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日本大陸×ワールドウィッチーズ
第2話 翳る平穏 

1937年7月 大日本帝国 静岡県焼津市 大日本帝国空軍静浜高等航空魔導学校

高度3000メートルの空には雲ひとつなく、太陽はギラギラと輝き、その日差しを遠慮なく地上にばら撒くことで、日本独特の夏の季節が訪れたと言うことをこれでもかと主張している。

そんな空を、緑色の迷彩服を着た一人の女性と白衣と緋袴を身に纏う少女達が、まるで飛行機の様にV字型の編隊を組み、脚にこそゴツい機械の様なものを身に着けているがそれ以外は生身で飛んでいた。

一見すると何処かの神社の巫女かコスプレ少女に見える彼女たちだが、そのどちらでもない。

彼女たちは航空魔導兵、通称ウィングウィッチ。
魔法力と言う人類を脅かす脅威(ネウロイ)に対抗できる力を持ち、人類が対ネウロイ用兵器として開発したウィッチ達を空へと羽ばたかせる現代の魔法の箒、戦闘脚(ストライカーユニット)を身に纏い
、有事の際には日本と言う国家とその国民を守護する事を使命とするれっきとした軍人であった。


静浜高等航空魔導学校。今まで多くの航空ウィッチ達を鍛え上げてきたこの学校は、現在も多くの航空ウィッチ候補生達が空を飛ぶことを目指して勉学と訓練に励んでいた。

「いいなぁ」

昼休み中の教室から訓練の為に空を飛んでいくウィッチ達(センパイタチ)を見上げながら、航空魔導兵候補生として今年の春に静浜航空魔導兵学校に入学した新入生である穴拭智子はそう呟いてしまう。

航空魔導兵は極めて危険度が高い兵種である。
各種術式や自身の使い魔の補助があるとは言え、ストライカーユニット以外は全身がむき出しの状態でレシプロ機と対して変わらない速度、高度で飛行するのだ。少しの間違いや間違った判断でも命取りになりうるのは想像に難くないだろう。
それ故に航空魔導兵が飛行する場合は例え訓練生であろうとも、飛行中に不安感を抱きやすい訓練生であればこそ高度な魔導学や航空力学などの知識と判断力、そして度胸が求められる。

幾ら適正があると言っても、入学者の大半が義務教育を終了したばかりの少女達にそれを求めるのは不可能に近いだろう。何の知識も経験もなく、いきなりストライカーユニットで空を飛べる様な人間がいたらそれは天才を超えた化け物だ。

故に、まずは座学と地上訓練で基礎を固め、しっかりとした下地を作ってから飛行訓練を開始すると言う学校側の教育方針は、理屈では正しいのだろう。

自分でもそれはわかってはいる。
それでも、どこまでも広がる大空と、そんな大空を飛ぶ航空ウィッチ達に憧れて空軍航空魔導学校に入学した智子は来年度まで座学と地上での訓練が主なカリキュラムを占め、実際の飛行訓練が行われるのは2号生に進学した後と言う現状に愚痴の1つも言いたい気分であった。

「何へばってんのよ」

同じ訓練小隊に所属する学友であり、成績を競うライバルの一人でもある篠原裕美が自動販売機で買ってきたのだろう紙パック式のリンゴジュースを飲みながら前の席に座る。

「へばっているんじゃないわよ。満腹感とエアコンの聞いた快適な環境からくる眠気に苛まれながら、
後半年以上も飛べない上に先輩たちの飛んでいる姿を見せつけられる事を嘆いているの」

「一般的にはそう言う状態もへばっているって言うの。そんなんで休み明けの授業は大丈夫なの?」

裕美は飲み終わった紙パックを後ろに放り投げる。
紙パックは、本来ならゴミ箱に入らない弾道を描いて空中を飛ぶが、裕美が投げたのとほぼ同時に一人の学生の使い魔がゴミ箱を倒した事で吸い込まれるようにゴミ箱に入っていった。
相変わらずとんでもない空間把握能力と予測能力である。

「今の曲芸で眠気は飛んだから大丈夫。それにしても、相変わらず凄い未来予測能力ね。それが固有魔法じゃないって言うんだから驚きだわ」

「そんなに驚くこと?智子だって似たようなことできるんだし、もう少し周りを気にするようにすればできると思うけど」

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絶対無理である。視界の届く範囲ならまだしも、彼女のように微かな音を頼りに全方位に意識を向けるなんて真似なんてできるはずがない。

