977: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:20:50 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
―― 1947年6月:WW2、シチリア大会戦の直後、大日本帝国 ――
大連合並びに協商軍、総兵力約21万にも及ぶ軍勢がイタリアに襲いかかるその戦場で、最後の地中海日本艦隊が
玉砕し、日本海軍は地中海世界から消え去った。
ヨーロッパ最後のゼロ戦が飛び回り、何の因果か、最後まで地中海で踏ん張った鈴谷と八重桜が沈んでいく。
帝国海軍軍令部は正式に欧州方面からの全面撤退を宣言し、帝国陸軍参謀本部より罵声が飛ぶ。
バルカン軍団はどうするのか? 見捨てるのか? と……。
大本営戦争会議では、陸軍の担当者と海軍の担当者が殴り合い、呆然としているだけの外務省の職員を企画院の
人間は見捨てて、淡々と事前の根回しに従い、海軍撤退後の状況についての資料を配付する。
大連合サイドはシチリアの決戦が終わり次第、次の作戦行動に移ろうとしている。
目的はローマ直撃、つまりローマ上陸戦。
何故かスペインより、チャーチル首相の内心とやらで『バルカン半島より上陸し、ソ連にくさびを打つ』『だが、失敗した』
とか言う物が届いているが、それはスルーし、もはやイタリアの崩壊は避けられないと言う検証結果。
オブザーバー(特別傍聴人)の席に座る五相以外の閣僚たちは初めて聞く話で、愕然とする。
外務省職員は思い出したように以前から推奨しているイタリアの要請を受けることを改めて主張する。
根回しをしようが、なかなか賛同が得られなかった話だ。
「現地情勢は逼迫しており、今すぐにでも決断しなければすべてが手遅れになります!!」
すなわち、イタリアの一部要人およびその家族や関係者の日本への亡命。尤も大学受験の滑り止めの滑り止めくらいな
感覚での打診。日本政府関係者の色よい返事は当然無い。
しかし、外務省はこれに大変ご熱心で何度となくこれを受ける事を言い続けてきた。
そして、状況的に今が決断できる最後の時間。何しろ帝国海軍が地中海から完全に手を引けばイタリアから
人を日本に連れてこられるはずが無いのだから。
「未だ、枢軸が踏ん張っているシリア、ギリシャ、スエズ経由で航空機を使ってか……。無茶が過ぎる」
「スエズは正直もう放棄していいでしょう。スエズ運河を占領していると言っても、イギリスのモントゴメリーと
サウード家のせいで紅海は使い物にならないのだから。未だ、マンデブ海峡は封鎖状態なんだろ?」
「沿岸部に設営された砲台と航空要塞による機雷のバラマキをされてるせいで、海峡を通れん。サウードの裏切り者をぶち殺せれば……」
サウジアラビアの空は内陸ほど防空能力が全くと言っていいほど存在しない。それ故に今のところ安全に飛べる数少ない敵対的空域となっている。
安全な敵対的空域とはこれいかに。
「今しかありません! イタリアの要人、並びに家族や関係者の救出は今しか出来ないからやるべきなのです!」
「またそれか。そのような暇も能力ももう無い。やれたとしてもそれで来てくれる人間たちはせいぜいが2流3流が数人だろう。
彼らの本命はスペインやイギリス、ドイツだ。我が国は元からお呼びじゃない。同じ陣営のよしみで声をかけられているだけにすぎん」
「そんなの我々だってわかっています。本命は、その『おまけ』の方、技術者たちですよ!」
外務省が目を付けた、最良の人物。『ジュゼッペ・ガブリエッリ』。
下手すれば日本より小さすぎる工業力しかないイタリアだが、技術力だけなら
978: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:22:44 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
「何より、例え2流、3流だとしても彼らを預かる以上、戦後の友好関係を期待することが出来ます! いかに大連合といえど
古のローマ帝国の遺跡が数多い、イタリア半島を無主地にはしません!」
むしろ、黄禍論の関係性から、日本人の方がそうされる可能性がある。
「将来の欧州との友好関係の種として有効に活用出来ます。何よりも優秀な技術者たちを連れてくることが出来れば
我が国の苦境に大変役に立ってくださるでしょう!」
「ま、まぁ……わからんでもない」
事前の根回しでここまではシナリオ通り。かろうじて。外務省がどれだけ主張しても賛同してくれる人がなかなか確保出来なかったのだから。
