743: リラックス :2021/10/23(土) 14:15:28 HOST:softbank126002191158.bbtec.net
天の涙世界における漆黒のステイヤー~菊花賞~


東京優駿を終えて、夏が過ぎ、途中、調整の為に京都新聞杯に出走したライスシャワーだが、遂にその時がやって来た。

秋の京都で行われる、クラシック路線の終着点。

菊花賞。

距離にして、3000メートル。

G1レースとしては、春の天皇賞に次いで二番目に長いこのレースを走り抜けるには、膨大なスタミナが要求される。

だからと言って、スピードを疎かにしていいというわけでは勿論ない。


最も速い者が勝つ皐月賞。

運に愛された者が勝つ東京優駿。


コレら二つに対して菊花賞では、特に突出したものを要求されることはない。

長距離故に良い位置を取り続けるための判断力、推し負けない為の力、勝負に勝つための運、誰よりも優れた速さ、そして長距離を駆け抜ける為のスタミナ。

これらを総合した高い実力のみが求められる。

故に、菊花賞を制した者はこう呼ばれる。

 ―――最も強い者、と。

『最も強い者が勝つと言われる菊花賞! 栄冠を手にするのは誰だ!』

『3番人気、ロイヤルソブリン! 距離の適正からか、ウララカビヨリを上回り3番人気となりました』

『2番人気はヒノデゲキテツ! 無冠の帝王の名を打ち破り、悲願の地方馬によるG1達成なるか!?』

『皐月賞、東京優駿とライスシャワーに阻まれ2着という結果に終わっていますが、実力は間違いなくG1を狙えるだけのものです』

『そして、本日の主役!ここまで無敗、6戦6勝!二冠馬ライスシャワー!』

天を劈く大歓声が、比喩表現でなく京都レース場を揺らした。

クリフジが成し遂げられなかったクラシック三冠を。

セントライト以来となるクラシック三冠を。

シンザン(※1)が叶えられなかった夢の輪郭を。

『クラシック三冠の制覇なるか、歴史に残る一戦となりそうです』

『最強の名を証明するレースが、今――――スタートしました!』

しかし、菊花賞は最初から波乱の幕開けとなる。

ウララカビヨリはデビュー以来、常に先陣を切り、スタミナが切れるまでハナを譲ったことはない。

常に先頭を維持して、そのままスタミナが切れるか、ゴールまで逃げ切るか。

勝ち負けは別にして、今回もそんな走りを見せてくれるだろうと、観客達は信じていた。

しかし、スタートして真っ先に馬群から抜け出したのは鹿毛の牝馬ではなく、黒鹿毛の二冠馬。

744: リラックス :2021/10/23(土) 14:17:48 HOST:softbank126002191158.bbtec.net
『おっと、ウララカビヨリ、ハナを譲った!トラブルによる出遅れか、はたまた作戦でしょうか?』

『前二戦で彼女はライスシャワーに風除けにされてスタミナを消耗し、敗れていますからね。きっと作戦でしょう』

ウララカビヨリが大逃げを捨てる。

前二戦でそれをやって勝てなかったから、と、事は単純な話ではない。

基本的に強い逃げ馬というのは、『逃げを許したら誰も勝てない』という身も蓋もない存在である。

コレを攻略する場合、一番簡単で効果が高い方法はシンプル。

誰かがそいつ以上の破滅的な大逃げをかましてハナを奪い、蓋になるというもの。

実際、ライスシャワーの負け筋の一つがウララカビヨリか誰かが蓋になり、そのまま鬼ブロックを最後まで続けるか、他の馬が上手いこと利用するというものだというのはライスシャワー陣営も理解していた。

