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銀河連合日本×神崎島ネタSS ネタ ゲートの先は神崎島もヤルバーンも無いようです 幕間 静かな星 後編二
東京都府中市東京競馬場正門前には長蛇の列が出来ていた。
最近の競馬の盛り上がりともしかしたら…を求めて多くの人が府中を訪れていた。
しかし長蛇の理由はそれだけではない。
「またか…。」
「今度はガソリンだとよ。ペットボトルに入れて持ち込もうとしたとか。」
列に並びうんざりといった様子で会話をする競馬ファン。
東京競馬場の正門は物々しい雰囲気に包まれていた。警察官が何十人も配置され神経を尖らせていた。
ヤルバーン製の危険物探知装置まで設置され反応した者はシールドで即刻隔離され警視庁の取り調べを受けている。
大体が持っていた文房具の刃物とか愛煙家の煙草用ライターとかであったが中には危険物や刃物を持ち込もうとしていた者もいた。
それらは即刻逮捕されたが。
「来てしまった…か…。」
東京競馬場、そこに掲げられた天皇賞の文字を彼は見上げた。
トーカイメジロ、自身も騎乗したことのあるマックイーンの血を引くあの馬が乗る人物を守りながら倒れていく様を見て『彼』を思い出した。
競馬に絶対はない、しかし輝かしい未来があると信じていなかった九九年秋の天皇賞を思い出す。
だから並行世界の自分の頼みも断ってしまった。
そしてここに来る気もなかった。あの状態で助かったとしても二度と走れないだろう。
それでも…もしかしたら…ティ連の医療技術があれば…そう思いここにいる。
しかし、
『トーカイメジロ出走不可』
観客席で聞いたその情報に拳を握りしめていた。
天皇賞…秋、澄み切った空の下、各馬が次々に発馬機へと入っていく。
しかし、一枠一番にいる筈のトーカイメジロの姿はない。
その後の音沙汰はなく、パドックにも姿を見せない馬をファン達は心配していた。
「大丈夫なのか…?」
「出走の可否の発表もなかったしな…。」
ファン達はそんな話をする。
バックヤードで控えていた今回のレース後に行われるイベントで歌う予定の声優達も似たようなものだ。
その中でもあの時トーカイメジロに乗っていた『彼女』の声優は暗い顔をする。
自分が乗っている場面であんなことになってしまった。
最後まで自分を落とすまいと懸命に耐え崩れたあの姿が目に焼き付いて離れない。
そんな時に点けていたテレビより実況が流れ、その声は残酷な事実を告げる。
『ええ…只今JRAより発表がありました…トーカイメジロは化学火傷により出走不可。繰り返します出走不可です…。』
『彼女』の声優は泣き崩れた。
『トーカイメジロ化学火傷により出走不可、ドゥン・スタリオンの仔も重症』
情報が記載された紙を渡された実況のアナウンサーは顔を顰めた。
しかしマイクを通し事実を伝えなければと居住まいを正す。
「ええ…只今JRAより発表がありました…トーカイメジロは化学火傷により出走不可。繰り返します出走不可です…。」
マイクのスイッチを切り息を吐く。分かっていたが落胆してしまう。
この実況も根っからの競馬ファン、あのトウカイテイオーとメジロマックイーンの血を引く馬がこのターフを駆け抜ける様を見てみたかったからだ。
「トーカイメジロの走り見てみたかったなあ…。」
「私もですよ。折角世界越えて来てくれたのに…。」
実況の呟きに解説も同意する。
そこへドアが乱暴に開かれ新たな情報が持ち込まれた。
「ハアハア、トーカイメジロの代わりに出走する向こうの馬がいるそうです…!現在馬の前検量が終了、鞍の取り付け終了後にゲートイン予定!」
「本当ですか!その馬の名前は!?」
「如何せん急だったので競走馬の名前までは知らされていません…ですが騎手の名前は分かっています。