ジュゼッペ・ガブリエッリ、ジュリオ・ナッタ、コッラド・ジニ、ブルーノ・デ・フィネッティ、カルロ・エミリオ・ボンフェローニ
ダニエル・ボベット、ジーノ・ファノ、そして何故か混じるインド人のチャンドラセカール・ラマン
「これらの技術者、学者を今回の亡命救助作戦で我が国に連れてくるのです」
特に大本命は、ジュゼッペ・ガブリエッリ。航空技術者。その関係者としてリストアップされた面々の中にはG.55の製造を担当している
フィアット社の社員名簿そのものと言っていい面々まで乗っている。
尤もさすがの外務省も全員は無理だとわかっている。だが、これだけの面々を全員は無理でも半分だけでも亡命、救出出来れば
国益にかなう。
「はっきり言って、あと今日のウチに決断しなければ、どうあがいても救えません!」 「決断すれば……か」
(何かやってるなと思っていたが……。外務省の根回しで、動いている部隊がいると見ていいのか?)
実のところ、動いている部隊として、横須賀鎮守府第三特別陸戦隊(空挺部隊)から2個中隊を供出してもらっている。
元々外務省職員を脱出させるために動いていたそれを外務省が利用しようと色々と根回しをした結果、一応動けるのだ。
つまりは――――
979: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:23:23 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
「――撤退を宣言したはずの我が海軍が動けと? 馬鹿な事を」
軍令部総長の憤然とした言葉。海軍大臣もまた余りいい顔をしていない。尤も――――
「――内務大臣はいかに思いますか?」
五相、内務省大臣。内務省武装警備隊という独自の戦力を保持する内務省だが、あくまでもそれは国内での
武装暴動鎮圧を目的としてるもの。
つまり、戦時統制を司っている以外で、内務省が今回の話し合いで、外務省が声をかける意味は無い。
にもかかわらず、珍しく外務省は内務省にまで手を伸ばしたのか。それとも何かあるのかとその場の空気が動く。
最終的に、動くことは決定された。
その日、リットリオ空港すぐ横のテレベ川に二式大艇が次々と降り立った。
空港近くの滑走路が使えなかった事が原因だ。
空港の滑走路にも2機の二式大艇が降り立つ。
全部で11機。未だ、空の上に待機するように飛んでいる機体がいくつかある中、二式大艇の来訪理由を知ってる
幾人かの人間たちは二つに割れた。
いけ好かない黄禍の手を借りて本当に生き延びることが出来るのか、信頼できないと言う輩たちと
必死に自分、或いはせめて家族だけでもあの命の座席に入れようと必死になるもの。
もはや、誰もがイタリアの崩壊を避けられない現実とみていた。溺れる者は藁をもつかむ。
だが、だからといって、日本人を信用するかは別の話。
11機の二式大艇、燃料タンク以外、削れる所を削って15人の乗員を搭載出来るようにした亡命者専用機。
全部で165人。尤も日本側はこっそりとフィアット社のマザーマシンをどうにか持って行けないかと暗躍しており
実際の命の座席は150人ぐらいだろう。
こっそりと、だが、確実に色々な紙束が機体に乗せられていく。
その中に、様々な学術書や論文、行政文書が載せられていくのを誰もとがめない。そんな人間もうどこにもいない。
980: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:24:28 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
―― 1951年2月、継続大戦。ペルシャ帝国:臨時帝都エスファハーンにて ――
ガージャル王朝より帝位を簒奪した王朝。形式上は譲位と言う事になっているが、実際は
簒奪とやってることは変わらない。
唯一、褒められる事は、文字通り血を流す事はしなかったと言う事だろう。
皇帝の首をはねる事もせず、その家族を難癖付けて殺すことも無く。
だが、それでも幾重にも用意された暗躍と陰謀と国内最大の軍閥の主が帝位に即位をする流れに
議会制民主主義をそれは無理でも立憲議会制を望んだ一部知識人たちが
心の底より国家に絶望するに十分な出来事であった。この流れは、史実と何ら変わりない。
初代が逃げることでペルシャ帝国の主権をかろうじて守ると言う出来事さえも史実と変わらない。
それでも変化はある。すなわち、WW2における大日本帝国陸海軍が主導して形成した
『ペルシャ戦線』だ。ペルシャ帝国パフラヴィー王朝は対応に困った。南からイギリスが
北からソ連が事実上、国土を二分割して占領している現状において、彼らは解放者か
