407: 名無しさん :2022/01/21(金) 21:13:10 HOST:sp49-98-167-226.msd.spmode.ne.jp
近似世界 1904~1905年
日露戦争

1904年。
ロシア帝国の南下政策をきっかけに、日本が独立保障している朝鮮を巡って大日本帝国とロシア帝国が激突。
満州や極東ロシアを舞台にした陸戦は、ロシア側の連戦連敗。ロシア帝国海軍の旅順艦隊も早々に撃破されていた。

勿論、ロシア側が日本を侮っていた……という訳ではない。
この頃の日本といえば、スペインやポルトガル、オランダ、イギリスといったその時々の覇権国相手に既に300年間も真正面から渡り合い続け、未だに列強上位に君臨する超大国であるからだ。
故に、黄禍論こそ盛り上がれど日本人に対する蔑視等は存在しなかった。
それでもロシア帝国が日本に対して勝負を仕掛けたのは、ひとつにイギリスとのグレートゲームを通じて覇権国とも渡り合える自国の実力に自信を深めていたこと。
もうひとつはシベリア鉄道が開通して、自慢の大兵力を極東に送り込めるようになったこと。
最後に、列強の陣取りゲームと化したアフリカ分割や、すぐ隣にある筈の中華への進出に参加しないばかりか、これを黙認(もしくは西欧列強に対する譲歩)するような姿勢をとった為である。


しかし、日本が用意した戦力はロシア側の最悪の想定すらも上回っており、世界最大の陸軍国家である筈のロシア帝国軍が一方的に粉砕されることとなっていたのだ。

408: 名無しさん :2022/01/21(金) 21:15:12 HOST:sp49-98-167-226.msd.spmode.ne.jp

12月28日
現在、喜望峰を通過してインド洋に入ったロシア帝国海軍第二太平洋艦隊、通称バルチック艦隊も、日本海軍に対する勝利は考えられておらず、ただ満州の地にて数的優位を維持するロシア・清連合軍が日本陸軍を打ち破るまで日本海の兵站を掻き乱す事のみを求められていた。

そうして、はるばるマダガスカルまでやってきて友好国フランスの有するノシベ泊地に入港するまで後少し、といったバルチック艦隊だったが…

「北方に大型艦複数!!白地に赤の旗……日本海軍!!」

マダガスカル島東側の海上で日本海軍、連合艦隊の迎撃を受けることとなった。

「なんて巨艦だ……」

威風堂々といった連合艦隊を前に、バルチック艦隊司令長官ロジェストヴェンスキーは、そう呟くことしかできない。
なにせ、日本の戦艦「敷島型」は目測で全長250メートル前後……ロシアのそれと比較して倍近い大きさである。そのうえ、主砲搭も一般的な前後2基どころではなく、5基も載っている。

「総員戦闘配置!」

バルチック艦隊が、複縦陣から単縦陣に陣形を変更し始める。

「敵艦隊、回頭!」

しかし日本海軍は、綺麗な単縦陣のまま、バルチック艦隊の進路に被さるように回頭を始めた。

「こちらの頭を抑えるつもりか…?バカな、早すぎる。この距離では…慌てたか?」

彼我の距離は、当てるにはまだ遠い15000メートル。

「いや、日本海軍がそのようなミスを犯す筈がない……ということは…敵からは既に狙える距離だということか!?」

丁度単縦陣への変更が終わったバルチック艦隊に対し、進路変更が完了した日本艦隊が砲撃を開始した。



バルチック艦隊の先頭を走る旗艦「クニャージ・スヴォーロフ」に、連合艦隊第一戦隊の敷島型4隻の砲弾が降り注いだ。
その水柱は、大きく、多い。
それもその筈。
戦艦は30.5cmが4門あれば良い、というスタイルが一般的な時代に、日本は41cm連装砲を5基10門持つ前代未聞の巨大戦艦を投入してきたのだ。
根本的に、バルチック艦隊に成す術は無かった。

