同捜査を行っていたのに、大丈夫なのか?」
「そこは代わりの人間が来ることになるかもしれん。まあ、この後になってみなければわからんな」
慌てる秦だが、ズイカクはあっけらかんとしたものだ。
「流れでここまで捜査に協力してきたが、私はこれからより大きな視点から今回の事件を調べなくてはならなくてな。
いつまでも提督が最前線にいるわけにもいくまいよ」
「て、提督?」
「そうだ。霧の融合惑星γ派遣艦隊『提督』が私の肩書でな。
麾下の主要艦艇だけでも十数隻、アンドロイドも含めれば50隻近い艦隊を私は率いている。
今回の事件を最前線でこれまで追いかけていたが、そろそろ俯瞰して情報収集にあたりたいところだ」
なにしろ、とズイカクは言う。
「分析官も言っていただろう?まだ分析を進めている段階だと。
確かに発生したB.O.W.によるバイオハザードは直接的な害は起きないように鎮圧することができた。
だが、この後がむしろ本番だ。原因となる細胞の汚染の影響はどこまで出る?どうやれば除去できる?
いったい誰がこの細胞を生み出すように指示を出した?その資金源は?学者はどうやって集めた?
これは表立ってのところしか解決していないのだから、当然のことだ。その捜査……連合は手を抜く気はない」
「……そんなに、ですか」
「こればかりは関東日本政府に任せるわけにもいくまい。
バイオハザードの意味さえよく理解していないのだから、分かっている人間と組織がやる必要がある。
そして、私はこれを霧の艦隊上層部に報告し、また、協力関係にある別の日本政府にも報告しないとならない」
一息。そして、二人の刑事にくぎを刺す。
「クズミ、ハタ。予め言っておくが無理解のままでいれば、いつまでもお客様だ。
二人だけじゃない、警察も、国民も、国家も、どのようなものであれ事実を受け止めて対処していかなければ、進むべき航路は見えない」
「殊更、今回の事件で警察は連合の要請を拒否したり、あらぬことで抗議してくるなど、正直なところ邪魔な行為を重ねていた。
それもすべて、無理解と無知が引き起こしたことだ。その結果が、バイオハザードであり、今現在の環境だ」
イ400も、同じように言葉を重ねる。
目を閉じるな。耳をふさぐな。起こったことを受け止めろと。
それが引き起こした現実と、それに抗った組織や国家がいることを忘れるなと。
「恐らくだが、二人は良くない扱いを受けるだろう。
だが、それでも、折れないでくれ」
「あ、え、は、はい!」
「ああ。そっちも、頑張ってくれよ。俺たちじゃあ、できないこともあるみたいだしな」
そして、二人のメンタルモデルは去っていく。
これで会えなくなるわけではない。だが、出会ったときと同じように、唐突な別れが、どことなく現実味を出していない。
だが、と秦は思う。彼女らの言う通り、事件はまだこれからなのだ。そう思えば、秦はまだ進めそうな、そんな気がした。
590: 弥次郎 :2021/07/12(月) 22:20:06 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
一先ず、原作主人公組はこれにておしまいとなります。
続いては特車二課か、あるいは黒幕の後始末を簡単に済ませましょうかねぇ?
物語の終わりめがけ、突っ走ってまいりますね。
598: 弥次郎 :2021/07/12(月) 23:00:12 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
588 修正を
×それを知らない
〇それを知らない刑事たちのために、分析官はペンと紙を手に取った。
最終更新:2023年07月09日 21:36