はたまたただ列強同士のつぶし合いに巻き込まれただけか。
ペルシャ帝国の王朝政府は一つの方針を下した。英国の味方をする。日ソは敵と見なす。少なくともソ連に対しては敵対的中立をとる。
ただし、日ソと交渉の席はどんな事があろうと非公式の場を必ず作って色々と手を考える。
「で、今度は米ソの決戦場か……いつになったらテヘランに帰れるか余は心配しておる」
2代目。史実だとモサデク革命騒動で泣きながら亡命しとイラン・イスラム革命で呆然とエジプトに亡命することになった。
良くも悪くも……凡君な男。しかしそれでも踏ん張ろうとする責任感は本物だ。
少なくとも彼は紛れもなく君主であった。
「日本製兵器はそろそろ限界か」 「陛下、イギリスもいくらか部品や弾薬類を融通してくれますが彼ら自身、兵器は足りておりません」
「……日本製の鹵獲兵器、日本軍の降伏によって提出された兵器類で我が帝国軍は急速に復活しつつある。だが……
結局のところ我が国の兵器生産能力が低いが故の日本製での武装だ。弾薬や補修部品に関してはイギリスが代替や技術支援を
してくれるから運用出来るような状態だ……余はそれが悲しい」
これがペルシャ帝国、イランの現状。限界。そんな一人の君主の元に、1人の人間が現れる。
大日本帝国の捕虜引き取りについての話し合いのためにやってきた日本人。
「陛下。我が国は、補修部品に関して、場合によっては工場を一つ建てるだけの機材と一緒に供給する用意があります。
ですが、それには条件がございます」 「賠償金や捕虜に関して譲るつもりは無いぞ、余は」
「それに関しての条件ではありません。ただ、ある場所で明言して欲しい言葉があるだけです。それを頂ければ
捕虜の引き取りと引き替えに数個師団を編成出来るだけの武器弾薬、部品類を即刻提供いたしましょう」
981: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:25:57 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
そして、1週間後、ペルシャ帝国、帝国軍名称:ギーラーン外周奪還戦。
その場に、1人の日本人捕虜がペルシャ帝国の紋章だけ付けたボロボロの日本軍装を身にまとい、ソ連軍と対峙する。
それは、鹵獲されたM4シャーマン戦車。彼はその戦車に乗ってソ連軍と対峙する。
「尾崎さん。時間です」 「わかりましたよ」
社会主義者が、帝国主義者の軍隊の軍服を着けて、これまた帝国主義者の軍隊で、帝国主義以上に邪悪な侵略者、
共産主義者のソ連軍と戦う運命。それはあまりにも神様のいたずらが過ぎるようだった。
「ふぅ……」 (サボタージュしたいが……出来ないよなぁ…………)
共産主義は地上の楽園であると信じていた。いや、信じたかった。きっと、この世界線の自分はそういう人間だったのだろう。
何があろうと理念だけは正しいと確信していたのだろう。けれど、根こそぎ動員で即席将校としてペルシャ戦線にきて見たモノは
とうてい人間とは思えない行為にひた走る、数多の帝国主義者たちとその帝国主義者よりも災厄な赤軍の姿。
(そして、
夢幻会としての俺が目覚めた。すべてが終わった後になって。因果な物だねぇ……。せめてこうなる前に
記憶が目覚めて欲しかったけど……。と言うか、俺
夢幻会の世界線でも兵隊なんかしたこと無いんだけど)
始まるのは鹵獲カチューシャによる砲撃。大空に黒煙と硝煙の柱がいくつも立ち上がり、そして崩れていく。
次に轟くのは轟音爆音炸裂音。
『――戦車前へ』
その言葉とともに鹵獲兵器をメインとする機甲部隊が前進を開始する。イラン、ペルシャ帝国の領土の基本は
イラン高原、つまり丘陵地帯と高地から成り立つ。
そして、それ以外のエリアは乾燥帯であるが故の、砂漠から成り立つのがイラン高原だ。
「進め! 止まるな! どうせ、俺たちじゃ当てられないんだから、無駄玉なんぞ撃つな、接近できるだけ接近しろ!」
とはいえ、何も無い土地では無い。古のインダス文明を育み、古代の偉大なペルシャ帝国の大王たちの揺り籠となった
豊かな立地だ。メソポタミア、シュメールの土地に比べれば貧弱かもしれないが、千年の穀倉地帯として中東世界でも
最大級の人口土地として、君臨している。
「2時方向、距離2000! スターリンくる!!」 「いや、ISじゃねえ……」
尾崎さん、あんたなにゆうてんの!? という視線を感じる。だが、彼の中の前世も前前世も含めた記憶が叫ぶ。
IS-2でもIS-3でもねえ……。あれはT-10だ。スターリン重戦車よりもさらに洗練された化け物!