しかし、菊花賞は向正面、第3コーナーを前にしてスタートするや、即座に高低差4.3メートルにもなる淀の坂にぶち当たるという過酷な3000メートルのコースである。

坂路に慣れきったライスシャワーを相手に、この長丁場のレースでスタートから彼の前に出るような真似をすれば確実にその馬は潰れる。

そうした事情が重なった結果、ライスシャワーは悠々と先頭を逃げることに成功してしまったのである。

『ハナに立ったのはライスシャワー!ヒノデゲキテツ、セキリュウテイオー、ヤングフレイムが続きます』

他馬からすると堪ったものではない。

『さあ、淀の坂を超えてコーナーに入ります! 下り坂でついた勢いに流されず、減速しつつうまく曲がることができるか!?』

先頭集団が坂を下り、少し遅れて、14騎が続いた。

ハナを取ったライスシャワーは淀の坂を駆け下っていく。

坂道とは、上り坂を登るのは勿論辛いが、下り坂もそれ以上に疲労すると言われている。

下って、その勢いのままコーナーに差し掛かるとなれば、もう最悪である。

勢いがつけばコーナーを曲がることはそれだけ難しくなるし、しかも上り坂程ハッキリと自覚し難い疲労が足に溜まっているとなれば尚更に上手く曲がることは困難になる。

更に上り、下りといった起伏を走る際、普通の馬の場合、どうしても力んでしまう。

前世においてライスシャワーの主戦騎手であった的場が「ライスシャワーが京都を得意としたのでなく、ライスシャワー以外の馬が総じて苦手としている」と表現したように、このコースはそうした難所が多い。

だから、ライスシャワーを追うのに夢中になっていた3頭の内、2頭が慣性の法則とやらが悪さをしてコーナーを曲がるのに失敗、大外に膨らんでしまったのは、ある意味では仕方ないことだった。

745: リラックス :2021/10/23(土) 14:19:38 HOST:softbank126002191158.bbtec.net
そう、おかしいのは勢いを殺さずに難なくコーナーを曲がり切ったライスシャワーと、

(皐月賞、東京優駿と貴様に持って行かれた!だから、今度こそは、この菊花賞だけは!)

『セキリュウテイオー、ヤングファイヤー、勢いのまま大外に膨らんでしまった!しかし、ライスシャワー、ヒノデゲキテツ、見事にコーナーをクリア!曲がり切った!』

それに引き離されることなく曲がり切ったヒノデゲキテツの方だった。


(このヒノデゲキテツには、夢がある!)


淀の勾配が難所であること、そして、その後のコーナーが鬼門であることは、誰だって理解していた。

そしてライスシャワーがその鬼門を苦としないであろうことは、彼に煮湯を飲まされた関係者全員が研究の末に理解していた。

だが、それを理解した上で、ライスシャワーに食らい付いてコーナーを曲がるための特訓に誰よりも真剣に取り組んだのは、ヒノデゲキテツだっただろう。


(地方は中央の二軍じゃない!中央に進出して活躍すれば出世?そうじゃないだろ!)


コーナーを曲がりきれず大外に膨らんだ2頭を置き去りに、ライスシャワーとヒノデゲキテツはいの一番にスタンド正面に差し掛かる。

そんな2頭を横殴りの大歓声が叩いた。

がんばれ、勝ってくれ、様々な想いを乗せられた言葉は、恐らく大別するとそんな意味になるはずだ。

歓声とは期待であり、薬にも毒にもなる。

歓声と期待に怯えて冷静さを失ってしまうこともあれば、逆にやる気を出して凄まじい足を発揮することもある。

血中のアドレナリンの濃度が高まる。

まだ速く走れる。もっと頑張れる。

そう思ってしまうのだ。

中には歓声が嬉しくて客席まで寄って行ってしまうお茶目さんとか、それでもそのまま差し切って勝ってしまうという訳の分からない奴もいるとか何とか。


(これでペースを乱してくれれば多少は付け入る隙になったかもしれないが、そんな都合良くはいかないか!)

746: リラックス :2021/10/23(土) 14:22:46 HOST:softbank126002191158.bbtec.net
セントライト以来となるクラシック三冠、クリフジですら成し遂げられなかった無敗のクラシック三冠を期待する歓声を前にライスシャワーの走りは変わらない。

そう、歓声に真の意味で応えるのは刹那の全力を出すことではないことを、ライスシャワーも、ヒノデゲキテツも理解していた。


(今度こそ勝つんだ!勝って強い船橋をアピールして……)


自分をここに送り出してくれた全員が、自分の勝つことを望んでいる。

そう、歓声に、期待に答えるとはつまり、勝つことなのだ。


(船橋に人を集めるんだ!!)


