688: 弥次郎 :2021/07/23(金) 00:41:10 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

憂鬱SRW 融合惑星 パトレイバー世界編SS「WXⅢ」10




 煙草にゆっくりと火をつけ、深く吸い込む。
 何時も通りの感覚が、口を、気管を、肺を満たしていく。
 この日本という国家を大きく揺るがすような大事件が起こったとしても、何も変わらない。

「ふぅ……」

 吐き出された煙を見上げる秦は、ただぼんやりとそれを見上げるばかりだった。
 現在の彼は、バイオハザードに対して最前線で対処した功績に報いるという体で押し付けられた、特別休暇という名の放置を受けていた。
彼だけでなく、コンビで動いていた久住に関しても同様だった。彼には足の治療という言い訳も付けられたという。
一応、特別な休暇であり、休みであるにしても給与が出ないということはない。
 だが、こうして無聊を囲うのは、そして、あの事件の慌ただしさから一転何もない日々に戻ると、変な感覚に包まれている。
あの時の出来事がまるで夢であったかのような、そんな錯覚さえ覚えている。

「あれからもう、結構経つなぁ……」

 短くなったタバコを灰皿に押し付けながらも、秦はつぶやく。
 廃棄物13号事件において、警察は、特に自分の属する警視庁は結果的に言って碌なことをしていなかった。
機動隊を動員して連合の活動を妨害。先走って功を焦ったためにB.O.W.によって犠牲者を多数だす。
挙句にごねにごねて事態の説明を受けても連合の足を引っ張り続けたというとてつもない失態を演じてしまった。
 何より大きいのは、警察の本分である治安維持や犯罪の取り締まりにかこつけ、政府と連合の間の外交・軍事問題に首を突っ込んだことであろう。
連合が関東日本政府の領域に踏み込んだのは、何も無法ではなく、むしろ条約や取り決めに基づいた行動であり、政府の認めるところであった。
警察は色々と権力を持っているとはいえども、所詮は治安維持のために諸権利が認められているだけの組織にすぎない。
そんな組織が政治の分野にまで首を突っ込んだというのは体裁が悪すぎた。
 結果として、警視庁上層部の人間の首が何人も挿げ替えられるどころか、政府が警察の人事や動向に大きく介入するという事態に発展した。
上層部どころか、中層にまで政府の手が突っ込まれ、大きく調査と査察が行われ、大きな渦となって警視庁内部をかき混ぜた。
 さらには、警視庁は政府から異例の勧告と介入を受け、これを大々的に市井に対して報じられてしまったのだ。
結果として、警察への不信感というものは大きく膨らんだ。これ幸いにと袋叩きにあったとさえ言ってもいい。

 そして、そんな警察---警視庁において唯一働いたといえるのが、警視庁に属する秦と久住の二人、というわけである。
捜査の中で連合の勢力と邂逅し、共同で事態の調査を行い、実際にB.O.W.と戦うという目覚ましい活躍をした。
もちろんそれはほとんどが即席で協力し合ったメンタルモデル二人のおかげだということは言うまでもないことだ。
 だが、そんな「英雄」というのは扱いに困るものだった。
 彼らを大々的に持ち上げてPRなどしても世間一般が受け入れるものではない。ここで彼らを世に送り出しても、失点を補う人柱としか見ないだろう。
 かといって、彼らを栄転させるというのも警察組織の規範上難しいものがある。彼らの行動は独断専行の節があり、あまり褒められたものでもないからだ。
 結果として、常識的な範疇で昇給と賞与を与え、功労を称える賞を与え、それで仕舞としたのだ。建前的には、秦たちが辞退した、という体裁で。
さらに左遷などは問題もあるということで、しばしほとぼりが冷めるまでの休暇を与えることとしたのだ。
 政府としても、警察が彼らを傀儡として使うということがないと分かった以上はそれ以上の追求は行うことはなかった。
 まあ、その引き換えにこの持て余す時間を得たというのは、良いことなのか悪いことなのか判別がつかない。
幸いにして情報を入手することは容易いので、世間に置いてけぼりにされるということもなかった。
 何よりも、情報を持ってきてくれる「彼女ら」の存在も大きい。

