902: 弥次郎 :2021/08/23(月) 21:25:58 HOST:softbank126066071234.bbtec.net


憂鬱SRW ファンタジールートSS「Course to Tir na nOg」4



  • F世界 ストライクウィッチーズ世界 現地時間1942年9月 大西洋上 カールスラント所属貨客船「シャルンホルスト」 個室


 船酔いに見舞われ、個室で休息していたクラーラ・エルンストは、ふいに船酔いの気持ち悪さから解放されたことを認識した。
 体の感覚がいつものようになり、船特有の揺れが気にならなくなった。まるで、魔法のようにだ。

「……あれ、なんで?」

 嘘みたいに身体が調子を取り戻したことに、クラーラは違和感を覚える。
 自分は動くだけの元気もなくて寝転がっていたというのに、急に回復するというのはおかしい。
 曰く、船酔いは即座に治るというよりは時間をかけてゆっくりと克服するのだという。つまり、自分の状況は通常ではないらしい。
 訝しみつつも、クラーラは身を起こした。煩わしげにかけられていた毛布を払いのけ、立ち上がる。
 独特の揺れを感じる床には相変わらず慣れないが、不思議と気分の悪さにはつながらない。

「エーリカは……いないか。でも、なんだろう、この感覚」

 呟きながらも、脱いでいた上着を着て、個室の外に出る。
 どうにも起き上がってから、不思議な感覚がするのが気になっている。
 この感覚は、どこかで感じたことがある。というか、ウィッチとしての自分がよく経験しているような気がしてならないのだ。
具体的に経験している場所を言えば、それこそ戦場だ。ピリピリと張り詰めた空気。独特の緊張感。いつやってくるかわからない「死」の感覚。
 そして同時に感じるのが、魔力だ。ウィッチが戦場で魔法を行使すると独特の感じがする、というのがクラーラの持論。
そして、自分の周囲に感じるのは誰かが魔法を行使しているときの独特の空気で満ちていることだ。

(ううん、私の周りだけじゃない……)

 その範囲は、もっと「広い」。
 奥行きがあって、高さもあって、横幅もある。
 すっと目を閉じて、意識を集中させてみる。試してみるのはエーリカから聞いた、固有魔法を使うときのイメージだ。
自分という小さな個と、世界という大きな器を感じ取ること。そうすることで、普通の五感だけでは感じ取れないものを感じることができる。

(とっても、広い……)

 クラーラは認識した。それは、この船を、シャルンホルストを丸ごと包むような優しいもの。
 イメージとしては母親の腕の中だろうか?だが、無制限なやさしさというより、こちらをよく見ているという感覚がする。
そう、それはスコープで遠距離にいる相手を見据えて銃で打ち抜く感覚にも似ているのだ、一挙手一投足がどのようなものかを観察するような。
 でも、いったい誰が?次に湧いたのはごく一般的な疑問だった。
 誰かに包まれ、見られている。そんな感覚はこれまでの船旅で全然感じなかったというのに。
 一先ず部屋を出て、廊下を歩いていく。気になるのだ。この空気を生み出しているのが、いったい誰なのかが。

「えっと……どこに行けばいいかな?」

 まずは、広いところだろうか?それとも、周囲を見渡せる展望デッキ?それとも前方にある甲板がいいだろうか?
はたまた、人の集まっているラウンジで探すのが最も効率的か?クラーラはどうしても迷い、その場でせわしなくうろうろしてしまう。

「……何をしているのかしら、クラーラ?」
「あ、エーリカ!」

 そんな世話しないクラーラを見て呆れた声を出すのはエーリカだ。
 売店によって戻ってきてみれば、ダウンしていたはずのバディが元気に動き回っているのだから困惑するだろう。
 というか、そんな子犬のような視線を向けられるとなんだかむず痒い。だから、エーリカはごまかすようにため息を吐いてみせる。