バルチック艦隊は反航戦でそのまま逃走しようと動いていたが、しばらくしない内に旗艦スヴォーロフが三笠の41cm砲弾に貫かれて爆沈する。
旗艦を破壊され大きく陣形が乱れたバルチック艦隊は、緩い複縦陣にバラけながらも当初の方向へ逃走しようとするものの、反航戦から後方に回り込んだ第一戦隊の集中砲火によって最後尾に居た海防戦艦ウシャコフ、セニャーヴィンが大破炎上し、後に転覆。
10ノット近く優速な日本艦隊はそのまま回り込み、逃げるバルチック艦隊に追い付き同航戦に突入。
距離10000メートルでの砲撃戦が行われた。

バルチック艦隊の擁する砲が最大でも30.5cm砲なのに対し、日本側は35.6cmや41cm砲が多数であり、まともに殴り合った時点で……勝負の行方は言うまでもないだろう。


数時間後、バルチック艦隊の船は全てが炎上し沈みかけているか、もしくは既に海中へと消えていた。
海面には、脱出したロシア水兵が多数浮かんでいる状況だった。
一方の日本艦隊といえば、まぐれ当たりの小破を除けば損害は無に等しかった。

戦闘が終わった後に隊列から離れた日本の駆逐艦は、水面に浮かぶロシア水兵を救助を始める。
この駆逐艦も、全長は同時代の他国駆逐艦の倍近い120メートルで、尚且つ12.7cm砲を連装3基6門に3連装魚雷発射管を3門装備する大型駆逐艦である。
同時代の装甲巡洋艦に匹敵する全長である為、他国からは暫く巡洋艦扱いされていた。

その様子を見ながら、連合艦隊司令長官が呟いた。
「……さて、後は遣欧艦隊の働き次第かね」

409: 名無しさん :2022/01/21(金) 21:16:08 HOST:sp49-98-167-226.msd.spmode.ne.jp
今の日本は、未開の発展途上国でも非力な小国でもない。
自らの勢力圏にちょっかいを出され喧嘩を売られた以上、ここでなあなあに手を打ってしまえばオスマンや二重帝国の如き斜陽の老帝国と見なされてしまう。
力こそ全ての帝国主義時代に、それによるリスクを許容することはできない。

ここ最近は欧州の人間も、日本が投げ与えた中国で(ある程度は)健全な商売に勤しみ、お互いの領分を守るように東洋に手を出すことは無くなっていた。
故に日本も、欧州本国やその裏庭となったアフリカ、そして南米に手を出すことは無かった。

その消極的姿勢がロシアの侮りを生んだとするならば、極東の僻地でロシア人を殲滅しただけでは終われないのである。

410: 名無しさん :2022/01/21(金) 21:19:04 HOST:sp49-98-167-226.msd.spmode.ne.jp

3ヶ月後、サンクトペテルブルク


「日本の戦艦だ!!!」

それは、唐突な出来事だった。

バルチック艦隊がインド洋で消息を絶ってからしばらく、ロシア帝国首都のサンクトペテルブルクに面するフィンランド湾は、旭日旗を掲げた艦隊で埋め尽くされた。
富士型戦艦4隻(41センチ砲連装4基8門)、扶桑型戦艦4隻(36センチ砲連装6基12門)を中核に多数の巡洋艦、駆逐艦で構成された大艦隊だ。

奇襲的な来寇のために機雷敷設艦は満足な仕事をする暇がなく、フィンランド湾は無防備な状態のまま、その艦隊を受け入れることとなった。

慌てて迎撃準備に走るのはペテルブルク前面に位置するコトリン島のクロンシュタット要塞とその周辺防衛施設だが、そこに日本海軍の奥の手が襲いかかる。
それは、40機程の複葉飛行機だった。

特務輸送艦と称して大型補給艦の中に紛れるよう連れてきた、秘密兵器である初期型の航空母艦2隻から発艦したそれらは、全機が250キロ爆弾を抱えた艦上爆撃機である。
ライト兄弟が動力飛行に成功したのが大体1年前で、その業績も知れ渡っていないこの時期は、空の敵といえばせいぜいが偵察用の気球や飛行船の時代。
その中で行われた大量の航空機を用いた爆撃は、ロシアはおろか世界にとって全く未知な攻撃であった。
対空兵器はもとより防空という概念すら無い中で、悠々と飛行する爆撃機達は露天の沿岸砲や陣地、積み上げられた弾薬等を目掛けて次々と爆弾を投下していった。
また、幾つかの機は催涙ガスを内包した弾体を投下しており、クロンシュタット要塞の機能は加速度的に失われていくこととなる。