  • ピンポーン

「お、来たかな」

 この厳戒態勢の中でやってくる人間など決まっている。いや、彼女らは人間ではなかったか。

「元気そうだな、ハタ」
「久しぶりだ」
「ああ、ようこそ」

689: 弥次郎 :2021/07/23(金) 00:41:47 HOST:softbank126066071234.bbtec.net


 やってきたのはメンタルモデルのイ400とズイカク。
 彼女らが抱えているのはこの時世では貴重な食材になった魚類だ。調理もして持ってきてくれるのは非常に助かる。

「積もる話もある。あがっていいか?」
「ああ。狭苦しいところだが、好きにしてくれ」

 偏に彼女らが定期的に訪れてくれることが、秦にとっては大きな楽しみになっていた。
 ほとぼりを冷ます期間、無気力にならずに済んでいるのも、自分たちの知り得ない情報を得られるのも、彼女らのおかげだった。
 彼女らが手早く菓子やお茶の準備をするのを、秦は眺めているしかなかった。
 こういうのは不慣れであるし、悔しいことに彼女らの方がうまくお茶を入れてしまうのだから。
 そうして、瞬く間に喫茶の準備ができてしまう。

「いただきます」
「うむ。客人の私たちがいれるのもアレだが、楽しんでくれ」
「まあ、秦のお茶の入れ方はお世辞にうまいとは言えないからな」
「これでも練習したんですけどね…」

 そうぼやきながらも、3人は情報交換を始める。特に、秦は連合視点から見た情報を欲していた。
 あの怒涛の連続だった関東日本政府領内で発生した大規模バイオハザード発生事件、通称「廃棄物13号事件」から数週間。
関東、特に東京湾に面する地域においてまさしく天変地異が起こったことで、環東京湾地域は大きく生活が一変することになった。
 東京湾の物理的封鎖、それも海に入ることそのものを禁じられるというとんでもない禁止令の発布に始まる一連の制限などは混乱を誘ったのだ。

 これの影響は言うまでもない。
 漁業、輸送業、観光業などはすべて開店休業を余儀なくされ、厳しい監視下に置かれて違反者は即座にどこかに連れていかれるという厳しい措置。
加えて、各地に点在する汚染隔離地域というものが人の移動や経済活動に大きく影響を及ぼし、今もなお混乱や対応に追われているという。
とにかく、汚染された地域が広すぎる、というのが大問題だったのだ。人が多く生活し、活動する地域にそれが広がったのが致命的過ぎた。
 無論、現在のところ、細胞汚染の除去方法は確立されており、少なくとも陸上の隔離地域については徐々に除染を進めることで解決されるとのこと。
しかし、それがたった数週間に満たない間のことでも、企業や会社などにとっては致命的過ぎる期間であることは言うまでもない。

「ということでだいぶアフターケアも大忙しだ。
 連合も処理を手伝ってはいるが、補償の額は天文学的、自称を含めた被害者の数も膨れ上がる一方。
 それに、連合の介入を批判する声もあってな。知っているだろうが、だいぶ大盛り上がりだ」
「新聞でもネットでも、ものすごい盛り上がっていますよ…あの事件のことを知っていると、だいぶ誇張やホラが飛び交っているとしか思えませんけど」
「まあ、仕方がない。事実として公表されていることを信じられないというのも、人間特有だ。
 人間は信じたいことしか信じないし、信じたいことしか耳にしようとしない」
「というか、事件のスケールが大きすぎますしね…」
「それもそうだな。あの後の後始末の中で、マーシャル諸島の島一つを消し飛ばす事態にまでなったのだし」
「えっ」

 さらりとズイカクが言った衝撃的な内容に秦は驚きを隠せない。
 島を消し飛ばした?意味はなんとなく察するが、唐突すぎて現実味がない。

「ああ、これはまだ公表されていないことだったな。
 実はあのB.O.W.の開発には米軍と米国企業もかかわっていてな。
 その研究施設がマーシャル諸島の米軍基地内に密かに設置されていたんだ」
「……もしかして」
「そう、その通り。現地の管理は杜撰で、東京湾同様に隔離を行った。
 加えて、現地設備をもろとも消し飛ばして滅菌とした」
「だが、これが公表されることはない。あるとしてもだいぶ先だろう。
 そうでなければ、東京が同じように滅菌されるかもしれないと大騒ぎだ」

