835: 弥次郎 :2021/08/14(土) 23:15:50 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW ファンタジールートSS「Course to Tir na nOg」
船旅。
内陸に生まれた私にとっては、初めての経験。
けれど、そんなわくわく感は、旅が始まって1時間も過ぎるころにはすっかり消えてしまっていた。
代わりに、ものすごく気持ち悪い感覚に襲われた。それが船酔いだ、というのはエーリカの言だ。
大地とも空とも違う、独特の浮遊感と揺れ。これが私の体を容赦なく苛んでいた。
私は、すっかりこの船に乗ったことを後悔し始めていた。
港まで送りに来てくれた「家族」---アーベント・フリューゲルの元メンバーに激励されて、送り出されていたけど、その時の意気も失せてしまった。
ただただ気持ち悪くて、早くも帰りたくなっていた。というより、陸地に戻りたかった。
ああ、あの安定する大地でこの気持ち悪さから解放されたい。そう切に願った。
もちろん、ウィッチが船酔いすることも想定の範囲で酔い止めを支給されていたけど、ちっとも効いている気がしない。
自分の船室でぐったりと寝込む私にエーリカは付き合ってくれたけれど、そのエーリカはぴんぴんしているのが少し憎らしい。
こういう船酔いは広いところに出て、澱んだ室内の空気や気温から解放されるといいというのだけど、私にはそれができなかった。
そもそも、そこまで行く元気だって私には残っていないのだから。
けれど、ふてくされている私に付き合ってくれるエーリカのやさしさには感謝している。
もうアーベント・フリューゲルは解散してしまっているけれど、それでも、エーリカは私の「家族」だ。
そのやさしさは、とても身に染みて、うれしかった。
- F世界 ストライクウィッチーズ世界 現地時間1942年9月 大西洋上 カールスラント所属貨客船「シャルンホルスト」
バディであり、生まれ育ちの垣根を超えた友人であるクラーラの個室を出たエーリカ・レールツァーは、その足をラウンジに向けた。
この客船「シャルンホルスト」には多くのウィッチや魔導士が乗り込んでいる。正確には、この客船がそのために用意されたのだ。
ここにいるウィッチや魔導士には、ネウロイに対する一大攻勢作戦「オーバーロード」の参加者が多くいる。
それこそ、二つ名を持つようなウィッチさえもいるほどだ。無論、最前線を軒並み空っぽにすることはないが、それでもかなり引き抜きがかかったという。
そして、魔導士に関しては、まだ前線を知らない新兵も多く混じっていると聞く。
促成教育に近く、ノウハウなどが乏しかったために被害が甚大となった魔導士は、それでもウィッチに代わる戦力として大きく着目されている。
エーリカも最前線にいたからこそわかるが、圧倒的多数のネウロイを捌くには一人でも数が多い方がありがたいのだ。
それだけ相手のヘイトが分散し、ヘイトが集まっていない人間がほかの人間の補佐に回ることができるためだ。
836: 弥次郎 :2021/08/14(土) 23:16:23 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
ただ、犠牲が大きかったことはエーリカとしては眉を顰めるしかない。
確かに魔導士の存在はウィッチたちにとってはありがたいことであった。
だからと言って、あれだけの犠牲を許容しろ、と言われると困るのだ。加えて、共同で戦線を張る以上、彼らのフォローもしなくてはならなくなる。
繰り返しになるが、戦闘が楽になる分にはありがたい。だが、同時に負担になってしまうのは困るのだ。
魔導士はウィッチよりも素養の低い人間で構成されていることもあって、ウィッチでは助かる場面でも撃墜され、命を落とすこともあった。
如何に訓練をしているとはいえ、ウィッチたちにとっては仲間の死というのはショックが大きすぎてしまう。
そして、ウィッチたちが罪の意識から自分を責めてしまうことにもつながり、不調をきたす可能性まであるのだ。
(ネウロイの脅威に対して必死なのはわかるけれど、それで組織として不全を起こすのは困ったものだわ)
それに関しては、アーベント・フリューゲルで上司であったルドルフ・デッドマン中佐も同じように上申していた。
いや、中佐以外にも多くのウィッチを擁する部隊から同じような上申が行われたとされる。
それは国や組織を問わず、陸戦空戦そして後方支援の部隊を問わず、幅広く。
