952: 弥次郎 :2021/08/15(日) 23:59:04 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

憂鬱SRW ファンタジールートSS「Course to Tir na nOg」2


 ネームドウィッチ。
 それは、戦場で類まれな活躍をしたウィッチを指す言葉だ。
 エースと呼ばれるような、そんな技術と、素養と、何よりも戦場で生き残れる力量の持ち主がそう呼ばれる。
 無論、そんな都合のいいウィッチなんて早々にいない。そもそも、ウィッチ自体がそんなに多くないのだから当然。
 ストライカーユニットを動かせるような魔力などを持ち合わせているかどうかですでに最初のふるいにかけられる。
 そして、今度は空を飛べて、身を守ることができるかどうかで次のふるいにかけられる。
 これを繰り返していって、最後に残るのが本物のエース。

 そして何よりも、戦場で生き残れるか。これにかかっている。
 私もネウロイとの戦いに幾度となく出撃して、戦果を挙げている。
 希少な固有魔法を有するウィッチ---自分の動きを数倍に加速させる「自己加速」を持っていることもあって、私は少なからず自負があった。
 けれど、そんなものは目の前のウィッチ---ターニャ・デグレチャフ少尉からすれば誤差でしかないだろう。

 彼女の名前を初めて聞いたのは1941年の夏だった。
 ウィッチの養成課程にいる訓練生が、訓練課程の課題とは別に、面白いレポートを独自に上官に提出してといううわさが流れてきたのだ。
そのレポートは、ウィッチの空戦技能とウィッチの部隊の運用方針について。それは既存の理論を土台に、新しいアプローチを試みるものだった。
当時、ネウロイとの戦いが始まっていたころにおいて、この手の運用理論やメソッドの確立は急がれていた。
そんな中において、前線のウィッチではなく訓練生が目を見張るようなレポートを出したというのは一つの語り草だった。
 そして、それはアーベント・フリューゲルにも回ってきた時、私は彼女の名を知った。

 訓練生とは思えないその洗練されたレポートは、私も舌を巻いた。
 私に限らず、ウィッチたちの空戦技能や集団的運用の方針は常に研究を重ねていて、勉強会や研修会がひっきりなしに行われている。
そんな中において着目されるようなものを作り出せる、というのは並大抵のことではない。
計算されつくした、無駄のない合理的な理論。戦場を忠実に想定した前提条件。そして、そこから導き出される方針。
 はっきり言えば、私はあったこともないウィッチに対して嫉妬さえ覚えていた。

 そして、迎えた1942年。
 私は彼女についての噂を再び聞くこととなった。
 彼女も従軍していたのか、というのは驚きではない。ウィッチの適齢期は短く、それ故に10代になればすぐさま徴兵されるものだ。
 そして、彼女はカールスラント本土からの組織的撤退戦---民間人も含めた大多数の脱出を支援する任務に就いたそうだ。
その位置は、ライン。カールスラントとガリアの国境沿いを流れるライン川をまたぐ戦線だった。
川という自然の障害は、どうしても突破するのに時間がかかる。橋という狭いところを大量の人間が通らねばならない都合上、足が遅くなる。
それ故に渋滞が発生し、ネウロイの侵攻に追いつかれる危険が伴う。故に、遅滞戦闘に努めねばならなかったという。
 そして、彼女は----



  • エーリカ・レールツァーの独白

953: 弥次郎 :2021/08/15(日) 23:59:52 HOST:softbank126066071234.bbtec.net


「最後はもはや気力頼みでありました……」

 ターニャ・デグレチャフはそこまで言い切って、コーヒーで喉を潤した。
 ライン戦線での戦い。それは、ウィッチと魔導士たちが地獄の遅滞戦闘と防衛線の死守を長時間行って時間稼ぎをした地獄の戦いだった。
 数十万もの民間人が移動しきるまでの間、それこそ夜間であれ早朝であれ、いついかなる時も絶対防衛線を維持しなくてはならない。
 ローテーションを組みながら常に一定数が前線に出場し、ネウロイの監視および撃退を実施。あるいは時には偵察に赴いた。
 そして残っている面々も、余力があれば地上での補給の手伝いを行ったり、治療を行ったりとやるべきことが多い。
そして残りのわずかな合間に、休息をとる、という地獄のローテーションだ。誰かが撃墜されたり負傷したりするたびに、一人当たりの負担が増える。
 ナイトウィッチが不足するから、魔導士の装備を借り受ける形で夜間警戒にあたったのも一度や二度ではない。

(いや、本当にあのライン戦線は「前回」以上の地獄だった……!)