690: 弥次郎 :2021/07/23(金) 00:42:24 HOST:softbank126066071234.bbtec.net


 秦は連合の判断を肯定的に捉えるしかなかった。
 ただでさえ東京の空気はピリピリしている。これまで経験したことのない大災害に襲われ、それが世間一般の目に晒されたのだから。
そんな中で滅菌のために島を消し飛ばす---あるいは消し飛ばせるという事実は劇薬に他ならない。
いつ何時、自分たちが同じような目に遭うかわからないというのは、特大の恐怖であり、人々のタガを外しかねない情報だ。

「そして目下の問題は、今回のバイオテロで逃げ出した研究者たちが一体どうしたか、ということだ」
「身柄を追いかけているんでしたか」
「うむ。資料とサンプルが持ち出されていることは確かだ。
 そうなれば、同じようなB.O.W.をどこかで作っているかもしれない。連合はそれを強く懸念している」
「連合の言葉を借りれば、バイオテロの恐怖と被害は連鎖する、という。
 いつ何時、あの光景が繰り返されるかわからないというのはとてつもない不安を植え付けた。
 そして、その恐怖心に付け込もうとする人間はいくらでも湧いて出てくるものだ」

 厳しい言葉を紡ぐのはイ400だ。

「ハタも見ただろう、暴走したマスメディアが犯した愚考と、その結果を」
「はい……あれを、多くの人が見てしまったんですね」

 脳裏に思い出されるのは、レポーターがB.O.W.を間近でとらえようと飛び出し、制止を振り切って近寄り、そして食われた光景だ。
 それはテレビ中継という形で全国の人々の下に届けられてしまった。スプラッタ映画どころの話ではない。
それをテレビというもので見てしまった人々は当然恐怖を刻み込まれてしまったことであろう。
 秦でさえもあれは衝撃的だった。まして、耐性のない一般市井の人々の影響は言うまでもない。

「そうだ。確かにあれは映像として人々を苦しめた。
 だが、同時に、同じようなものを出せば人々を恐怖させることができると明らかにしてしまったんだ」
「恐怖の連鎖……」

 秦のつぶやきを、ズイカクは肯定した。

「またB.O.W.が世間に姿を現せば、恐怖は何倍にも膨れ上がるだろう。
 そのくせ、そのB.O.W.を『使える』とわかっている人間がまだいる上に、作れる人間もいる状態だ。
 バイオテロは止まらないんだ。とても有効で、手軽にできてしまって、影響を及ぼせるものだと広まったから」
「そんな連中がいるんですか」
「ああ。海の家だとか地球防衛軍だとか……確認されているだけも多くの集団がいる。
 そして、実際に連合に対してテロ攻撃を仕掛けてきたという実績がある、札付きのテロリストだ。
 連合ももちろんやられてばかりではなく、逮捕やその場での処理もしているが、追い詰められれば何でもやりかねない可能性がある」
「それこそ、周囲のことを考えずに、ですか?」

 秦の問いに、無言でうなずくイ400。

「結局のところは、まだまだ事件は終わっていない、ということだな。
 むしろ、これからバイオテロというものが始まりかねん」
「……もどかしいですね」

691: 弥次郎 :2021/07/23(金) 00:43:14 HOST:softbank126066071234.bbtec.net


 思わず漏れるのは、その言葉だ。
 たかだか一回かかわった程度であるが、バイオテロの恐ろしさは身に染みている。
 ズイカクたちから情報を得ているからこそ、猶更に被害がどれだけ拡散し、詰みあがるかも理解できるために、どうしても。

「やはりハタは私の見込み通りだったな」
「?」
「思い出せ、イ400。あの時、彼らに協力を求めるように決めたのは私だ。
 物は試し、というやつだったが、あたりを引けたといえるのではないか?」
「……まあ、そうだな」