982: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:28:20 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
「冗談じゃねえぞ!! あんな化け物にシャーマンでかよ!!」
ソ連製重戦車は全部スターリンという扱いのこの状況下で、彼の中の古の記憶が絶叫する。
アレは、もうスターリンなんて単語で扱って良い物じゃ無い。
史実では戦後戦車に属する化け物。戦争前期に作られたシャーマンだのそれとタイマンで勝てる程度のレベルの3式(5式)戦車ごときで……
「相手して言い存在じゃ無い!! さっさと砲爆撃の支援をよこせ!」
そんな彼の言葉に反し、旧帝国陸軍鹵獲戦車部隊のホリが相手をしようと動き出す。3式砲戦車(史実5式:ホリ)は
帝国陸軍が敵重戦車および機甲師団への切り札として生産した車両であり、全部で1200両の生産数しかないものだ。
それが2個中隊、24両。ペルシャ戦線に派兵された戦車第5師団に切り札として配置されていた。それが無傷でペルシャ軍のものへ
大空を次々と鹵獲された隼が飛び、
アメリカから提供されたA-26を護衛する。
砂埃が飛び交い、視界を奪い、黒煙が現在地を喪失させる。
破甲爆雷片手に飛び出す歩兵。ニーモーターなどと不名誉なあだ名をされてるグレネードランチャーの
グレネードが戦車の天板狙って曲射弾道軌道を描く。
歩兵将校が拳銃片手に何事かを叫び、次の瞬間爆発するように上半身が消えて無くなり、歩兵たちは頭を伏せる。
頭を伏せた歩兵たちの頬をひりつかせる熱風。遅れてきた爆圧が地べたに這いつくばる人間たちをあざ笑う。
T-10を撃破するのにホリが2両失われ、最終的にはA-26が始末を付ける。
そのA-26は被弾し、墜落。墜落地点を確保するのは残るホリ車両。
そのホリ車両を守るようにシャーマンが集合し始める。そのシャーマン狙いの砲撃。ソ連製自走砲が火を噴き
それを感知した味方砲兵が大砲兵射撃を開始する。尤も牽引式と自走砲では自走砲に勝利の女神は笑う。
対砲兵射撃専門のソ連砲兵が行動を開始した。
「尾崎さん、逃げよう! 今なら多少離れても、敵前逃亡じゃ無い!!」
丘の上に陣取る2両のシャーマンと歩兵十数人。だが、それは敵からよく見えることを意味する。
「馬鹿なの!? 今なら隼が山ほど飛んでいるんだ! 今しか、この場所から敵に打ち込み放題なんて無いぞ!