 人間同士のすさまじい消耗戦---塹壕を掘り、鉄条網を張り巡らせて、重砲で撃ち合い、歩兵同士が激突するあの戦いよりも更に凄惨だった。
いや、人間同士だったからまだ抑えが効いていたのだ、と改めて認識したほどだ。今回の相手は、人間の都合を考慮しないし、疲労もしない相手なのだし。
 それ故に前線将兵の負担は大きく、ターニャでさえ、記憶が曖昧になるほどに疲労してしまったほどだ。
それでも不覚をとることもなく、きちんと仕事をこなしきれたのはターニャ自身の持つ強い意志のものによるところだろう。
彼女の年齢や肉体から言えば、限界を超えて働いたとさえいえる。

「……そう。やはり、最後はそれがモノを言うのかしら」

 ターニャの、一見すると非論理的な精神論は、しかし、エーリカの肯定するところだった。
 ウィッチというのは、肉体の状況はもちろんのこと、心理や緊張などに左右されてしまうものだ。
例え体調が万全でも心理面で不調があれば力を出せず、逆に体力が減っていても気力さえあれば限界を超えてしまえるものだ。
非科学的かもしれないが、そういうものだからしょうがない。
 ですが、とターニャは続ける。

「ですが、その状態においても戦闘を継続し続けられたのは、日々の訓練において動きや戦闘技能を体にしみ込ませておいたお陰かと小官は考えます」
「疲労しても、落とされるような動きをしないですんだのは日々の訓練のおかげというわけね?」
「はい。加えて、現地では各員の疲労状態からポジションの変更も有機的に行いました。
 これはあまりウィッチや魔導士の戦闘教義に合致しているとは言えませんでしたが、各員の長時間戦闘においては役割に固執しすぎるのは良策とは言えませんでした」
「そういえば、それも報告にあったわね……」

 ターニャの言うところのポジションの変更。
 それは、報告書にも挙がっていたことであった。
 ウィッチの戦闘は組織的に行われる。魔導士に関してもそうだ。殊更、能力に劣る後者は役割分担を成すことで不足を補う戦いをする。
 だが、かといって役割に固執しすぎれば、個人ごとの負担の差や体力の差などによって安定した活動ができなくなっていく。
それが、ターニャが戦闘後の報告書において指摘したことだった。誰もが平等に摩耗するわけではなく、誰かに負担がかかるものだ。
今回のような長時間戦闘を行うとなれば、それは避けえないものとなるだろう。これもまた、ターニャの経験則に基づいたものだった。

「流石ね……私には到底追いつけないわ」
「いえ、小官のなしたことなど……」
「謙遜しなくていいわ。こういうところに招聘されるくらいなら、それくらいの能力と実力を持っていないとおかしいもの」
「ですが、前線を考えれば、手放しでは喜べません」

 謙遜して見せるターニャだが、その内心は全くの逆だった。

(まあ、確かにな!そのおかげか、後方での仕事が飛び込んできたのは僥倖だった……!)

 だが、努めて冷静な兵士を振舞うターニャのそれはやすやすと見抜くこともかなわないだろう。
 その姿勢は、エーリカから見ればとても意欲的な、あるいは勤勉なウィッチにしか見えなかった。

「そういうところは評価されるのでしょうね……少尉?」

 微笑みながら言ったエーリカだったが、そのターニャの目は別の方向を向いていた。
 その視線の先にいる人間を、エーリカは認めた。

「…あれは」

 そこには、このシャルンホルストに同乗している他国の魔導士の姿があった。

954: 弥次郎 :2021/08/16(月) 00:00:51 HOST:softbank126066071234.bbtec.net


 やはり、居辛い。
 スオムス空軍に属する魔導士のアンソン・スーは、周囲の視線の鋭さにやはりここに来るべきではなかった、と後悔していた。
長時間の船旅ということで、息は詰まる。できるだけ短い時間で休息をとって、個室に引き返すつもりだったが、それでも周りの目が気になった。

(さっさと戻るとするか……)

 だから、手にした飲み物を一気に飲み干してしまう。
 これだけ視線にさらされるわけはわかっている。
 自分のあずかり知らぬところで起こった、自分にはほとんど関係のない出来事が理由だ。
 だから、本来ならば気にする必要などないことなのだろう。
 だが、周囲の意思が、ともすれば悪意が、それを許さない。
 自分は関係ないのだと、声に出して言いたい。だが、そんな子供じみた真似はしたくはない。堂々としていればいいだけのこと。

(悪魔の父親、か……)