 得意げなズイカクにイ400は渋々頷くしかない。結果的にせよ、現地の警察の情報をすり合わせ、捜査に同行したことで事件は迅速に解決できた。
 彼らの存在と協力抜きに、今回のような迅速な対応と対処はできなかっただろう。最悪、いきなり発生したバイオハザードに対応せざるを得なかったかもしれない。
あるいは、もっと広範囲に影響が広まっていて、それこそコラテラル・ダメージも覚悟のうえで滅菌が行われたかもしれないのだ。

「ともあれ、だ。ハタ。焦ったところでどうしようもないものはどうしようもない。
 一人走り出しても、どうにかなるものでもないのだ。それよりも、いざというときに備えて英気を養う方がいいだろう……というのは、今更だな」
「……正直、退屈ですからね。お二人が来てくれるのがせめても慰めです」
「うむ」
「まあ、それに合わせて、連合からもオファーがある」
「オファー?」

 首をかしげる秦に、ズイカクは引っ張り出した書面を差し出す。

「今後、同じようなバイオハザードやバイオテロが発生した際に迅速に対応する、関東日本政府の直轄組織を設けるという話が連合にはあってだな。
「本当ですか…?」
「うむ。そこで、過去のバイオテロ---廃棄物13号事件に対処したことのある人員を優先して集めようとことになっている。
 第一線にいたハタやクズミは引き抜きを受けるかもしれんな」

 ただし、とズイカクは釘をさす。

「都合よく助力が得られるとは限らないことは忘れないでくれ。
 一つ間違えば命を落とすような、極めて危険なことに首を突っ込むことにもなりかねないのだから」
「わかっていますよ。それでも」

 秦は、しかし、力強く答える。

「それでも、見過ごせないですから。まあ、無理ならできる人に任せますよ」
「そこまで言うなら言い切ってほしいところだがな!」
「いや、賢い選択だろう」

 ハハハ、と大笑するズイカクと冷静に判断するイ400。つられて、秦も笑みを浮かべる。
 まだ悪夢の中にいるのかもしれない中でも、暗闇の中に、一筋の光が見えたような、そんな気がしたのだ。
 正直、廃棄物13号事件は多くの物を見聞きし、思うところが大きかったヤマだった。
 余りも世間や世情に大きな影響を与えて、今もなお残響が残り続ける大事件。
 きっと、これは後世の歴史にも残り続けることになるだろうと、そんなことを思う。歴史上初のバイオハザード、バイオテロなのだから。
 しかし、そんなのは後世の人間に任せるべきだ。重要なのは、今を生きる人間がこれに立ち向かうこと。

(ホント、こんなことになるとは思わなかったけど……)

 そして、自分ももはや見て見ぬふりをするのではなく、自らの意思で立ち向かおうと、そう思えたのだ。
 刑事だから、警察官だから、巻き込まれたから、ではない。己自身の決めた決意のもとに。
 一つの事件が終われば、また次の事件が起こる。終わりのない戦いだ。

 秦は、そう思いつつも、ようやっとヤマを終えたのだと、そう実感することができた。
 部屋の片隅には、あの時のライターがタバコと共に置かれ、窓からの光に照らされている。
 ここを区切りに、また始めよう。そうして、秦はお茶を一気に飲み干した。

692: 弥次郎 :2021/07/23(金) 00:44:18 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

以上、wiki転載はご自由に。
これにてWXⅢ本編は完結と相成ります。
あとは細かな設定を投下予定です。

この後に起こる事態については……具体的に言うと、N-β怪獣を用いたテロとかその辺は簡単にまとめようかなと考えています。
一先ずは原作映画の分は書き終えましたし、これで区切りとするにはちょうどいいかなと思えますしね。

次は未来編とか更新が止まっているZOTとかでしょうかねぇ。
というか、大陸スレ本編の方もネタを書きたいので、そっちにも時間を割こうかと思いますし、ちょっと迷うところ。
ともあれ、次回作もお楽しみに。

感想返信はできる限りやって寝ます
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最終更新:2023年07月09日 21:38