それは魔導士の強引な導入と戦力化がウィッチたちを助けるどころか、害をなしていた面もあったというのを如実に表していた。
無論、健闘し、ウィッチの助けとなった部隊もいたことも確かだ。ウィッチの補助として大々的に導入したオラーシャ戦線では活躍が著しかったと聞く。
ロマーニャ軍ではウィッチたちと共に自ら危険な作戦空域に挑んだ魔導士たちがいた。決死の戦いをした魔導士たちもいた。
ウィッチが手を回せないところをフォローするために全力を尽くした部隊がいたのも武勇伝として聞いている。
だからこそ、だからこそ彼らの活躍を汚すかのような振る舞いをする人々が許せなかった。
ともすれば、ウィッチを否定する軍人さえもいたことが----いや、これ以上は言うまい。
(まったく……余計なことばかり考えてしまうわね)
これが育ちの宿痾かとエーリカは自嘲する。
軍や政府内部での政治力によるパワーバランス。高級軍人を送り出しているレールツァー家出身だから、そこは理解できてしまう。
元より、ウィッチに依存しきった態勢はよろしくない、という意識がウィッチを除く通常兵科には一定数存在している。
自分もウィッチになると決めた時は、その素質や固有魔法を有していることなどを差し引きしても、両親や兄弟と揉めたものだ。
ウィッチにならずとも、相応しい地位に就くことはできる。なるべき人間がなるべき職がある、と言われた。
その意味は理解しているつもりだ。ウィッチがいるだけでなく、後方支援体制や、指揮体制が確立していなければ意味がないのが軍事だ。
そういうのを教えられてきたとはいえ、そんな後ろめたいというか、組織の醜いところを見透かしてしまう自分が、少し嫌になる。
少しリラックスしようか、とクラーラの足はラウンジに向かう。
ウィッチや魔導士たちが航海の最中に暇を持て余すことがないようにと解放されているラウンジでは、多くの人々が集っていた。
思い思いに紅茶やコーヒーを飲み、話をしたり、読書に耽ったり、あるいはチェスに興じている。
だが、空気は少し淀んでいると、そうクラーラは感じ取った。
無理もないことだ。あれだけの大規模攻勢で、最終的には敗北を喫し、それどころか欧州大陸からほぼ叩き出されることになったのだから。
それだけネウロイが手ごわいということであり、いかに自分たちが無策なままに戦いを挑んでいたのかを理解させられてしまったのが先の戦い。
当然、参加者であった魔導士やウィッチたちはそれを身に染みて理解していることだろう。
これから向かう先、地球連合という組織の拠点において新技術や新戦術の研修や研究を行うということに、希望を見出せなくても無理がない。
(外の世界の協力、ね)
実際、これまでの地球とは違う惑星にやってきたエーリカたち人類は、外から来た別の人類と対話する機会を得た。
そして、その外の世界の組織や国家の協力の下でネウロイに戦いを挑んだのだ。大規模攻勢に挑んだのも、彼らの助力というのもあってのこと。
だが、その結果が散々だったことから、外の世界との共同に意義を見出せない人間が多くなるのも自然のことであった。
837: 弥次郎 :2021/08/14(土) 23:17:17 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
今回はあたりを引けるのか、と疑う気持ちはエーリカにもある。
外れというのは、あの戦いに参加していた人々に失礼かもしれないが、実際そうだったから困るのだ。
まともな戦力をほぼすべて壊滅させられ、撤退をする彼らの尻拭いをしたのは結局エーリカたちウィッチだったから。
(いつまでも愚痴っていてはしょうがないわね)
ラウンジの奥、飲み物を提供するスペースが置かれているところでコーヒーを頼んで、エーリカは思考を切り替える。
過ぎ去ったことをいつまでもぐちぐちといったところで過去は変わらない。クラーラのように前向きに、次こそは、という意識を持たねば。
「おや、貴官は……」
「あ……『ラインの白銀』?」
その時、エーリカは自分より一回り小さなウィッチが、広報誌にエースウィッチとして紹介されていた人物が近づいていたことに気が付いた。
その顔や身体的特徴はよく知っていた。だから、思わず二つ名が出てきてしまった。確か、彼女の名前は---
「ターニャ・デグレチャフ少尉でしたか。お初御目にかかります、エーリカ・レールツァー中尉です」
「上官に先に挨拶をさせてしまうとは申し訳ありません。お察しの通り、小官はターニャ・デグレチャフ少尉であります」