そうして要塞の対応能力が十分失われたと判断した後、戦艦部隊による艦砲射撃が実施された。
本来、沿岸要塞砲と水上艦の撃ち合いは要塞側が圧倒的に有利と言われているが、それはあくまでも同水準の技術力を持つ相手であることが前提だ。
この場合、要塞…つまりロシア側が想定していた相手は最大でも30センチ砲の前ド級戦艦であるが、対して日本の投入した戦艦は2ランクは上の超々ド級戦艦である。(もっとも、この時期にはまだドレッドノートは登場していないが)

その上、日本海軍は邪魔されること無く、その概念も無い相手に航空偵察および観測を行うことができる。
さらに、ロシアが極東を重視した為に要塞の強化工事も手付かずで、使える重砲や駐留兵力の殆ども極東に引き抜かれて僅かに1個旅団が残るのみ。
その僅かな兵力や要塞砲も、催涙ガス弾の投下によって機能不全を起こしはじめていた。

411: 名無しさん :2022/01/21(金) 21:20:10 HOST:sp49-98-167-226.msd.spmode.ne.jp
日本の戦艦が火を吹く度に、コトリン島の大地が盛大に削られていく。
32門の41センチ砲と48門の36センチ砲が、史実硫黄島の3/4の面積しか無い島に叩き込まれているのだ。
徹甲弾も交えて行われる砲撃は、強化が不十分な要塞の外壁を貫き容易く破砕する。

湾外周部より日本艦隊に攻撃を加えようとしていた重砲も存在したものの、再度爆装した航空隊によって発見され、攻撃前に爆弾を叩き込まれて沈黙していった。

島全体が黒煙に包まれていく中、満を持して登場した輸送船が、コトリン島南部の海岸へと接近する。
その輸送船…後の世で言う揚陸艦が岸に接岸し、中から日本海軍陸戦隊の最精鋭部隊が飛びだしていく。
この部隊は、世界に先駆けて小隊単位で各種の自動式火器(史実ブローニングM1919、BAR、トンプソン相当)や重擲弾筒を装備した最先端の部隊である。
要塞内の戦闘では特に短機関銃が猛威を奮い、モシンナガンしか装備していないロシア兵をなぎ倒していった。
また、少数ではあるが戦車(ルノーFT-17相当)も持ち込んでおり、ロシア側は戦力引き抜きのせいで辛うじて戦車に対抗できそうな軽便な野砲も全て失っていた為、最早成す術は存在しなかった。


数日後、破壊され尽くした要塞跡に旭日旗が掲げられる。
同時にペテルブルグ市街では、どこからともなく日本の戦艦が次は市街地を焼け野原にする…という噂が立ち始め、各所でパニックが起きていた。

結局、ロシアはこの後要塞を奪還はおろか攻撃することも出来ずに、ペテルブルグに王手を掛ける日本海軍の威容に圧されながら講話を決意することとなる。


この戦いが欧州諸国に与えた衝撃は、極めて大きかった。
巨大戦艦や航空機などの新兵器は勿論だが、一番は、日本が欧州本国の首都を直撃する能力を持っていた点である。
日本が勢力圏に引きこもっているのは「出られない」からではなく「出ていかない」だけである。そんなメッセージを示すように行われたこの作戦は、大量の大型補給艦および輸送船を大量投入した上で、同盟国での大規模な補給に頼らず行われた。
つまり日本がその気になれば、一息で欧州に乗り込める事が明らかとなったのだ。

そうして欧州諸国は日本への畏れを新たにし、その研究に力を注いだ。
その中で注目された航空機や戦車、戦略的な上陸作戦、空爆による要塞攻略などの新概念は各国で盛んに研究され、その成果は後の第一次世界大戦で花開くこととなる。

412: 名無しさん :2022/01/21(金) 21:22:12 HOST:sp49-98-167-226.msd.spmode.ne.jp
以上です、ありがとうございました。

せっかくの大陸日本なので逆バルチックしたいなぁ…と思って…。ペテルブルグ市民を観客に島一つボコボコにしてみました。

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最終更新:2022年02月08日 13:15