459: 弥次郎 :2022/03/27(日) 13:42:10 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
憂鬱SRW GATE 自衛隊(ry編SS「英雄の定義」
- 特地 アルヌス 地球連合拠点 ケア施設 展望フロア
特地に夜が訪れようとしていた。
地球型惑星と推測されるこの特地もまた、一人称視点では太陽が西の大地へと沈んでいこうとしているのが見える。
それは、例え空前絶後の規模と破壊をまき散らした大戦争が、その日のうちに完結したとしても、何ら変わるところはなかった。
そう、大戦争。それも、文字通りの意味で大地を砕き、空を焦がすような、そんなお伽噺のような大戦争。
ヴォルクルスという陣地を超えた巨大な怪物---正確には邪神---とその数百万にも及ぼうかという眷属の群れとの決戦だったのだ。
それは、平成世界には混乱などを招く恐れがあるため情報の公開をある程度で留め、万が一突破された時を備え戒厳令など発するだけで始まり、終わりを迎えた。
「終わったんだよな、戦争が……」
それ故に現実感がすごく薄いのが、伊丹の正直な感想だ。
戦闘が集結し、輸送機で拠点まで戻り、戦闘後のケアを受けている間に一日が終ろうとしているときでさえ、その感覚は抜けない。
まさしく一瞬で終わってしまったような錯覚さえしている。そしてそれが、まるで遠い日の記憶であるかのようにも。
実際のところ、伊丹の感覚は正しい。アフターコンバットケアによる、戦争による興奮状態の抑制を行ったことによるものだ。
ヴォルクルスとの戦闘への参加による緊張・興奮・高揚・生存本能の刺激などは、それまでの訓練などの比ではない。
当然、それだけの状態に一度陥った体は生半可なことで元の平常な状態には戻らない。
脳内麻薬の分泌によるコンバットハイの快楽と悦楽。死線を抜けることによる心理的負担。これでもかと負荷がかかる。
下手に放置すれば、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やシェルショックなどにまで発展するものだ。
だから、その影響を断ち切るケアが行われた。
体を休め、脳の活動を穏やかなものとしていき、薬物の投与や光や音などの五感に訴える刺激により、闘争本能を和らげていくのだ。
肉体面での負傷や疲労を抜くこと以上に、これは非常に重要な案件でもあったのだ。
何しろ、少なくはない犠牲者が出ているわけであるし、それに伴うショックなども多いのだ。
「……何か飲もうか」
今は一人だ。
正確には、この展望デッキには幾人かの自衛隊や米軍、あるいは地球連合軍の雇用した傭兵たちもいるが、そこからは一定の距離がある。
なんとなく第三偵察隊の面々と顔を合わせにくかったので、メンタルケアのコメディカルスタッフの勧めもあってこのフロアに来ていた。
ケア施設の中でも高い階層にあり、眺めも良いここには、ゆったりと座れる椅子やドリンクサーバーなどが用意されている。
それだけではない、空調・電灯の配置や加減、あるいは心地の良い音楽も流されているという、まさしく安らぎの場だった。
戦闘を仕事としている軍隊には似つかわしくはない、とんでもなく平穏な世界だ。
先進的な未来の軍隊は、そういうケアも力をすごく力を入れている。それが窺える。そんなことを想いながらもドリンクサーバーで飲み物を手にする。
「ふぅ……」
伊丹が飲んだのは緑茶だ。軍隊やお役所にありがちな、安くて官給品然としたお堅いものではない、非常に味の良いもの。
思わず、ほっと息が漏れ、力が一段抜けるのを感じた。非現実感は遠くに感じ、戦闘時のひりついた感覚も今は小さい。
今、こうして確かに生きている。それを強く感じていた。
どこかぼんやりとした感覚のまま、伊丹はそのまま一人掛けのソファへとゆったりと身を沈める。
窓の外へ向けて配置されているそれは、優しく伊丹の体を受け止め、安らぎにいざなう。
「やあ、伊丹陸尉」
「ふぇ…?」
その声は、よく聞いていた。具体的には訓練の時、そして「お茶会」の時。
急に意識が覚醒した伊丹はその声の方向へ、左へと顔を向けた。
そこには、リンクスの虎鶫がにこやかに笑いながら、同じようにソファへと腰かけていた。
「と、虎t……!」
「ああ、いいよそのままで。敬語も抜きで」