「気分は大丈夫?元の調子に戻ったのかしら?」
「うん、なんだか元気になったの」

 それはよかった、と安どしたエーリカだが、どうにもクラーラの様子がおかしいことに気が付いた。

「……どうしたの?元気になったのはいいけど、こんな廊下でうろうろして」
「あ、それなんだけど……」

 問いかけられ、クラーラは簡単に説明した。
 先ほど、急に体調が回復したこと。加えて、先ほどから戦場で感じるような魔力の流れを感じること。
 そして、誰かに見られているかのような、そんな感覚がすることを。

903: 弥次郎 :2021/08/23(月) 21:26:39 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

 言われて、エーリカも意識を集中してみることにした。

(……なるほど、なんだかいつもと違うわね)

 エーリカの固有魔法は「自己加速」。厳密に言えば、早く動くだけではない、もっと複雑な理論に基づくらしい。
 そして、発動の時に最も必要なのは自分の周囲の魔力の流れを強くイメージすることだ。だから、周囲の変化には鋭敏にもなる。

「で、クラーラはこれに気が付いたのね。で、どうしようとしたわけ?」
「うん。なんだか、これって自然に起きたことって思えないの。
 だから、ちょっと気になって原因を探ろうかなって」
「それでよく分からないうちに飛び出して、どこに行こうか迷っていたわけね?」
「うぐっ……それは、まあ、そうだけど」

 どうやら図星らしい。だが、クラーラはそういうところがある。
 理屈や理論で詰めていくタイプの自分とは異なり、自らの持つ才能や才覚で直感的に理解し、行動することが多い。
それでウィッチとしては驚くべき成長を見せてきたことを考えると、バカにできるものではないのだ。
彼女が突飛に見える行動を起こしたとき、それは何らかの根拠に基づいているものが多く、無視していいものとは限らないのだから。
 けれども、そこに至るのはいいが、準備が足りていないというのも事実だ。

「いいわ、その直感信じてあげる。実際のところ、私も言われれば気が付けるくらいの違和感だし……」
「どうするの?」
「まず、その感覚がどこから感じるかを探ることね。あとは、出たところ勝負かしら?」
「そんなぁ……」
「ほら、意識を集中させて。魔力を感じるならば、必ず圧や量で流れが生じているはずよ?」

 言われるままに廊下の中央に立ち、意識を深く集中させるクラーラ。
 エーリカの言わんとすることはわかる。魔力は停滞するものではなく、流れたり、渦巻いたり、あるいは向きを変えたりする流動的なものだ。
例えるならば、空気と同じように流れる物質といってもいい。須らく人ならばそれを体内に持つモノであり、故にこそそれを認知することは重要だ。
 これに関しては、エーリカはクラーラのそれに劣っている。というのも、自己加速という固有魔法は自分自身への認識力が重要であったためだ。
自分の中の魔力を使い、自分自身を遅滞なく動かす。そのためにこそ、自分を客観視する能力を磨くことを求められた。
その反面、自己以外の認識力はクラーラに劣るところがあるのだ。いや、正確にはクラーラが感受性が高すぎるというべきか。
 だが、エーリカさえも予想しえなかったことが二つ、発生した。

「エーリカ……!」

 震えるような、あるいは信じられないものにおびえるような声をクラーラは発した。
 それは、恐怖。未知という存在に戸惑い、そして、理解できないことに混乱する声。

「おかしいよ、エーリカ!」
「どうしたの?」
「どうしたもないよ!」

 悲鳴のような声がクラーラの口から洩れる。歯の根が合わず、カタカタと音を立てているように感じる。
 体が恐怖から一気に冷える。
 これまでの常識や積み上げてきたモノが、崩壊する。

「感じられる範囲が全部覆われているみたいなの!?
 おまけに、魔力が停滞して流れないくらいに満ちているの!
 いつからこの船は、魔力でできた器の中を泳いでいるの!?」

 親友の報告に、エーリカもまた、その衝撃に自身の根底を揺らがせてしまうことになった。

904: 弥次郎 :2021/08/23(月) 21:28:01 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

  • 大西洋上 カールスラント所属貨客船「シャルンホルスト」 ラウンジ


 その違和感に気が付いた時、ターニャは思わず手にしたカップを握力のままに握りつぶしかねない衝撃を受けた。
 それは、前世に散々経験した感覚だった。
 即ち、自分以外が停滞し、時間が止まり、存在X(の依代)と会話するときになったのと似た感覚だ。

(いったいどこのどいつだ……!?いや、ついに存在Xが姿を現したか!?)