「全方位に意識を向ける事を少しとは言わないの」

そんな風にやいのやいのと言い合っていると、先程とは別の先輩たちが滑走路に進んでいく姿が再び目に映る。
自然と視線が裕美から窓を隔てた外に移っており、気がついたら先輩たちが離陸していく姿を見ていた。

嗚呼、本当に羨ましい。



1937年7月 扶桑皇国・オラーシャ帝国国境 
扶桑皇国陸軍飛行第64戦隊飛行第1中隊第3小隊 レッドイーグル

扶桑皇国、戦国時代に日本列島を統一した豊臣秀吉を祖とする豊臣家当主を代々事実上の国家元首とする東アジアで最初に近代化に成功した立憲君主制国家であり、数少ない白人以外の人種による先進国だ。

豊かな鉱物資源と化石資源に恵まれ、歴代の国民たちが作物の品種改良や開墾を進めていったことで開拓された広大な農地も有する広大な国土と19世紀後半以降の積極的な近代化政策の実施と産業投資により発展した大きな工業力、さらに1億近い人口を有しており、それらに裏打ちされた経済力と強大な陸軍から東アジアはもちろん国際的にも発言権を保持する大国でもある。

もっとも、国境を接する大日本帝国、中華帝国、オラーシャ帝国と言った大国の本土とその勢力圏に完全に包囲されているなど立地条件は恵まれているとは言い難く、領土拡張を阻まれているオラーシャ帝国や満州を奪われた領土と考えている中華帝国では彼らの事を忌々しく思う人間も多いが・・・。

そんな彼らも否定できない事がある。それは第一次ネウロイ大戦時に扶桑皇国軍の将兵やウィッチ達が見せた精強さだ。

一度命令が下れば撤回されない限り最後の一兵まで戦い抜き、時には刀一本でネウロイと対峙したその姿は嘗て日本にて詠われ、時代ととものその姿を消したサムライそのものであり、第一次ネウロイ大戦集結から20年がたった現在でも扶桑皇国の将兵やウィッチ達は精鋭の代名詞であり続けていた。

とは言っても、大戦集結からはや20年。すでに大戦を経験したウィッチ達はあがりを迎えて久しく、現在の扶桑皇国航空ウィッチは人々を守るためではなく、空への憧れから飛んでいる者も多い。
現在、扶桑皇国陸軍飛行第64戦隊飛行第1中隊第3小隊を率いてオラーシャ・扶桑国境地帯を飛行している若松雪美少尉もその一人である。

雪美と彼女の部下たちは、少し前に既存の九五式戦闘脚の後継機として配備された新型ストライカーユニットである36式戦闘脚の慣熟訓練も兼ねて、口さがないものからは遊覧飛行と呼ばれている哨戒飛行を行っていた。

「レッドイーグル3よりバイカルコントロール。チェックポイント2を通過。周辺空域ならび地上に異常無し」

雪美はインカムに向かい話す。その言葉は電波を通して、数百キロ離れているバイカル航空基地にまで時間をかけずに届けられた。

『バイカルコントロール了解。こちらも特に変わった事はありません。事前計画通りの航路で戻って来てください』

耳につけている魔導インカムから、バイカル空軍基地のオペレーターの一人であろう透き通った女性の声が届く。

「レッドイーグル3了解。」

そう言い終わるとバイカル空軍基地との無線が切れた。しかし、すぐにインカムから先程の女性とは別の少女の声が届いてくる。

『タイチョー、さっきまでの話の続きなんだけど。第64戦隊の全隊がバイカル基地に集結するってマジなんですか?』

基地からの通信と変わってインカムから届いたのは自身のウイングマンであるレッドイーグル10のものである。

内容は36式戦闘脚の配備と前後して基地内で流れている彼女らが属する第64戦隊所属の第2・第3中隊がバイカル航空基地に移動してくるという噂の事であった。
基本的に扶桑皇国のウィッチ部隊はローテーション形式を採用しており、3個ウィッチ中隊からなる戦隊の中で実際に作戦行動に従事するのは1個中隊のみであり、残りの2個中隊は後方で休養と訓練に当てると言う運用を取っている。

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それが、一気に全戦力が前線基地たるバイカル航空基地に配備されるというのだ。急ピッチで行われるストライカーユニットの更新と合わせて、多くの人間にきな臭い空気を感じさせるには十分であった。

「ああ、その話か。...帰ったら発表されるだろうから言ってもいいか。事実だそうだ。
どうもウラル方面の極東国際ネウロイ監視航空団の連中が異変を確認したらしくてな。欧州でのネウロイの活発化もあるし、事態を重く見たお偉方が全軍の全ウィッチ部隊の動員を決定したらしい」

