116: 弥次郎 :2021/08/24(火) 23:23:00 HOST:softbank126066071234.bbtec.net


憂鬱SRW ファンタジールートSS「Course to Tir na nOg」5



  • F世界 ストライクウィッチーズ世界 現地時間1942年9月 大西洋上 カールスラント所属貨客船「シャルンホルスト」展望デッキ



 白い少女。
 ターニャが目撃したのは、ライフルを向けるこちらにおびえる少女だった。
 いや、もはや幼女といってもいい外見年齢だろう。
 その華奢な体を純白そのものといった風情のドレスに包み、ぼんやりと展望デッキの長椅子に腰かけていたのだ。

「な、なんです、か?」

 そして、こちらに気が付くと怯えて身を隠そうとした。
 だが、彼女が銃口から逃れる術はない。長椅子などがあるとはいえ、基本的には開けた展望デッキだ。遮蔽物などほとんどない。
 それでも逃げようとするその仕草は、多くの人間をためらわせるような、そんなモノを含んでいた。
 誰しもが、そう動くだろう。ターニャとて少女であるが、そんな少女でもライフルを構えて詰め寄ってきては怯えるしかない。

「……っ!? 貴様こそ何者だ。この船は軍に徴用されている貨客船。民間人が載ることは許可されいないぞ」

 一瞬少女の風貌などで気が緩みかけたターニャだが、わずかにライフルの銃口を揺らがせただけにとどめ、銃口を突き付ける。
 そうだ。この少女がいるこの貨客船「シャルンホルスト」は民間の船を徴用という形で軍が用いている状態だ。
即ち、扱いはレベルこそ違えどもこの船は軍属であり、そうは見えなくとも立派な「軍艦」ということにある。
この船に乗り込める人間は限られる。今回の任務では家族を連れていくことが許可されていないと聞いている。
故に目の前の少女が明らかに不審者と判断せざるを得ない。
 服装にしてもそうだ。この船に乗るのは仕事、軍務。故にこそ、よほどの事情がなければ軍服の着用が基本。
質素ではあるが美しいドレス姿の少女がいるのは明らかにおかしいのだ。

「な、なん、な……わ、わた、し……」
「答えろ、貴様は何者だ?」

 か細い声で何とか言葉を絞り出そうとする幼女に、ターニャは一切緩みなく詰め寄る。

「そこまでよ、デグレチャフ少尉」

 そこに割り込んだのは、ターニャが少し前にラウンジで会話していた声の主であった。
 振り返れば、そこには銀髪をなびかせるエーリカの姿がある。傍らにいる金髪の少女は、話で聞いたバディのクラーラだろうか? 

「エーリカ中尉……」
「不審者というのはわかるけど、ものの尋ね方というものがあるんじゃないかしら?
 何か理由があったのかもしれないけれど、まずすべきは報告と連絡、そうでしょう?」

 そういわれると、そうとしか言えなくなる。
 身柄を拘束したら然る後に連絡を入れるべきだったのだ。

「それに、あなたのものとはいえ武器を持ち出すとは穏やかな状況ではないわ。
 この状況についてきちんと説明してもらえるかしら?」
「……それについては、エーリカ中尉もご存じかと思われます。このシャルンホルスト周囲が尋常ではない魔力で満たされている状態を」
「ええ。クラーラが気が付いて教えてくれたわ。そして、違和感のあったこの展望デッキに来たというわけよ。あなたも?」

 ターニャは驚いた。自分しか感じ取っていないかに思われたそれは、他者も感じ取っていたのだという。
 ということは、存在Xによるものとは一概に言えないかもしれない。
 だが、疑いは持って行動すべきだ。だから、白い幼女の姿を視界の片隅に収めたまま返答する。

117: 弥次郎 :2021/08/24(火) 23:23:42 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

「はい。そして、明らかに不審者である彼女がおりました。
 疑うには十分すぎるかと小官は思いますが?」
「だとしても、少し短絡的過ぎると思うわ」
「ストップストップ、エーリカも落ち着いて!」

 険悪になりつつある空気に、クラーラが割って入る。
 ただでさえ空気が悪かったシャルンホルスト艦内の影響を受けてか、二人の間の空気は一気に悪くなっていった。まさに一触触発といったところか。
 だが、どう考えても人間同士で同士討ちなど、やってよいことには決して入らないであろう。だからこそ、クラーラは声を上げた。

「クラーラ……だけど」
「いいから!デグレチャフ少尉も……あれ?」

 ライフルを恐れることなくターニャに言葉を向けようとしたとき、クラーラはふいに疑問を口に出した。
 出さざるを得なかった、というべきか。一瞬間だけ、視界に入った白い少女の姿が歪んだように見えたのだ。

(見間違い……?)

