354 :ひゅうが:2012/02/13(月) 01:05:07
――宇宙暦789年6月25日 自由惑星同盟首都 ハイネセン 統合作戦本部
「話というのは何だね?ヤン・ウェンリー中佐。」
統合作戦本部長スコフィールド元帥をはじめとする面々は少し不機嫌な表情でヤン・ウェンリーら宇宙艦隊司令部から来た面々を出迎えた。
彼らを不機嫌にさせているのは、宇宙艦隊司令部以外にも外務委員長ヨブ・トリューニヒトら文官畑の連中も一緒についてきているということだった。
無知な文官が軍事作戦に口を出すというのは愉快な結果はもたらさない。
いくら若手の注目株であるヤン中佐や宇宙艦隊の連中がいるとはいっても愉快な気分にはなれない。
「いや、このヤン中佐は戦史を専門にしていてな。」
宇宙艦隊司令長官は言い訳するように言った。
「そこで、外交的表現と武力行使について一定の基準があるということを記録から解きほぐしてくれたのだ。今回はそれについて報告の必要があると思ってね。軍令部門にもぜひとも知っておいてほしいと思ったのだ。」
なるほど。とスコフィールドは若干態度を軟化させた。
実質的な外交交渉が行えてはいなかった従来の帝国との戦争とは違い、日本帝国やその周辺国家は曲がりなりにも国交を樹立した相手だ。
こちらから攻めるのは無謀だが、向こうがこちらに攻めてきた場合の対処計画は立案中だが、それにいくつか情報を提供しようということらしい。
「了解したよ。で、どんなものなのだ?」
「はい。」
ヤン中佐が立ち上がった。
「閣下は『遺憾の意』という言葉を最近聞いたことがありませんか?」
「うん。エア回廊会戦に対して日本政府が発した談話にあったな。
やけに堅苦しい言葉なので首を傾げたが。」
そう、そこです。とヤンは言った。
「気になりましたので調べてみました。すると、その言葉が別の意味を持っていた時代を発見したのです。ああ、君、スライドの1番を。」
会議室のスクリーンに映し出されたのは、オックスフォード英語辞典1990年版の一節だった。
「ご覧ください。『極めて遺憾』――大日本帝国が核攻撃をも前提とした武力行使を行う際に示す態度表明。」
「核攻撃――だと!?」
「はい。」
ヤンはスクリーンのそばに控えている士官に合図を送る。
今度は映像が流れ始めた。
カラーではあるが、そのごく初期の映像らしく色ははっきりしていない。
だが映し出されたのはくりくりとした目をした東洋系の人物の姿だった。
355 :ひゅうが:2012/02/13(月) 01:05:39
現役の軍人であることを示す白い海軍軍服を着た男性は、厳しい顔でマイクに向かって日本語で演説を話しはじめた。
すぐに字幕が出る。
『
アメリカ風邪は人類全てにとって脅威である。しかし、メキシコはその封じ込めに協力しないどころかその包囲網を破り自国本位の行動を取って人類全てを危機に晒そうとしている。我々は何度も彼らに自重を求めたが、彼らはその行動を改めようとしない。ここに至り帝国政府は『極めて遺憾』であるが、我が国と人類文明を守るためにメキシコに対して宣戦を布告する』
「ご覧の映像は、第2次世界大戦末期のいわゆる『メキシコ継続戦争』において時の大日本帝国首相 嶋田繁太郎大将が行った宣戦布告の演説です。そしてその直後の西暦1943年5月3日、北米大陸中部 メキシコ合衆国ババ・カリフォルニア州都メヒカリ上空において、人類史上初の原子爆弾が炸裂します。」
「・・・。」
演説の映像の後は、あまりにも有名な映像が連続して映し出される。
カリフォルニア共和国において行われていた映画撮影に移りこむ白い閃光、そしてきのこ雲。
続いて投下された超重爆撃機「フガク」の機上から撮影された映像がそれに続く。
「以後、日本帝国は『まことに遺憾』『甚だ遺憾』『極めて遺憾と言わざるを得ない』といったバリエーションをもってあの13日戦争から地球統合政府により宇宙へ追いやられるまでその意思を表明し続けました。
公式には西暦2600年代に地球統合政府軍の自国領侵犯に対し『甚だ遺憾』が発動されたのをその最後にしています。」
「つまり・・・あの時日本大使館が発した『遺憾の意』は――」
「そう。彼らも覚悟を決めようとしていたのかもしれないな。」
トリューニヒトが言った。
「議長が仰っていたが、謝罪に行ったときに日本大使は『襲撃を警戒し武器を持って立てこもっていた』と。
あの来襲がわが軍の来襲の事前攻撃かもしれないという疑いを捨てきれなかったのだろうな。――我々は、危ういところで全面戦争の危機を回避した、といえるのだろう。」
実際はそれほど大げさなものではない。
しかし、この時の同盟首脳陣は同じ悪夢を思い浮かべていたのだ。
「閣下。戦史から分析した『遺憾の意』の分類の資料をお渡ししておきます。」
「あ。ああ・・・ご苦労だった。ヤン中佐。」
統合作戦本部長は思った。
やはり、こいつは使える。と。
ヤンは知らないうちにまたしても仕事を押し付けられるフラグを立てていたのだった。
最終更新:2012年02月15日 19:40