『マジですか!? と言う事は私達の基地での任期も...』

「当然延長だぞ♡」

『せっかくの長期休暇をこんな田舎で過ごさなきゃならないなんて嫌だァァァ』

『安心しなさい。動員がかかった以上、長期休暇そのものがなくなってるわ』

『そっちの方が嫌だァァァ』

インカムから流れる漫才を聞いていると、それとは別の声が耳に届く。

『...隊長、幾ら欧州でネウロイが活発化しているからって上層部の反応はいささか過剰では?』

確かにそうだ。幾ら欧州でネウロイが活発化しているとは言っても、極東国際ネウロイ監視航空団が実際にネウロイを確認したわけではない。
それなのに西部方面軍を飛び越えて扶桑皇国軍に所属する全現役ウィッチ部隊の動員開始は、いささか早計に感じられた。

こう言った、普通に考えたら道理に合わない行動が軍でまかり通る場合、その裏に高度に政治的判断と言うものが絡んでいる場合が多い。
そして、大抵の場合、そういった判断が絡んだ案件は現場に苦労か困難のどちらか、または両方しか齎さない事を雪美は体験談から理解していた。

「...おおかた、海を挟んだ反対側に住む同胞たちに泣きつかれでもしたんじゃないかな。怖くて寝れないから助けてくださいって」

『隊長、面白い冗談が言えないのに無理しなくてもいいんですよ』

何処か呆れたような声に、うるさいと返す。
相変わらずレッドイーグル10とレッドイーグル11の漫才は続いており、夏のシベリアの空には楽しげな声が響いていた。

その後もトラブルや異常な事は何もおきず、雑談をしながらの遊覧飛行は続き、予定通りの時間に予定通りの航路で扶桑・オラーシャ国境防空の要であるバイカル航空基地に帰還する。


第64戦隊の他の中隊が移動してくる事が知らされた翌日には、陸軍飛行第64戦隊第2中隊と第3中隊と戦隊司令が空からバイカル基地に到着。
これにより36名の航空ウィッチがこの基地に集結することになり、それに合わせるかのように基地の防空能力の向上の為として鉄道を通して送り込まれた高射砲や対空機関砲から、予備兵器としてそれまで基地の倉庫に押し込まれていた対空機関砲などが次々と展開され、ものものしい空気がバイカル航空基地に漂い始めていた。

「昨日も平穏、今日も平穏。念願の新型機も回ってきたし、後はこのまま私があがりを迎えるまで遊覧飛行をする日々が続いてくれたら万々歳だな」

「確かに、平和な空を飛ぶこと以上に楽しい事なんて存在しないですしね」

「死ぬリスクも最小限でこうやって遊んで給料もらえるのも平和だからこそだしね~」

「アンタたち、それ中隊長の前で言わないでちょうだいね。あの鬼が聞いてたら説教間違いない内容だし。隊長も時と場所を考えてください」

「流石に言うタイミングは弁えているよ。幸い、今は中隊長は部屋で書類と格闘中だ。」

雪美は暇な休憩時間(アラート待機とも言う)を潰す為に、自身の指揮する小隊を構成する部下であるウィッチ達と雑談を交えながらトランプに耽っていた。

「そう言えば、新しく回ってきた新型機は長島製のキ43じゃなくて日本製の36式でしたよね。確か、あれって上が購入を渋った上に日本が中華帝国に優先的に供給していて数が少ないって聞いてましたけど、良く戦隊分とその整備部品が手に入りましたね」

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「ん~、どうも司令がどっかの後方部隊から奪って来たらしいよ。おかげで戦隊司令部には苦情と恨み言の電話とFAXがダース単位で来たとか何とか」

雪美は部下の手札からカードを取りながら、何でもないかのようにサラッと自分が所属する部隊の闇をさらけ出した。

「どおりでこんな最前線に36式が来くるわけですね」

「またやったんですか。前回も似たような事やって大目玉くらったのに」

「流石は親父だ。私達にできないことでも平然とやってのける。そこにシビれる憧れる~」

しかし、よくある事なのだろう。それを聞かされたウィッチ達はまたかと言った雰囲気で適当に流してしまった。

軍務中でありながらもどこか緩やかに時間は流れていく。
少なくとも、この場にいた大半の人間はどこか緊張が高まりつつある空気の中でも平和な日常を謳歌し、それが続くと信じていた。
平和の終焉がすぐそこまで近づいている事など、神ならざる彼ら彼女らは知る由もないのだから。

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以上になります。
wikiへの転載はOKです

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最終更新:2022年02月28日 11:42