と言うか、移動したら絶対撃たれる! ここが丘の上で味方砲兵がなんとか生きてるから俺等はまだ無事なんだよ!」
反対側に儲けた反斜線陣地による軽迫撃砲の防護の傘に守られた丘の上の即席砲撃陣地。それが今の2両のシャーマンと
歩兵数十人で形作るそれ。丘の上を上る敵に対しては、反斜線陣地の曲射砲撃により撃破され、シャーマンの砲撃が敵を討つ。
T-10のおかわり。
ふざけんなと言うか細い声が無線を支配し、徐々にソ連軍機が増えていく。いや、所々聞こえてくるのは……金属の排気音。
ジェットエンジン搭載の作戦機の登場。MIG-9。
作戦失敗はもはや目に見えていた。だが、それでもペルシャ帝国軍の捕虜主体の『特務師団』に自由撤退は認められていない。
特務師団機甲連隊司令部からの新たな通知。『所定の計画に従い、目的地の占領を実行せよ』。無茶苦茶だ
MIG-9の数はまだ少ない。こちらの砲兵はまだ生き残っている。決死の思いで目的地の村落へとなだれ込む。
なにやらペルシャ帝国正規軍の精鋭部隊までやってきているが何事だろうか。
数少ない米軍供与のP-80Cが彼らの空を守る。その村落だった穴ぼこだらけの土地から撤退が認められたのは
それから7分後のこと。ここまで隠匿されていた鹵獲カチューシャの一斉射撃。ただでさえ、硝煙で支配されて鼻が麻痺した世界に
立ちこめるロケット燃料の黒煙は肺胞をどす黒く染める。歩兵たちは息を止めて、視界がかすむ。
後退しながら砲弾を放ち、そして撃てる弾が無くなった戦車は自走する棺桶としてぽんぽん、軽快な音ともにきれいにはじけ飛ぶ。
ゴルゴダの丘のごとく、大地に突き刺さり、十字架を思い起こさせる無数の砲身の残骸と焼けただれた肉片の塗料が空間を支配する。
983: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:29:12 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
「結局何だったんだろうな……」
明らかに失敗。かろうじて生き残ったと言う思いを持ちつつ、思わず疑問が口から漏れ出る。
終盤戦、明らかに部隊は不可思議な動きをしていた。無茶な指定地点の確保、そして、部隊到着までの死守命令。
確保地点もその中心には決して近寄らせず、挙げ句の果てに虎の子のジェットまで突っ込む。
「尾崎さん……ペルシャ人どもがその辺べらべらしゃべってるの聞いてません?」 「はい?」
「連中機密って言葉がよくわかってない連中ばかりですぜ」 「何でもスパイの回収だそうです」
「スパイ?」
曰く、ペルシャ側がソ連に放っていたスパイがばれてしまったため、急遽回収されることになった。
その際、スパイはソ連側の重要文書を保持していたため、早急な救助が必要となった。ギーラーン外周奪還戦と言う
作戦には『ついで』としてそういった作戦が無数に付随していたのだという。
「無数にって事は……」 「カウンタースパイもあるそうですぜ。何でもこっち側のスパイが脱出しようとしてたみたいで」
「なんつー作戦だよ。そしてそれが堂々と兵士たちの話になってるとか世も末じゃ無いか」
「ところで尾崎さん。『北極星作戦』、『人類の宝』、『廃滅作戦』って単語なんか知ってます?」
「はぁ?」 「よくわかりませんが、スパイ連中が必死こいて伝えようとした、持ち出そうとした関係の言葉だそうです」
夢幻会としても或いはコミンテルンに関係性があった人物としても或いは社会主義者としても全く意味不明としか言い様がない。
けれども……
(……真っ当な軍事作戦とか諜報とかじゃ無いな……。さては辻か近衛さんか……どちらにせよ――)
――――間違いなく、真っ当な謀略じゃない。
(仮に、本当にこの世界戦で何かへんてこな作戦が行われていたとして――――)
――これは、それに便乗している奴だ。間違いない。そのにおいがする。
984: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:30:37 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