『さあ、全体が縦に伸び切りながらも一周目の直線に入ります! ライスシャワーはどう動くか! ヒノデゲキテツはいつ仕掛けるのか!』

最早駆け引きはない。

というより、このまま押し切れるライスシャワーに駆け引きする気はなく、そういう相手と駆け引きをするには、複数のプレイヤーが必要になるからだ。

最も強い馬が最も速く、最も効率的に走れば絶対に勝てる。

出来れば苦労はしない?尤もだけど、出来る奴が相手になったらどうすんのよ?という、シンプルイズベスト、脳筋オブ脳筋な戦法を極められるとそうなる。

結局のところ、デッドヒートを繰り広げるしかヒノデゲキテツに選択肢はなかった。


『ヒノデゲキテツ、食らい付いて行く!後続は追いついて来れるか!?』


(ヒノデゲキテツ、お前は強い!だが、ミホノブルボンはもっともっと強かったぞ!)


しかし、ここで誰も予想すらしなかった展開が起こる。

「さあ、ここで後方からウララカビヨリが来た!…えっ?ウララカビヨリが来たぁ!?凄まじい末脚だ!!」

え?と、思わなかった者は、この京都競馬場にいないだろう。

繰り返すようだが、ウララカビヨリと言えばスタートダッシュを決めた後はひたすらにフルスロットル、後はスタミナが切れるが先か、ゴールするが先か、という走り方が代名詞だった。

皐月賞や日本ダービーではライスシャワーに風除けとして逆に利用された訳だが、今回は調子でも悪いのか、或いはこの点を反省しての作戦かは知らないが序盤から馬群に埋もれ、ライスシャワーが先頭で引っ張る展開となっていた。

まさか、此処で末脚を発揮して上がって来るなど、誰が予想したというのか。

ちなみに、このようなことになった理由として、ウララカビヨリがレース前に

「やはり…ウララ…のまま…続けるのは無理が…」

「遅かれ…かれ…こうなるのは必然…」

「今回…結果が出なければ、予定通り…」

という不穏な会話を聞いてしまったことによる。

(え?今回もダメだったら、競走馬を続けるのは無理?)

※この世界の馬は魔物やらインフラトン粒子やら魔導技術やらの関連で、少なくともゴールドシップがこれくらい理解してわざとやってんじゃない?って疑われてるのと同じくらいには賢いよ!

747: リラックス :2021/10/23(土) 14:24:29 HOST:softbank126002191158.bbtec.net
競走馬を続けられなくなる=馬刺し

という、嫌過ぎるが妙に現実味のある方程式がウララカビヨリの頭に浮かんだ。

(もう厩舎のみんなに会えなくなる?厩務員さん達とも?)

ちなみに、これは完全に彼女の早とちりである。

そもそも皐月賞でこそ着外だったが、ライスシャワーに全体的にかき乱されたせいもあって日本ダービーでは3着と、牝馬であることを抜きにしても大健闘である(※2)。

一応新馬の頃に重賞も勝利しており、少なくとも、怪我らしい怪我もなくいきなり処分されるような成績ではないのだが、一度不安になると転がり落ちていく思考を一人で修正するのは難しいものである。

スタートしてからもこんな調子で、ほとんど無意識に周りに合わせて足を動かしているに過ぎなかった。

ちなみに、関係者は「(皐月賞でも)1600メートルくらいまでは全力で走り切れてるんだし、マイル以下の距離で走らせた方が活躍出来るんじゃないのか?」「今回がダメならそっちの方向に転向しましょう」と今後出走するレースの方向性についての会話をしていただけである。

そうして、彼女が我に返ったのは2000メートル地点を過ぎ、残り800メートル地点に差し掛かろうとした頃だった。

(あ!いけない!もう終わりの方だ!)

気づけば先頭は遥か彼方、レースは終わりの方であることに彼女は焦る。

(急いで追いつかないと馬刺し…馬刺しは嫌、馬刺しは嫌だよぉ~!!)

前半を落ち着いて(というか沈み込んで)走りスタミナを温存していたウララカビヨリが、(勘違いとはいえ)命を懸けて掛けたスパートは、何と先頭の二頭にまで届いた。

その勢いたるや、実況者、観客、ライスシャワー、ヒノデゲキテツ、他の出走馬どころかウララカビヨリの騎手ですら「ウッソだろおい」「ウララカビヨリって差しで走れたんか」と驚かせた。

(ライスくん、ゲキテツくん、待って~!)