神崎電、あの信任状捧呈式の時に馬に乗っていた子です!!」
91: 635 :2021/11/03(水) 17:36:29 HOST:119-171-250-56.rev.home.ne.jp
声優達の控室と東京競馬場に実況が流れる。
『えー只今入りました情報によりますと…無念にも倒れたトーカイメジロの意思を継ぎ出走する馬がいるとのことです。
現在前検量が終了、鞍の取り付け後にゲートインする予定とのこと。』
『出走予定の馬に代わり別の馬が出走するなど前代未聞ですね。馬の名前は手元の情報では分かりませんが頑張って欲しいところです。』
『はい、なお騎手は艦娘の神崎電、信任状捧呈式で馬に乗っていた人物ですね。』
『ええ、手元のスマホでこっちに来ている知人の並行存在に質問してみましたが、
彼女はこちらにはないドリームトロフィー
シリーズという新しいG1重賞シリーズで騎手として何度も勝利しているそうです。』
『それは期待出来ますね。あ、馬がコース上に姿を現しました!』
全員が画面、或いはターフの上を見つめる。
『毛の色は栗毛…でしょうか?緑のメンコにゼッケンの名前は…急いで準備したのか見えませんね?』
『どうもゼッケンのマスキングが剥がれていない様ですね…?』
その声を聞きながら観客席に座る彼はただただその馬を見つめる。
緑のメンコに真新しいゼッケン、もういない筈の『彼』と姿が重なる。
その背に乗るのは自分ではないし馬も『彼』な訳がない。
だがその馬はあの時と同じ一枠一番のゲートへと入っていく。
「スズカサン大丈夫デショウカ?」
東京競馬場の来賓席よりコースを見下ろすこちらのフェル。
それに対し同席しているトウカイテイオーやマックイーンは大丈夫だと言う。
寧ろ勝って当たり前勝ってもらわなくては困るという。
「スズカにとっては因縁のレースだよ?ついでに僕達の子孫の仇取って貰わなくちゃねえ…。」
「そうですわ。ここで引けばあの者達を付け上がらせますわ。」
そんなものかとフェルは呟いた。まあどちらにしても家族を虚仮にしたならやり返すの当然と思うフェルさん。
「大丈夫、スズカなら勝てる。」
向こうの彼は頷く。
『各馬ゲートイン、態勢整いました。』
ガチャンとゲートが開くと各馬が一斉に走り出す。
しかし、一枠一番のゲートだけすぐに開かなかった。
戸惑う馬と騎手しかし少し時間を置いてゲートが開くと駆け出した。
『おっと一枠一番トラブルか?ゲートが開き…今ゲートが開き走りだしました。この遅れは痛いぞ!!』
『競馬に絶対はないですからね…各馬との差は広がっていますがトーカイメジロの分まで頑張って欲しいものです。』
遅れて走り出した馬は馬群から大きく引き離された、これでは到底勝利することは難しいだろう。
その光景に観客や声優達からは落胆の声が上がる。
判官贔屓ではないが期待していたのだ、トーカイメジロやドゥン・スタリオンの仔の分まであの馬が走るところを。
東京競馬場のバックヤードに怒声が飛ぶ。
長年業務に携わってきた発馬機整備員班長がが別の整備員の胸元を締め上げる。
「何であんなことした!?」
「ええ?ああ、あの日本の馬がこの世界で勝っちゃいけないんですよ。だから発馬機に細工しました。」
締め上げられた整備員はヘラヘラと笑う。
あの世界の日本は軍国主義であってはいけない日本だから全部否定するのが日本人の役目と宣う。
92: 635 :2021/11/03(水) 17:37:17 HOST:119-171-250-56.rev.home.ne.jp
「班長、コイツ熱烈な野党支持者ですよ。今まで問題起こしてなかったから誰も気にしてませんでしたが。」
吐き捨てるように放った別の整備員の言葉にトーカイメジロに酷い目に合わせたヤツと同じかと全員が見る。