 それを感じ取った瞬間のターニャの行動は早かった。
 即座にカップを置き、迅速にラウンジから自分に割り当てられた個室へと戻ったのである。
 常在戦場と標榜していることから、ここには愛用の銃火器一式を持ち込んでおり、それが必要になったのだ。
前回でもそうだった。いつ何時存在Xが現れようとも弾丸を叩きこめるようにと、常に武装していたのだ。
 だが、今回においては、存在Xはとんと姿を見せていなかった。
 前回はいつも唐突に、且つ理不尽に言葉を飛ばしてくるのは不快極まりなかったのだが、それから解放されたと思っていたのだ。

(だがそれは間違いだったというわけか……!)

 おのれ、油断させて飼殺したつもりか、とターニャは憤怒した。
 こちらは常に牙を研ぎ澄ませ、いつでも襲い掛かる準備をしていたのだ。
 あれから主観ではかなりの時間、それこそ100年近い時間が過ぎているのだが、決して忘れていないことである。

(さて……)

 いざ、銃を片手に飛び出してきたはいいが、問題はその存在Xがどこにいるかだ。
 何時ものと同じような感覚がするということは、どこかを基点として存在しているのかもしれない。
 幸いにして、ウィッチという体質故に、その手の魔力を感じ取る能力は前回よりも高まっている。これが20代で衰えるというのは何とも惜しい。
 経験豊富なだけあり、ターニャもまた、クラーラやエーリカと同様の異常に気が付いた。これだけの魔力を広範囲に広げるなどありえない。
 だが、ありえないというのはあり得ない。相手が、悔しいが、超常の相手ならばなおのことあり得ることになるのだ。
 そして、ターニャの鋭い感覚は違和感を感じ取る。
 即ち、ちょうどこの船、シャルンホルストの上空に浮かぶ何かを。

(上……ならば、上部の展望デッキか!)

 この異様な空間においての一つの違和感。飛びつかないわけにはいかない。
 銃を持ち、険しい表情で疾走するターニャに驚く人々とすれ違うが、そんなものを気にしている余裕など何一つない。
 あの、あの怨敵。これまでの一切合切の苦労や地獄を味わう羽目になった元凶。理論理屈が全く通じない、不合理な存在。
理不尽な言動と思考でこちらを苦しめ続けてきた、まさに仇敵。こんなところで相まみえるとは!
 船内に張られている地図に従い、相も変わらず小さな体で出せる全力の速度を以て、上層を目指していく。
 あと少し、あと少しだ。ライフルをコッキングし、いつでも発砲できるようにする。

「……!ここか!」

 階段を上り切った先に、目当ての場所へとつながるドアがあった。
 もはや蹴破るようにしてそのドアを開け、展望デッキに飛び出す。

(どこだ……!)

 激情と共に、しかし、冷静に銃を構え、クリアリングをしながら進む。
 腐っても帝政カールスラントの誇る客船だ、本来は船旅に使われるモノであり、その展望デッキは極めて広い。
 だから慎重に、尚且つ大胆に進む。そこにいるであろうものに、即座に弾丸を叩きこめるように。

「えっ……?」

 そして、進んだ先、船首側の端にたどり着いたターニャは、想定外の物を目撃し、そんな声を漏らしてしまった。
 それは、あまりにも----

905: 弥次郎 :2021/08/23(月) 21:29:49 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

以上、wiki転載はご自由に。
あと2,3話で一区切りとしたいですな
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最終更新:2023年11月03日 10:05