―― 1951年3月、継続大戦。北欧、フィンランド北部にて ――
その男は史実であれば、ヘルシンキにいるはずだった。尤も史実という世界線を知らないこの世界の
人間たちに取っては、その男がフィンランドの雪原にぽつんと作られた家に引きこもっていると言う情報こそが重要だ。
「ニルス・カタヤイネン、ニルス・カタヤイネン中尉! いるかね!」
「何でしょうか? 私は今、引っ越しの準備に忙しいのですが……」
「ついてないカタヤイネン、君に聞きたいことがあってここに参った。北極星について話を聞きたい……」
「……何の事でしょう? 確かにここは星がきれいに見える場所ではありますが……」
フィンランドが誇るエースパイロット、カタヤイネン。
「北極星作戦。アレに関する資料が殆ど残っていない。今やあの作戦に関する情報は凄まじい値段がついている。
それこそ、占領地をソ連から買い取れる可能性さえ1%でも発生するくらいには」
「………………何を馬鹿な。アレにそんな価値はありませんアレはあくまでも機密文書を隠すための作戦です。
何故か日本が予算と機材を融通してくれましたが、それだけです。仮にその価値があるとしたら……」
何故か日本が参加した『理由』。
「カタヤイネン何を知っている。君の身分、安全、そして家族友人に一切手を出すことはないし
二度と現れないと神に誓おう。教えてくれ……」
「……私が知っているのは、3つのことです。北極星で運ばれた物は……」
985: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:31:25 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
―― 1951年3月、継続大戦。大日本帝国、帝都:東京、帝国ホテルの一室にて ――
「それが事実であるとすれば……この大戦は最悪の結末に行き着く。すなわち、我が国と欧州の
敗北と致命的な破滅という結果で」
ウイロビーは頭を抱えながらどうするべきかと悩む。
数時間前、フィンランド軍をつつけるだけつついて、手に入れた情報。それはよくわからない物だったと言える。
「大量の古くさいカビの生えた本といくつかのファイル。それを輸送機ごと適当な雪の下に埋めた?
古くさいカビの生えた本というのはなんだ。古書か? フィンランドの民族的な遺産か何かか?
だとすれば、重要なのはいくつかのファイル。それか」
「いいえ、違います。我々の調査で本当に重要なのは……」
使われた……適当な雪の下に埋められた輸送機の方。それは日本軍機で特別性。
本来の任務における行き先はスペイン。カタイヤイネンの証言記録片手で話すウィロビー。
「北極星作戦は隠れ蓑。本命はその日本軍機と言う証拠隠滅だと……?」
「北極星作戦そのものはフィンランドがソ連軍に機密文書を渡さないための隠蔽工作であり、
どうしても隠さなきゃいけない文書を遠くに移送する作戦です。問題は急遽、日本側がこれに介入し
輸送機を提供してきたと言うことです」
特殊作戦機の証拠隠滅。その機体がその時、その場所にあるという状況の解消が目的。
「……何が何でも、日本の将官どもを……拷問してでも聞き出せ!! 北極星はコミンテルンのスパイどもが
躍起になって探している。フィンランドから流出した謎の機密作戦、それはこの大戦に間違いなく変化をもたらす
と言われている事柄だ! ソ連より、我が米軍の閣下が先に手にしなければならない! 我らの閣下が!」
「その必要はございません」
唐突に現れるのは、かの有名な帝国陸軍三暴……じゃなかった、参謀になってはいけなかった参謀、辻。
「……やっと見つけましたよ。北極星にまつわる書類を。徹底的な隠匿と隠蔽、そして書類の焼却処分により
現存するのはたった10ページの書類綴り。しかも『北極星』という単語は何処にも見当たらない代物でしたけどね」
そのファイルの最初の1ページ目は、次の文章から始まっていた。
『ロンドン、ワシントンDC、およびモスクワの3都市を原子核反応兵器で焼き払う方法は無いだろうか?
