422: 弥次郎 :2021/09/07(火) 21:06:03 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW ファンタジールートSS「扶桑皇国、開発戦線1941」
- F世界 ストライクウィッチーズ世界 扶桑皇国 横須賀 1941年7月
少し早い蝉の声。
夏の始まりを感じさせる空気、熱気、湿気。
横須賀の空は、そんな色に染められていた。
世界ごとの転移を経ても、このF世界特有の潤沢な空気中のエーテルによるものか、気候変動などはほとんど起こっていなかった。
ここは融合惑星とは異なる宇宙であるためか、あるいはそういう特性の惑星へと転移したためなのかは不明だ。
そういうことはともかくとして、ここ極東の島国扶桑皇国もまた、新型怪異(ネウロイ)との戦いに力を注いでいた。
戦線が遠い欧州にあろうと、人類共通の敵である以上、直接的・間接的な支援で扶桑皇国は貢献し続けていた。
直接的なもので言えば、遣欧派遣軍の編成と派遣。
間接的なもので言えば、最前線国への武器弾薬など戦争に必要なあらゆる物資の提供に始まり、戦時国債の購入などである。
無償で行うものもあれば、格安での提供などの形でおこなうものもある。特にカールスラントで生まれた「魔導士」関連のライセンスを言い値で買ったことがいい例だ。
そういう意味では、直接戦火を交えていなくともこの扶桑皇国はまさしく戦時であり、一般市井も少なからずその空気に当てられていた。
ここ、横須賀は特にそうだ。
戦時ということもあって、軍の輸送艦や艦艇が激しく出入りしている。
横須賀の海軍ドックは艦艇の建造に明け暮れている。軍事工廠は連日フル稼働。海軍学校は連日の教練に平時以上の力を注いでいる。
基地から昇るオーラというか空気がそうであるし、街で出会う軍人たちも普段以上に雰囲気が違う。
日常の中に溶け込んでいるからこそ、普段とは違う異質さが目立つというものなのだ。
そして、横須賀の空もまた、同じように戦時を感じさせるものであった。
航空基地の面した海上の空。遮るもののない、突き抜ける空に、翼が飛んでいるのだ。
それは、いわゆる飛行機とは異なるもの。人の形を拡張し、発展させたもの。イカロスの如く、人に翼を与えるモノ。
これまではこの
ストライクウィッチーズ世界においては存在せず、地球連合という時系列上は未来の勢力と共同開発したもの。
即ち、ヴァルキューレ達の纏う礼装。現代によみがえった空を駆ける鎧。人が纏う科学と魔法の産物。
これを開発者たちは「マギリング・パーソナル・フレーム」と呼称している。
無論のこと、低高度での飛行は市街地などに対し音や空気の影響を懸念して、遠くを飛行している。
だが、それでもMPFを纏う操縦者---「フレーム・ランナー」あるいは「ウォーザード」---の姿はウィッチのそれとは違う故に目立つものだった。
423: 弥次郎 :2021/09/07(火) 21:06:44 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
吉野香子軍曹は地獄と対面していた。
それは、訓練および試験運用詳報の作成という形をして、目の前の机の上を占拠していた。
つまり、本日行った訓練とその中で行った新型ストライカーユニットについての報告を上げなくてはならないのだ。
ウィッチとて軍属であり、国家の統制のもとにある軍人であることに変わりはない。
そして、軍隊とは究極的にはお役所仕事を行う場所であり、そういった事務作業というのはついて回るもの。
ましてや、テストパイロットも兼ねている彼女には、使用したストライカーユニットについての報告を行う義務というものが生じていた。
けれど、高々14歳の少女に対してそういった専門的な報告書を上げろというのはいささかに酷な話であった。
元より、ウィッチというのはその全盛期が短いゆえに、その訓練課程というのはどうしても偏りが出てしまうものだ。
彼女らの年齢に対して求めるレベルが高いことも言うまでもないが、そういった事情が付きまとう。
とにもかくにも戦力化を急がざるを得ず、そういった軍事のバックグラウンドなどは省略されがちなのだ。
しかして、ウィッチである彼女たちにしかできないこともあるのも確か。それゆえに、指導官に押し切られ、香子はレポートに取り組んでいるのだった。
「……うぐぐぐぐ」