 かつて呼ばれた渾名をふと思い出す。
 その悪魔というのは、リベリオン合衆国からの義勇軍に属していた「メアリー・スー」のことだ。
 1942年の大攻勢の際に前線に配置され、その悪行から悪い意味で有名になったウィッチ。
 正確には、彼女たちの奮戦で救われた面もあり、同時に暴走が大きな被害を招いたとされている。
 その嫌われようはとんでもないものであるらしく、たまたま名字が一緒であり、ちょうど親子ほど年が離れていることもあって、自分は針の筵だ。
ややこしいことに、実際にアンソンには娘がいて、その娘はマリア・スーとウィッチなのだった。
混同されてもおかしくはなく、前線から生き残ったウィッチや魔導士からは、アンソンも娘も在らぬ中傷を受けたことがある。
 そんな危ない人間をリベリオンは何故派遣してきたのか、なぜその暴走を止められなかったのか、はなはだ疑問だ。
巡り巡って自分たちに害が及んでいることが、この上なく腹立たしい。

(だが、言ってもしょうがないか)

 だが、それだけのことをしでかした人間がいたのは事実だ。戦訓として、ウィッチや魔導士の人格面での審査が厳しくなったのはその影響だと聞く。
今ではそういった人間は弾かれ、兵役自体につくこともできなくなったのだという。中々に思い切った判断だと思うが、しょうがないと思う。
 そして、幼いウィッチたちの視線--ちょうど自分の娘のマリアくらいの少女からの視線から逃れるように、アンソンはラウンジから出て行った。

「デグレチャフ少尉、あの方に見覚えが?」
「……いえ、どこかで見たような、そんな覚えが」

 そんなアンソンを見送ったターニャは、どこか既視感に襲われていた。
 どこかであったような、そんな気がするのだ。判然としないが、そっくりな人間にあったことがあるような覚えがある。
 そして、意外にもエーリカの方から答えは飛んでくることになった。

「ひょっとしたら……アンソン・スー大佐かもしれないわね」
「アンソン・スー……!?」

 その名前に、覚えがあった。過去の、摩耗しきった記憶の中にそれらしい名前があった。
 自分を怨敵として追いかけて来た敵兵士の中に、そんな名前の魔導士がいた記憶がある。今となっては少し曖昧だが、それだけはわかった。
 だが、なぜエーリカが彼を知っているのか、とターニャは疑問を抱く。男性でありあの外観年齢ならば魔導士なのだろう。
なればこそ、多くいるであろう魔導士の一人がどうしてそこまで知名度を持つことになったのか、些か気になるところだ。

「エーリカ中尉、彼は一体どうして有名なのでしょう?見るからにスオムスに所属している彼のことが知れ渡っているのは気になります」
「ああ、それはね……」

 だが、エーリカは言葉に詰まる。これは言ってもいいことか、悪いことか。いや、言った方がいいのは確かであろう。
 だからと言って、あらぬ偏見を植え付けてしまうのでは、という懸念がエーリカには存在していた。
 それゆえに、エーリカは慎重に言葉を選ぶことにした。過度に名誉を乏しめることなく、それでいて事実をきちんと伝えられるようにと。

「6月に行われたネウロイへの大攻勢。その際に、リベリオンから義勇軍が来たのは知っているでしょう?」
「? はい、後方国のリベリオンは多くの人員を派遣したと聞き及んでおります」

 リベリオン合衆国の名前が急に出たことに、ターニャは少し面を食らった。

「そこで、一つの悲劇が起こったのよ」

 エーリカは語りだす。なぜ、アンソン・スーが在らぬ誹りを受けているのかを。
 ある意味では有名になってしまった、その理由を。

955: 弥次郎 :2021/08/16(月) 00:01:50 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
次回、ターニャおじさん、糞袋を知る。

やはり、返信についてはできるだけやります
ただし、あんまり期待なさらず…

959: 弥次郎 :2021/08/16(月) 00:34:21 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
954
改行を忘れておりました…

×「6月に行われたネウロイへの大攻勢。その際に、リベリオンから義勇軍が来たのは知っているでしょう?」「? はい、後方国のリベリオンは多くの人員を派遣したと聞き及んでおります」

〇「6月に行われたネウロイへの大攻勢。その際に、リベリオンから義勇軍が来たのは知っているでしょう?」
 「? はい、後方国のリベリオンは多くの人員を派遣したと聞き及んでおります」

修正をお願いします

960: 弥次郎 :2021/08/16(月) 00:38:02 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
追加で修正を
953

× ローテーションを組みながら常に一定数が前線に出場し、ネウロイの監視および撃退を実施。あるいは

〇 ローテーションを組みながら常に一定数が前線に出場し、ネウロイの監視および撃退を実施。あるいは時には偵察に赴いた。
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最終更新:2023年11月03日 10:04