実証実験を実施した結論として、我々は無理であると判断した』
読み進めたウィロビーは後悔した。ファイルは確かに10ページ。けれどそれとは別に新しい書類が後ろに用意されていた。
書類はスパイリスト。正確にはコミンテルンのスパイ候補か情報源と成り果てた可能性の高い人物たち。と言っても十数人程度の
名前であるが。問題なのは……明らかにごく最近書き込まれたと思われる追加情報が何人かの名前の隣に付記されてる事だ。
『ペルシャ戦線にて、ソ連へ亡命』 『ペルシャ戦線にてソ連軍の捕虜となった模様』
「事実上! この機密情報がソビエトに渡っていると言う事では無いか!!」
「……。おやウィロビーどの。その日本語書類、一応翻訳いたしましたが、日本軍人から渡された物を信用するので?」
「ふん、ご丁寧に、翻訳を手がけたのは『ガーゲット機関』だと表記されてるだろう」
史実でも占領期日本において活躍したこと自体はわかっているガーゲット大佐をリーダーとする情報部隊、ガーゲット機関。
そのガーゲット機関の人間によって翻訳された10ページと追加書類。
「……貴様、以前からこの書類を見つけていたな? この書類には北極星の文字は何処にも無い。にもかかわらず
見つけたと言う事は、関係者から何かしらの話を聞いていたハズだ。……そして黙っていて、今このタイミングで。何が目的だ?」
「……ある人物たちの助命ですかな。説得するので何も知らなかったことにして頂きたい。それくらいです。後は世界平和」
「…………なに?」
986: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:32:30 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
―― 1951年7月、イスタンブール会議にて、休戦協定締結 ――
米ソの頂上決戦はここに一時的とはいえ、終結した。
WW2だけで、世界総数軍民併せて2億5千万人の死者をだし、1年と満たない継続大戦では1200万人が死亡。
経済損失はもとより負傷者、傷病者やこの後の食糧問題による餓死者などを推定すればどれだけの人が……。
―― 同年同月、占領下大日本帝国、松代大本営建設跡地にて ――
「一世一代のギャンブルに勝ちました……」 「ふぅ……もう二度と御免です」
「全く同意見」
その場に集まるのは
夢幻会の会合の面々。
「それにしても、よくあんな資料がありましたね」 「カナリア諸島の地質情報。アレを見つけた時にいけると思いました」
夢幻会が仕掛けたのは単純明快。
「北極星作戦に当時の日本軍が関与した事は事実。しかし詳細不明。よくよく調べてみると、単に特殊作戦機を処分
したいがために、機体を適当なフィンランド軍の作戦に提供したと言うだけ。
そこで思ったわけです。これに特別な役割、意義、任務を勝手に生やしてしまえば良いんじゃ無いか? と」
生やしたのは次のような事柄。
『モスクワ、ロンドン、ワシントンDCへの核攻撃は現在の日本には不可能。しかし、ロンドン、ワシントンDC
そして、ニューヨークへの大規模攻撃は可能』
『「廃滅作戦」。符牒は「衝」。スペイン領、カナリア諸島の火山に原子核反応兵器を運び込み、山体崩壊を強制的に発生させる』
『津波による大西洋地域壊滅』
「カナリア諸島の地質情報の紙切れがあったので、より詳細、かつ科学的な分析を行った書類は焼却されたが、これだけは
残っていた。現地調査した記録であると言う風にでっち上げました」
そして、それらしく見せるために、ペルシャにて工作を行った。
「復員省が復員のため連絡、協議のために各地に人を走らせている。その中に廃滅作戦を今こそ実行しようとする
頭パーが数人紛れている。ソ連に廃滅作戦やその他情報も漏れている。
頭パーをこちらでなんとかするから米軍による処分は遠慮願いたい」
「ペルシャの特務師団は可哀想な作戦でした。そのシナリオをそれらしくするために無茶を押しつけてしまった」
だが、これでこの戦争は終わる。馬鹿げた大戦が。
イタリアから得られた地質論文なども参照したという書類をでっち上げ、憂鬱なあの世界での体験を元に
シュミレーションと称する文章を書き、何が起こるか、何が起きたかを書き記したあれはまさに黙示録の内容だった
といえるだろう。そして、それを知ったアメリカ政府および米軍高官たちが何を思ったか。それはわからない。
「ひょっとしたら、すべてが終わったと、WW2が終わった直後に我々が憑依転生(?)したのはこの継続大戦で
この国を救うためだったかもしれませんね。ひょっとしたらもっと大量の死者が、下手すれば日本本土で戦いに」
「仮にそうであって、神様か悪魔かは知らんけど、それが目的ならせめてWW2が始まる前に転生させてくれないかな
それならもっと何か手があっただろうに……」
だが、過ぎたことは仕方ない。
「……この日本は史実に比べれば国力に満ちています。かつての我々の作り上げた日本とは色々と不自由で
まだまだ問題も多すぎますが……史実に比べれば恵まれた条件がいくつかある。
……本土決戦が行われた九州や半島で被爆した少年兵たちの帰還など色々と頭が痛くなりますが……皆さん
これから大忙しになりますよ!」
その言葉とともに……
夢幻会は終わった戦争の事など忘れて、これからの話し合いに移る。
(そういえば……結局北極星も日本側が提供した特殊作戦機も何だったのだろう?)