唸りながらも、今日の内容を思い出し、時には紙切れにメモを取りながら頭の中を整理しているのだが、レポートは遅々として進まない。
求めていることはわかっている。指導官や、あるいは指導官を束ねる教導官からも念を押されたことや手渡された資料などからわかる。
そして、レポートのための用紙と並んで机に置かれている分厚いデータ資料を基にすれば作成できることはわかっている。
だとしても、そうだからと言ってやる気が出るとか、すらすらと書き進められるとか、そんな簡単なことではないのだ。
端的に言って、めんどくさい。
(……かくなる上は)
香子は腹をくくる。
自分でできないところがあるならば、誰かを頼ればいいのである。
具体的に言えば、同じく出向してきている同期の西野エリに課題のレポートについて相談し、見せてもらうのである。
以前彼女にはレポートを見せてあげたので、その分を返してもらうと思っていた。
というか、大人たちが補助したり代わってくれていたことをウィッチにやらせるとは、とさえ思っていた。
香子はウィッチである。素養を見出され、軍の学校に通い、訓練をしてきた。
ウィッチの一般的な教育課程の例に漏れず、座学もあったが、実技を重視して戦力化を急ぐ過程を経てきた。
そして、生来の性格もあって、どうにも座学というのはむず痒く感じているのであった。
そんなことをやるより空を飛びたいというのがウィッチの性分というものであるし、コツコツとひたすらに格闘するのも飽きてきた。
これは相互扶助というやつだ、と言い訳しつつも、極めて自然に席を立つ。誰かに相談に行ったりするのは別に禁止されていない。
だが、そういったズルを警戒してか、過度な見せ合いなどは咎められているのだ。あくまで自然に、尚且つ回数を少なくして。
424: 弥次郎 :2021/09/07(火) 21:08:25 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
(さて、エリは……)
同期の桜を頼るべく、香子は立ち上がる。監督官に一声かけてから向かうのも忘れない。
連日連夜の研修や訓練は大変なのだから、これくらいは。そう思い、動いた。
だが、そんな香子のたくらみはものの見事に失敗することになった。
よりにもよって、頼りに行ったエリのところには教導官であるリーゼロッテ・ヴェルクマイスター大佐がいたのだ。
そして、香子の姿を見るや、肉食獣のような笑みを浮かべたのだ。それだけで、一気に血の気が引いていくのを香子は感じた。
「いいところに来たじゃないか、吉野軍曹。卿の同期も助けを求めて私のところに来ていてな。
みっちりと教えている最中だったのだ。察するに卿も助けを欲しているのだろう?」
嘘だ。そう叫びたいのを何とかこらえる。
何しろ、彼女の後ろで泣きそうになりながらも取り組んでいる彼女らは、香子を救世主のように求めていた。
ひょっとしなくても彼女らも同じように誰かの内容を真似---ゲフン、参考にしたくて助けを求めて動いたのかもしれない。
だが、そんな彼女らの考えを見抜けないほどこの大佐は甘くない。逃げ出すことも見越して、あえて厳しい課題を与えたのかも。
「かおるこー…!助けてぇ!」
「私からもお願いしますぅ……」
同じく同期の宮森しおりも助けを求めている状態で、尚且つリーゼロッテに笑顔で詰め寄られている状態。
香子は、己の失策---いや、自分たちがどのような行動に移るのかまで見透かされていたことを悟り、がっくりとうなだれた。
「ふっふっふ……私からの指導だ、泣いて喜ぶがいい」
もう泣きそうです、というか、泣きます。
そんな言葉を思い、香子は持ってきていた道具一式を机の上に並べ、大人しく課題に取り組むことにしたのであった。
「はい、よろしくお願いいたします……大佐」
香子には、白旗を上げることしか許されていなかったのだ。
そして、彼女たちが粘りに粘って2時間余り。
最後までダメ出しを受け続けたしおりのレポートを前に、リーゼロッテは沈黙を作っていたが、やがて頷きを一つ作った。
「ふむ、まあよかろう」
「……ほ、本当ですか!?」
「嘘は言わん。卿らのレポートについては、本音を言えばもっと直すべき場所はあるが……まあ、求めすぎるのも酷な話よ」
「や、やったぁ……!」
「もう手がくたくた…!」
「だが、明日も同じくらいはやれそうだな」
その断言に、喜びを分かち合っていた3人は凍り付いた。
今、この人は何といった?