ビシっとした敬礼が返ってきた。音がついていそうなほど、きっちりしたものだった。
どことなく倦怠感のあるこのラウンジのウィッチや魔導士たちの中にあって、一人だけ空気が違っている。
強い高揚感、あるいは熱意に似たものが彼女からは発せられているのだ。こうして間近で見ても、それは明らかだった。
そんな空気の人間は珍しい。だから、エーリカは少し興味をそそられた。
「こういうところでエースウィッチに会えるなんて、私はすごい幸運ね。
あなたのライン戦線での奮迅ぶりは聞いているから、こうして会えたのは光栄だわ」
「いえ、あれは小官だけでなく、他のウィッチや魔導士たちの活躍もあってのことです。中尉殿」
「そう謙遜しなくてもいいわ。それと、エーリカと呼んで構わないわ。同じカールスラントのウィッチでしょう?」
「しかし……」
「これは上官命令、いい?」
「はっ、ですが、示しをつけるためにもエーリカ中尉と呼ばせていただきます」
酷く真面目だ。カールスラントの軍人らしい、と思わず笑みがこぼれた。
サーブされてきたコーヒーを受け取ると、近くのテーブルを指して誘う。
「少し気分転換をしたかったの、話し相手になってもらえるかしら?」
「小官が、ですか?」
「ええ。あなたがウィッチの空戦技能や運用方針についてレポートを提出したのは聞いていたの。
私も目を通したけれど、とても興味深かったわ。その内容についてぜひとも聞きたいことがあるから、一緒にいかがかしら?」
「は、はっ!光栄であります!」
まさかあの時のレポートが、とつぶやくターニャを気にせず、エーリカは
「楽しいひと時にしましょう?この船に乗ってから、少し気分が晴れないし」
「小官でよろしければ、是非」
斯くして、エーリカはライン戦線で獅子奮迅、味方から「ラインの悪魔」と恐れられたほどの活躍をしたターニャと語り合う機会を得たのだった。
それは、楽園(ティル・ナ・ノーグ)にたどり着くまでのモラトリアムの一幕。異なる世界に出自を持つ者同士の邂逅であった。
838: 弥次郎 :2021/08/14(土) 23:18:48 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
F世界の話をちょっとSSにしようかなと思います。
具体的な着地点はあんまり考えていないのですが、ある程度形にしておこうかなと。
ターニャおじさん、相手が一応上官ということもあって猫かぶってます。
本心としてはあのレポートがちゃんと上に届いていてよかった、と安どしているのもありますね。
また、要約後方での研修という安全なところに行けることもあって、周囲とは違ってハイテンションだったりします。
なお、手薬煉をひいて待っているリーゼロッテさん。
839: 弥次郎 :2021/08/14(土) 23:21:08 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
837
一部修正を
×そんな空気の人間は珍しい。だから、エーリカは
〇そんな空気の人間は珍しい。だから、エーリカは少し興味をそそられた。
888: 弥次郎 :2021/08/15(日) 11:32:23 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW ファンタジールートSS「Course to Tir na nOg」追加で誤字修正を
835
×こういう船酔いは広いところに出て、澱んだ室内の空気や気温から解放されるといいというのだけど、私は出歩く元気がない。
〇こういう船酔いは広いところに出て、澱んだ室内の空気や気温から解放されるといいというのだけど、私にはそれができなかった。
836
×ウィッチや魔導士たちが公開の最中に暇を持て余すことがないようにと解放されているラウンジでは、多くの人々が集っていた。
〇ウィッチや魔導士たちが航海の最中に暇を持て余すことがないようにと解放されているラウンジでは、多くの人々が集っていた。
837
×「こういうところでエースウィッチに会えるなんて、私はすごい幸運ね。
あなたのライン戦線での奮迅ぶりは聞いているから、ぜひともお聞かせ願いたいわ」
〇「こういうところでエースウィッチに会えるなんて、私はすごい幸運ね。
あなたのライン戦線での奮迅ぶりは聞いているから、こうして会えたのは光栄だわ」
最終更新:2023年11月03日 10:03