460: 弥次郎 :2022/03/27(日) 13:42:57 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
反射で立ち上がって敬礼しそうになるのを、虎鶫は手で制する。
だが、伊丹としてはびっくりしたどころではない。まさかこんな場所で連合の高位戦力にして自分たちの教官に鉢合わせするとは。
そして、伊丹の方が若干慌てたりなんだりしたのちに、二人は結局並んでソファに落ち着いたのだった。
「心臓に悪いですよ、虎鶫さん…」
「仕事上、かくれんぼが得意でね」
あとはクライミングとかもな、と虎鶫は言う。
「かくれんぼ……」
確かに、声をかけられるまで気が付けなかったのは確かだ。
リラックスしていて、メンタルケアなどを受けて脱力している状態だったとはいえ、存在感のあるこの人が隣にいることをまるで分らなかったのだから。
「かくれんぼとクライミングって……やっぱり狙撃兵だからですか?」
「そう。如何に痕跡や気配を隠して動いて、上ったり下りたりをして、そして標的をしとめる。
そして速やかに逃げ出す、足跡なども残さないようにして」
「映画のスナイパーみたいですね、まるで」
「傭兵になる前には、国軍のその手の部隊にいてね……レンジャー勲章持ちや特技技能持ちを集めた、ちょっとした精鋭部隊に」
「はぇ……」
虎鶫が言う内容は、ぼかしてはいるが事実だ。
レンジャーをとるような兵士に、さらに複数の専門分野を持たせたハイブリット兵士。
電子戦・諜報戦・暗殺・破壊工作・ゲリラ戦・敵地での扇動工作などなど、あらゆる分野に適応した、非正規作戦さえも考慮した部隊。
史実を除けば、2度もそれらを経験した虎鶫のそのスキルは、すでにかなりの高ランクに該当する。
元より、2週目の時点で経験と知識と訓練の果てにBFFの本社に潜入して帰還するというのをやってのけた男だ、並の実力ではない。
そんなことより、と過去を刹那に振り返った虎鶫は伊丹に問いかける。
「ケアを受けてどうだった?」
「そう…ですね。不思議と落ち着いているというか、とてもリラックスできています。
ちょっと現実離れしているような、そんな気もしますけど」
「そういうものだ。ともすれば陶酔とも取れる感覚になってしまう……」
心理的な不安や負担を和らげるということは、必要な緊張や気概などを弱めてしまうことでもある。
無論、それらが行き過ぎないように注意は払われているとはいえ、この手のケアになれていない自衛隊や米軍の兵士たちは戦闘後とは思えない状態だろう。
「けど……」
「けど?」
伊丹は、それでもなお思うところがある。
「特地は…帝国は荒れましたね」
「……うむ」
その言葉に嘘はない。ヴォルクルスの進撃、帝都の破壊、決戦に備えた漸減作戦、そして決戦。
それらの中で、特地、ファルマート大陸は大きく荒れた。ヴォルクルスの活動のせいでもあり、それに対処する人類のせいでもある。
「必要な犠牲(コラテラル・ダメージ)と片付けてしまうのは、正直なところ簡単な話だ。
あれだけの脅威を、何ら害なく、簡単に倒せるなんて言うのは所詮はお伽噺の中の話にすぎない」
幾多の戦場を、それこそ2週目も含めて潜り抜けているからこそ、虎鶫の言葉には重みがあった。
どうやっても勝利したところで被害は出る。勝利するために被害が出るのだ。
有史以来、人間の戦争に投じる技術が進歩するに従い、それは否応なく拡大し続けてきた。
そして、この特地において、それは当然のように発生した。未来の戦力が、邪神と真っ向からぶつかり合い撃破した。
その被害は、尋常ではなくこのファルマート大陸を犯したのだ。物理的にも、霊的にも。
「国土防衛を主眼とする自衛隊からすれば、イメージしにくい……したくないことかもしれないけれど」
元々自衛官であった過去を持つ虎鶫の言葉は、まさに伊丹の胸中を射抜いていた。
自分とて同じような境遇にいたのだから、伊丹の心理を読み解くのは何ら不可能なことではなかったのだ。
「しかし、放置するとそれ以上の被害が出た。ファルマート大陸は人が住めなくなり、そちらの日本か、C.E.の日本…大洋連合が大打撃を受けていた。
それから比較すれば、まだ小さい被害で済んでいる。帝都は別にして、殆ど人口0の地域で戦うことができたのは非常にラッキーだった」