そしてその整備員は何故いいことをしたのに責められるのかと逆に尋ねてきた。
「笑止!!彼女をその程度で止めることなぞ出来はしない!!」
班長は殴りそうになったが白くほっそりとした手で止められた。
「冷静。その手は殴るためのものではない筈だ。」
「あ、貴女は!?」
視線の先には緑の服を着た秘書を従えた少女、彼女は冷静と書かれた扇子を広げた。
「この身は神崎島中央競馬会理事長である!!」
彼女が神崎島の人間と知ると発馬機に細工をした整備員が飛び掛かるが扇子を閉じると理事長は扇子でソレを蚊を落とす様に叩き落とした。
それを気にせず理事長はその場にいる者達にビシっと扇子でテレビを示す。
「注目!!『彼女』の天下無双の脚を見よ!!」
「っ!?」
『まもなく大欅の影をに入り残り800mを切ります!!…!?いや、後方より神崎島の馬が凄い勢いでトップ集団まで追い上げて来ている!?』
『これだけ離された状況でのここまでの追い上げは前代未聞ですよ。』
『大欅を抜けトップに並んだ!!あっ!?ゼッケンのマスキングが剥がれ名前が…。』
『これは…。』
その時東京競馬場から一切の、いや馬がターフを蹴り上げる音以外の全ての音が消えた。
秋の天皇賞を見る全員が見た。トップ集団を抜き去りトップを走る馬に喰らいついた栗毛の馬を。
その馬は大欅に迫りトップへと三馬身、二馬身、迫るその姿が見える。
信じられないという言葉以外浮かばない。
後ろで栗毛の姿を追う者達、その中には20年以上前に秋の天皇賞を見ていた騎手もいた。
その騎手は栗毛の馬にあの馬を、『彼』を幻視する。自分が騎手を志す切っ掛けとなった悲運の名馬を。
緑のメンコの栗毛の馬、その馬は大差すら覆し大欅を超えトップに追いついていた。
しかしそれ以上に信じられない出来事が目の前で起きる。馬のゼッケンの緑に染まったマスキングが剥がれていく。
その馬の名が示された。
「まさか…!」
実況席で実況は手元のモニターに映る光景を見たままの言葉でマイクへと叫ぶ。
『神崎島のサイレンススズカが来て…!?『サイレンススズカ』が来たあああああっ!?』
その言葉に全員が緑のメンコの栗毛の馬へと目を向ける。
そのゼッケンには真っ白な文字でその名刻まれている。
『彼』、いや『彼女』にかつて乗っていた彼が唖然とし、『彼女』の声優は涙を流したままテレビに釘付けとなり、観客達は静まり返る。
テレビの向こうで、観客達の前で再びあの馬が府中のターフを駆けていた。
その走りは見る者達にスローモーションの様に見え目に焼き付いて離れない。
そして大欅を抜けたその先で馬はその左前足に力を込める。
かつて沈黙の日曜日を見ていた。誰かの口から言葉が漏れる。
「行け…!」
誰かが呟きそれは大きなうねりとなる。
テレビの前で、東京競馬場の客席で、控室で、バックヤードで声が漏れる。
「行け…!」
「行ってくれ…!!」
唖然としていた彼も。
「今度こそ…!!」
93: 635 :2021/11/03(水) 17:38:59 HOST:119-171-250-56.rev.home.ne.jp
かつて背に乗せた彼の声が聞こえた。
自分である自分の中の『彼』が歌う、遠くへ行けと見果てぬ先へ行けとどうしようもない程に。
彼女は思う。体調は万全、闘志も十二分。
ならば彼女がその背に想いを背負い、騎手と認め乗せた者と共に成すは一つだけ。
『サイレンススズカ』が嘶き、電が叫ぶ。
『電ちゃん!!』
「スズカさん!!」
その声は重なる。
『「「「「いっけええええええええええ!!!!」」」」』
サイレンススズカが一気に加速、トップに躍り出る。
実況はハッとして声を紡ぐ。
「サイレンススズカ、トップに躍り出た!まさかこのサイレンススズカは艦娘の様に"あの"サイレンススズカなのか!?