 果たしてそうだろうか?
 それに、なんだろうか、この違和感は、とクラーラは自問する。
 このシャルンホルストに明らかに軍属とは思えない少女がいること以上の、言葉にできないような違和感があった。

「……デグレチャフ少尉、あの、この子……」
「わたし、が、なにか?」

 険悪なムードを発していた二人を諫めたクラーラに対し、恐る恐るという言葉通りに、少女は声を発した。
 とてもか細く、簡単にへし折れてしまいそうな、そんな頼りなさを覚えるような綺麗な声。

「……おかしい?でも、そんな……ありえるのかな……?」
「どうしたの、クラーラ?」

 戸惑いながらも、クラーラはじっと少女の方を見つめる。
 違和感はクラーラの中でどんどん大きくなっていくのを感じる。
 それを何とか伝えようとするが、言葉として成立させられない。挙動不審気味に、手を右往左往させるしかない。

「……なんだか、ずれている」

 やっと絞り出せたのは、その言葉だった。
 そして、その言葉に反応したのはターニャだった。

「ずれている……」

 その言葉を反芻し、改めて幼女を見る。いや、それ以上に周辺を見渡す。
 クラーラの感じているのはおそらく違和感だろう。徴用船にこの幼女が乗り込んでいること以上の違和感を覚えている。
 とどめに、ずれている、という感想。意味の無い、適当にはなったとは思えない言葉。
 そして、ターニャにはその言葉に覚えがあったのだ。ずれているという言葉とずれているシチュエーションというものに。

「ターニャ……?」

 無言で銃剣付きのライフルを構えなおし、幼女を、いや、その「向こう側」の虚空を見つめるターニャにエーリカは戸惑う。
見えているものが何か違う。それを直感的に理解した。だが、それがずれているというクラーラの言葉とどうつながるのか?
 その答えは、ターニャの口から語られた。

「ずれている……ということは、我々はとんでもない思い違いをしていたことになりますな」
「思い違い?」
「いえ、それも正しくありませんな。見えているだけが、感じ取れるだけが、決してすべてではないということです」

 唐突にしゃべりだしたターニャに戸惑う幼女をまるで無視し、ターニャは前に進む。幼女の方へと、その向こうへと。

「エーリカ中尉とクラーラ中尉の感じていたことも、小官が感じていたことも、おそらくは正しいのでしょう。
 ただ、それを単独の事象のままにとらえ、目の前の物とつながっていると思い込んでいた」

118: 弥次郎 :2021/08/24(火) 23:24:58 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

 言葉を紡ぎながらも、ターニャはライフルのトリガーから指を外し、ライフルを一つの槍のようにして持つ。
 そうだ、これを自分は経験したことがある。それこそ、戦場でも、それ以外の場所でも。
 前者はそれこそいやというほど経験した。あの戦線、前回のライン戦線などでは日常茶飯事だったことだ。
 後者はそれを受けて自分も「試し」でやったことだ。あれは、元の所属先によって大きく突破率が違っていた。

「どういうことなの…?」
「端的に言いまして」

 その一点をにらみ、ターニャは狙いを定めた。

「見えているモノは、虚像ということです!」

 そして、鋭い言葉と共に銃剣が付きだされた。
 それは、そこに広げられていた光学術式---もはや壁というスケールで展開された「隠匿術式」----の壁を一気に突き破る。
ターニャの魔力が加えられた刃は、簡単にその術式の壁を打ち破り、その向こう側へと、本来は存在していた展望デッキの先端の空間へと突き抜けた。

(やはり……!)

 ターニャは確信した。これは、「前回」において、203への志願してきた魔導士たちを選抜するときに使ったのと同じことだ。
 思い出せば、白い幼女の声はどこか遠くから聞こえていた。声が小さく、波や船の発する音でまぎれていたと思っていたが、そうではない。
それと眼の前の光景がずれていて、違和感として形を成していたのだ。まったく、今更になって気が付くとは、とターニャは内心悪態をつく。

「!?」

 そして、光学術式の向こう側に突き抜けた銃剣は、急にその動きを停止させられる。
 がっちりと、万力で挟まれたかのような固定感。あるいは、何かに深く突き刺さったかのような感覚。
 ついで、パチパチと拍手が聞こえてきた。それは、その壁の向こう側、銃剣が突き出された向こうから聞こえる。

「見事だ、カールスラントのウィッチ諸卿」

 その声は、白い幼女の声と似ているが、こちらはまるで違う。籠められている覇気が。力強さが。そして、意思が違いすぎた。
 壁のようになっていた光学隠匿術式が上からゆっくりと解除されて行き、存在しないように見えた展望デッキの先端の光景をあらわにした。
 そして、そこにはいた。黒いドレスを優雅に纏い、悠然と椅子に腰かける少女の姿が。

「この程度は見破ってくれると期待していた。やはり、魔導士よりもウィッチの方がこういった感知能力は高いようだな」

 その姿があらわになった時、3人は体がふいに冷えたような錯覚を覚える。
 それは、恐怖。目の前の少女が抱える圧倒的なまでの存在感と魔力に、身がすくみ、生存本能が刺激されたのだ。
 そして、その少女の手は虚空にかざされていて、ターニャの放った銃剣をシールドで見事に受け止めている。

「諸卿らが最初の突破者だ、誇るといい」
「……あなたは、一体」
「ああ、そうだったな。名乗らねばなるまい」

 思わずクラーラの発した疑問に、苦笑しながらも少女は答える。

「私の名はリーゼロッテ・ヴェルクマイスター。
 諸卿らの着任する特編先進技術・戦技研究グループ「ティル・ナ・ノーグ」の最高顧問を務めることになる。
 今回は、諸卿らの実力を見るために少しばかりこの船に邪魔をさせてもらっているわけだ。よろしく頼もう」

 優雅な一礼を、彼女らは茫然と眺めるしかなかった。
 シャルンホルストは、そんな彼女たちを乗せたまま、海の上を優雅に進み続けている。
 定められた航路を粛々と。あるいは、すでに大きな流れにとらえられてしまい、逃れられなくなっているかのように。

119: 弥次郎 :2021/08/24(火) 23:27:05 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
白いドレス姿はリーゼロッテではなく、リーゼットの時の格好をイメージしてもらえば。
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最終更新:2023年11月03日 10:08