「明日……も……?」
「卿らがレポートを写し合っているのは、分かっていたことだ。
これでも、提出された全てのレポートに目を通しているのだからな。偶然の一致にしてはできすぎなところがあったのだ」
香子もエリもしおりも愕然とした。
そう、彼女らはまだ幼い。あるいは、そういったことをしようとしても、どこか抜けてしまう。
彼女らの考え---互いにレポートを見せ合い完成させる方法はわからなくもない。
だが、それがどういう結果を生み出すかまではイメージができないままに、そのままレポートを提出してしまったのだ。
それをいまさらながらに知り、理解し、一気に顔色を悪くさせる三人の顔は、それはもうすごい変化をした。
そんな彼女らを面白そうに笑って眺めつつも、リーゼロッテは言う。
「まあ、私が卿らを追い込んで鍛えている弊害とみるべきかな。
だが、それでは卿らのためにならん。協力し合って課題に取り組むのは良いことだが、方法が悪い。
我々としても目的を果たせんし、卿らも同じだ。双方のためにならぬなら、やめておくべきだな。
必要なのはあくまでも卿の見解や意見だ。多角的にそれを観測し、初めて意味を成す」
425: 弥次郎 :2021/09/07(火) 21:09:18 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
そして、とリーゼロッテは小瓶をどこからともなく取り出して机の上に並べる。
「卿らへの簡単な処罰だ。その薬を就寝前に飲んで、明日どんな効果が表れたかを報告せよ」
「これは……?」
「簡単な栄養補給薬を兼ねた魔力回復薬だ。
聞くところによれば、ウィッチは戦闘継続の中で魔力が減っていき、最後には戦えなくなるというではないか。
ならば、それを何とかせねばと思ったのだよ」
つまり、戦場で手軽に補給して継戦能力を縛る魔力を取り戻す薬だな、とリーゼロッテはまとめる。
「無論、ウィッチの酷使につながりかねんし、体力や気力まで回復する便利なものではない。
あくまで処方薬としての使用となるだろうが……ともあれ、連合も色々やっていると、そういうことだ」
「これを、飲めば……」
「まだ試している段階だが、効果はあるかもしれん。
あいにく、私は魔力が尽きた経験がないし、疲れも即座に回復してしまう性質だからテストにならなくてな」
「……なんですか、そのうらやましい体質は」
夢のような体質じゃないか、と香子は思う。エリもしおりも、同じような視線を向けてしまう。
だが、リーゼロッテはあっけらかんとしたものだ。
「だが、辛いものだぞ?いくらやっても体が疲れない、魔力も尽きない。しかして精神は疲労する。
死なないとは限らないが、いつまでも戦い続けることで精神の方が先に参ってしまうものだ。
いっそ殺してくれと願ってもかなわないというのはまさに地獄……永遠の苦痛だ」
妙に実感のこもった言葉に、3人は魅せられてしまう。
それを語るリーゼロッテの表情は、とても深いものがあった。
それこそ、高々14年という短い年月しか生きていない少女たちでは決して理解も想像もできないような世界を経験してきたのだから。
「さあ、終わったならさっさと戻るといい」
「あっ……ハイ!ありがとうございました!
「ありがとうございました!」
「ご指導ありがとうございます!」
それを推し量る前に、香子たちは解散を命じられた。
促されるままに瓶を受け取り、課題が終わったことにほっとしつつも、明日への英気を養うために動いた。
疲労していて、魔力だって昼間の訓練でかなり使って枯渇しそう。故にこそ、明日も厳しい指導があると聞かされれば、誰だって備えたくなるものだ。
「……まったく、うらやましいものだ。あれほどまでに、平穏で美しい幼少期は」
1000年。それほどに遠い昔を思い起こしながらも、リーゼロッテは無邪気な幼きウィッチたちを見送る。
彼女らがそうなることはない。だが、起こりうる可能性は十分にある。
ネウロイという驚異に対して、人が立場や垣根を超えてを取り合い、戦っている。そして、その最前線で彼女たちはその命の限り戦うことになる。
虚無の魔石により生かされ、死ぬことも許されない不老不死の魔女は、故にこそ、その限りある命の輝きをいとしく思うのだった。
426: 弥次郎 :2021/09/07(火) 21:09:56 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
というわけで、扶桑皇国でのリーゼロッテさんたちの活動を描く
シリーズスタートです。
人物設定とかは追々投下します。
最終更新:2023年11月03日 10:13