987: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:33:18 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
―― 同年同月、フィンランドにて ――
カタイヤイネンは床下に隠した小さなスペースから1枚の羊皮紙を取り出す。
「『人類の宝』。フィンランドの『未来』」
この1枚の羊皮紙は証拠だ。自分が運んだものがなんであったかの。
ロマノフ王朝の遺産だの宝だのそう言うとたいていの人間は『黄金』を思い浮かべる。
だが、そんなモノはロマノフが抱える本当の人類の宝とは比べものにならない。
「いつの日か……きっと」
始まりは、ビサンツ帝国の皇女がロシアの帝室に嫁入りしたあの瞬間。スラブの王如きが
偉大な帝国の皇帝を名乗るようになったきっかけ。
そして、それから幾たびの年月が過ぎ去り、ロシア革命の混乱。そこからある物が運び出された。
ビサンツ帝国の皇女がロシアの大地にもたらした…………『失われた数多くの古書』。
「我がフィンランドは人類の宝を、共産主義者から、凶悪なスラブの蛮族より、守り抜いた……そんな栄光を子孫に!!」
フィンランド軍はWW2の後期より気がついた。もう無理だと。だからいくつかの機密文書を処分するのでは無く
遠くに封印することにした。そして、その際、この人類の宝ももって行くことにした。ロシア人に渡さないため。
そして、遠い未来で子孫たちにフィンランドは決して屈する事無かったのだと言う証拠として。
地図に残さぬために、適当な森の上を飛行し、わざと墜落させる。後は雪と泥が墜落させた輸送機を覆い隠す。
いつの日か、そのときに見つかるように。
……ロンドンを核攻撃出来ないか、実証実験にきていた日本軍が、その事実を隠蔽するために、そして核攻撃用に
色々と手を加えた輸送機の技術を何処にも漏らさないために、フィンランド軍に提供してくれたのはありがたかった。
「いつの日か、きっと、すべてが明らかになって、祖国フィンランドに栄光をもたらす!
私は、最後の最後に……祖国の未来を救った。そうでしょう、神よ!」
羊皮紙には聖書の一節が書かれてあった。
詩編37章6節『あなたの正しさを光のように、あなたのための裁きを、真昼の光のように輝かせてくださる。』
終わり。
989: 名無しさん :2021/12/09(木) 02:43:36 HOST:167017014222.ppp-oct.au-hikari.ne.jp
次スレ:ttps://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9191/1638984992/l50
と言うわけで、終わりです。次回は今度の土曜日辺りに公開できそうな
設定資料出して、一連のお話は終了とさせていただきます
元を正せばなろう、ハーメルンでの連載目指して作ってるのにいっこうに始まらない本作を半分供養しようと
夢幻会を突っ込んだのが本作ですが……一応
夢幻会の無いバージョンの戦後世界についてちょっとだけ
夢幻会無しバージョン
ルートX:21世紀最後の反共軍国主義、日本皇国。反共がかかわると狂犬になる
ルートY:鎖国主義貿易立国。貿易はしまくるが人の往来や世界情勢への関わりに史実以上に関与しなくなり
地域大国としての存在感さえ、極端に薄くなってしまう。
夢幻会を突っ込んだバージョン(厳密には継続大戦直前)
ルートX’:西側最大クラスの軍事大国。ただし、統帥大権は米軍の共同管理下の元にある。
ルートY’:比較的史実に近い。が、湾岸戦争などPKF参加が多く、かつ台湾や樺太を事実上領有している。
あくまでも構想です。ルートが2つに割れているのは作者も迷ってる感じだから。もう少し詳細は土曜日に
最終更新:2021年12月14日 09:15