97: 弥次郎 :2022/03/23(水) 18:09:14 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「宇宙の揺り籠」
- P.D.世界 地球 アーブラウ領 エドモントン 仮設陸港 エウクレイデス艦内会議室
「補填……とは聞いていたがの」
アーブラウの代表に返り咲いた蒔苗とその派閥の議員たちは、モニターに映る巨大なそれに目を白黒させるしかない。
それもそうだ。星の海を、宇宙を背景に浮かぶそれは、どう考えても普通のモノではない。
紹介する側のクーデリア、そしてローはそれに対して苦笑するしかなかった。
「ルナツー。ああ、これは建造の際につけた仮称ですのでお好きに名前を付けていただければと思います。
地球連合と火星連合からの補填分の一部……アーブラウの宇宙要塞です」
諸元はすぐさま手元のタブレットへと送信されていく。
ざっと見るだけでも、素人目にさえもそれがどれだけの金と時間をかけて用意されるものなのか、よくわかるものだった。
確かに補填は物納ありと申し合わせてあったが、いきなりこんなものを押し付けてどうしようというのか?
その疑問に答えたのは、ローだった。
「通商路の防衛をギャラルホルンがやらなくなったことの弊害です。
火星と地球とを結ぶルートの安全確保は、自ら行わねばならなくなったのです」
「……宇宙海賊か」
「加えて、他の経済圏の尖兵も、です」
クーデリアはそこに付け足す。
だが、それは衝撃の言葉だった。だからこそ、アーブラウ側の一人が言い放った。
「馬鹿な、そんなことをすればギャラルホルンが…」
「ギャラルホルンはすでにない、と申し上げました」
思わず出た言葉だったのだろう。若干の怒りさえ籠ったその声は、しかし、クーデリアの冷静すぎる声に止められてしまう。
言葉を発したクーデリアは、そしてローは、至極冷静で真面目だった。
「そのギャラルホルンはすでに解体され、その任を解かれているのです。
結果として、自衛を行う必要があるのです。降りかかってくる暴力を、暴力を以て打ち払うことが」
「すでにギャラルホルンとしての組織は解体されました。
しかし、その兵力や組織として動く能力自体は健在です。ついでに言えば、それに指示を出す人間さえもいる。
それこそ、地球連合や火星連合から得る利益をかっさらいたいと思う勢力がいるではありませんか」
「他の経済圏が、ギャラルホルンの残党を吸収し、差し向けてくるということか」
蒔苗の言葉に、ローは頷いていた。
彼の操作で、配られていたタブレットに地球や月などを含めた巨大な地図が表示され、色分けがなされる。
「これが現状の勢力図です。各所への偵察、情報収集、電子的侵入などなど少し危ない橋もわたりましたが、おおむねこのようになっております」
「月が……アフリカンユニオンに?」
「他のコロニーなどもか…!」
その地図の情勢は、決してアーブラウに優位とは言えない。
月面はほぼほぼアフリカンユニオンの色に染まっている。
低軌道上のグラズヘイムはSAUの色にすべて染まっているのが明白。
かろうじて火星との間の通商路となり得る正規ルートは何色にも染まっていないが、その直近の色はまだら模様。
つまりどの勢力の勢力圏となってもおかしくないという表示が出て切るのである。
火星連合の領域となる火星やその周辺、そしてその影響下にある航路こそ安定しているが、それ以外はまるでバラバラだ。
更にほぼすべてエリアに宇宙海賊や武力集団を示す斑模様が入っているのが特徴だ。例外的なのは火星周辺のみ。
「つまり、これだけの敵が存在するわけじゃな?」
「そうなります。もちろん、輸送艦隊に護衛をつけることは必要でしょう。
海賊という体裁でかつてのギャラルホルンの戦力が牙をむくとなれば、正規航路さえも安全とは言えなくなります。
安全を確保するためには護衛戦力が必須となりますが、その戦力を動員するコストは当然発生します。つまり……」
「交易による利益が消えていく……それどころか、そっくり他の経済圏に持っていかれる?」
「……やるはずが……いや、だが……」
「これまで平和を享受していたので、イメージしにくいかと思われますが、安全や平和というのは金とモノを必要とするのですよ」
98: 弥次郎 :2022/03/23(水) 18:10:09 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
クーデリアの言葉には真実味がこもっていた。
何しろ、今回地球に来るだけでも相当な費用が地球連合から請求される立場にあるからだ。
当初はCGS、ついでセントエルモス、最終的には地球連合監察軍までも動員することになったのだから、アーブラウがかわいいレベルだ。
それの後払いや分割払いなどが破格で認められているのも、偏にクーデリア個人への信頼というものだから、なおのこと苦労しているというべきか。
「そのため、火星との間の航路を独自に護衛し、エスコートする戦力が必要となります。
そしてその戦力が駐留し、即応展開が可能な宇宙拠点も当然のように」
「それで、このルナツーというわけじゃな?ここにアーブラウが自らの軍を組織し、配置し、仕事をさせろと」
「お察しの通りです。我々火星連合が火星連合軍を編成したように、アーブラウも独自に軍事組織を作ってもらう必要があるのです」
そのための道具を提供して補填とする。なるほど、工業力や生産能力などでとびぬけている地球連合らしいやり方だ。
「そして、その戦力を生み出し、文民の統制の元に置き、ギャラルホルンのごとく暴走しないように監視をし、運用する。
ギャラルホルンという調停者や暴力を担う勢力が消滅した以上、自らを守るためには自ら動いていただかなくてはなりません」
「バーンスタイン代表、これがあなたの言っていた『その先』、ということですか……?」
一人が、やや怯えた口調で問いかける。
その随行員を見ると、クーデリアはかつての自分の姿を幻視した。まだ何も知らず、無知で無力でいられたころの自分を。
だから、思わず笑ってしまった。面白すぎて、腹を抱えてしまいそうになった。
でもそれは失礼にあたる。だって、自分と同じ境遇にたどり着けた人を笑うなど、非礼なんてものじゃない。
だから、笑って言ってやった。
「ええ。国家を運営し、人々を養い、外の勢力と折衝し、時に暴力を以て争う。
これまでギャラルホルンに投げ出していたものを自ら担い、自らを守るために戦う。
ようやく、スタートラインですね」
笑いかけられた先、その随行員は顔を真っ青、否、土気色にしていく。
彼も理解できてしまったのだろう。これまでの失態を理由にギャラルホルンを解体したことが、そっくり自分たちに跳ね返ってきた、ということを。
いかに自分たちが無意識に依存して平和というものを享受して、何の苦労もしないままに過ごしていたのかを、真の意味で解ってしまった。
ともあれ、とクーデリアはアーブラウの人員全てに、重く言い渡す。
「責任を負ってください。あなた方自身のためにも」
斯くして、アーブラウは今後の宇宙活動における拠点たる宇宙要塞として仮称「ルナツー」を受領。
陸海空軍と合わせ、自らの宇宙での営利を守るためにも宇宙軍の創設を始めることとなった。
それは、置いていた武力というものを再び手に取るということであり、同時にリスクも背負うということ。
新しい時代に向けた一歩を、踏み出すこととなったのだ。
99: 弥次郎 :2022/03/23(水) 18:10:47 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
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充電期間を置くと言ったな、あれは嘘だ(大佐並感
最終更新:2024年03月05日 21:26