461: 弥次郎 :2022/03/27(日) 13:43:34 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
それは事実だった。高威力の火器を遠慮なく使うには市街地などがあるとその後の復興などが面倒だ。
単純に荒れて生活が崩壊するだけでなく、不発弾やら化学物質による汚染やら、対処する事案が増える。
その点でいうならば、広い無人の土地で多くの戦闘を行うことができたというのは非常に幸運だったのだ。
「そう、なのはわかりますけど……」
「だが、そううまいことが行くわけじゃない」
伊丹の言葉を、虎鶫は遮る。
「現実は不条理だ。そんな願いをお構いなしに戦闘が起きる。戦争も、侵略も、そこで発生してしまう」
「……はい」
「結局のところ、軍隊に限った話ではないが、この手の仕事は基本的に対処療法にすぎない。
未然に防ぐことができればベスト。だが、全てを防げるはずがない。
被害を0にすることが目的という意味では、戦いになった時点ですでに負けている」
だから問題なのは、と手にしたカップの中身を一気に飲み干し、虎鶫は断言した。
「人としてできることをやり切ることだ。
我々はお伽噺の英雄でもなければ、全知全能の神でも何でもない、単なる人の集まりだ。
負けになったところから、果たしてどこまで巻き返して、どこまで拾えるか」
「負けになったところから、ですか……」
「そう。戦争や軍事は使わなくて済むならそれが一番だ。理想だ。
だが、結局は理想にすぎない。理想だけでなく、現実の不条理に抗う力が必要だ。
そんなに都合よく解決できる存在なんてのはあり得ないんだ」
「虎鶫さんのような英雄みたいな人でも、ですか?」
その言葉に、虎鶫は苦笑する。
「これは個人の意見ではあるけれども……英雄や英傑というのは所詮は大衆の求める偶像(イデア)にすぎない。
空虚な、実像のない、仮初の、集団の見る幻覚だ。万能で全能で無謬で無欠な存在はない。
たとえ英雄と呼ばれるような存在がいても、結果として英雄視されるだけで、英雄になるために動く奴に英雄なぞなれるわけがない」
「……そう、ですね」
伊丹も、帝国との接触の最初において活躍し、英雄などと呼ばれていた。
未知の集団に立ち向かい、人々を守り、炎龍とぶつかり、そして挙句にヴォルクルスと戦った。
その行動は確かにやると思えばだれでもできる。けれど、決定的に違うところがあった。
「身の丈を超えた困難を前に、恐怖を乗り越えて立ち向かった時点でそれで十分英雄だ。
キラキラした、そんな美しい美麗なものじゃない。もっと泥臭くて、汚くて、浅ましくて、それでいて人間らしい。それが英雄だ」
そういえば、と伊丹は「お茶会」のことを思い出す。
自分のことをリンクスやレイヴン達は「英雄」と呼んでいた。
自分等よりも人型機動兵器の扱いに長け、圧倒的な経験を持つ人々から称賛され、そのように呼ばれていた。
なるほど、今言われたことを踏まえれば、納得がいく。
誰かが勝手に求めた偶像ではなく、自ら立ち向かった個人こそが、真に英雄と呼ばれる人なのだと。
「そういう意味だったんですね、俺のこと、英雄って呼んでいたのは」
「そういうことになるかな。まあ……これはあんまり広めないでくれ。
これでも褒めちぎってしまって、恥ずかしくもある」
「あ、はい」
「これだけは忘れてほしくなくてな。特に、伊丹陸尉には。
我々は仕事でここに来ているだけだから、いずれは帰ることになる。
だが、その後も、これから先も、ずっと我々が認めた『英雄』である伊丹耀司であってほしい」
それじゃあ、と虎鶫は立ち上がって展望フロアから出ていく。
残された伊丹はその言葉と籠められた思いと重みに、沸き上がる興奮を抑えられなかった。
同時に、これからの戦いで直面するであろう現実に、自らの在り方を貫けるかという、プレッシャーも。
どちらも、何故だか心地よいものだった。
462: 弥次郎 :2022/03/27(日) 13:44:07 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
伊丹と、前世において自衛官だった虎鶫の会話でした。
これはぜひとも書いておきたかったですね。
最終更新:2023年09月07日 23:12