「残り200!!!何とここでウララカビヨリが先頭集団に並んだ!!三頭が横並びになって駆けて行く!!!」

このウララカビヨリの追い上げに僅かに動揺したか、ヒノデゲキテツは僅かに、ほんの僅かに、フォームを崩した。

「ヒノデゲキテツ、僅かに遅れたか!?ライスシャワーとウララカビヨリが並んで今! ゴール!」

どうだ、と人々は固唾を飲んで見守る。

勝ったのはライスシャワーか、ウララカビヨリか。

写真判定の結果が出るまで、妙に長く感じる一秒一秒を身動きも呼吸も忘れたように待つ。

そして、掲示板に表示された結果は…


1着、ライスシャワー。
2着、ハナ差でウララカビヨリ。
3着、半馬身差でヒノデゲキテツ。


「ライスシャワー、ハナ差で逃げ切った!ライスシャワー、無敗でのクラシック三冠達成!!親子三代、見事な偉業です!!」

この時のタイムは、3着のヒノデゲキテツが3分0.0秒(※3)。

当時としてはぶっちぎりのレコードタイムであった。

このレースは(色々と)競馬界における伝説の3分間として語られることになる。

748: リラックス :2021/10/23(土) 14:26:14 HOST:softbank126002191158.bbtec.net
オマケ
ヒノデゲキテツ
名前はエアロミニ四駆「ライジングトリガー」から(ライジング→ヒノデ、トリガー→ゲキテツ)。

みどりのマキバオーにおけるサトミアマゾンと五代目ジョジョの名言を言わせたいが為だけに生まれた馬、きっと主戦騎手は汐花って苗字。

皐月賞、東京優駿共にライスシャワーがかき乱して掻っ攫って行くわ、史実なら間違いなく菊花賞レコードとなるタイムを叩き出しながら3着で敗れるわ、そもそも影が薄いわと、作者の贔屓と力量不足により可哀想なことになった馬。

余談だが、前のネタで出したヒノデマキバオーはこの馬の産駒になる予定。


ウララカビヨリ
名前のモデルは勿論ハルウララ、裏設定として父の名はエイユウ。

気づけばこんなキャラになっていた。

牝馬でなくとも菊花賞で3分を切るというのはリアルなら間違いなくレコードタイム。

この世界でも20世紀中には遂に破られることはなかった模様、やはり生命懸かってると思うと速かった。

ライスシャワーにストーキング(誤解)されるわ、プレッシャーでスタミナを浪費して沈むわ、それを尻目にライスシャワーには置いてかれるわと、ちょっと酷い目に遭わせてしまったので最後に活躍させてみた。

この後、主戦騎手がコツを掴み、マイル以下は従来通り大逃げ、中距離以上は前半を上手く宥めて足を溜めさせれば問題なく走れることを身をもって証明するという無駄な裏設定。


セキリュウテイオー、ヤングフレイム、ロイヤルソブリン

ロイヤルソブリン→スーパーソブリン
セキリュウテイオー→セキテイリュウオー
ヤングフレイム→ワカサファイヤー

モブ馬。ライスシャワー、ミホノブルボンが出走した1992年菊花賞の出走馬の名前を捩っただけ。


※1、転生者達の奮闘もあり、何とか誕生していたのだが、皮肉にも転生者が鍛え上げた競走馬シンアスカに阻まれて皐月賞を落としてしまった。

※2、牝馬が強くなっている直近でも2021年の日本ダービーはサトノレイナスが唯一の出走かつ5着。

※3、参考に、史実における菊花賞レコードは2014年にトーホウジャッカル(※4)の出した3分1.0秒であり、この世界に於いても前年までなら文句なしのレコードタイムである。

※4、120億円事件を起こしたゴールドシップの右隣のゲートにいた馬。彼がゲートに入る際に少々チャカチャカしたのがゴールドシップが立ち上がった原因の一つではないかとも言われるが、真実はゴールドシップの胸の内である。

749: リラックス :2021/10/23(土) 14:28:23 HOST:softbank126002191158.bbtec.net
以上、明日の菊花賞を前に熱い展開というものに挑戦しようとしたが途中で力尽き、ウララカビヨリにオチをつけてもらった。
反省はしているが後悔はそれなりに。

しかし、このネタを書いてる時にうっかり馬をウマ娘と予測変換で誤字ってないか一々怯えることになったのは内緒。

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最終更新:2021年10月26日 11:02