サイレンススズカ、既に大欅どころか第四コーナーを超えて、"あの"サイレンススズカが府中の芝、最後の直線を走っているぞ!!
これは夢なのか幻なのか!?」
サイレンススズカは並んだトップを走っていた馬を置き去りにする。
「サイレンススズカ、後続をどんどん引き離して行く、凄い加速力だ!!これが大逃げ、これが異次元の逃亡者なのか!?サイレンススズカ!!」
その走り、何人たりともその影を踏ませることはない。
「サイレンススズカ!今度こそは秋の楯を取るという意地か、凄い走りだ!!その走りは影を誰にも踏ませない!あの日曜日の先の光景を我々に魅せてくれるのか!?」
栗毛の馬がメインスタンドの、観客達が総立ちとなったスタンドの前を駆け抜けていく、一頭だけで。
「サイレンススズカ、今一着でゴォォォォォル!!」
実況の声が響く。
サイレンススズカはゴール板を踏み抜いていた。
「サイレンススズカ!トーカイメジロの分まで走り沈黙の日曜日を超え秋の楯の栄誉を勝ち取りました!!」
「いやあ凄い走りでしたね。まさしく今日の日曜日は栄光の日曜日と言うべきでしょうね。」
一瞬遅れ凄まじい歓声が府中の大地を震わせる。
そして彼らの視線の先ではターフを駆け抜けたサイレンススズカは速度を落としその歩みを止めた。
電とスズカは息を吐く。
「スズカさん、お疲れ様なのです」
『電ちゃんもお疲れ様。』
電は笑顔を浮かべた。スズカも馬の姿だから分からないが笑みを浮かべているだろう。
すると電とスズカの目に空中を舞う白いものが映る。
二人は空を見上げる。
「これは…。」
『馬券ね…。』
多くの馬券が雪のごとく宙を舞う。
そしてスタンドからズスカの名を呼ぶ声が聞こえた。
94: 635 :2021/11/03(水) 17:40:26 HOST:119-171-250-56.rev.home.ne.jp
「「「「「スズカ!スズカ!スズカ!」」」」」
勝利を称える声が東京競馬場に響く。馬券の勝ち負けも関係なく主役の名を皆が叫ぶ。
今日この日、悲劇に見舞われた馬の分までターフを駆け抜けた悲運の名馬、いや栄光の名馬の名を。
『行きましょう。』
「なのです!」
スズカ達がメインスタンドの前まで移動しその姿を観客達に見せると歓声が大きくなる。
突然スズカが嘶き首を曲げ電を見つめ再度嘶く、その姿は観客達にはスズカが電に語り掛ける様に見えた。
その嘶きに応える様に頷くと電はスズカの背で立ち上がり、手を天高く伸ばしさらに人差し指を天高く掲げる。
一勝、世界を超えての初めての勝利、秋の楯の栄光を得たことを高らかに示す。
その幻想的な光景に誰もが見惚れ、一瞬を置いて万雷の拍手と地鳴りにも似た歓声が爆発する。
ある競馬記者はツブヤイターに直ぐに投稿した。コース中央、内馬場より取った写真を添えて。
そこに立つのは満員の観客のいるメインスタンドを背景に雪のごとく馬券が宙を舞う中佇む彼女。
人差し指を天高く掲げた騎手を背に乗せ青いターフに佇み観客席を向くサイレンススズカ。
『その光景はまるで全てが秋の楯を得たサイレンススズカを祝福しているような光景だった。
誰もが夢想しながら決して見ることのない、もう見れる筈もない世界。それでもなお思い描いた。
だけどこれは夢想ではない紛れもない現実なんだ。』
95: 635 :2021/11/03(水) 17:41:36 HOST:119-171-250-56.rev.home.ne.jp
以上になります。転載はご自由にどうぞ。
出来上がればもう一本本日中に上げる予定。
出来れば秋の天皇賞に間に合わせたかった…(´・ω・`)
最終更新:2021年11月04日 23:33